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魔女マーリィと御伽の迷い子  作者: ニトリ
魔女マーリィと御伽の迷い子
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第一話(1)

 太陽が沈み、月が真上に昇った頃。

 夜闇と静寂に包まれた森の一角に、青白い光が迸る。

 まるで稲妻のようだった。空間を引き裂くように、捻じ曲げるように、バチバチと光が弾けてゆく。


……助けて。

 

 光は次第に広がってゆき、森を明るく照らしてゆく。

 それに呼応しているのか、森全体が悲鳴を上げるように、木々が騒めく。何かを感じ取ったのか、眠っていた鳥や小動物たちが、散り散りに逃げてゆく。

 

……助けて。

 

 光は尚も膨らみ続ける。

 周囲の植物や逃げ遅れた生物を覆うように、森の一角に覆いかぶさるように膨らんでゆく。その最中、硝子が割れるような、鋭い音が混じる――途端、変化が生じた。

 大きく膨らんだ光が、一点に収束し始めた。同時に、凄まじい風が吹き荒れる。風は周囲を巻き込みながら、光の中心へ流れているようだった。……と、風に揺らぐ草木が、徐々にその色を失い、朽ち果ててゆく。動物はその場に倒れ、身悶えした後、植物と同じく色を失ってゆく。

 対して、光はその輝きを増していた。まるで何かを吸いあげているように、みるみると。

 やがて、光の中心に小さな影が生まれた。影はしだいに大きくなり、その形を変えてゆく。  

 それはまるで、人間の子供のようにも見えた。





 その様を、遠くから眺める二つの人影があった。

 一人は、まだ十歳にも満たない少年だ。片目を隠すほどの前髪に、見え隠れするコバルトブルーの瞳。身に着けているオーバーオールとシャツは見るからに丈が合っておらずぶかぶかで、くたびれてしまっている。

 その隣に立っているは、黒い無地のロングコートを纏った女性だ。腰まで伸びたワインレッドの髪は寝ぐせではねており、大きなとんがり帽子で無理やり押さえつけている。右手には木製の長杖を握っており、杖先の赤い宝石が、光に反射して怪しく煌めいている。

 

「ロカル、気をしっかりと持つんだ。少しでも気を抜けば、生命力を根こそぎ持っていかれるぞ。」

「持っていかれるって…そもそもなにが起きてるんですか! アレ何なんですか!? 」


 地面にしがみついたまま、少年…ロカルは傍らに立つ女性…マーリィに叫ぶ。

 身体が重い。息が苦しい。視界が眩む。何か大切なものが、身体からゴッソリと抜け落ちるような不快感が、ロカルの身体を蝕んでいた。

 どうにか呼吸をしながら、ロカルは心底後悔していた。「今日は泊っていくといいよ」なんて言われたかと思えば、なんの説明もないまま真夜中に叩き起こされてコレである。もうなにが何だかさっぱりだ。やっぱり断って帰るべきだったかもしれない!

 目に見えて弱っていくロカルの様子に、マーリィは何か考えるように目を細めると、


 「しまったな、人の子にコレは耐え難いか…。《従僕たる影の獣よ――》」

 

 握っていた杖の穂先を、こつんと地面に打ち付ける。

 途端、マーリィの影が広がり、べろんと地面から剥がれた。影は二人を覆い包むと、やがて静かに透明に変わった。

 その瞬間に身体の不快感が消え、ロカルは肺に閉じ込めていた空気を一気に吐き出した。

 彼女が生み出した影はもう見えない。しかしロカルの『眼』には、半円状の黒い膜が、うっすらと二人を覆っているのが見えていた。


「…先生。これって、」

「『アレ』の干渉を遮断する障壁さ。これで生命力≪まりょく≫が吸われることは無くなったはずだが……息苦しさは消えたかい? 」

「まだ身体が重い気がするけど、さっきよりは。ありがとうございます。」

「感謝されるようなことはしてないよ。君と私とでは作りが違うのを失念していた、すまない。…とはいえ、これも長くはもたないだろう。『アレ』が早々に終わるのを願うしかないね」


