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魔女マーリィと御伽の迷い子  作者: ニトリ
魔女マーリィと御伽の迷い子
3/3

第一話(2)

 僕らが暮らすイリ―シュの街には、ちょっとした言い伝えがある。

 街の外にある大きな森……《迷いの森》には、間違っても、絶対に入ってはいけない。

 《迷いの森》には不思議な力が宿っていて、一度迷いこめば永久に抜けだす事が出来なくなる。そうしてさ迷い続けるうちに、やがて森に棲む魔女に捕まって、肉片も残さず喰われてしまうぞ、と。

 所詮は作り話。子供心にそう思っていた。「いい加減にしないと、迷いの森に置いてきちまうよ! 」「我儘な子は、魔女に食べられるよ! 」といった具合に、言うことを聞かない子供に言い聞かせる類のものなのだと。

 実際、それを言われた妹は怖さで泣いていたし、僕も怖さのあまり寝られなくなったり、トイレに行けなくなり何度かベッドのシーツに水たまりを生み出した事がある。あれは本当に恥ずかしかった。一刻も早く忘れてしまいたい。

 ……まぁともかく。少なくとも、ここ最近まではそう思っていた。《迷いの森》なんてものは、ただの作り話だと。

 一か月前。ひょんな事から、この森に入るまでは。



===



『コッチ。ついてきて。』


 進む。

 変わる。


『次はコッチだよ。』


 進む。

 変わる。


『次は~…あぁ、ソッチかな。』


 進む。

 また変わる。


『ッ~~~あああああもう、なんなの今日は!? なんでこんなにコロコロと《道順》が変わるかなぁ!嫌がらせなの? 私に対する嫌がらせなのか、そうかそうなんだ!? 』

「ま、まぁまぁ、落ち着いて……。」


 森に入って幾分か経った頃。いい加減に耐えられなくなったのか、シエラは声を大にして叫んだ。乱心する小さな親友をなだめながら、ロカルは彼女の案内に従って、森を進んでゆく。

 と、ふいに違和感を覚えた。奇妙な気配が、入り乱れるような感覚。この森に入ってから、幾度も感じた予感。まさかと思い振り向くと、そこには今さっき通ったばかりの獣道が……ある筈だった。

 ロカルはため息を吐くと、前方を浮遊するシエラに、躊躇いがちに告げる。


「えっと、シエラ…。また入れ替わったみたい。」

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛またなのォォォォォォォォ!!!???』


 もう何度めかもしれない「ソレ」に、ロカルは溜息を吐いた。

 そこには道も何もない。周囲と同じく、木々が鬱蒼うっそうと茂っているだけの風景が、目の前に広がっていた。まさかと背後を見ると、今まさに進もうとしていた道も消え、代わりに大きな木の幹が現れていた。

 傍らのシエラはもはや声にもならないのか、歯を食いしばって身悶えしている。


 これこそ、この森が《迷いの森》なんて呼ばれている所以だった。

 シエラ曰く、これは森全体を漂う魔力によるものらしい。ふとした瞬間に空間が捻じ曲がって、今来た道も、これから行くはずだった道も、それ以外もすべてが、一瞬で塗り替えられてしまう。森全体が動く迷宮のようなもので、これでは抜け出せずに迷ってしまうのも納得だった。

 それでもシエラのような妖精には、正しい道順が見極められるらしい。彼女の案内がなければ今頃、僕は延々と森を彷徨っていたかもしれない。



 僕はともかく、シエラは休息が必要かもしれない。

 そう提案し、僕らは木陰で休憩を挟むことになった。


「それにしても、今日はなんなんだろうね。こんな頻繁に入れ替わるなんて…。」

『う~ん…魔力の質もそうだけど、今日はいつもより森が騒がしいっぽい。多分、その影響なのかなぁ。』

「騒がしいって、こんなに静かなのに? 」


 言いながら、ロカルは耳を澄ませてみる。

 聴こえてくるのは、鳥や小動物の鳴き声に、穏やかな風にそよぐ木々の葉音ばかりだ。日も昇ってきたのか、暖かな日差しが木々の隙間から差し、森をほのかに照らしている。《迷いの森》の意地悪な性質にさえ目を瞑れば、それらは騒がしいというより、むしろ心地良よかった。


