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オーガドライヴ・ストラグル  作者: 鳥烏うp
12/13

祝福を謳う第一閑話

早いものでもう一週間以上経ってしまいましたが明けましておめでとうございます。

サブタイにもあるとおり閑話休題です。

どうぞ今年もよろしくお願い致します。

5月某日。

(こよみ)の上では一応夏らしいがまだ少々肌寒さの残る夜道を燐堂(りんどう)ユウは一人歩く。

だいたい始めて一年と半年ほどになる、中学生を相手にした個別塾講師アルバイトの帰り道である。

個別指導なので授業スタイルは基本座ったまま。立ちんぼのコンビニバイトなどと比べるとこれがなかなかに大きい。新人の頃は緊張のあまり生徒に迷惑をかけてしまうこともあったが今となっては慣れたものだ。

運良く手のかからない子に当たれば雑談を混ぜつつの授業でかなり楽をして稼げるのでいくつか掛け持ちしているバイトの中でも特に気に入っている。

そしてついさきほど、そんなバイトを始めた当初からの付き合いである女子中学生の生徒――――厳格な両親や教師(けんりょくしゃ)の前での模範的優等生と、気を許したあるいは自分より下と判断した相手の前での達観系イマドキガール、という表裏を女優顔負けの演技力で使い分けるやり手――――に「ねぇセンセ、最近変わった……っつーかオンナの扱い急に慣れたよね。まさかまさかとは思うけどカノジョでもできた?」と不意に問われ冷や汗をかいたが当たらずとも遠からずである。

事実、ユウは先日から義理の妹と同棲生活をスタートさせているのだ。

我が生徒のあまりに鋭すぎる直感に狼狽するあまり「まさかと思わなくていいし一回でいい」と詰まりながらツッコミを入れてごまかすのが精一杯だったので色々と勘繰られていそうだが、さすがにユウと義妹の歪んだ関係についてまで思い到れるわけはないので問題はないはずだ。

今思えばあの生徒に対して「義理の妹と同棲生活を始めて――――」などとあるがままの事実を教えていたら、余計な詮索(せんさく)を目を爛々(らんらん)と輝かせながらしてくる未来は目に見えているので結果としてあの返しは正解だっただろう。

しかしあの女子中学生、初見でユウの人となりを見抜いて彼女にとっての教師にカテゴライズせず達観系イマドキガールな裏モード全開で接してきたこともそうだが、短い付き合いではなのに未だに底が知れない。

最近できた妹といいどうしてこう自分の周りの女性は「魔性」の二文字がしっくりくる人物ばかりなのだろうかと、ユウは最近真剣に頭を抱えていた。

「贅沢だと言われれば、確かにその通りなんだけどな…………」

ちなみに自分が気を許されているのかそれとも……なのかについては意識して考えないようにしている。少なくとも自惚(うぬぼ)れてはいないつもりだ。

そうこうしているうちに自宅であるマンションに到着。

そのほかにも最近増えた悩みは大きく重く、心にのしかかってくるが帰路を進むユウの足取り自体は軽かった。

あちこちバイトに勤しむユウにとって一人暮らしの我が家は寝床程度の認識でしかなかった――――だが今は違う、それ以上の意味がある。

「ただいま」と言えば「おかえり」と返してくれる誰かが家にいるというただそれだけでも人生の幸福度は上がるのだから。

時間と共に馴れが実感を摩耗(まもう)させ、そうあることが当たり前になってしまえば認識も変わってくるのだろうが、なにせ同棲生活はまだ始まって間もない。どこか浮つくのも当然だろう。

そしてユウはまだまだ新鮮さの損なわれていない確かな実感を持って、家族の待つ我が家の扉を開ける。

「ただいまー」

――――返ってきたのは少し前までそれが当たり前だった、静寂。しかし今は確かな違和感となってユウの声を空虚に飲み込む。

「――――――――?」

確かに今日はバイトの上がりがいつもより早かったが、高校生である妹がこの時間にまだ帰ってきていないとは考えにくい。それに彼女はもし遅くなるようなら必ず連絡を入れるマメな子だ。

