記憶
「お客様は神様です」
この言葉を最初に言ったのは三波春夫という歌手。
たった1回のステージで普通の人が手にできない収入を得られる売れっ子だったらしい。
お客様が神様にも見えるのは当然である。
天からお札が降ってくるようなものだったかもしれない。
人気商売というものは難しいものである。
そこに地位も名誉も有りはしない。
つくりあげられたものに酔いしれる痴れ者はいるかもしれないが所詮操り人形、バックアップする人間に飽きられたり嫌われたりすれば一巻の終わりである。
同じ歌を歌っても人気になる者もいれば鳴かず飛ばずな人もいる。
全ては個人の持つ魅力に左右される。
今、その気持ちを身を持って実感している貴族がいた。
魔王国ブラキュア第一軍団所属のロレンツ公爵その人であった。
戦争が終わり早半年が過ぎようとしている。
平民兵士の帰還が遅々と進まず軍上層部貴族関係者の身代金交渉も遅れがちであった。
未だ捕虜収容所には4万人に達する敵兵が収容されたままだ。
負けるはずのない戦争に負け国王以下パニックとなり指揮命令がなされていないのだ。
捕虜収容所ではあるが娯楽設備は整い自由を考えなければこの世界のどこよりも快適に過ごす事が出来ていた。
だがそんな生活も飽きが来る。元々今度の戦争はただの一人も死人が出ていない。緊張感が皆無の戦後である。
そんな中でもモニターから流れるスポーツ映像に興味を持った者がコーデル社社員にルールを教わりサッカーやら野球、バスケ、テニス、水泳、各種陸上競技を嗜む。数多くのスポーツチームが結成されリーグ戦が行われるようになっていった。
そこに非番のコーデル社社員も加わる。
中でもボクシングは大人気だ。
クラス分けが行われお互い正々堂々の戦いが繰り広げられ熱狂の渦である。
スポーツだけでは無かった。
音楽が好きなものは、のど自慢大会の記録を見て捕虜収容所選抜のど自慢大会を開催する。
楽器が出来るものはコーデル社社員が持ち込んだ各種楽器に驚きながらも練習し見事な演奏を披露する。
演劇が好きなものは映像資料を参考に舞台演劇を始めた。
絵が好きなものは絵を描き、物語が好きなものは本を出した。
ロレンツ公爵は最初、この様子を苦々しく思っていたが、たまたま食堂に居た時、ギターが得意な平民に伴奏をさせ故郷の歌を歌う男爵を見かけた。
拍手が鳴り響く。
自分のほうが上手いと思った。
この程度で拍手するとは所詮平民共だ、片腹痛いと思った。
ニヤニヤしているとロレンツの音楽好きを知っている、おべっかの上手な子爵が公爵様の歌も聞いてみたいといい出した。
最初は固辞したが、昔から音楽が好きな公爵は回りが歌い始めると我慢できなくなった。
ロレンツが歌い始めると皆、聞き惚れた。
称賛の嵐が食堂に吹き荒れた。
何度も何曲もロレンツにリクエストされる。
気がつけば敵だったコーデル社の社員も聞きに来ていた。
その中の一人が翻訳ツールを使い、持っていたスマートフォンでジョン・デンバーのカントリーロードという曲をロレンツに聞かせ歌ってほしいと頼んできた。
初めて聞いたが悪くない曲である上にロレンツの気分も良く、難しくない曲だったので快諾した。
誰も居ない部屋で曲を練習するギター奏者と4カ国共通語に翻訳してもらった歌詞を頭に入れ歌うロレンツ。
二人が納得できるまで声を掛けないように頼んであったため落ち着いて練習ができ満足が出来る仕上がりとなった。
コーデル社社員の前で歌うロレンツ。
歌が終わると嵐のような拍手が沸き起こりコーデル社社員の多くが涙を流しながら人の名前と思われる言葉を口にし抱き合っていた。
ロレンツに握手を求める者や他の歌をリクエストしてくる者も少なくない。
戸惑うロレンツ。
拍手が鳴り止む頃、ロレンツは過去の戦争を思い出す。
戦争がなければこうやって一緒に楽しんでいた者も居ただろうと。
ギタリストの平民兵士は思う。戦争に駆り出され消耗品として扱われ死んでいたら今まで浴びたこともない称賛を得られることも無かっただろうと。
コーデル社社員は帰ることも出来ない滅びた地球に残した家族や友を思って泣いていた。
ロレンツは請われるままに歌を歌う。
自分が必要とされる事に感謝しながら。




