出会い
1990年代初頭のアメリカ、マサチューセッツ州ケンブリッジに佇む十数人の集団がいた。
「伯爵様、聖女の指し示した場所がここかと思われます」
「うむ、しかるに我々のなす事はわかっておるな」
「御意にございます」
一行は聖女から渡された用紙に書かれた住所を探し出すべく静かに動き出した。言葉も文字も理解不能だったが通りすがりの平民らしきものに用紙をかざし目的地を目指した。
「おいおい、お貴族様御一行かよ、すげーなまだコミコン始まってねーよ」
若い男女の平民風情がコーデル伯爵一行を指を指して笑う。いや、年をとった者も中年も少年少女も一行を見て目を見開いた。
「あーやはり目立ちますな伯爵様」
「グレッグ、だから言ったであろう聖女の助言に従いこちら風の衣服がいいのではないかと」
「しかしですな、伯爵家でございますゆえその威光は示さねば同行するものの士気に関わりますゆえ」
「ふー、まあ仕方ない。グレッグそれよりアシュリーの自宅まではどれくらいか」
グレッグと呼ばれた従者は頼りない地図を広げるとニヨニヨ笑う女性に声をかけた。
「あーそこの小娘、すまんが道を聞きたいのだが」
正直なところ今一行がどこにいるのかはっきりと分かっていない不安がありきっちりと道案内をしてもらえそうな人間を探していたのだが、声をかけると、皆いそいそと離れていってしまっていた。
グレッグは若干途方にくれると少し先に華やかな服を着た平民らしき少女たちを見つけた。
メイドに目線を向けると大きめの鞄から綺麗な紙に包まれたものを手渡される。
「あーお嬢様方、私達はなにも怪しいものではありません。少々道に迷いましてな。すみませぬがちょっと道案内をお願いできませんか」
そう言って手に持った紙袋を手渡す。
訳のわからない言葉で話しかけられた十代の女の子たちはちょっと顔を引きつらせていた。
「えっ私、あははは。冗談、ジェシーあんたにじゃないの」
「勘弁してよって、あ、ちょっとイケメンじゃん。えっとこれ何、なんかくれるの」
「なになに、ナンパかな。キャロルこっちきて!なにボーッとしてんのよ」
キャロルと呼ばれた少女がメガネを拭きながらおずおずと近づく。
「お姉ちゃん私これから大学行って・・・」
キャロルは姉のジェシーに向かって嫌そうに答えた。
姉は地元の高校のチアリーダーでありアメフト部のリーダーであるマイケルを射止めんと美貌に磨きをかけるべく切磋琢磨していただけでなく磨けば綺麗になる妹がいつも野暮ったい服装や化粧っ気のないことを心配してしょっちゅう街に妹を連れ出していた。
キャロルは地元のマサチューセッツ工科大学に飛び級で入学を果たしており服よりもコンピューターに夢中であったのだ。だが気の弱いキャロルはいつも姉に引きづられ買い物に付き合わされ挙げ句に荷物を持ち運ばされる羽目になっていた。
まだネット通販もない時代の悲劇だった。
「あたしたちは早くマイケルたちを応援に行かなきゃいけないの、でないとローリーたちに先を越されちゃうでしょ、だからあんたも適当に案内してその荷物持ってさっさと帰りなさい」
これがこの時より10数年の後、MMORPGマジェスティックワールドの創設者であり十指に入る富豪かつ慈善事業家、現代の伯爵と呼ばれるようになるカリスマとそれを支える天才技術者である少女の出会いであった。