邂逅を告げる第一闘争 -Ⅹ
闘争の宴――――飢餓へと殉ずる二匹の鬼の闘いは、決着した。
だがこの邂逅はすべての始まり。第一闘争に過ぎないことを、無知なる勝者は知る由もない――――
ふと気がつくと、夕方だった時刻はすっかり夜になっていた。
仰向けに倒れているため視界に映り込んでいる天窓から差すのは夕陽ではなく月明かりだ。
飢えはすっかり収まっている。
少女との闘争に勝利したことまでは覚えているのだがそこから先の記憶がない。おそらくはあの後すぐに気を失ってしまったのだろう。そのまま死んでいてもおかしくない出血量だったが、あの飢えによって向上する身体能力には回復力も含まれているらしく抉られた脇腹の痛みさえも沈静化してきていた。
何はともあれ自分がまだ生きていることがわかると気になりだすのはあの少女のことだ。
散々殴ったり蹴ったりした、というよりしあった手前、無責任なのは承知だがあの飢えさえなければごく普通の女の子であることに変わりはないのでやはり身を案ずる感情に嘘はない。とてつもない疲労感で体を起こすことが叶わないのでとりあえず呼びかけてみる。
「おーい、生きてるかー?」
「なんとか……ね。っつぅ、……お兄さんも生きてるようで何より」
意外に近い距離から、こちらと同じく疲労の色濃いあの声が返ってくる。
「そりゃどうも。そっちこそ生きててくれてよかったよ」
なにが『よかった』なのか自分でもよくわからないが少なくとも死んではいないようなのでユウは胸を撫で下ろす。
「……それでお兄さん、あの疑問の答えなんだけどさ」
「あの疑問…………?」
「ハハ、やっぱ忘れてるよね……。無理もないかー。ほらあれだよ、飢えが求めてるのは『闘争そのもの』なのか『その先の勝利』なのかってヤツ」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたっけな。思い出したよ」
「お兄さんを見下してたわけじゃないけどまさか負けるとは思ってなかったから、答えに関しては今回もおあずけの覚悟は出来てたんだけど、やっぱりやってみないとわからないものだね」
「それ明らかに見下してるだろ……。で、結局どうだったんだ?」
「――――前者。つまり闘争さえできればその勝敗は問わないみたいだよ。私いますごいスッキリしてるもん」
まだバリバリ飢えていて闘争し足りない、もう一戦やろうなんて言われても正直なところ困るのでこの事実はユウにとって朗報だった。彼女にとってどうなのかは、さすがに判らないが。しかし前者ということは。彼女の言葉をなぞるならつまり、
「お互い生き残ってることだしいい関係とやらが築ける条件には当て嵌ってるわけか……」
「おー、話が早くて助かるよー」
「いい関係って具体的には……?」
「せっかくの同類なんだから一つは情報交換。で、メインであるところのもう一つは――――飢えの発散、だね。どうかなお兄さん」
飢えの発散、つまりは闘争。確かに飢えが出てくる度に毎度毎度相手を探すようではいつかは限界がくるに違いない。故に連絡のつく同類を相手にするというのは悪くない案なのだろうが、それでは命がいくつあっても足りない。
だがユウとしても彼女が持っている経験と情報は垂涎だ。これに関してはこちらから彼女に提供できるものなどないに等しいので一方的に恩恵を賜ることになるだろう。さらにその見返り代わりの闘争で自分も得が出来る可能性もある。
――――やはり、最初から選択肢などないのかもしれなかった。しばし悩んだ末、ユウが出した結論は、
「そうだな、連絡先ぐらいは交換しておいて損はなさそうだ」
「そうこなくっちゃ。……お互い寝転がったままって何とも締まらないシチュエーションだけど、私の名前はサク。よろしくね同類のお兄さん」
「俺はユウ、燐堂ユウだ。よろしく頼むよ、経験豊富な年下のお姉さん」
あちこちに生々しい血痕の残る廃工場の建物内で仰向けに寝転がったまま、二人は笑う。
直前まで殺し合っていたことなど嘘のように。
お互いに飢えは引き、鬼では既にないはずだが、それでもこの光景を一般人が見れば抱く感想は一つだろう。狂っている、と。
――――これが鬼の兄妹、燐堂ユウとサクの出会い。
血生臭い狂気に満ちた荒唐無稽な第一闘争である。
これにて本作における1章、『第一闘争』は終わりとなります。いかがだったでしょうか。
次からは第二、となるわけですが少し時間が空きそうです、スミマセン。
まだまだ話は続きますがここが一応の区切りとなっているのでこれまでの展開等についてご意見、感想、アドバイスがあればどしどしよろしくお願いします。
それでは、よいお年を。