10.おはよう星くん
結局俺は明け方までよく眠れなかった。浴衣の隙間から見える黒木さんの胸元や長い足、そして何故か寝ぼけて俺の腕に抱き着いてくる佐倉のせいである。
ようやく眠りに落ちた俺の目を覚ましたのは、身体を縛られているかのような違和感だった。金縛りだろうかと思って目を開けると、朝日の差し込む中、隣に佐倉の寝顔があった。まるで天使のような美しさだ。空手をしている時は死神だが。
「おはよう星くん」
後ろから声がしたのでゴロリと向きを変えると、黒木さんがうっとりとした表情で俺を見下ろしていた。何かとても嫌な予感がして起き上がろうとすると身体が動かない。試しに首を動かして胴体を確認してみる。その瞬間俺は叫んでいた。
「何じゃこりゃあ!」
俺の身体には縄が張り巡らされ、亀甲縛りになっていたからだ。誰がこんな事を! ……まあ犯人は分かっているわけだが。
「何するんですか黒木さん!」
抗議するように見上げると、黒木さんはスマホで俺の写真をカシャカシャ撮っていた。
「あん、動いちゃダメよ星くん。貴方の素敵な姿をしっかり画像にして保存しなくちゃいけないんだから」
「くっころ!」
黒木さんは鼻息荒く、頬を紅潮させてとても興奮している様子である。もうダメだこの人。
黒木さんはこのように人を縛って楽しむ特殊な性癖があるようで、俺は今まで何度も拘束されてきた。まさか旅行中に縛られるとは思わなかったが。
「先輩、おはようございます」
今度は後ろから佐倉の声がした。チャンスだ。
「佐倉! 頼む、助けてく……」
ミノムシのように振り返った俺の目に入ってきたのはバキバキと指の関節を鳴らしながら、どこぞの戦闘民族のように髪を逆だてた女の姿だった。あれ? もしかしてとんでもない勘違いされてる?
「先輩、私が隣に寝ているというのに、昨晩は随分とお楽しみだったようですねえ」
やばい、殺されりゅ。俺の背中に滝のように汗が流れ始める。
「ちょ、ちょっと待て佐倉! 誤解なんだ!」
「そんな縛られ方されてる人が言っても説得力が無いんですが」
確かに。なんて納得してる場合じゃねえ!
「いいか佐倉、落ち着け。これは俺が寝ているうちに黒木さんが勝手に縛ったんだ! そもそも黒木さんには人を縛る癖があって俺はこれまで何度も」
「これまで何度も、だと貴様?」
佐倉の目が紅くギラついて俺を睨む。あれは人の目じゃない。主に人を食って暮らすモンスターの目だ。
このまま蹴り殺されてしまうのだろうかと思っていると、佐倉はドスドス窓の方へ歩いて行き、強引にカーテンと窓を開け放った。空気の入れ替えをしているのだろうか。などと呑気なことを考えていると、佐倉はドスドス戻ってきて俺の身体を軽々と持ち上げた。こいつの腕力どうなってるんだ!
「お、おい佐倉! 佐倉さん!? 下ろして佐倉様っ!!!」
俺の悲鳴などまるで聞こえていないかのように、窓際まで歩いていく佐倉。朝日の差し込む窓から直下の庭が遠く見えた瞬間、ひっさしぶりに金玉がひゅんひゅんする感覚に陥った。佐倉は軽やかな声で言う。
「落としますねー」
「やめてえええええ!!!」
※星くんは無事落とされずに済みました。
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