第6話 たぶんキツイことばかりじゃ無いんですよ、割合が多いだけで。
お決まりのパターン+毎年行先が変わる中継地を掛け合わせたルートの内地巡航(国内の港を巡ること)を終えると、伊勢神宮で安全祈願してから遠洋練習航海に突入するんだけど、まぁ、有体に言えばキツイ。
お決まりのパターンが何種類かあって、
『今年はこのコースだろうなぁ。』
って予測が付くので必要になる公用語を見越して言語の予習をするが、まれに外務省の要望とか海上幕僚長の
「この国寄った方が良いんじゃね?」
ってな思いつきで行先が増えて行くらしい。ホントかどうかは分かんないけど…。
某年には中東を中心としたコースの予定だったが、外務省からの要望を足していった結果世界1周する事になったらしい。出港する期間を変更する事は出来ないので、ものすごく忙しかったらしい。港によっては昼過ぎに入港して、レセプションして翌朝出港みたいな鬼日程だったそうだ。ヤベえな…。
色んな土地を巡って楽しげに見えるけど、移動中は毎日訓練だし、訓練終わっても次の訓練の予習でまともに寝る時間無いし、入港中は必ずお偉さんとのレセプションがあるし…。
それで、
『嗚呼、幹部候補生学校は楽でよかったなぁ…。』
なんて言いながら毎日訓練と接待に勤しむ。
半年も続けている内にだんだん慣れてきて、忙しくても何とも思わなくなって来る。
『なんか休みが無いような気もするけど、まぁこんなもんかな。』
って思うようになる。完全に感覚が麻痺してるんだよ。
で、遠洋練習航海を終えると多くの人は水上艦艇に着任。これまた帰国した当日ですよ。なんか幹部候補生学校を卒業式する時に聞いたような話だな…。
これは部隊によって対応がまちまちで、運が良い人は配属先の艦が出航中で、
「入港するまでノンビリしてて良いぞ。」
って連絡がきて、帰ってくるまで待機だったりする。
けど、まれに運が超悪い人がいて、
「配属先の艦が海賊対処に出てるから海外で着任な。」
って言われて、飛行機で海外にとんぼ返りする。更に、
「艦が出港中だから、ヘリで運んでやるよ。」
と言われてアデン湾上空まで乗せられて、ホイスト(災害時にヘリが救助でよくやってるやつ)で艦に降ろされるヤツがいた。ヘリでの降下だから、荷物は最低限しか持てない。
流石に哀れすぎて掛ける言葉が見当たらなかった。
実際の部隊に着任すると、当たり前だけど部下がいる。右も左も分かんない内からベテランの部下やら新人の部下やら出来て、その人たちを指揮しないといけない。
意識高い部下ならラッキー。上官とはいえ新人だからって懇切丁寧に助けてくれる。でも面倒くさい人間だともう大変。言うこと聞くフリするならまだマシで、堂々と命令違反する人間もいる。ペーペー幹部だからってあからさまにナメてるんですね。そこそこのベテランがそんな態度をとると、その後輩も、
『あっ、幹部とはいえ、ペーペーはナメても良いんだ!』
って勘違いして、言う事聞かなくなる。俺は兵隊上がりだったからナメた態度とった若手はキッチリ型に嵌めてやった(古株は要領良く逃げるからどうにもならなかった…。)けど、部隊経験のない幹部は中々そうもいかない。1度ナメられたらナメられっぱなしになる事もある。
それでも指揮をとって任務をこなさないといけない。はっきり言って、言う事聞かない部下に仕事を割り振るよりも、全ての仕事を自分でやった方が早い。唯でさえ忙しいのに、くだらない事に時間を費やすのが辛い。しかし、指揮をとる訓練も兼ねてるからそうもいかない。やる気の無い人間に仕事をさせるというのは、本当に大変だった。
そういう苦労をしていると、
『遠洋練習航海は楽でよかったなぁ…。実習幹部は責任ないし…。』
って思う様になるんですよ。最初から中々にブラックな環境なのに、徐々にさらなる修羅場に慣らしていく。
恐るべし、海上自衛隊OJT…。
楽しい事も一杯有ったと思います。何より普通に生活してれは絶対に出来ない経験ができたり、ほぼ確実に知り合う事の無い人達と話ができます。
だけど、キツイ思い出ばかり直ぐに浮かんで来るんだよなぁ…。