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オーガドライヴ・ストラグル  作者: 鳥烏うp
7/13

邂逅を告げる第一闘争 -Ⅵ

己の成した暴虐と謎の飢えとを結びつける仮説を立て、そのまま睡眠という束の間の安息へ逃避したユウ。だが彼がすでに異常者となったように彼を取り巻く世界もまた――――


結局のところ、その翌日もそのまた翌日もさらに翌日も、警察や探偵などと思しき人間がユウを訪ねてくることはなかった。

明くる日の朝、何度も躊躇いながらも恐る恐るといった様子でテレビのニュース番組を見てみたが昨晩起きたはずの空前絶後に猟奇的な殺人事件の話題は最後まで取り扱われることはなかった。一応ネットニュースやアングラな掲示板なども一通り覗いてみるがやはり目的の話題に関する記事や書き込みはどこにもない。

もしや昨日のことは全て夢だったのではないかと一瞬期待するが、部屋の隅で異様な存在感を放つ何枚も重ねられた袋に入っているモノを見て瞬時に考えを訂正する。

やはり昨日の一件は夢ではない。あの飢えと、そして自分が殺人を犯した事実は変わっていない。ではなぜ、どこのニュースを見ても話題に上がっていないのか?

素人考えで思い至るのは、事件内容があまりにも凄惨すぎるため周辺住民にパニックを起こされないように情報統制が敷かれている可能性。人の手で成せる範疇を越えた殺人なので捜査の初期段階では人よりも動物、それもとびきりの猛獣あたりに犯人としての白羽の矢が立ってもおかしくはないはずだ。そんなものが近くに潜んでいるかもしれない事実を知らされた人々はとてもじゃないが穏やかではいられないだろう。当事者でさえなければ自分だってそうなっている。周辺住民の安全確保を第一に考えるのならば避難をさせるべきなのだろうが人の手による殺人との両面で捜査を進める場合に避難のどさくさに紛れて潜伏していた犯人に逃げられる可能性や事情聴取ができなくなるデメリットとを天秤にかけて確証が取れるまでは慎重になっているのかもしれない。

とにもかくにもあの場所に戻って状況を確かめたい衝動に駆られるが、犯人は必ず犯行現場に戻ってくるという何かの推理小説で読んだフレーズを思い出す。現場で警察が待ち伏せしているかもしれない。殺しを実行したのは確かに自分の体だが、そもそもあの時この体を動かしていたのは鬼なのだ、自分ではない。責任転嫁も甚だしく見苦しさしかない言い逃れであることは承知の上だが自分ではない何かの犯した罪を被って檻に入ることは、やはりできることならしたくなかったのでその衝動は抑え込む。

昨日の飢えに比べたらこの程度雑作もなかった。

そしてそのまま何事もなく一週間が経過する。

その間もテレビ番組やネットの掲示板、さらには普段読まない新聞まで買って隅々まで目を通していたがやはりあの夜の事件に関する報道は全くなかった。

時間と共にあまりにも普段通り過ぎることへの不安や疑問は安心へと変質し、忘れこそしないもののもはや平時とほとんど変わらない心境で日常を送っていたその日。

今更そんな「普通」を謳歌することなど許さないとばかりに案の定と言えば案の定、唐突と言えば唐突に、渇望は顕現する。

あの飢えが、再び湧き上がってきたのだ。

何よりも恐れていた事態ではあったが、いずれこうなるであろうことは予想できていたので不思議と冷静でいられた。以前とは違い、飢えの強さが初めから最高潮ではなく片鱗程度の比較的弱いものだったこともあるだろう。この程度ならば今のところ理性の維持に問題が出ることはなさそうだ。

だが、いくら今この瞬間抑えられているからといっていつまでも保つとは限らない。そう、あくまでも「今のところ」なのだ。片鱗とはいえこれはあくまでも逆鱗。放っておけばすぐに意識は塗り潰され、待っているのは破滅の二文字。以前は人気のない深夜の裏路地だったからこそ犠牲者は不良達だけで済んだものの現在の時刻は真昼で買い物へ行く途中であったため居るのは住宅街のど真ん中。ここで理性が吹き飛んだ時のことなど考えたくもない。

故にここで自分が取るべき行動は何か、考えろ。

人は学習する生物だ。無論他にも学習能力を持った生物は存在するが、人のソレは他の追随を許さない。衰微(すいび)()らず今尚(いまなお)発展と拡大を続ける繁栄は、全てその学習能力に起因するといっても過言ではないだろう。

