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11.わかめ

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 旅館を出た俺たちは、来た道と逆方向に車を走らせた。本来の予定では昨日の海水浴場にもう一度向かう予定だったのだが、あまりにも人でごった返していたので別の場所を探すことにしたのだ。そうして山を越えて海岸沿いをしばらく走ると、降りられそうな砂浜を見つけた。適度に広く、人も疎らで過ごしやすそうだ。

 早速波打ち際まで行って海につかってみると、寄せては返す生暖かい波が、足回りの砂をさらっていく。泳いだらとても気持ち良さそうだ。考えてみれば昨日はろくに泳がなかったから今日は昨日のぶんも海に浸かっていたい。

「星くん、今日は何をして遊ぶの?」

 後ろから笑顔の黒木さんがやってきた。可愛い。よほど楽しみだったのか、どこか歩く足が浮ついているように見える。ちなみに今日の黒木さんの水着も俺が選んだものだ。昨日とは打って変わってモノキニに、レースの入った純白の水着である。昨日より露出度は低いものの、それがかえって隠しきれない黒木さんのセクスィーさを引き立てている。やはり俺は水着を選ぶ変態、いや天才に違いない。


「そうですね、スイカは昨日食べちゃいましたし、お昼までは自由に泳ぐ感じで良いんじゃないですか?」

「だったら私と……」

「だったら私と一緒に泳ぎましょうよ。先輩」

 黒木さんの言葉を遮ったのは、いつの間にか俺の隣に立っていた佐倉だった。こやつ忍びの者か。

「いや一緒に泳ぐったって、どうするんだよ? ははっ、まさか海まで来てマジ泳ぎでもするのか?」

「はい」

「すんのかい」

 佐倉は無言で少し先にある岩場を指差して言った。

「ここからスタートして、先にあそこへ到達した方が勝ちです。それで負けた方が三人分ジュースを買ってくる、っていうのはどうですか」

 佐倉にしては割とまともな提案だな。確かに旅行に来て二日も運動をしてないと、身体が鈍りそうだしちょうど良いかもしれない。

「よし、受けて立とうじゃねえか。でもまともにやったら俺が勝つだろうからハンデやるよ。何秒にしようか?」

「じゃあ一年で」

「越冬させる気か」


 俺たちがバカな話をしていると、急に黒木さんが俺の手を握って来た。思いがけない行動にドキっとする。

「星くん、あと佐倉ちゃん、あんまり無理しちゃダメよ? プールじゃ無いんだから溺れたら危ないわ」

 黒木さんは眉を下げ、不安げな眼差しを俺に投げてくる。やっぱりこの人は優しいなあ。なんか佐倉をついでみたいに言ったのは多分気のせいだろう。

「先輩、早く行きますよ」

 佐倉は惚けている俺の手をグイグイ引っ張って海の中に引きずり込んでくる。……この言い方だと佐倉が亡者みたいだな。結局俺は佐倉から15秒遅れでスタートすることになり、時間は黒木さんに計ってもらうことにした。

 クロールで泳いでいく佐倉の水しぶきを後ろで見ながら、俺はゴーグルを付ける。15秒ハンデがあるとはいえ負けられない。

「……12,13,14,15!」

 黒木さんの声と共に大きく息を吸い込んで海に身を沈ませた。


 くぐもったような水の音。ほどよく冷たい海水。視界を覆う白い泡。息継ぎをしてもう一度潜れば、そこにはエメラルド色の世界が広がっていた。近くを小魚が泳ぎ、サラサラとした砂が波にあわせて寄せては引いて行く。まるで楽園に来たかのようだ。やっぱり山じゃなくて海に来て良かった、と俺はしみじみ思った。

 次に息継ぎをして陸の方を見た時、黒木さんが目に入った。どうやら俺の泳ぐ速さに合わせて歩いてきているようだ。そんなに心配しなくても溺れたりしないってのに。チラリと前を向くと、ほとんど佐倉との距離が縮まっていない事に気付いた。


 マズい、早くペースを上げないと負けてしまう。

 そう思い、ペースを上げるために多めに空気を吸い込もうとした時だった。陸にいる黒木さんが、何人かの男に囲まれているのが見えた。俺はとっさに泳ぐのを止め、確認するため砂浜の方をもう一度見た。やはりチャラそうな男たちが黒木さんを取り囲んでいる。黒木さんは困ったような笑みを浮かべながら、どうにかあしらおうとしているようだ。

 不味いな。黒木さんは佐倉みたいに、人を昏睡させる手段を持っていない。(持っていたらそれはそれで危険だが) それに男に慣れていない彼女は、強引に誘われたらホイホイ付いて行ってしまいそうな危なっかしさがある。

