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オーガドライヴ・ストラグル  作者: 鳥烏うp
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邂逅を告げる第一闘争 -Ⅴ

代償の大罪と引き換えに飢えが終息したユウは眼前の屍山血河から目を背け、我が家へと帰還する。

だが安寧に身を委ねている余裕は彼にはない――――

幸い、と評するのも妙な話ではあるが、そのまま誰にも会うことなく我が家へとたどり着いた。万事安心とまではいかないが一応は心身の安寧を得る。返り血と肉片の付いたシャツは迷った挙句、とりあえずの処理として(にお)い洩れを防ぐためマトリョーシカのように何枚も重ねた袋の中に入れ部屋の隅に置いておく。落ち着かないがこんな深夜に即興で掘った穴へ無闇に埋めてしまうよりはこちらの方が足が付き辛いだろう。

「…………まったく、すっかり立派な犯罪者の思考だな」

そして、そんなため息同然の自嘲を吐き捨てながら浴室へ移動する。いつもなら水道代を気にして短く済ませるシャワーをそれこそ狂ったように使用し全身を隈無(くまな)く洗い流した。なかなか取れない匂いに悪戦苦闘しながらもなんとか安心できる状態になるまで赤い汚れを落とし、狭いリビングのソファに腰掛けながらさすがに疲労の色が濃くなってきた頭で思考を巡らす。

あの死体の異常な損壊状況。記憶が飛んでしまっているので推測でしかないが状況から見てまず間違いなく自分がこの手で為した所行と見ていいはずだ。もしそうでないのならそれに越したことはないが希望的観測が身を滅ぼすことは先のことで痛感した。ここは自分がやった前提で考えることにしよう。

ではそうであるとして、一体全体どうやって?

あの場には不良達のものであろうナイフ以外に武器にできそうな――例えば鉄パイプなどは転がっていなかった。そのナイフにも血は付着していなかったので自分が不良達から奪って使用した線もないだろう。やはり、腕に肉片が付着していた等々の状況から見ても間違いなくアレは自分が素手でやったのだ。喧嘩の腕に覚えはなく、格闘技の経験も無論のこと全くない自分が徒手空拳でまるでトップスピードの車輌に真正面から突撃されそのまま何メートルも引き摺られ続けたかのような死体を作り出すなど荒唐無稽にも程があるがそれ以外に考えられないのだ。

そこで思い起こされるのはあの飢えを最初に感じた時と、そして意識が飛ぶ寸前に謎の声が聞こえた時。

前者は飢えを紛らわすために無我夢中でこの家にあった食材を食べ尽くした。早食いなどという次元ではない異常な速度で。

後者は迫る不良の拳を筆頭に全てがスローモーションに見えた。危機的状況に瀕した時、稀にそういった体験をする人もいると聞いたことがあるがその場合は思考だけが鮮明で体の動きの方は周りと同じくスローになっているはずだ。自分の場合、体の方も普段通りの速度で動いたように思われる。おそらく動体視力が異常に上がっていたのだ。もっともすでにあの時、体の制御権は自分にはなかったので確証は薄いが。

以上二つの事例に共通して言えるのは平凡な人間であるはずの自分が、明らかに人間が鍛錬で至れる領域を超越した身体能力を発揮していること。

これを元に一つの仮説を立てる。

――――科学的な理屈は一切不明だがあの飢えに苛まれている時、自分の身体能力は人の限界を越えて上昇しているのではないか。

あの声が言っていた通り、至高で唯一無二で一心不乱の闘争に飢えているのならばそれを実現するために身体能力が飛躍的に向上することにも説明がつきそうではないか。いくら狂乱状態にあるとはいえ、特別な鍛錬など積んでいないどこにでもいる凡夫にそんな闘争は現出しようと思ってもできないだろう。

そして自分はその上昇した身体能力で闘争の相手であるところの不良達を文字通り完膚無きまでに叩き潰し、満足した自分の中の鬼は引っ込んだ、と。

しかしこれで終わりなのだろうか。今この瞬間こそ気配すらなく沈静している飢えだが、この凪はあくまでも刹那的なものに過ぎず、鬼はまだまだ満足していないのではないのか。

そんな恐れが浮かんでくる。

そもそも、いくら喧嘩慣れしているとはいえ相手はただの不良だ。プロの格闘家や殺し屋、軍人などではない。そのような、言ってしまえば自分と同じくどこにでもいるような人間相手で自分の中の鬼は、あれほどまでに強く激しく狂おしく闘争を渇望していたあの鬼は、本懐を遂げられているのだろうか。

遂げていてくれと懇願する自分と、そんなわけがないと諦観する自分が心中で鬩ぎ合う。

だが、想定すべきは最悪。どう転ぼうと心的な傷は小さく収めたい。

もしまたあの飢えが湧き上がってきた場合どうするべきか、対策を考えたいのは山々だったのだが今夜はさすがに疲れた。これ以上の思考は虚しく空転するだけのような気がしてくる。

それに夜が明ければあの無惨な死体達は白日の下に晒されるのだ。尋常ではない状況の死体、天下の警察はすぐにでも一斉捜査に乗り出すだろう。あんな裏路地に監視カメラなど配備されていないだろうが、確かあの時は唾液を垂れ流していたような気がするしDNA鑑定ですぐに重要参考人たる自分の身元は割れるはず。拘束されるのは間違いなく時間の問題だ。檻の中へ入ってしまえばせっかく考えた対策も全てが無駄になってしまう。

どうせもうお先真っ暗ならばせめて今日ぐらいは我が家でゆっくり睡眠を取るとしよう。

そんな誰にしているのかもわからない言い訳を残し、目覚ましが警察官の怒声でなければいいななどと益体もないことを考えながら燐堂ユウはそのまま泥のように眠りについた。

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