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後悔の中で

僕には、もう何も残っていない。

今を生きるのが精一杯だった僕らには、失うものなんてなにも無いと思っていた。だけど、1人になってしまった途端、自分がどれだけ妹に支えられていたかに気づいた。

そばにいてくれるだけで、毎日笑ってくれるだけで、自分がどれだけ癒されていたかに気づいた。

僕にとって、妹は・・・椎奈は生きる目的だった。そのことを生きている間に気づくことができなかった後悔と悲しみの中で考え続ける。浮かんでくるのは自分を責める言葉ばかりだ・・・。

病院のツンとした独特な香りを、どこか空虚な白い壁や天井を忘れたくて、廊下の脇にあるベンチに腰掛け目を瞑り、僕は無意味な思考を続ける・・・。


...

6月30日午前6時00分、 狭いアパートの台所で、僕はトースターに自分と妹の分の食パンをセットした後にフライパンに卵を落とす。両親のいる一般的な家庭とは程遠いけど僕にとってはいつも通りの朝、皿にハチミツを塗ったトーストと目玉焼き、サラダを盛り付けたところで、椎奈が起きてきた。少しつり目な幼さが残る顔にセミロングの髪、朝はいつも寝癖をつけている。

「お兄ちゃん、おはよう〜」

フラフラとまだ寝ぼけている足取りで朝食を並べたテーブルに近づき、椅子に座る。

「おはよう、今日はいつもより、帰りが遅くなるかもしれないから、悪いけど夕飯はインスタントで済ましてくれる?」

「わかったよ」

短い返事、少し声のトーンが低くなった。

「ん、どうした?どこか具合でも悪いか?」

機嫌をうかがうような僕の声に、取り繕うように冗談めかした調子で、

「いやいや、全然平気だよ。お兄ちゃんがいなくてせいせいするよ!お兄ちゃんがいない間1人の自由な時間をエンジョイだよ〜」

「ははは・・・」

乾いた笑いが口からもれる。うん、いつもの椎奈だ。

「でも、無理しないでね・・・?」

「わかってる、大丈夫だよ」

安心させられるように笑顔で答える。


僕ら兄妹は2人暮らしだ、学者だった両親は僕たちを叔父に預け海外に行ってしまった。だけど、帰る予定は無いらしく、実質捨てたも同然だ。

数年前までは叔父の家に泊めてもらっていたが、僕と叔父の折り合いが悪くなり家を出ることになった。椎奈は僕について行くと聞かなかった。

金銭的な問題で僕は高校を中退、当時17歳だった僕を雇ってくれた建築会社で今も生活費を稼いでいる。椎奈にそのまま学校に通ってもらったのは、僕を選び家を飛び出したのだから、そのせいで椎奈の人生まで台無しにしてしまうのは許せなかったからだ。

けれど、未成年に稼げる金額には限界があり、僕らを捨てた両親が置いていったお金も使い生活しているのが現状だ。

高校を中退してから、正直かなりキツかったけど、椎奈の為と思えば今日まで頑張ってこれた・・・。


...

朝食を終え、僕は仕事に、椎奈は学校へ行く身支度を済ませ玄関を出る、まだ日は照っていないが、雲ひとつ無い快晴だ。

どこにでもあるような簡素な住宅街を2人でゆっくりと話しながら並んで歩く。僕の働く建設業の事務所と椎奈の学校は交差点から別の方向だ。帰りが遅くなりがちな僕にとって大事な時間だから、毎日、交差点までの道はこうしている。


あ、そういえば・・・と前置きをして聞いてくる。

「お兄ちゃん、約束覚えてる〜?」

少し前に頼まれていた七夕祭りのことだと察した。

この町では、7月7日に少し大きなお祭りがある。公園から商店街の通りに昼過ぎから夜まで、屋台なんかも結構出る。

公園にはやぐらが建てられ、そこから用意されている竹に短冊を結べる。

小さい頃、良く2人で行っていたな・・・あの頃は叔父の家に引き取られてすぐで、不安で仕方がなかった。捨てられたってことを理解してなかった僕らは短冊の願い事に「父さんと母さんが早く帰ってきますように」と書いた記憶がある。

