第3話 誤解(2)
酒場兼食事処はかなり繁盛していた。入ると直ぐに女性店員が近付いてくる。なんか胸元がメッチャ際どい服を着ている。俺も男なのでガン見したくなるが、心で血の涙を流しながら我慢する。
「いらっしゃいませ!3名様ですか?」
「はい」
「すみません、只今大変混み合っておりまして…皆様同じテーブル席でも大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。」
なんだ?異世界だと同じグループでも相席しないのか?
「では奥の席にどうぞ!メニューはテーブルにおいてあります!」
「ありがとう。」
元気の良い娘だな。それはともかく胸元も際どかったが、スカートの短さもヤバい。いや、これ見ないとか無理だろ。周りの他の客も全力でガン見してるぞ。
「…機関士、ココの店員さんヤバいっすね。」
船務士も全力でガン見している。小野1士は見ているのがバレるのが恥ずかしいのか、遠慮気味にチラチラ視線を送っている。
「ああ、ヤバいな。日本にある某居酒屋でもここ程じゃないぞ。」
「機関士は何でそんな店を知ってんですか?」
「そりゃ行ったことあるからな。実習士官の時なんて艦長と一緒に行ったこともあるぞ、水着イベントとか。」
「マジっすか?」
「今の艦長じゃないけどな。実習は別の艦でやったし。」
メニューを見るとパンが主食で、シチューとステーキ、あとは良くわからない煮物(?)の数種類あるのみの様だ。そして重要な事に、なんとビールがある!日本と同じ味かは分からないが、日本語が普通に使われているんだから期待しても良いんじゃないかな?
「機関士、飲みましょう!」
「そうだな、今日位は良いだろ。」
「小野も飲め!」
「待て待て、船務士。小野1士、今何歳だ?」
「22です。」
「機関士〜、日本じゃないんですから…。」
「まぁ、そうなんだが、確認しないと落ち着かないんだよ。小野1士、飲みたいなら飲んで良いぞ。」
「じゃあ1杯だけ、余り強くないんで。」
1番近い店員を呼び止め注文する。ビール、ステーキとパンは全員分。船務士と小野1士はシチューも注文している。若いからだろうが、よく食うな。
「じゃあ、取り敢えず一段落だな。お疲れ様。乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
取り敢えずビールを飲み下す。
…………味はビールなんだが……ちょっと温い。全く冷えてない訳でもないがキンキンに冷えている訳でもない。何というか中途半端というか…。いや、まぁ、飲めるだけでも有り難いのかもしれないが、この中途半端さが逆に日本を強く印象づける。
「なんか微妙ですね。贅沢な事言ってるんでしょうけど。」
船務士も同じ事を考えていたらしい。
「まぁ、取り敢えず食べようか。」
「そうですね、お腹空きました。」
小野1士は酒に対して拘りは無いのだろう、特に気にした様子は無い。
仕方ないのでステーキを食べると、
「…………。」
「…………。」
「…………。」
味うっす!コショウは?塩も少ない気がする。塩をちょっと振った生肉を焼いただけの様な…。まさかコショウも貴重品だとか?
いやいや、ステーキだけだろと思いながらもパンを齧ると硬った!アホみたいに硬い!
小野1士を見るとパンをシチューに漬けて食べようとしているが文字通りまるで歯が立っていない。船務士はパンを諦めたっぽいが、シチューを食べて微妙な顔をしている。ああ、きっと不味かったんだな。
「何か異世界に絶望しそうです…。」
船務士が悲しげに呟いている。小野1士に至っては目からハイライトが消えている。
取り敢えず無理にでも腹に収めたものの、一気にお通夜の様な雰囲気になってしまった。
暫くボケっとしていると、女性店員が3人やってきた。3人?
「お食事はいかがでしたか?」
3人の内の1人が話かけてくる。
「ええ、まぁ…。」
ストレートに不味いとも言えず、曖昧な返事をすると、
「ですよね、お食事目的では無いのですから。」
ん?どういう事だろう?酒がオススメということか?でもあのチョイぬるビールしかメニューに無かったぞ?
