第6話 ファンタジー始めました
現在は探索の準備が終わり、後部脱出筒付近で待機している。水雷長は準備の完了と捜索に出る旨を艦長に報告中だ。
「機関士、64式余ったんで持っていって下さい。9mmもどうぞ。」
捜索メンバーの1人が武器を渡してくれる。
「両方良いの?じゃあ遠慮なく。ついでに銃剣もくれる?」
「勿論用意してますよ、それにしても機関士って小銃格闘できたんですね。」
「特警の教官に仕込まれたからな。とは言っても対人戦だけど。」
「経験無いより全然マシですよ。」
「そりゃそうか。」
特警に教わるとか良いな〜って呟いてる。まぁ、任務の性質上、一般隊員があまり接する機会は無いしね。それにコウモリとサソリを飾った特警徽章カッコイイし。
徽章は条件を満たした隊員のみがつける事ができ、基本的に幹部が金色で曹士が銀色となっている。しかし、特警徽章は幹部も曹士も金一色だ。そこもちょっと憧れるポイントなんだろう。それに特警徽章はちょっとやそっとじゃあ貰えない。年単位で厳しい訓練をクリアし続けないとならない。途中で身体を壊したり、精神的に駄目になる人間も相当数いる。昔、特警の教育課程の学生がリンチされて殺されたみたいな報道があったが、名物訓練ではあるが通常の予定されていた訓練中の事故だったりする。一般人からすれは異常としか思えない訓練を毎日やってるって事だな。
特警は秘匿された少数精鋭の部隊であり、男だったら多かれ少なかれ憧れる部分がある。俺も特警徽章つけてる人間を見かけると思わずガン見してしまうし。
おっ、水雷長が戻ってきた。
「おーい、機関士。お前くっちゃべってるのも良いけど準備できたのか?もう艦長に準備良しって報告しちゃったぞ。今更出来てませんとか怒られちゃうだろ?怒られんのお前じゃなくて俺なんだから。」
報告中には終わってるだろと思って、見切り発車で準備完了報告したらまだ終わってなくて、「確認したのか!」って怒られるヤツね。自衛隊あるあるだな。
「大丈夫ですよ。ところで通信員からトランシーバー借りてますので、おひとつどうぞ。」
「サンキュっ、なら行くか。日はまだ高そうだけどノンビリし過ぎるのもな。」
後部脱出筒から外に出て潜水艦周辺の近場を調査してみたが、目ぼしいものは何も見つからなかった。
「水雷長ー、もっと捜索範囲を広げましょう!」
「だな!取り敢えず向こうに見える山の尾根を目指して上がってみよう。高い位置から見渡せば運が良ければ地形を確認できるかもしれんしな。木々が薄いから大丈夫だとはおもうが、一応目印を付けながら進むぞ!」
と水雷長が指差す方を見てみると結構遠くに稜線が見える。
えっ?あそこまでが『取り敢えず』なの?
これだから体力のある防大出身者はよぉ…。
周囲の警戒をしながら緩やかな山の斜面を登っていたところ、直ぐ右脇の草むらからサッカーボール大の水色の物体が飛び出してきた。
「機関士!!!」
とっさに左手で庇ったが、見た目とは裏腹に凄い衝撃があった。
「ッッッてーーー!」
バットで思い切りぶん殴られたみたいな痛みが襲ってくる。
なんだ?何があった?
飛び出してきた物体を見ると、某国民的RPGで見かける最弱モンスターにそっくりな見た目をした何かがぷるぷると震えながらこちらを威嚇(?)している。
え、いやいや、マジで?冗談キツイだろ。これスライムじゃね?
船務士との話ってフラグだった?
軽くパニクったところに再度スライム(?)が突撃してきた。
《ドカッ》
今度は小銃で受け止めることができたが、何だか最弱モンスターとは思えない衝撃が来る!
