第4話 外に出るのにも一苦労
船務士と軽口を叩きながら準備を始める。もう1人の随行員は誰にしようか…、お調子者だと困るけど、真面目すぎてもメンタルが心配だし…。
そうだ!岩木3曹にしよう!
岩木3曹はまだ2等海士だった時、潜水艦教育訓練隊に入隊した時の同期で、青森出身だが小学生の時に北海道に引っ越して育ったため、高校を卒業して自衛隊に入隊するまで1度も泳いだことが無かったという、よく海上自衛隊に入隊しようと思ったなという経歴の持ち主だ。気心も知れているし、性格も明るく、何より1度も泳いだ事が無かったにも関わらず教育隊の水泳競技で上位に入る程に上達した努力の人である。
「岩木〜、ちょっと一緒に外行かない?」
「ん?機関士?ああ、そういう事ね。良いよ、行こうか!」
今でこそ上官と部下の関係だが、元々は同期なので他の人の目がない所ではこんなモンである。
「マスク持って来たよ。どっちが最初に面取る?」
「えー?機関士が取ってよ!(笑)」
「いやいや、一応指揮官だから無理。(笑)」
「なら最初から聞かんといてよ!」
正確にはガスマスクではないけど、ガスマスクという名の面を外す前にガス検知器で異状の有無を確認する。実際に面を外して大丈夫なのかの確認は人が行うしかない。ガス検知で1番緊張する瞬間である。
「まぁ、解ってるんだけど心情的にね。」
「そこは我慢しなよ、指揮官殿。倒れた時は助けてくれよ!」
「人工呼吸はしたくないなぁ…。あっ、ガスで倒れた人への対処だから、人工呼吸はしなくて良いのか。」
「ひどっ!(笑)」
やっぱり気心知れてると楽で良いや。こんな緊張を強いられるような作業でも重い雰囲気にならないし、仕事振りは信用できるし。
外に出るための用意が完了したので、後部脱出筒内に入る許可をもらう。
前部脱出筒は第1防水区画だから、今は閉鎖されていて入れないんだよ。作業的には前部脱出筒の方が行いやすいんだが。
普段出入りしている中部ハッチは士官室や発令所に近いこともあり、何かあったら大変なので今回は使用しない。それに脱出筒の方が色んな機能付いてて便利なんだよ。
と、言う訳で後部脱出筒の1択になる。
「発令所へ、ガス検知用意よし。機関士及び岩木3曹。」
『了解、下部ハッチ開け。』
「了解、下部ハッチ開く。………下部ハッチ開いた、異状なし。引き続き下部ハッチを閉鎖し、ガス検知を行う。」
『了解、行え。』
「じゃ、岩木3曹、ヨロ!」
「ハイハイ、りょーかい。」
先ずは外の空気を脱出筒内に入れる。いきなり大量に取り込んでも怖いので、舷外弁から少しずつ入れていく。ある程度空気が混合されたら、各種機材やキットを使って空気の成分を確認していく。
「………各成分に異状なし。」
「とは言っても塩素やら酸素濃度やらだからなぁ…。」
「まぁ、それは仕方ないよ。そもそもの想定が、火事か浸水なんだから。」
「だよなぁ……。」
「発令所へ、ガス検知終わり、異状なし。引き続き脱面チェックを行う。」
『了解行え。』
「了解」
「じゃあ、岩木3曹、すまんけどよろしく頼む。」
「大丈夫だと思うよ、機関士!取り敢えずガス検知で異状なかったんだから。」
と、面に指1本入れて呼吸を確認する。いきなり全て外すと異状が発生した場合に面を再装着出来なくなる可能性がある。流石に冷静だ。
「呼吸は?」
「大丈夫そうです、3本入れます。」
「了解。」
指を3本入れて面と顔の間隔を広げて呼吸する。
「深呼吸して。」
「了解、………、大丈夫そうです。」
「頭痛もない?」
「大丈夫です、全部外します。」
「了解。」
全部脱面したが、特に異状は無い様だ。
「今度は俺が外すから警戒よろしく。」
「了解。」
岩木3曹に装着していた艦内電話を渡し、先程と同じ要領で少しずつ面を外していく。
大方外した所で深呼吸をすると樹木や土の匂いを強く感じた。
出航中の潜水艦は空気を循環させるため、匂いが結構キツくなるが、鼻が慣れてしまうため匂いを感じない。そのため急に外の空気を吸うと空気に味さえある様に感じることがある。
「…異状なし。」
「了解、発令所へ報告します。」
「あ、いいよいいよ、いちいち指示出しするの面倒臭いし。報告も併せて俺がやるから艦内電話を返して。」
「了解、おまえ幹部になっても相変わらずだなぁ…。」
どういう意味かな?落ち着いたらちょっとOHANASHIが必要かもしれない。
「発令所へ、脱面チェック終わり、異状なし。引き続き面を再度装着し、上部ハッチを開ける。」
『了解、行え。』
「船務士へ、警戒を厳となせ。」
『りょーかーい!』
『船務士了解されました。』
「さてさて岩木、これからが本番だな。」
「だなぁ、ここまでは実質的には艦内空気と同じ様なもんだし。」
「じゃあ開けるぞ。」
「いつでも良いよ。」
「発令所へ、上部ハッチ開く。」
『了解。……ハッチ周り異状なし、上部ハッチ開け。』
「了解、上部ハッチ開く。」
上部ハッチを開放する。
……良かった!船務士からは何も言ってきてないが、目の前に地球外生命体なんかいたらビビるどころの話ではない。
「ふぅー、緊張した!」
「何でですか?」
「だって、目の前に謎生物とかいたら超怖いだろ。」
「謎生物ってなんだよ、謎生物って。」
「ほら、エイ◯アン的なヤツとか。」
「いつの間に潜水艦は宇宙空間を航行出来るようになったんだよ?日本の技術パネーっすわ。おやしお型でこれならそうりゅう型はどんだけだよ…。」
「ホントな。まぁ、そうりゅう型で勤務したこと無いんだが。」
「自分もまだだけどね。ってか宇宙戦艦ならぬ宇宙潜水艦とか需要なさそうだわ。
それより発令所に報告しないで良いの?」
「あ、やべっ!」
「上部ハッチ開いた、異状なし。引き続きガス検知を行う。」
『了解、行え。』
ふぅ…やれやれ。こんな大事な局面でお喋りしてたとかバレたら相当どやされるな。少々時間がかかっても慎重に作業してましたで誤魔化せるだろうからバレないだろうけど。
再び同じ行程を経てガス検知器を行ったが、異状は見られなかった。
「発令所へ、ガス検知器終わり、異状なし。引き続き脱面チェックを行う。」
『了解、行え。』
「了解」
岩木3曹が先程と同じ要領で面を外していく。
「大丈夫みたいです。」
暫く深呼吸を繰り返していたが本当に異状はないらしい。
「第一関門は突破だな。俺も脱面するわ。」
面を取ってみると、木々の香りが凄く強い。潜望鏡で確認をしてはいたが、本当に森の中にいるんだなぁ…。
「発令所へ、脱面チェック終わり、人員2名異状なし。」
『了解、上部ハッチを閉鎖し、機関士は士官室へ。』
「了解。」
「やれやれ、取り敢えずはお勤め終了だな。岩木、ご苦労さま。」
「機関士もお疲れ様。これからまた会議?」
「そうなんだよ。恐らく周囲の探索になるだろうから、ラッタル(梯子)用意しといてくれる?多分直ぐに使う事になるだろうから。」
「了解、用意させとくよ。」
さて、さっき見た外の様子をどう報告したものか…。