 言いながら、女性は障壁を睨む。障壁の側面が、ほんの僅かに揺らいでいる。どうやらあの光は、障壁の魔力をも吸っているらしい。


 「先生、アレは一体なんなんですか? さっきの感じ…まるで、僕の命が吸われてたような。」

 「ふむ。なんと説明すべきか悩むな。……初めて会った日、君は『この森で何をしているのか』と私に尋ねたが、アレこそがその答えさ。私はアレの謎を解き明かそうとしている。アレは……おや、どうやら終わったらしいね。」


 先生の言葉に、ロカルは光の方へ目を向ける。

 光も吹き荒れる風も、いつの間にかおさまっていた。さっきまでの騒がしさが嘘のように、森は再び夜闇と静寂に包まれていた。

 先生は小さく息を吐くと、障壁を解く。『さぁ、行くとしようか。』と立ち上がると、先ほどまで光が灯っていた場所へ歩み寄ってゆく。ロカルも慌てて立ち上がり、その後に続く。

 色を失った草木は脆く、少し触れただけでぼろぼろと崩れてしまう。おかげで難なく進むことができたが……気のせいだろうか。枯れた雑草の隙間からチラリと、何かが地面に倒れているように見えた。

 いや気のせいなんかじゃなかった。立ち尽くす先生の横に並び、その足元に横たわっているものを見た途端、ロカルは自分の目を疑った。

 

 少女だ。ロカルと同じか、それよりも幼いだろう少女が一人、眠るように素肌を晒して横たわっていた。

 ………あれ?

 

「ぁ、うえぇっ!? なん……!? 」

「おやおや。随分と初々しい反応をするじゃないか。まだ生まれて間もない君には、女体はいささか刺激が強かったかな。 」

「べ、別に妹で見慣れて…いやそうじゃなくて、」


 火照った顔を隠しながら、ロカルは指の隙間から少女を覗き見る。何故裸なのか、そもそもなんでこんな場所に女の子か倒れてるのか。それこそ疑問は尽きないが、再び少女に目を向けると、ロカルは別の意味で、また目を疑った。

 そこにいるのは、見るからに人間の少女だ。だが、それはあくまで「普通に見れば」の話だ。

 ロカルの『眼』には、それとは全く異なるものが映っていた。

 少女の内側で蠢いている、黒くて不気味なソレは、一体何なのだろう?




 そもそも、なぜこんな事に巻き込まれているのか。

 事は、今日の早朝まで遡る。



/////



 本格的な冬の到来はまだ先だというのに、今朝はやけに冷え込んでいた。


「……今日はちょっと早めに帰ったほうがいいかな。」


 まだ薄暗い窓の外を眺めながら、ロカルはポツリと呟いた。

 なんだかとても嫌な予感がする。うまく言葉にできないけれど、何かが起きそうだとか、面倒に巻き込まれそうだとか、そんな直感的なアレだ。――それがまさか、あんな形で現実になるなんて、その頃のロカルには知る由もなかった。

 今日は夕方までに帰ってこよう。そう決心しつつ、中断していた荷作りを再開する。

 お父さんから貰ったペンとノートと双眼鏡、ジュースの入った水筒にサンドイッチの入った弁当箱、お気に入りから更に選び抜いた絵本が数冊、古びた紺色の毛布が一枚、その他諸々……小さなベッドに乱雑に置かれたそれらを、リュックへ無理やり詰め込んでいく。


『おはよう。随分早起きだねぇ…。』


 声が脳裏に響く。振り向くと、そこには淡い光に包まれた小人が一人、眠そうに宙を漂っていた。

 エメラルド色の瞳に淡い緑の肌。葉っぱを幾重にも重ね合わせたような服を纏った彼女は、凝り固まった身体と羽をめいっぱい伸ばすと、小さく欠伸をした。

 彼女の名前はシエラ。僕の友達で、その正体は『妖精』だ。いつ、どうやって彼女と知り合ったかはよく覚えていない。それこそ物心ついた頃から僕らは友達であり、ずっと一緒だった。


