ららら地雷ちゃん。君となら宇宙にだって行けそうだ
———————地雷生化学研究所 ある研究員の報告書より一部抜粋
206X年X月XX日
総理大臣 森 信近殿
地雷生化学研究所 地雷行動学研究室研究員 坂東 久光
【不注意な言動の多い夫とそれに対して物理的反応を起こす妻の行動原理及び心状態に関する報告書】
初めに、○月×日に東京タワーが、続いて同月□日に月が跡形もなく爆散いたしましたことについてお詫び申し上げます。
これは観察対象No.369夫妻に対する私共の指導、監督が不十分であった為であり、日々の不徳といたす所でございます
さて、表題の夫婦についてご報告申し上げます。
一般に、゛生きた地雷原゛による爆発、崩壊、消滅等は、主に彼らが無意識的不満を解消する手段並びに結果として引き起こされます。無意識的不満を抱く原因は数多くございますが、No.369夫妻においては主に夫の失言が原因となっております。
地雷原体質ではない一般的な夫婦であれば、これほどの失言があればすでに離婚となっていても全く不思議ではございませんが、観察対象No.369夫妻は実に夫婦仲円満であり、逆になぜこれほど頻繁に地雷を踏み抜くのかという疑問が挙げられました。
そこで、過去の報告書に遡り、彼らの行動と心理を分析することといたしました。
◇◇◇◇
俺、阿古武は高校生からの友人とつき合うことになった。
地頼仁子、別名地雷ちゃん。
ちょっとぽっちゃりで、いつもにこにこと周りをほんわかにさせる女の子だ。
内巻きのボブがキュートでファションもふわふわ系が多い。
例えるなら、毎年投票で人気No.1の女性アナウンサーによく似ている。
今日は付き合うようになって三回目のデート。
札幌市の大通公園の端にある、札幌テレビ塔の前で待ち合わせだ。
最近は雪もすっかりなくなり、公園では植え替えられたパンジーとチューリップがカラフルだ。
俺はテレビ塔の下で、ジーパンに軽いキャメルのコートという実に無難で格好で立っている。足だけはきっちりとトラッドな革靴だ。
え? 北海道はローカル過ぎて分からないって?
修学旅行じゃメジャーな場所だろう?
東京タワーには全く及ばないが、それなりに有名だと思うんだがなあ。
時計を眺めている、地雷ちゃんがやってきた。
今日はピンクのダウンコートに白いシフォンスカート。肩にはリボンをいっぱいつけた横に細長いバック。
慣れないピンストラップのハイヒールを履いて、大人ぶりながらも必死にちょこちょこと早歩きをしている。
うん可愛い。
でも俺は体で知っている。
そんな彼女に下手な褒め方をすると、(周囲が)大変なことになることを。
「お待たせアッコくん」
「ニコちゃん、そのあだ名はいい加減やめてくれ。誰かに聞かれたら恥ずかしい」
「いいの! 私だけが使える私だけの名前なんだから。これからもたくさん言うもんね」
俺の友人間のあだ名はたいていアコだ。
某消費者金融の名前に置き換えるやつもいるが、それは大人の事情でここには述べまい。
地雷ちゃんが独自のセンスで命名したあだ名は、彼女の中で固まってしまっているようだ。
まあ、それだけ俺のことが好きだってことだと思うし。いいけどさ。
じゃあ入り口に行こうかと彼女と並んで歩き始めた時、彼女のまろい横顔を見て、俺はうっかり言ってしまった。
「あれ、ニコちゃん。太った?」
近くの自動販売機が爆発した。
飛んできた凶器(サッ○ロビール500ml)2缶が連続して俺の頭に激突し、落ちる。
目から大量の星が飛びだし、脳内をかき乱す。
強烈な痛みに頭を抱えてうずくまっていると、地雷ちゃんが慌てる。
「アッコくん!? 大丈夫!?」
慌てて俺の背中をさするが、頭痛違いだ。吐きそうな時の頭痛と勘違いしている。
あ、体を揺らさないで。痛みが悪化するからやめて。
周りは突然の自動販売機の爆発にざわざわとしているが、他に犠牲者はいなさそうだ。
そう。
彼女は恐ろしい「地雷原体質」の持ち主なのだ。
よく人には「地雷」があるというだろう?
