第18話 不穏な情勢
「うーん、これは一体…。」
薬草束を100束使ってポーション原液を作ろうとしたが、何だか全く想定外の物が出来てしまった。
【緑◯(高品質)】
ユーグレナが入った健康補助食品。飲み続ける事で少し健康になる。また、副次的な効果として1年あたりレベルの上限が1上がる。
ちなみにこれは希釈していないもので、希釈したらただの緑色の水になった。副次効果が凄いけど、1年飲み続けるとか相当難易度が高い。薬草束を100束で1日分とか普通に考えて無理だ。薬草やポーションが全く出回らなくなるぞ。
「うーん…。」
「どうしたんだい?コウスケくん。」
「それが…。」
実はかくかくしかじかでとニコラスさんとプリメラさんが不在の時にやった実験を◯汁ができた事を隠して報告した。
「ふむ…、やはり50束の薬草でないと駄目なのだろうか…。」
「そうかもしれませんね…。」
そのままアシタバの存在も忘れて貰えると楽で良いです。他の植物でも出来ると分かれば、いずれは毒草の錬金に行き着くだろうから…。アシタバ持ってきたなんて言うんじゃ無かったって後から思ったよ。
「それより、販売価格や市場に流す量を考えた方が良いかもしれませんね。」
「それなんだが、辺境伯様が出来たポーションは全て買い上げるとの通達を受けてね…。そんなに必要なのか?とは思うのだけど…。」
「ポーションって日持ちするのですか?」
「ああ、直射日光に当てさえしなければ基本的には劣化しないよ。」
「それじゃあそれ程数は要らないと思うのですが…。」
「辺境伯家だからね、もしかしたら戦争に備えているのかもしれないな…。」
「戦争が起こるかもしれないのですか!?」
「それは分からないが、全て買い上げるというのは在庫を確保するにしても些かやり過ぎと思う。考えられるのは魔境対策と戦争準備だが、出来たポーションは領都に送っている様だからね。領都周辺には魔境は無いから…。」
「戦争準備かもしれないと…。しかし、戦争であれば何処とするつもりなんでしょうか?」
図書館で周辺国を調べてみたが、辺境伯家と隣接している国は無い。考えられるのは海を隔てた国だが、大した交流も無いようで、特に関係が悪いという情報も無かったはずだ。
「もしかしたら援軍要請に備えているのかもしれませんね。魔境は今落ち着いていますし、周辺国との関係も悪くありませんから、援軍を派遣出来ると見倣されている可能性はあると思います。」
「何処かの国と戦争しそうなのですか?」
「ヴァルビオ公国という国が北部で面しているのですが、国の成り立ちからして我が国と関係が悪いのです。」
「成り立ちからですか?」
「ヴァルビオ公国はヴァルガ王国から独立した国なのですが、独立というよりは当時の王が優秀な第2王子と第2王子派の有力貴族を纏めて押し込んだというのが正しい表現になります。」
「その北部というのはどの様な土地なのですか?」
「山岳地帯が多く、海にも面しているため作物が育ちにくい土地です。」
「それで良く反乱が起きませんでしたね…。」
「どうやら第2王子は王太子を良く支えていたようでして、まさか北の辺境に押込められるとは考えてなかったと遺されていた側近の日記に記載されています。」
「それは何とも…。」
「第2王子派の貴族も押し込まれましたが、領民や兵士を連れて行くにも養う事が出来る人数は限られていますから…。公国を興した当時は1000人も居なかった様です。」
「それでどうやって国を維持したのか…。」
「現地に住んでいた獣人を積極的に取り入れたと聞いています。国民を増やすために異種族間の結婚は法律で禁止されていますが、貴族でなくても重婚は認められています。」
「しかし、人数が増えても食糧はどうにもならないのでは?」
「それが、鉱山開発に成功したようで、その利益で食糧を輸入したようです。他国から攻められないよう王国と偽って取引をしていた様ですね。当時の王家も何も出来ないだろうと高を括っていたようで、気付いた時には不用意に手が出せない程の力を付けていたようです。」
第2王子ちょっと優秀過ぎない?