 俺は佐倉との勝負など忘れ、急いで黒木さんの方へ向かった。

「おーい、そんなところで何してるんだ、エリ!」

 俺は大きく息を吸い、出来る限り腹からの大声で言った。ちなみにエリとは黒木さんの下の名前である。あまりの大声に驚いたのか黒木さんも、黒木さんを取り囲んでいた男たちも、弾かれたようにこっちを向いた。俺は手を振りながら、出来る限り自然な笑みを浮かべて歩いた。そして近づくと、男たちに会釈をしながら黒木さんの手を掴んだ。一瞬、黒木さんの手がビクリと震える。


「すいません、この子、俺の彼女なんですよ。ちょっと方向音痴で迷子になっちゃったみたいでして」

 俺は笑って頭を掻きながら言った。いきなりの彼氏の出現に、男たちは困惑したようである。

「なんだ、彼氏持ちかよ」「しゃあない。他の女探そうぜ」

 と口々に言いながら離れていった。アイツらが話の通じる連中だったというのもあるが、穏便に済んでよかった。相手を殴り倒すだけが空手ではない。手を出さずに済ますのも一つの空手の形だ。

「黒木さん、大丈夫ですか?」

 俺が握っている黒木さんの手は未だに震えている。初めてのナンパで相当怖い思いをしたのだろう。可哀そうに。

「ほ、星くん。助けてくれてありがとう、私、どうしたらいいか分からなくって……」

 黒木さんは俯いて呟くように言った。大したことはしていない。ただ愛想笑いしながら彼氏のフリをしただけだ。


「それから」

「ん、何ですか?」

 黒木さんは若干涙ぐんでいた。

「その、さっき、わ、私のこと、彼女って……」

 もしかして怖かったわけではなく、俺に彼女と言われたことが恥ずかしくて震えているのだろうか。随分初心だな。そこが良いわけだけども。

「いやいや、俺が黒木さんのことを彼女って言ったのはですね」

 と言ったところで、後ろから強烈な衝撃が肩を襲った。

 俺は反射的に振り返る。そこに居たモノを目にして、俺は顎が外れるほど驚いた。なんとワカメである。それも某アニメのキャラクターではなく、みそ汁に入っている方である。正確には全身をワカメに覆われた「何か」のようだ。ワカメの化身だろうか?

 俺はとっさに黒木さんを背中に隠して身構える。その俺の顔を、ワカメの中から二つの紅い目が睨んでいる。


「先輩、私との勝負はどうしたんですか?」

 ワカメは唸るような声でゆっくり言った。……えっ、佐倉!? 俺が慌てて顔のワカメをかき分けると、やはり佐倉の顔が出現した。彼女は血走った目で俺を睨んでいる。

 余りにも佐倉の目つきが怖かったので、取り払ったワカメを再び彼女の頭に載せた。

「なんでワカメ乗せるんですか!! 家系ラーメンですか私はっ!!!」

 爆発するようにキレる佐倉。

「いやいや落ち着け佐倉! そもそもなんでお前はそんなにワカメまみれなんだ」

 ワカメまみれとかいう言葉、人生で初めて口にしたわ。

「そんなのワカメの群生地帯を見つけてしまったからに決まってるじゃないですか!」

「いや、決まってはないと思うが」

「私とワカメの出会いはどうでもいいんですよ!」

 ワカメの化身は鋭く両手を広げたり狭めたりしながら話し続ける。

「なんで私との試合を放棄するんですか! そしてなんで黒木さんのところに居るんですか! あとさっき彼女がどうとか聞こえたんですけど元気ですかっ!!」

「何なんだお前は」


 不味いな。ワカメを身に纏っているせいか佐倉のボルテージが高まっている。ここはどうにか穏便に済ませなければ、またワカメでシバかれかねない。

「佐倉ちゃん、落ち着いて」

 どうにか佐倉をなだめようと思ったのか、黒木さんが言った。確かにここは俺が言い訳するより、黒木さんが弁明してくれた方が説得力があるかもしれない。

「違うの佐倉ちゃん。星君は何もいやらしい事はしていないわ。ただ私の手を握って、私のことを彼女だって言っただけ」

 おい待て色々すっ飛ばしすぎだろ! それ佐倉がキレる情報しか入ってねえじゃねえか! と思っていると案の定、佐倉は手に持ったワカメをひゅんひゅん回し始めた。まるで鎖付き鎌のようだ。正確にはワカメ付きワカメだけど。

「コロス」

 佐倉は無機質な声で言った。

 俺は死ぬかもしれない。


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