「おはようシエラ。いつの間に起きてたの。」

『起きてたというか、物音で起こされたというか…。』


 眠い目を擦りながら窓際に飛んだシエラは、まだ薄暗い外を見て、不満そうに顔を歪めた。まぁ当然だ。今はまだ夜明け前。普段の彼女なら、まだ夢の中で遊んでいる最中だろう。

 次いで、ロカルが荷作りしているのを目にした途端、心底あきれたとでも言いたげに肩をすくめた。


『その荷物…。まさかとは思うけど、こんな時間に森へ入るつもり? 日が昇っていない間にあの森に入るのは、とても危険なんだけど。』

「今日はちょっと大事な用事があるからね。なるべく早めに済ませておきたいんだ。それに周りの目もあるし。」

『う~ん…。気が引けるけど、私も一緒だしなんとかなるかなぁ。分かってると思うけど、『種』を持っていくのだけは忘れないでよ? 』

「わ、分かってるよ。分かってるとも。」


 言いながら、ベッド横の棚から中身が入った革袋を取り出す。中に入っているのは、小指程の大きさの植物の種だ。『分かってる』とは言ったものの、シエラに言われるまではすっかり忘れていた。いざという時にこれが無いと、最悪命を落としかねない。ああ背後からの小さな視線が痛い…。

 あはは…と笑って誤魔化しながらバッグに詰めると、バッグを肩にかけて部屋を出る。時間も相まって、いつもより廊下は暗く、ひんやりと冷たい空気が漂っていた。

 

『妹さんに、一言いわなくていいの? 』

「昨日、寝る前に言ったよ。先生のトコに行くって言ったら、ものすごい顔された。」

『命の恩人とはいえ、妹さんはアイツが苦手だものね。私もアイツ苦手よ。』

「それ、先生には言わないであげてよ? あれでもけっこう気にしてるみたいだし。」

『ナイナイ、絶対ない! ふりをしているだけで、裏では面白がってるのよ、絶対。』


 なるべく音を立てないように階段を降りて、玄関へ向かう。そっと扉を開けると、冷え切った空気が家に入り込んできた。僅かに肩を震わせながら、ロカルは外へ出る。

 街道には小さな野良猫が歩いているだけで、人の姿は見当たらない。おそらく、皆まだ寝ているのだろう。これから向かう場所を考えると、出来るだけ人目につかないほうが都合がいい。

  



 街を出て南に進むと、小さな丘が見える。寒さに肩を震わせながら丘を上り、すぐに下る。そうすると、大きな森が見えてきた。

 まだ日が昇っていないからか。はたまたこの森特有の力がそう感じさせるのか。まだ薄暗い森には、言葉にしがたい威圧感と不気味さが漂っていた。


『相変わらず不気味な雰囲気…。ロカルは大丈夫? 怖くない? 』

「…う、うん。ほんのちょっと怖いけど、なんとか大丈夫。」


 強がってみせるが、実のところは全く大丈夫ではなかった。肩が小刻みに震えているし、気のせいか呼吸も落ち着きがない。

 この森に来るのは何度目かになるけど、実際に足を踏み入れるのは、まだ片手で数えられる程度しかない。この雰囲気に慣れるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

『大丈夫。もしも何かあったら、また私が助けてあげるから! だから心配しないでいいよ。』

「あ、ありがとう…」


 シエラはにこりと微笑むと、さぁ行きましょ、と森へ向かって飛んで行く。

 先行する小さな背中に続いて、ロカルも細い獣道へ足を踏み入れた。

 


 一歩。

 一歩。

 また一歩と。

 朝露に湿った大地を、一歩ずつ踏みしめてゆく。

 途端。

 身の毛もよだつほどの生暖かい風が、小さな頬をそっと撫でる――それが合図。

 ロカルはふと、来た道を振り向いた。

 森に踏み入って、まだ数歩しか進んでいない。森の外の景色や、街の姿が見えてもおかしくない。

 しかし。ロカルの視線の先には、深く入り組んだ森が広がっていた。


第一話は三分割して、順次投稿していきます。

冒頭については、次回説明…出来ればいいなぁ。

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