『あくまで例えよ。そうだなぁ…君たち人間も、風邪で体調を崩すことってあるじゃない?そんな感じで、森にも調子が悪い日があるの。』 


 ここまで酷いのは珍しいけどね。そう言うと、シエラは周囲を見渡し、やがて正しい道を見つけたのか、そちらに向かってゆらゆらと飛んで行く。その後を追って、ロカルも雑草を掻き分けて進んでゆく。

 そこからは。先の繰り返しだった。ある程度進んだと思えば、森の魔力で空間が捻じれて入れ替わる。シエラの案内に従って、道なき道を進む。時折小休憩を挟んで、木陰でおやつを食べる。そうしてまた、奥へ奥へと進んでゆく。風景が塗り替えられ、再び癇癪を起こす親友を宥めながら、また進んでゆく。その繰り返し。

 そうして、何度目かの休憩を取っていた頃だろうか。太い木の幹に座り、チョコレート味のクッキーを頬張っていると、ロカルは奇妙なものを視界に捉えた。


 「…ンふ? 」 


 もごもごと口の中のクッキーを飲み込みながら、ロカルは目を細める。

 相変わらず、草木が密に生い茂っているだけの風景が広がっている。その一角が、どうも不自然に揺らいでいた。よくよく目を凝らすと、時折青白い光が瞬いているようにも見える。

 あれも漂う魔力の影響なのだろうか。そんな事を考えてみたが、それにしてはどこか異質に思えた。


『どうしたのロカル。呆けた顔しちゃって。』

「シエラ、あれ何かな。 」 


 道中に摘んだ木の実を齧っていたシエラは、ロカルの指差す方をじっと睨んだ。しかし肩をすくめると、再び木の実に噛りつく。オレンジ色をした瑞々しいその木の実は、どうやら彼女の好物らしく、この森に訪れるたびに食べている。以前、どんな味なのか気になって食べさせてもらったことがあったけど、中々に凄まじい味だった。ブヨブヨとした触感はまだしも、酸味とエグみが強烈で、思わずその場で吐き出してしまった。しかし美味しそうに食べているあたり、もしかしたら妖精と人間では味覚が違うのかもしれない。


『ナンにも無いじゃない。どうしたの、《影狼》でも見た? 』

「そうじゃなくて、あの光……ってアレ? 」


 指差して再びそちらを向くが、しかしその頃には、奇妙な揺らぎは消えてしまっていた。

 ロカルは首を傾げて目を擦ると、最後のクッキーを口に放り込んだ。もしかしたら疲れから錯覚したのかもしれない。


「ごめん、気のせいだったみたい。そろそろ行こうか」


 水筒のジュースを数口含む。クッキーでぱさぱさに乾いた口内が一瞬で潤っていくこの感覚が、ちょっと好きだったりする。ロカルは水筒を仕舞うと、リュックの紐を肩に通す。

 その場を立ち去る直前、ロカルは揺らぎのあった場所を再度見る。勘違いならそれでいい。けれどもそれなら、この胸につかえて取れない違和感の正体はなんなのだろう?

  




 森に入って、もう三時間は経っただろうか。

 やっとの思いで茂みを抜けると、やがて大きく開けた場所に出た。木や雑草の一本も生えておらず、代わりに多種多様な花が、鮮やかに咲いていた。よく見れば、澄んだ小川もチョロチョロと流れている。そして広場の奥には、一軒の小さな家が建っていた。