首を傾げながら足元を見やれば彼女のローファーがお行儀よく(かかと)を揃えられえて鎮座していた。少なくとも家に帰ってきたことは確かだ。

普段の彼女の生活習慣から考えて帰宅はしているがまだ寝てはいない時間帯。

「おーいサク、いないのかー?」

名を呼びながら狭いリビングへと移動。消えていた照明を点けるがやはりそこに妹の姿はない。

「――――――――っ」

このあたりからユウの脳裏に悪い予感がよぎり始める。

まず第一に、自分達兄妹は普通じゃない。

正常ではない、常軌(じょうき)を逸した、罪深き咎人(とがびと)。いいやそれ以前に、そも人間という枠組みで括られていいのかすら曖昧な存在なのだ。

殺しの中に悦を認める狂った人種を呼ぶだろう、「人非人(にんぴにん)」や「殺人鬼」と。ならばそこに至る過程をこそ嗜好(しこう)する存在はもはや人に(あら)ざる人などではなく、正しく鬼でいいのではないか。

そんな二人を鬼たらしめるとある症状に関しては一応のところ「病気のようなモノ」で一致している意見だが、その認識すら正しいかどうか判らない。確かめる術がないのだから。

特徴や規則性についてこそわかってきたこともあるが、正体やそもそもの原因についてはまったく謎のまま。つまりは予測不能、なにが起きても不思議ではないのだ。

そういった危険への対策も考慮して始めた同棲生活だったが、危惧していた事態が起こってしまった可能性は状況から見てないとは言えない。

だが自分達が何なのであろうと、サクは自分の妹だ。守らねばならない家族なのだ。ゆえにユウは穏やかではいられない。

早鐘(はやがね)を打つ拍動(はくどう)(にじ)む冷や汗――――杞憂(きゆう)であることを願うユウの思いとは裏腹に、身体の変化は彼の深層で悪い予感が確信に変わりつつあることを雄弁に語っていた。

逸る気持ちを抑え、一応ノックをしてからサクの寝室を確かめる――――いない。

「サク! いないのか!?」

そしてユウは、最初より明らかに切羽詰まったトーンで再度妹の名を呼び、浴室のドアを勢いよく開け放った――――――――――白。

「うわーお。ビックリした、兄さんか」

白が、視界に、飛び込んできた。

「…………えぇっと。その、お、おかえりなさい」

結論から言えば、天使――――いや妹のサクはそこにいた。

しかしユウの視覚情報は、杞憂であったことを安堵(あんど)する余裕を彼の脳に与えない。思考は白に塗り潰された。

まずは部屋全体に立ち込めるモヤのような白。ちょうど風呂上りだったのだろう、白い湯気が一帯に充満している。

次にサクの頭に乗った白。濡れていることにより普段よりさらに(つや)がかかった髪の上には清潔な白いバスタオルが乗っていた。ドライヤーで乾かす前段階としてある程度の水分を拭き取っているところか。

そしてそのままユウの視線は徐々に下へと移る。

美しい女性の容姿を指した「花顔雪膚(かがんせっぷ)」という言葉があるがサクはそれを体現していると言っても過言ではない。

花のように可愛らしい顔、雪のように白い(はだ)、我が妹ながら天使と見紛う美貌だ。

――――視線は下る。

驚きと苦笑の表情が浮かんだ顔を越え、ほっそりとした首元を経て鎖骨へ。

脆い骨だが真っ白な皮膚の下から確かにその存在を主張する首元の隆起は、人体の繊細(せんさい)な造形美を感じさせる。端的に、エロい。

――――視線は下る。

セクシーに浮き出た鎖骨のさらに下。

そこにあるのは男のユウにはありえない女性の象徴。控えめながらも確かな膨らみ。やわらかそうな曲線の美。

谷を挟んで位置する丸みを帯びた二つの山にユウの目は、雄の眼光は、本能的に倒錯的に必然的に吸い寄せられ、そして視線が登山を始める――――――――寸前で我に返ったユウは慌てて視線の旅をリセット。今見えかけたモノは何かの間違いだ。幻想だ。