ならばこそ、過去を顧み現在(いま)()え、未来を繋げ。燐堂ユウが鬼ではなく人であるのなら、できるはず――やらなければならない。

何もかもがわからなかったあの時とは違い、正体こそ未だ暗中だが目的ならばすでに知っている。求めているのは闘争、この飢えは闘争によってのみ払拭できる。

そう闘争だ――とにかく闘争をしなければ。

しかし無闇やたら、手当たり次第に一般人を標的にすることはさすがに躊躇われるし、何より無駄に終わる予感がする。良心の呵責も確かにあるにはあるが、そもそもそれはこちらからの一方的なものでこの飢えが望む闘争であるかは怪しいところだからだ。

ならばと必死で思考を巡らす脳裏に浮かんでくるのは皮肉にもあの不良達の言葉。


『社会不適合者ならブチのめしちまったとして誰にも文句言われやしねぇよなァ?』


ああわかっている。重々承知だとも。いま考えていることが人として最低の、唾棄すべき発想であることなど。

だが見誤ってはいけない。負うべき罪咎(リスク)と得られる平穏(リターン)の境界――妥協点を慎重さと大胆さ、相反する二つの性質(メス)を以て精査せよ。極限状況において天秤の傾きはどこまで許容できるのか、重用なのはそこだ。

どこまで堕ちようともまだ人でいられるのなら――あの時のように越えてはいけない境界を越え鬼と化さずに済むのなら――とりあえずはそれでいい、どんな糾弾詰責も甘じて受け入れよう。その覚悟ぐらいはできている。

よって考えは纏まった。仕方がないが飢えの犠牲となって貰うのは血の気が多く喧嘩の売り買いに関しては特別敏感な社会不適合者(不良)達。本気の喧嘩などほとんどしたことがない優男が随分と思い上がったものだが、あの仮説が正しいのなら闘争への飢えに苛まれている今、自分の身体能力は限界を越えて上昇しているはずなのだ。

物は試しとあたりに人目が無いことを確認してから道端に落ちていた石を拾い、握り締める。

――――抵抗らしい抵抗などほとんど感じないまま、まるで卵でも握っていたかのように掌中の石は崩れてしまった。指の隙間から礫の混じった砂がサラサラと零れ落ちていく。意図して握り潰したというよりは『握ったら崩れてしまった』という慮外さを出したレトリックの方が適切に感じられるほどの出鱈目(でたらめ)な握力だ。平時ならばリンゴさえ握り潰せないにも関わらずこうも容易く超人的な所行を実行できてしまうのでは無理もない。

「マジかよ……」

意図せず吐き出された呟きは明らかに震えている。

我が身のことながらあまりに馬鹿げた身体状況への色濃い驚怖(きょうふ)が、引き攣った苦笑いの浮かぶ表情によく現れていた。

なにはともあれ仮説は概ね正しいようである、今の自分なら無様に返り討ちを喰らうこともおそらくはない。それとは別の懸念があるにはあったがとにかく次は相手探しだ。

近場の裏路地にはさすがに行けない、というか近づきたくもない。あそこは言わずと知れた溜まり場だが、いくら報道されていないとはいえあれだけの事件があった――起こしたのはこの自分だが――後だ、不良に限らず人っ子一人いないであろうことは自明。十中八九警察が目を光らせている。

不良事情に通暁している訳ではないので予想することしかできないがこの界隈(かいわい)で他に彼らが好んでたむろしていそうな場所はどこだろうか。しばしの黙考の末、一つの心当たりを見つける。街外れの廃工場だ。高度経済成長期の遺留品だが中途半端な都会の、開発があまり進んでいない街外れというお世辞にも恵まれているとは言えない立地のおかげで今日まで放置を決め込まれているのだ。

善良な市民の生活にはあまり関わりのない場所にあるため悪い噂が立っているのを聞いたことはほぼ無いがいかにも不良との遭遇(エンカウント)率が高そうではないか。

しかしここで問題が一つ。

「とは言っても、……まだ真っ昼間だしなあ」

困った困ったと独りごちながら頭を掻く。

目的地が決まったのなら善は急げ、と行きたいところだったが時刻はまだ昼間なのだ。明るい太陽が幅を利かせている内は彼らも鳴りを潜めているだろう。

だが幸いにも飢えはまだまだ弱かった。所詮はその場しのぎに過ぎないが闘争をせずに紛らわせる方法も一応見つけてはいたので、

「致し方なし、かねえ」

夕方まではそれで時間を稼ぐとしよう。

前書きになんだか芸がない気がしたので軽く前回のあらすじみたいなものを書いてみました。

バックナンバーの前書きも今から改稿していこうと思いますのでよろしければそちらもよろしくお願いします。

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