 さて、もう一息だ。疲労で凝り固まった足を数度曲げて伸ばすと、ロカルは目の前の家に向かう。

 ……と、ついに限界を迎えたのか、シエラが力なく落ちてゆく。慌てて手を伸ばして受け止めると、彼女はため息を吐いて、ロカルの掌に寝転がった。


『だぁぁぁぁもう無理。動けない。もう飛ぶ事すら辛くなってきた…。』

「はは、案内ありがとね。ちょっと僕の肩で休んでていいよ」

『ん、それじゃお言葉に甘えまして…』


 ロカルの左肩に腰をおろすと、大きく背を伸ばし、ぐにゃりと脱力した。度々休憩を挟んでいたとはいえ、ロカルが迷わないように絶え間なく案内してくれたのだから、力尽きるのも無理もないだろう。もう一度感謝を口にして、ロカルは改めて家へ向かう。

 ロカル達が立っている場所から家まで、一本の道が通っている。首に寄りかかるシエラを落とさないよう、慎重に道を進んでゆく。

 やがて二人は、小さな家の前にたどり着いた。赤いレンガで組まれた壁には、長いツタが幾重にも這っている。家の横には農園らしきものがあり、そこには見たことのない植物が育てられていた。

 

「ロカルです。先生~いらっしゃいますか~? 」


 木製の戸を叩きながら、ロカルは家主を呼ぶ。まぁ当の本人が出迎えてくれた事はこれまでに一度もなく、大抵は彼女の同居人の誰かが扉を開けてくれるのだが……どういうわけか、今日は違った。


「んん、おかしいな。 私が間違っていなければ、来るのは明日だと記憶してたんだが。」


 やや気怠げに扉を開けたのは、この家の主人、マーリィだった。

 腰まで伸ばした茶の髪はボサボサに乱れており、前髪から覗く碧眼には、うっすらとクマが出来ている。部屋着の白いYシャツはくたくたにヨレており、サイズが微妙に合っていないのか、普段よりも身体のラインが強調されている。

 思わず目をそらすと、ふとシエラと視線が重なった。……とても冷え切った目をしている。

 

「め、珍しいですね! あの先生がこんな時間に起きてるなんて。」

「そういう君の言葉は、相変わらず容赦がないね……。いや、ちょっと早くに目が覚めてね。用事が控えてたんで、そのまま起きてたのさ。」


 「まぁ入るといいよ。」と、マーリィは二人を家の中へ促した。おじゃましますと告げて入ると、まずラベンダーの香りが鼻先をくすぐった。


「適当に座るといい。…珈琲と紅茶、どっちが良いかな? 」 

「それじゃあ、紅茶でお願いします」

「分かった。少し待っていてくれ」 


 そう告げると、先生は部屋を出て、キッチンへ姿を消す。暫くして、茶葉の香りが漂ってきた。

 ロカルは椅子に腰を沈めると、肩のバッグから毛布を引っ張り出す。畳んで広いテーブルの上に置くと、その上にシエラを寝かせた。

 シエラはなんの抵抗もせずに横たわると、ベッドで寝るように小さく包まってみせた。身体が小さいからか、そうすると彼女の姿が毛布に隠れて見えなくなってしまう。その様に小さく笑うと、ロカルはバッグから絵本を取り出し、テーブルの上に積み重ね始める。

 

 暫くして、先生がティーカップを手に戻ってきた。カップは右手に2つ、左手に1つ。どれも湯気立っていた。左手はともかく、右手にどうやって2つもカップを持っているんだろう? 少なくとも、今の僕には真似できそうにない。


「……? 何をしているんだい? 」


 右手をくねくね動かす様を見て、先生は訝しんだ。


「どうやって、先生みたいに片手でカップを2つ持てるのかなって。」

「ああそういう。君の手はまだ小さく丸いからね。今は難しいだろうけど、そのうち出来るようなるさ。」 


 「熱いから火傷しないように」と笑いながら、先生は僕とシエラ、そしてテーブルの反対側にカップを並べていく。

 そうして僕らと対面するように腰かける先生は、次いで困ったように眉を歪ませた。


「というか、先生ではなく『マーリィ』だと言っただろう? 弟子を取ったつもりはないぞ、私は。」

「だって先生、『私の弟子になってみないか? 』って、前に言ったじゃないですか! 」

「……ん、そうだったか? 」

『確かに言ったね。「よければ私の――魔女の弟子になってみないか? 」って。……私は反対だけど。』


 先生の真似だろうか。毛布から顔だけ覗かせたシエラが、険しい顔をして口を挟む。それを耳にして、さっきよりも深く眉間に皺を寄せながら、先生はティーカップに口を付けた。