「近年は鉱山開発で得た利益を技術開発に注ぎ込んで農業生産能力もかなり向上していたのですが、今年は冷害で食糧自給率がかなり落ち込んだようです。」
「それで、どうせなら怨み骨髄の王国から土地と食糧を分捕ってやろうと考えたのでは?とプリメラさんは思うわけですね。」
「そうです。そして立地、情勢共に援軍として1番派出し易いのは…。」
「ジルトニア辺境伯家であると。」
「そうなります。」
確かに納得がいきそうな話ではあるけど…。
「ちなみに今の公国は誰が率いて居るのですか?」
「この政変は35年程前の事です。それ程昔の話では無いので、当時の第2王子の子が大公を名乗って治めています。しかし、実権は隠居したとされている前大公にあるとも言われていますね。」
何代も代替わりして年数が経っているなら兎も角、それ程までに優秀な前大公の影響下にある公国がその程度で戦争を起こすだろうか?基本的には小国が生き残る為には極力戦争は避けなければならない。プリメラさんの話ではヴァルビオ公国の収入源は鉱山開発が主軸のようだし、冷害が発生しても戦争を起こす程の致命的な影響は無いはずだ。どうにも引っ掛かるな…。
「公国と接しているのは何処の貴族家なのですか?」
「イシュトバーン侯爵家ですね。」
「辺境伯では無いのですね。どういった家なのですか?」
「王家の信任厚い貴族家とは聞いた事があるのですが、私も社交に積極的では無かったので…。それに男爵家レベルでは侯爵家の方とお話する機会もそうそうありませんし…。」
「そう言われるとそうかもしれませんね。」
そういえば代官様の婚約者だったのは侯爵家の嫡男だったよな?恋人?かどうかは分からないが、辺境伯令嬢を放ったらかして良く男爵令嬢と付き合ったもんだな。そもそもどうやって知り合ったんだか…。
いよいよ怪しくなってきたな。獣人の集落にセーフハウスを作るのは確定として、急ぎで準備する必要がありそうだ。それに詳しい事情を調べておいた方が良いだろう。となると、辺境伯領都だけでなく、イシュトヴァーン侯爵領にも行かないと駄目なんだろうな…。
「はぁ…、やっとこさ落ち着いて生活できる様になってきたのに…。」
「どうしました?コウスケさん。」
「いえ、ちょっとやらなければいけない事が出来たなと思いまして。ところでニコラスさん、新しい製法で作るポーションはどういう風に納品する予定ですか?」
「ん?どういう風も何も出来た分をそのまま卸す予定だが?」
「すみません、それは暫く止めて頂けませんか?」
「何故だい?」
「暫く街を留守にする予定ができました。薬草束は殆どを私がユニオンに納品しているので、薬草束が足りなくなるかと。こちらにも多めに薬草束を置いていきますので、納品の為のストックを作っておいて頂ければ有り難いです。」
「調べに行くのかい?」
「はい、錬金術の研究に参加できなくなるのは申し訳ありませんが…。」
「それは良いのだが…、大丈夫なのかい?」
「大丈夫かどうかは分かりません。しかし正確な情報が無いと…。巻き込まれては遅いですし。」
「確かにそうかもしれないね…。」
「ですので暫くは従来通りの値段と量の納品にして頂けませんか?勿論王都の本家には製法と価格の変更について伝えて頂いて結構ですので。」
「うーん、それは何時まで必要かな?」
「侯爵領まではどの位の時間が掛かるものなのですか?」
「辺境伯領都までが馬車で約1週間かかる。そこから侯爵領までは良く分からないなぁ…。」
「お祖父様、辺境伯領都から侯爵領までは馬車で約2週間程の距離ですよ。」
「そうらしい。」
「では2ヶ月保ちそうな量の薬草束を納品しておきます。情報収集の件は内密にして頂けると助かります。」
「分かった。コウスケくん、気を付けるんだよ。」
「はい。すみません、直ぐ行動に移しますので、これで失礼します。夕方には薬草束を持ってきますので。」
「そんなに早くかい!?いや、凄いね。私達のことは気にせずに行ってきなさい。」
「コウスケさん、どうかご無事で…。」
「はい、ありがとうございます。いってきます。」
家に戻りながら今後する事を纏めてみる。
・薬草束の納品
・セーフハウスの建築依頼
・追加の蜂蜜納品
・ジャックさんを訪問
・コリーナとキャロの説得
薬草束の納品は全く問題ない。そもそもアイテムボックス内に数を把握出来ていないくらいあるから。9999以上はカウンターがストップしていて、正確な数が分からなくなっているが、表示が止まっているだけで物はアイテムボックスに入っている事は確認済みである。
追加の蜂蜜納品についても容器の問題があるだけで、これもまた現物はアイテムボックス内に大量に仕舞ってある。しかし、蜂蜜はまた延々と分離作業をしないとならないのが鬱だが…。
セーフハウスの建築依頼とジャックさんの訪問は、建物に拘らなければ1日あればなんとかなるだろう。問題は…、
「コリーナとキャロの説得だよなぁ…。」
自惚れでなければ泣かれちゃうんだろうな…。
家に帰って、これからする事を伝える。場合によっては2ヶ月程の期間留守にするかもしれないとも。
「はい、わかりました。」
「えっ!?」
「どうかしましたか?」
「いや、納得してもらえたならそれに越したことは無いんだけどね…。」
マジかぁ…、もう倦怠期?
「ところであなた、いつから出発するのですか?」
「片付けないといけない仕事があるから…、3日後くらいかな。」
「わかりました。3日後ですね。キャロには私から話しておきますね。」
「ああ、助かるよ。」
助かったような、残念なような。俺としては感動の旅立ちみたいな事を考えていたんだが…、ちょっと自惚れてたか?うーん、結構心にクるものがあるな…。