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オーガドライヴ・ストラグル  作者: 鳥烏うp
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邂逅を告げる第一闘争 -Ⅳ

響く叫喚、増幅する飢餓。ついに鬼の飢えによって支配されたユウが直面する現実とは――――

ふと気がつくと、衣服に包まれた肉が4つ目の前に転がっていた。

内臓なのか筋肉なのか脂肪なのか、もはや判別不可能な肉塊。時折覗く白はおそらく骨のそれ。さらにいくら夜とはいえ季節は真夏だ。人にとっては異臭でしかないその匂いは、誘蛾灯の如く貪欲な悪魔の蟲を呼び寄せる。虫酸の走る羽音が止む気配はない。

屍山と血河は人を視覚嗅覚聴覚の三方向から陵辱すべく、裏路地を醜く染め上げている。

ピクピクとまだ痙攣しているモノもあった。元が何だったのかを確かめるのは困難なほどに損壊が激しいが、どうやらこうなってからさほど時間は経っていないらしい。新鮮なのだ。

街灯もなく薄暗い裏路地なので黒く見えているが、明るい場所で見ればソレらはさぞ鮮やかな赤色に照っていることだろう。

まったく、いくら人通りが少ないとはいえこんな場所で肉の解体をするだなんて非常識な奴もいたものである。この時間帯にこの場所を通るような女子供はさすがにいないだろうがもしもコレを目撃してしまったら一生のトラウマになること請け合いじゃないか。たとえ大の男でも余程の胆力の持ち主でなければ見ていられない。


――――気分は空前に澄み渡っている。すっかり叢雲に覆われて朧となった空の満月とは対照的な精神状態だ。そんな透徹とした脳内に、ふと疑問が浮かぶ。

自分は果たして、ここまでサイケデリックでグロテスクなモノを見て耐えうるほど図太い人間だっただろうか。目の前にあるモノをどうしてここまで冷めた視点で見ることができているのだろうか。

灯台下暗し。答えは、すぐ側にあった。視線を落とし、自分の体を客観的に観察する。

――――赤かった。赤黒くはない、ひたすらに赤かった。そういう色の服を着ているわけではない、そもそも赤はそこまで好きな色ではないから。ではなぜ赤いのか、ヒントは不快な生温かさと鼻腔を突く鉄の匂い――解答は明白、考えるまでもない。

これは血だ、血液の赤だ。

赤だけではない、ピンクもあった。主に腕に集中して付着しているそれはおそらく、目の前にある肉の破片。主観も客観も関係ない、ああこれで全てが決まってしまった。血だけならば言い逃れもできただろう。しかしこの拳にこびりついた醜悪な肉片が、何よりも雄弁に事の顛末を語っている。

認めたくはなかった、気づきたくもなかった。だがもう無理だ、ここはすでに逃げ場のない袋小路。

そう、この凄惨な光景は、紛れもなく自分がやったこと。だからこそ改めて眺めても特に抵抗は覚えなかったのだ。つまり原型を留めない4つの肉塊は、あの不良達の成れの果て。先に手を出したのは向こう? 正当防衛? そんなものは何の免罪符にもなりはしない。 人を、殺してしまったのだ。それも尊厳など微塵も残らないほど徹底的に。

自分が――自分の中の鬼が――あれほどまでに飢えていたのは「闘争」だったから、不良達が吹っかけてきた喧嘩という名の闘争(エサ)に文字通り無我夢中で食らいついた。その結果がコレ。燐堂ユウの名を持つ鬼が顕現した地獄。

――――逃げなければ。この場所から、一刻も早く。

今思えば潔く自首するという選択肢もあった。精神障害者として扱われ罪が軽く済む可能性も大いに有り得る話だったからだ。外道の考えではあるが、あの時の自分は紛れもなく「鬼」と化していた。もはやどんなに外れ、堕ちようが同じこと。

しかし、毒を食らわば皿までという思考があったからなのかそれとも自分の中の鬼がそうさせたのかはわからないが、取った行動は自首ではなく逃亡だったのだ。

速やかにその場を離れる。月が雲隠れしていてくれて助かった、この暗さならばよほど目を凝らしでもしない限り自分の体が血まみれであることはわからないだろう。

それでも至近距離で人とすれ違えばさすがに気づかれてしまっていただろうが、その心配もすぐに無くなる。さすがは不良の溜まり場である裏路地。どんな経緯でそうなったのかはあまり考えたくないが無造作に捨てられた衣類はすぐに見つかった。返り血が特に目立つシャツを脱ぎ、ついでに腕に付着していた肉片をそれで乱雑に拭き取ってから道中で拾った袋に入れて、代わりに拾い物を身に纏う。

かなり汚れていたが土や埃に塗れた衣服と鮮度抜群な他人の血で濡れた衣服、どちらを着たいかと問われたら誰だって前者を選ぶだろう。

先程よりはマシな見てくれになったことに安堵し、光無くどこまでも暗いまるで地獄へ続く魔物の食道のような裏路地を、家へと向かって急いだ。

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