そして今度は下から上へとリスタート。

しなやかに伸びた両の足。白いふとももは眩いばかりで、ここからあの凶悪な蹴撃が放たれるとは正直なところ未だに信じられない。

――――視線は上る。

健康的なふともものさらに上。

絶対領域の果てに秘匿(ひとく)された愚者(オトコ)達の夢。

思いのほか大人っぽい白いレースの布地を視線が捉える――――――――

「ごめんなさい!!!!」

――――と同時にユウは残像さえ生む速度で頭を下げた。見事な直角の礼である。

それもそのはず、わざわざ語るまでもなく、ユウがその目で捉えたサクは、風呂上がりでパンツ一丁、上半身丸見えの、ほぼ全裸状態だったのだから。

「今日バイトいつもより早く終わって帰ったらいないから焦ってまさか風呂上がりだとは夢にも思わなくてびっくりしてフリーズしちゃってていうか正直な話見とれちゃってていうかああもうホントにごめん!!!!」

そしてそのまま頭を下げた状態で必死の弁解。なぜ真っ先に部屋を出なかったのか自分でも理解に苦しむがもはや後の祭りである。

「い、いや別にいいよ。びっくりしたけど怒ったりしてないし」

「うう、せめてノックぐらいするべきだったよなその通りだ…………。ごめんよサク、誓ってわざとやったわけじゃないんだ…………」

「だからもういいって。私、全然気にしてないよ? …………ていうかだんだんこっちまでいたたまれなくなってくるから、ほーらもう頭上げて、兄さん」

「ありがとうサク、もう二度と――――」

聖女のごとく暖かい(ゆる)しの言を受けて思わず感涙しかけながら罪人、ユウはおずおずと頭を上げた――――――――

「――――――――っておわあああああああ!?」

瞬間回れ右をして頭突きでもするかのような勢いで正面のドアに目を伏せることになったが。もうやだなにこの状況。

「むー、女の子のカラダ見て悲鳴はひどくない兄さん?」

「な、ん、で、まだ服着てないのさ!?」

「――――――? 見えてないでしょ?」

「そういう問題じゃなあああああい!」

当たり前だがユウはサクの肢体に対して悲鳴を上げたのではない、肢体が見えてしまったことに対して取り乱したのだ。

確かに、確かにだ。見えてはいけない胸の頂は隠れていた。

頭の上から肩に移動したバスタオルの両端で危うい感じに。

だが少なくともその格好は男の前にむやみやたらと(さら)していい姿ではない。

「中途半端に隠されてるからこそ際立(きわだ)つ……その、モノってのもあるんだぞ…………」

「ふっふ、際立つ、のあと何を(にご)したのカナー? 私、気になるなー」

「ホントさっさと服を着てくださいお願いします…………」

「――――――――♪」

上機嫌な鼻歌に混じって背後から衣擦(きぬず)れの気配。これもこれでなかなかに鼓膜を刺激する音だったが今は耐えねば。

「はい、今度こそ大丈夫だよ」

「本当だろうな…………」

(いぶか)りながらおそるおそる振り返る。

「――――――――ぐっ、ぬ」

「――――――――?」

普段の部屋着であるTシャツこそ着ていたが、明らかに見えてはいけないラインまでふとももが露出していた。眼福ではあるがこれでは逆に目の毒だ。気になって仕方がない。

もしかしなくてもシャツの影に隠れているのはさっき見えてしまった白いレースのアレだろう。

疑問符を浮かべ可愛らしく小首を傾げているサクだが、ここまでくればさすがにユウも自分が遊ばれている事実に気づく。

さっきは天使や聖女と見紛ったがやはりこの妹は小悪魔だ、間違いない。

ここでまた彼女の下半身について言及するのは簡単だがそれでは結局小悪魔の掌の上。せめてもの抵抗としてツッコミはため息に混ぜて吐き出し、続きを切り出す。

「やらかした手前かなり言いづらいけど、サク。お前はもうちょっと自分の、その、なんだ、魅力を自覚するべきだと俺は」

「ちらっ」

「〜〜〜〜〜〜ッ!?」

話の腰をセルフパンチラでへし折ってくる小悪魔。だが嫌でも反応せずにはいられない自分の中の雄にユウは心底辟易(へきえき)する。

「でも兄さんが私のこと魅力的だと思ってくれてたなんて意外だなー。嬉しいよ」

