第16話 出口を求めて
長期入院していて更新できませんでした、すみません。
2章の終わりまでは書き溜めていたものを一気に更新して、それ以後は体調と相談しながらポツポツと更新する予定です。
無我夢中で逃げ、もう動けないというところまで走ったら夜が明けていた。
2人は目の前で死んだ。艦を出発した際、俺の分隊は6人だったが、今は3人しかいない。落ち着いたところで確認してみたところ、やはり1人足りなくなっていた。分隊の中でもレベルが低かった高須賀3曹が見当たらない。レベルが低かった為に体力的についてこれなかったのかもしれない。
「機関士!高須賀が居ません!」
「分かっている…。」
「どうするんですか?」
「……休息をとる。その間に合流しなければ先に進む。」
「高須賀を探しに行かないんですか!?」
「森を抜ける事を優先する。」
「!!?せめて少しは捜索を」
「此処は日本じゃないんだぞ!野生動物程度ならともかく、火器を使用しても太刀打ちできない異常な怪物が蔓延っているんだ!……他にもあのレベルのモンスターが彷徨いてる可能性もある。
己の安全すら確保が難しい状況で、あの怪物から少なくとも3人は生き残った。今は安全を優先する。」
「アンタそれでも上官かっ!!」
「そうだ!!そしてこれは命令だっ!!絶対に捜索に戻る事は許さん!!」
「くっ…。」
恨みがましい目で船務士が見てくるが、捜索に戻ることは絶対に許可できない。ここで戻ってあの怪物とまた遭遇したら今度は逃げ切れないだろう。昨夜の犠牲が無駄になる。
残ったのは俺、船務士、小野一士だ。実習員である小野1士は自衛隊に入ってまだ日が浅いので、命令すれば従うだろうが…、船務士には不満を飲み込んでもらうしか無い。俺だって納得はしていない。しかしこれ以上分隊員を危険に晒す訳にはいかない。
「休憩したら先に進む。水分補給をしておけ。乾パン程度なら食べても良いが、腹いっぱい食うなよ。眠くなるぞ。」
「…………わかりました。」
「了解です。」
休憩後、南西に向かい歩き出す。方向を確認する余裕もなく逃げたため、水雷長が言っていた『森が薄くなっていた様に見えた』方向については正確には判らない。しかし森を抜けるという目的においては、それほどの正確性は必要としないので大丈夫だろう。
俺と船務士の間には会話は無い。小野1士は居心地が悪そうにしている。まぁ、2等海尉に板挟みにされた1等海士ともなれば当然だろう。しかし、気持ちは理解できるがどうにもならん。我慢してもらうしかない。
あの怪物からは逃げ切ったとは思うが、今度遭遇したら逃げれる保証はない。今のうちになるべく距離を稼ぎたい。そして出来ればこの森を抜けてしまいたい。
日中はなるべく匂いが出ないように乾パンをアイテムボックスから出し、齧りながら歩く。夜は日が暮れてから雨衣を被って寝る。食事はやっぱり乾パン。調理済みの温かい食事もマジックボックスに入ってはいるが、強い匂いのする食事を取ることは難しいだろう。雨衣を被ったまま食事をすれば多少の匂いは大丈夫かもしれないが、あの怪物の嗅覚がどの程度なのか分からないのに、匂いを出すリスクを負う気にはならない。小野1士は食べたそうにしていたが、匂いの出る食事は禁止しておいた。船務士は流石に理解しているようだ。
交代で睡眠をとるが、闇夜がこんなにも恐ろしいモノとは思わなかった。日本に居た時の危険生物は精々クマやイノシシ、ヘビくらいなもので、対処可能な範囲だったが今は違う。先日のハイオークなんて遭遇した時点でお終いだ。葉擦れの音一つにもビクついてしまう。見張りを交代しても身体は疲れているのに中々寝付けない。
そんな日が2日ほど続いたが、何の変化も見られず、森を抜けそうな気配はまだ無い。
「機関士、このままで森を抜けれるんですかね…。」
歩きながら船務士が疲れた声で問いかけてくるが、この質問に対する回答は持ち合わせていない。船務士も期待していないだろう。
「さぁ…、分からんな。水雷長が言っていた方向を信じて進むしかないな。」
「ですよね…。」
