表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聴雨譚  作者: 木逸昼寝
7/25

雨宿り

 葉子は学生時代に数か月しか働くことのなかったアルバイト先の同僚の顔など、その後の人生で思い出すこともなかったであろうし、これからも脳裏に浮かぶことも起こることはない。記憶はかけらですらなく、粉々に粉砕され、日々の濁流のなかで流され、そして時期に大海原に出たところで沈殿し、堆積物となって終わる。かおりとの出会いはそんな沈殿物の塵、芥であろう。少し自嘲気味に思いを巡らせる。


 生理前は往々にして悲観的で、支離滅裂で感情的になる。生理がくることを忘れている際はもっと厄介だ。それを原因であると思い当たることがない限り、のしかかる負の感情を振り返ることもせずにその中でのたうち回ることになるのだから。そう、仕事をやめてしまったせいではない、貯金通帳の金額が目減りするのが不安なわけではない、不愉快な雨が降り続けているせいではない、レインブーツが気にくわないせいではない、葉子の人生に自分のかけらすらないことを見せつけられたからではない、すべては生理前だから。そう自分をもう一度慰める。


 

 スーパーで幾日分かの食料の買い物をすませ、まだやまぬ霧状の雨にからだを湿らせながらマンションのエントランスで自室のメールボックスを開ける。目など通すこともないチラシが数枚と白い封書がひとつ届。何日あけていなかったっけ、と3階の自室まで階段をのぼりながら封書の送り主をみる、手書きではなく、印刷された見覚えのない名前、住所。もう一度自分あてのものか確かめる。

江崎かおり 間違いはない。

 玄関ドアを開け、濡れた傘を風呂場で広げ食料をがらんとしていた冷蔵庫につめこみ、もう一度封書を手に取り名をぼんやりみつめる。

 

 誰だっけ、封書をあけると角を正確に重ねあわされ、折りたたまれた白い紙が一枚、

ひらいてみると 一文だけ 空にぽっかりと浮かんでいるように文字が横に並んでいる。


 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