 ちなみに「マーリィ」という名前は本名ではないらしい。どうも先生には名前――というより、自分に関する記憶がないらしく、便宜上そう名乗っているだけらしい。 

 

「それに、他の皆も先生の事を『先生』って呼んでますし…だから…その、いいかなぁと…。」

「~~~あああ分かった分かった。どうせ名前なんて決まってないんだ、君の好きに呼ぶがいいさ。だからそんな悲しそうな顔をするんじゃない! ……それにしても弟子、弟子か。あぁ思い出してきた。確かにそんな事を言った覚えはある。」


 言いつつ、先生は傍らの皿から木の実を摘まむと、指先でそれを弾く。木の実はコロコロと、先生を睨み続けているシエラの方へ。目の前に鎮座する木の実を嫌そうな顔で見つめ、しかし空腹に耐えきれなかったのだろう。シエラは先生をキッと睨むと、木の実をつかんで、再び毛布に潜ってしまった。


「…なんか、猫みたいだ。」

「君の友人には相当嫌われているようだね、私は。まぁ妖精に嫌われるのは、今に始まったことじゃないさ。」


 そう告げつつも、どこか寂しそうに笑うのだった。





「それで、今日はどうしたんだい? 来るのは明日だった筈だったろう? 」

「明日はちょっと、妹と出掛ける事になったので。」

「ああ成程、それなら仕方ない。あれから妹さんの調子はどうだい? 」

「おかげさまで、最近は見違えるように元気です。ちょっとうるさいくらいですよ。」

「そうか、ならよかった。」


 微笑みながら、先生はロカルの持ってきた絵本に視線を落としている。

 今日ここに来たのは、何冊か絵本を持ってきてほしいと先生に頼まれたからだ。

 持ってきたのは3冊。収集家だったお父さんが集めた、珍しい絵本だった。


 ペラ…ペラ…と、頁をめくる音だけが居間に響く。木の実を堪能し終えたのか、毛布の端から種が転がり出てくる。シエラは多分、このままお昼寝だろう。「おやすみ。」と声をかけると、返事代わりに毛布が動いた。

 ロカルはティーカップを片手に、窓の外へ視線を向ける。のどかないい天気だ。家を出る前に、洗い物を干せばよかったかな。


「…あ。そういえばここに来る途中、森で変なものを見たんですけれど。」

「変なもの? 」


 丁度読み終えたのか、絵本を閉じる先生に、ロカルは森で休息を取っていた際に見たモノ――奇妙な揺らぎと、時折迸る光について説明した。あの時は勘違いだと自分に言い聞かせたけれど、どう考えてもあれは勘違いなんかじゃない。

 それを聞いた先生は小さく頷くと、


「空間の歪みと白い瞬き、か…。シエラ、君にはどう感じ取れた?  」

『……さぁ? 私には何も見えなかったけれど。あぁでも、ほんの一瞬だけ、魔力の乱れがあったわね。本当に微々たるものだったから無視したけれど。』


 お昼寝を邪魔をされて不機嫌なシエラ。彼女の言葉を受けて、先生は何かを確信したようだった。「やはり今朝に感じた予感は…。」と呟くと、ティーカップを撫でているロカルへ告げた。


「成程、大体の察しはついた。それはそうとロカル、今夜はここに泊っていくといい。 」

「……へ? 」


 あまりに唐突な申し出に、ロカルはついティーカップを落としそうになった。

 




 そしてその晩。

 僕は先生に叩き起こされ、あの現象と立ち会う事になるのだった。



前回冒頭のシーンについて。今回解説するといったな。あれは嘘だ((

文字数が多くなりそうだったので、次回に回します。申し訳ありません。

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