小野1士は疲れ果てているのか、会話に入ってこない。目も虚ろだ。
「今日は早めに休もう。」
人数が少なくなったため、警戒する人数も睡眠時間も減っている。ベッドで寝るわけではないので疲れも取れにくい。また、常に命の危険を感じているため精神的にも疲労が蓄積しているのだろう。色々と限界が近そうだ…。
深夜の見張りももう7日目だ。なんだか3日目辺りから夜目が効くようになった気がしていたので、他の人に聞いてみると船務士もそうらしい。今では以前との違いがハッキリ分かる。見張りの最中に鑑定でスキルをチェックすると、パッシブスキルに暗視Lv.2が生えていた。原因はこれだな。
交代の時間が近付いていたが、まだ多少時間があったため、ギリキリまで寝かしてやろうかと思っていたが、何かの気配を感じた気がした。今までには無い感覚だが、何故か嫌な予感がする。
「船務士、少し早いが起きてくれ。」
疲れているのだろう、起き上がりはしたが、なかなか覚醒しない。
「どうしました?機関士。」
「何か嫌な予感がする。風下に向かって移動しよう。」
「まさかオークですか!?」
「いや、分からん。しかし、どうしても3時方向から嫌な予感がする。俺は警戒を続けるから、船務士は小野1士を起こしてくれ。」
「わかりました。」
どの方向が北か判らないため、報告し易いよう、休憩に入る前に便宜上の12時方向を決めている。
引き続き嫌な予感がする方向に注意を払っていると、何となくだが大凡の距離も分かるようになってきた。
「変わらず3時方向から嫌な予感がする。距離はおよそ200m。もう気配といって良いかもしれん。」
「11時方向から風が吹いているので、6時方向に移動しましょう。」
「そうだな、その方向なら離隔が間に合うだろう。」
船務士から最大離隔針路がリコメンドされた。俺も同意見無ので異論はない。
「機関士、対象を目視で確認しておきますか?」
「いや、無理に確認するのは止めておこう。今の俺達に危険を冒すほどの余裕は無い。」
夜目が効くようになってから、僅かな月明かりがあるとはいえ、深夜の森で100mほどの視界がある。夜間としてはかなりの視界を確保している様に思うが、この気配がハイオークのような怪物だった場合、わざわざ確認するのはリスクが高すぎる。
「俺が先頭を進む。船務士は最後尾、小野1士は間に入れ。船務士は後方の警戒をしつつ、可能であれば対象を目視で確認、見えなければそれで良い、以上。」
「了解。」
「了解。」
6時方向に進んでいると、気配は徐々に方位が上っていき、12時方向に感じるようになった。
「船務士、おそらく今が最接近距離だ。12時方向に対象の姿は視認できるか?」
こちらも前方を警戒しているため、振り向いて確認するわけにはいかない。確認を船務士に任せる。
「ボンヤリではありますが、人型の様な影が見えます。」
「ひっ!?」
小野1士はハイオーク達による惨劇を思い出したのだろう、悲鳴が漏れている。仮にオークであった場合、鼻が利くようなので、出来るだけ距離を取りたい。
「船務士、確認はもう良いから後方の警戒だけ頼む。急いで距離を取ろう。」
「わかりました。」
幸いなことに謎の気配に気付かれることはなかった。仮にオークとして、前回は数十メートルまで近付いたにも関わらず気付かれなかったことを考えると、奴らは夜目があまり効かないのだろう。鼻が利く分、夜の視界をあまり必要としないのかもしれない。
しばらく歩くと気配が感じられなくなった。とはいえ、まだ付近にいるかもしれないので、夜間とはいえ距離を稼ぐために移動する。
『日が昇ったら休憩を長めに取ることで対応しよう。』
ただでさえ連日の疲労が蓄積しているところに今回の遭遇。体力的にも精神的にも限界が近い。移動速度を落としても休憩を取らないと、却って遅くなる可能性が高い。最悪動けなくなるかもしれない。
今後の予定を考えながら進んでいると、空が徐々に明るくなってきた。小野1士をみると気力で立っている状態に見えた。少し長めの休憩を入れた方が良いだろう。