「機関士!!!」
「このクソがぁっ!」
銃床部分でぶん殴って叩き落とし、足で蹴っ飛ばして距離を稼いでいるうちに体勢を整える。足にも結構な衝撃があった。安全靴履いてて良かった!
「機関士、大丈夫ですか!」
「痺れてるが骨は折れてないみたいだから戦闘は大丈夫だ!それより気を付けろ!スライムみたいな見た目してるがゲームみたいに弱くないぞ!」
銃で全力で殴ったんだが、弱っているようには見えない。むしろぷるぷる震えてまだまだ元気で……えーっと、なんか怒ってる感じじゃね?
「水雷長!周囲の警戒お願いします!他全員で取り囲んで銃剣ブッさせ!飛びかかって来るかもしれないから注意しろ!」
もうスライムでいいや、スライム1匹相手に4人がかりで囲んでってのも何だか、飛びかかってきた時の衝撃を考えると油断のできる相手ではない。
とにかくスライムを取り囲んで突きまくる。スライムも反撃しようとしている様だが、次々に銃剣を突き刺しているので身動きが取れないようだ。
「機関士!コイツ全然弱りませんよ!」
「とにかく突き続けろ!動かなくなるまでだ!」
囲んで無心でとにかくフルボッコにする。相手がスライムとか関係ない、こちらも必死である。
全員で30回くらい銃剣で突いて、ようやく動きが止まった。
「倒したか…?」
「止めてくださいよ、機関士。それ完全にフラグです。」
「いや、これで駄目なら倒せる気がしないんだが。」
ゲームでは一般的に最弱モンスターだよな?いや、実際に最弱かどうかは知らんけど。
観察を続けてみたが、動き出す様子はない。
「あっ、機関士!見てください!スライムが溶けだしてますよ!」
うえっ、気持ち悪っ!それまでゼリーっぽい見た目だったのが、ゲル状になって地面に吸い込まれていく。
スライムの様子を観察していると、スライムが溶けた場所に灰色の小さい玉が残っていた。
「これ、お約束でいうとこの魔石ってヤツですかね?」
俺も思った!でもこれ持って帰っても大丈夫なんか?タマゴとかだったらどうする?
見つけたヤツなんて触るのが嫌なのか、落ちてた木の枝で突くだけで一向に回収しようとしない。
「水雷長!このドロップアイテム的なヤツ持って帰りますか?」
こういう時は上官に丸投げが正解。
「そうだな、機関士が持って帰って。」
まさかのブーメラン!
「……了解。」
なんか素手で触りたくないんだよなぁ…。取り敢えず持って来ていたビニール袋に入れて持ち帰るか…。
まだ探索は大して進んでいないが、異状があったため帰艦することになった。
「しっかしコレどう報告するかなぁ…。」
「素直に“モンスターがいました!”で良いんじゃないですか?」
「じゃあ機関士がそう報告してくれよ。」
「えっ、嫌ですよそんなの。船務士も怒られてたじゃないですか。」
「だよなぁ…。」
「でも実際に現れたんだから大丈夫ですよ!」
「なら機関士が報告しても大丈夫じゃん…。」
「そこはほら、この分隊の指揮官は水雷長ですから!」
そんな責任の押し付けあいをしていると、分隊員の1人が、
「なんか身体が軽くなった気がするんですよね…。幹部の方はどうですか?」
と。
他の分隊員も何か頷いてるし。
オイオイ、まさかのレベルアップか?これ以上ファンタジー要素を増やさないでくれよ。何て報告して良いか分からんじゃないか。
まぁ、確かに、
(あれだけ激しくやり合ったのに全く息切れしないなぁ…。)
とか、
(何か64式が軽く感じるような…。)
とは思ったけど、気のせいってことにしたのに!
まぁ、報告は水雷長だから良いやとか思ってると、水雷長が、
「俺スライムの報告するから機関士はレベルアップの件ね!」
マジっすか…、レベルアップと決まったわけでも無いんですけど…。
船務士みたいにどやされるのかねぇ…。