「魅力的、っていうかだな…………」

「違うの?」

「い、いや…………その通りです」

「素直でよろしい」

ユウの口から肯定の言葉を引っ張り出せたことに満足したのか、えへへー、と口元をほころばせるサク。

率直に言ってめちゃくちゃ可愛い。

花が咲いたような笑顔につられてユウのほうまで表情が緩みそうになるがさすがにそれは兄としての矜持(きょうじ)が許さない。

「そう思うんならもうちょっと気を回してくれると助かるよ…………」

「えーでも私、兄さんになら何されても――――――」

(…………あれ、なんだこの展開?)

思わせぶりな言葉と共に上目遣いでユウの瞳を覗き込んでくるサク。

今に至るまで意識から遠ざけていたが、しっとりと濡れた髪と絹のような肌は普段の彼女にはない大人(オトナ)の色香を存分に演出している。鼻腔(びこう)をくすぐる甘い匂いはシャンプーのものだろうか。

聴覚と視覚と嗅覚が危険な甘気に翻弄される。

動悸が一段と激しくなった。ついさっきとは真逆の理由、サクの不在ではなく眼前にいる彼女の存在が、ユウの動揺を誘引する。

(マズイ、これはあまりにも刺激が強すぎる――――――!)

「――――――反撃できるから♪」

「ですよねッ!」

――――なにもおかしいことはない。厳然たる事実。これでいい、これが正しいのだ。

「――――? どしたの兄さん、そんな今にも血の涙とか流しそうな顔して」

「なんでもないよ…………。そう、なんでも、ないんだ」

「なーんか様子が変だね。どうする? もう一回下着見る?」

「――――っ、つ、謹んでご遠慮致します」

「あ、そう?」

不服そうな表情でつまんだシャツの裾から指を離すサク。続けて何故かため息。

「はぁー。兄さんの反応見るのは楽しいけど、それじゃあ意味ないんだよねコレ…………」

「…………? それはどういう…………?」

「いやだから今までのは兄さんへのささやかなサービスなのであって、私が楽しんでばっかりじゃダメってこと」

「さ、サービス? なんでまた」

「え。まさかまだわかってない?」

「??」

ささやかなサービス。今までのスケベイベントがそうだというなら身体に悪いレベルで蠱惑的なひと時だったが、サクがそれを実行する謂れに心あたりがない。

ありがちなところでは日頃の感謝とかだが、特別感謝されるようなことをしてあげられていないのが現状。なによりなぜこのタイミングで――――?

「――――――だって今日、兄さんの誕生日でしょ?」

「あ」

誕生日。タンジョウビ。バースデイ。Birthday。

そういえば、そうだった。

朝起きてから今に至るまで誰にも指摘されなかったから完全に忘れていたが、今日は自分の誕生日だった。

「『あ』ってことは兄さん、ほんとに自分の誕生日忘れてたのね…………。そしてその調子じゃ誰にも祝われてない、と」

サクはふむふむと頷くと得意げな表情を浮かべてユウに向き直った。

「――――ふふん、じゃあ今日は私が兄さんの初めて、ってわけだ」

そして居住まいを正すと――――――




「お誕生日おめでとう、兄さん」

――――――無邪気な、満面の笑みで、ユウを祝福した。




「――――――っ、ありがとう。サク…………!」

「ってわー!? なにこれくらいで泣き崩れてるの兄さん!?」

「――――だって、だって嬉しいじゃんかよお!」

「あーもう、わかった! わかったから、リビング行こ!? 実はケーキも用意してあるからさっ!」

「ありがとよお……、誕生日なんて教えた記憶ないのにホントにっ、ありがとお」

「これぐらい妹として当然です、ってね。だからほら、もう泣くのやめてってば〜!」


小悪魔の掌の上も案外居心地がいいものだなと、ユウは思った――――――。

めでたい新年一発目から物騒なお話もどうかとおもったので閑話休題としてみました。

あまりこういうエピソードを書くことがなかったものでなかなか慣れないですがいかがだったでしょうか?


誤字脱字やおかしな表現等あればどしどしご指摘お願い致します。

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