「ここで3時間休憩しよう。俺と船務士で90分ずつ見張りをするから、小野は休んどけ。」
「うぇーー、機関士ぃーー、もうちょっと休みたいっすよー。」
「はぁ…、お前俺より体力あるだろうが。俺から見張りに就くから、さっさと休め。」
正直いって船務士だけなら休憩を取る必要は無いのだが、小野1士がもたない。実際に今も腰を下ろした直後から船を漕いでいる。
「小野は大丈夫ですかね…。」
船務士が小野1士を起こさないように小声で話しかけてくる。
「肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が大きいんだろうな。幹部候補生学校と違って教育隊はメンタル鍛えるカリキュラムは多くないしな。」
「おまけに仲間が死ぬところも見てしまいましたしね…。」
「そうだな……、それが1番堪えているだろうな…。」
「今考えると機関士は結構冷静でしたね。自分は冷静になれませんでした…。」
「状況は違うが、俺の場合は上官や乗員、他自衛隊の隊員が亡くなるのを何度も見てるからな…。」
「そうなんですか?」
「流石に喰われるのは見たことが無かったが、事故や自殺…、色々あったよ。……もう船務士も休め。俺に気を使わなくて良いぞ、どうせ後で交代するんだから。」
「わかりました、見張りお願いします。」
そう言って寝る体勢になった船務士からは、もう寝息が聞こえてくる。寝付きが良いな、コイツ。
それより見張りの間にステータスの確認をしておこう。気配を感じるようになったのは、新しいスキルを得たからかもしれない。
『"鑑定"』
と声に出さずに鑑定を発動させると、
コウスケ・サカイ
種族 人族
位階 7
生命力 473
魔力量 145
力 165
素早さ 101
魔力練度 32
【アクティブスキル】
・鑑定Lv.5
・アイテムボックス
・警戒Lv.1
【パッシブスキル】
・睡眠耐性Lv.4
・病気耐性Lv.2
・精神耐性Lv.1
・暗視Lv.2
【称号】
・異世界転移者
【加護】
・なし
暗視は前からあったから、生えてきたスキルは警戒と精神耐性だな。気配を感じたのは警戒スキルによるものだろう。…気配察知とかでは無いんだな、おまけにアクティブスキル。中々扱い難いな…。精神耐性は蓄積によるものだろうな。
それにしても、艦を出発する前にレベル上げした時から変わらずレベル7のままだが、数値が伸びているステータスがある。力は変化していないが、素早さは大幅に、生命力と魔力量は少し上がっている。あ、よく見たら鑑定のレベルも上がってるわ。出発する前はLv.4だったし。
まぁ、これでステータスは鍛えれば伸びると言うことが分かった。しかし、毛並みが違うのは魔力練度だ。これはレベルが上がっても変化しない。つまりは訓練しないと全く上がらないのだ。未だに魔力練度は使いみちが不明だが、上げておいて損はないだろう。
前に高須賀3曹が、
「もうちょっと魔力練度を上げれば銃剣に魔力を纏わせる事が出来そうな気がします!」
って言うもんだから、魔力練度いくつか聞いたら【62】だって言ってたな。いつの間にそんなに上げたんだよってその時は思ったけど、今になってみればレベルよりも魔力練度上げるのを優先していたのかもな…。
休憩を終えて出発準備をする。今度は俺が最後尾に付いて引き続き南西に向かって進むが、進んでも進んでも森が薄くなっているようには見えない。仮に水雷長が見た方向の森が薄れていた場合、そろそろ森を抜けても良い頃合いだと思うんだが…。
他の2人もその事を感じているのか表情が暗い。
それでも折れそうになる気持ちを奮い立たせて歩いていると、昼を過ぎた頃合いに、
「機関士!!森を抜けましたっ!!」
と船務士が叫んだ。前方をよく見てみると、確かに森が途切れている。
「かっ、街道だ!!」
「おいっ、待て!船務士!」
船務士が嬉しそうに道に飛び出して行く。
「あっ…」
船務士が驚いた顔を右に向けて、声を上げた瞬間、
『ドンッ』
「はっ?」
「ええっ?」
船務士が馬車に轢かれたー!!!