今思えばアホらしい、叶うわけないのに・・・。


「大丈夫だよ、7日はシフト入れていないし」

「ごめんね、無理言っちゃって」

「いや、去年も行けなかったし、普段どこにも連れて行ってやれないんだから、今年こそ時間作るよ」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

光を散らしたような、屈託のない笑顔。

ふと、椎奈は今何を願うのかが気になった。

「じゃあ、勉強頑張れよ」

聞いてみたかったけど、交差点に着いてしまった。

「わかってるって、お兄ちゃんはバイト頑張りすぎないでよ〜!」

ニヤニヤとイタズラっぽい笑顔だ。

苦笑しつつ、こんなに心配してくれることを嬉しく思う。

さて、今日も頑張ろうと自分を奮い立たせるために手のひらで頬を打つ。

一度、駆けていく椎奈の方を振り向いてからまた歩き出した。


...

仕事の昼休憩の時、事務所の電話が鳴った。近くにいた同僚が電話を取る。少し話した後僕に手招きした。仕事場で個人に電話がかかることは珍しいから意外に思いつつ受話器を受け取る。

「はい、代わりました、日向です。」

相手は、椎奈の担任だと名乗る。

「日向さん・・・、えっと昼休みのことなんですけど、椎奈さんが・・・。今、救急車を呼んで病院へ・・・」

「どういうことです、か?」

最後の方は声が震えていた。担任は話し続けていたが、まったく耳に入ってこない。

辛うじて、病院の場所を聞くと、何事かとこちらを見ていた同僚に理由を説明し、事務所を飛び出した。

...

病院で医者の話を聞いた後、僕は完全に放心していた。急性の白血病だったらしい。

「治療しようにも発見が遅すぎました、おそらく・・・助からないと思っていてください・・・」

医者からそんな言葉をかけられた。訳がわからない。今朝まで元気そうに見えたのに、なんで・・・。


看護師に病室まで案内された。僕にベッドのそばの椅子を勧めてから看護師は病室を出た。

「なあ、冗談だって言ってくれよ・・・」

目の前に椎奈が横たわっている。目を瞑ったままピクリともしない。

「七夕祭り、行くんだろ?」

視界がぼやけた。

「また、約束守れないじゃないか、・・・今年こそはって」

感情が涙となって溢れ出す。

「なあ・・・椎奈」

どれだけ話しかけても、もう椎奈から返事を聞くことは出来なかった・・・。


翌日、椎奈は息を引き取った。


...

椎奈の葬式から数日経った、嫌なことしか思い出さないとわかっていても、もう椎奈はいないとわかっていても、あれから毎日病院に来ていた。

目を開く、病院の柱にかかっている時計を見る、午後4時20分、あれから1時間も経っていない。

僕はベンチから立ち、歩き出す。

病院の中は時間が止まっているかのように静かだ。

自分だけ、世界から取り残されたような孤独感が心を支配する。

僕は階段を上っていく、そして、屋上への扉の前で立ち止まる。かかっているハズの鍵は開いていた。

ドアノブを握り回す。

屋上に出ると湿った風が通り抜けた、空は暗く澱んだ雲に覆われている。周囲を見回すが僕以外に人は見当たらない。

端のフェンスまで歩み寄る。

この町での思い出はずっと椎奈と一緒だった。

涙は、もう枯れ果てていた。

「・・・」

フェンスを乗り越えた。

貯水槽を通り過ぎ、屋上の端にある転落防止用の段差の上に立つ。町の中でも大きな病院だ。かなり高い。ここから落ちれば楽になれるだろうか。

下を見ると病院の庭に子供達が笑顔で遊んでいる姿が見えた。

普段なら微笑ましいはずの光景が無性にイライラする。もう自分はあんな無邪気に笑うことは出来ないだろうから。

そんな人生に意味はあるだろうかと、自問自答する。


「これから、ずっと椎奈がいないなんて耐えれそうにないな・・・」


そして、僕は一歩を踏み出す。



初めての投稿です。

拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

誤字などなにかご指摘がありましたら、コメントからお願いしますm(_ _)m

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