「お客様はこの中でどの子がお好みですか?」
「この中ではキミだな。」
異世界ってのは顔面偏差値が高いのか、3人ともタイプは違うが美人でスタイルが良い。中でも俺が言った子は大人びた雰囲気が1番強い。
「まぁ、嬉しい!この後一緒にお部屋に行きませんか?」
隣に座って色々と押し当てながら、俺の太腿を撫でてくる。
『あっ、これそういう系のホテルか!』
ホテルの従業員の微妙な表情が今繋がった。ここは酒場でお相手を見つけて、しけ込むタイプのホテルだ。そりゃあ3人で同じ部屋に泊まるなんて言ったらどんだけはっちゃけるつもりなのかと恐れおののくだろう。
取り敢えず考えるのは後回しにして、この状態を何とかしなければならない。船務士はもう連れ帰る気満々だし、小野1士はアワアワしている。
「すまんね、ムストに着いたばかりで今日はすぐ休みたいんだ。また今度お願いするよ。」
3人全員に銀貨1枚、1000ギルずつ手渡す。
女の子達は残念そうな顔をしたが、銀貨を渡すと「次来てくれた時にたっぷりサービスしますね。」と笑顔で仕事に戻って行った。
「機関士ぃ〜。」
「船務士、そりゃあ俺だって残念だが、流石に無理だろ。街に着いた初日だぞ。何が良くて何が悪いのかも分からないのに。危険すぎる。それに3人同じ部屋だぞ?」
「ですよねぇ…。」
「それよりも部屋に行って明日の相談をしよう。何時までもここに居ると別の娘が来そうな気がする。」
「そうですね、ひっじょ〜〜に残念ですが。」
「落ち着いたら彼女でも作れば良いだろ。」
「それもそうですね!」
まぁ、便利屋のランク0にどれ程魅力があるのか知らんけど収入面では負け組確定だろ。言ってみれば最底辺の日雇労働者だ。そんなんで彼女なんかできるのか?日本だと制服組のキャリアだったからそこそこモテていたが、その時の気分でいないか?まぁ、それは言わない方が良いだろう。
「そういえば小野が静かですね。」
船務士に言われて小野1士を見ると、何か硬直してるぞ。免疫無かったのか…。でもあんな美人に迫られたらなぁ…、気持ちはわかる。
「おい、小野、大丈夫か?」
「はっ、此処は天国ですか?あれっ?僕の天使はどこに?」
大丈夫じゃないな、主に頭が。
ホテルのカウンターに行くと店員が、
「お部屋の準備ができました、ごゆっくりどうぞ。」
と微妙な顔で鍵を渡してくれた。女の子を連れていないことから、アッチ系の人と誤解された可能性が高い。不本意だが仕方がない。
部屋は2階の1番ドンづまりの部屋だった。店員の心遣いが胸に刺さる。
部屋に入ると敷布団3つに枕が6つ。やっぱりか…。まぁ、高級なホテルだとシングルでも枕代わりのクッションが2個置いてあったりするからな。あんまり気にしないようにしよう。
「機関士、異世界にも敷布団ってあるんですね。」
「そうだな、しかも微妙に作りが良い。これは絶対に日本人が関わっているな。」
文化の発展具合が極めて不自然なのだ。街並みは中世ヨーロッパ風にも関わらず、上下水道が整備されているようだ。その証拠に街が臭くないし、トイレは水洗式になっている。敷布団はベッドのマットレスの様な物で、掛布団は羽毛布団、そして極めつけが日本語が通じるということだ。まるで日本人が困ったり我慢できない事を優先的に解決していったかの様な文化である。
「明日からどうしますか?」
「ハチミツを瓶に詰め替えて1つだけ売ろう。最後の1つという触れ込みで。」
「瓶に詰め替えるのは容器がプラスチックだからですか?」
「そうだな、この文化レベルでは流石にプラスチックは無理だろう。」
街頭は無いし、室内の明かりは蝋燭である。電気も期待できないだろう。
「ユニオンでハチミツを買取って貰えるかどうか、出来なければどこに行けば買取って貰えるかを聞こう。」
「そうですね、その後で依頼も確認しましょう。生活費を稼がないといけないですし。」
「ハチミツ全部売ればお金の心配は無くなるんじゃないですか?」
船務士は分かっているようだが、小野1士は分からなかったようだ。
「ハチミツなんて高級品を大量に捌いたら必ず注目される。例えハチミツをもう持ってないと言っても金は持ってるんだから、襲撃される可能性が高い。」
「そんな…。」
「ここは日本じゃないんだ、用心してしすぎる事はない。」
「まぁまぁ。小野も良くわかっただろ?気を付けるんだぞ。機関士、もう今日は休みましょうか。」
「そうだな、俺はもう少ししたら休むよ。」
「鍵が掛かるんだからそこは大丈夫だと思いますが…。機関士は心配性ですね。」
「まぁ、初日だからな。念の為だよ。」
「分かりました、お先に失礼します。」
直ぐに二人から寝息が聞こえてくる。部屋の明かりを消して、コチラを伺う気配が無いか調べてみるが、大丈夫なようだ。ただ、薄っすらとアレな声が聞こえてくる。
『はぁ、疲れているから早く寝たいのに、あんなモン聞かされたら眠れないじゃないか…。』
眠気が限界になるまで魔力操作の訓練をして気を紛らわせることになった。