ちょっとした言い方や行動が、相手にとってもは傷ついてしまうというやつだ。
地雷ちゃんは、それが本当に地雷原として具現化してしまうのだ。
彼女は毎日明るく笑顔でいるけれど、本当は結構繊細で傷つきやすい。
だから、彼女の地雷原に踏み込むとあっさりと周囲が爆発する。
ただ、不思議なことに。
地雷によって爆発するのは事物だけで、人や動物に被害が出たことがない。
建物が爆発してもなぜか生物はすべて無事で、怪我一つしないのだ。
破片すらぶつからない。
正にSF。
このような特徴を備えた地雷原体質の人間が生まれるようになって、ここ30年。
昔は滅多に現れない、UFOと同列のこの世の不思議だったわけだが、今は彼らの人口もじわじわと増えている。
昔はなんでもテロを疑ったものだが、日本で「真のゆとり教育」とやらが浸透しするようになって、これくらいでは誰も慌てなくなった。
事物が消えてなくなってしまう時点で、犯罪だと思うのだが。
いつの間にか地雷原体質の人間が起こすものは無罪、という法律まで出来上がっていた。
人に被害がなければそれでよし!
なんとも優しい世の中になったものだ。
…………いや、一人だけいたな。日本で唯一、地雷原に巻き込まれて怪我をするやつ。
俺だ。
俺なんて結構無神経だから、彼女と付き合うまでにも何度彼女(の周囲)を爆発させてきたか分からない。
一番最近の爆発は、そうだな。
某ネズミーランドのシンデレラ城がなくなったって話題になっただろう?
あれ、地雷ちゃんなんだ。
まあ周り回って、俺のせいだな。
その日の彼女ネズミーランド用のファッションに、「ださくね?」って言っちゃったんだよなあ。
爆破されたシンデレラ城からミッ〇ーが落ちてきて、押しつぶされたわ。
最大の爆発は、あれだな。
付き合うことになった時の事件だな。
富士山が噴火したってニュースが流れただろう?
山のてっぺんが吹っ飛んだって。
だけど噴出したはずの火山灰も土石流もみんな消えたって話題になったって、あれ。
あれも、地雷ちゃんなんだよ。
消えた土石流は全部俺の車の中を埋め尽くしてくれたね。
俺の部屋も灰で埋まって、片づけるのが大変だったな。
あの時なんて言ったかなあ。
「お前、今おならしただろう」だったっけ? あれ?
……忘れたわ。まあいいや。
今日のデートは高校生の時に友人達と行ったテレビ塔に、あえて二人で登ってみたいという地雷ちゃんのお願いだ。
起動するとギシリと音を立てる、古びたエレベーターに乗ってあっさりと到着する展望台。
地上90m。これで720円って高くないか?
まあ、大通り公園と山の見晴らしは200万都市らしく結構いいけどさ。
均一に計画された都市のビル群に、巨大な直線の公園。
それら覆う北海道の青い空に山々。
大自然と都市の調和が見事になされていて、青い空が妙に綺麗だ。
友人として行った時はああ広いなあとしか考えていなかったけれど、「彼女」となった女の子と特別な景色として見るのは、全然違った。
横で同じ景色を見ながら、手を繋いてみた。
へにょりと笑う彼女。
にっこりじゃない、へにょりだ。ほっぺたの肉付きが良いからな。
でも俺はこっちの方が良い。
マシュマロのような手も今は大好物だ。
思わず、
「ぷにぷにだな。豚みてえ」
と言ってしまうくらいに。
テレビ塔を細く縦に貫くように、直線にドンと火柱が上がった。
その時の光景を、アニオタの知り合いはまるで○ヴァのようだと感動したらしい。
それから俺は二週間入院することになる。
涙目の地雷ちゃんが丁寧に看護してくれて、手際の悪さにケチつけたら、さらに二週間退院が延びて医者に怒られた。
退院した頃にはテレビ塔の現場には謎の穴として、名物になっていた。
北海道民は細かいことを気にしないのだ。修理をする金もあまりないしな。
夜のススキノ。
俺の退院祝いとこじつけて、久々に男連中で連れだってダーツバーに遊びに来た。
彼女が出来ると、こういった同性同士での遊ぶ機会が減ってくる。
別に彼女のことが嫌いになったわけじゃないが、たまには下品なトークや女の子の品評会なんて、はっちゃけたことがやりたい時もあるわけで。
さっき外で見かけたカラオケ勧誘の子の胸がヤバかった、とダーツ片手に盛り上がっている。
その後ろで、俺はカウンターのマスターに、スピリタスでカクテルを作ってくれと頼んだ。
高校からのダチの風炉見栖が、俺にハイボール片手に隣に移動してくる。
「おい、アコ。マジで今あの地雷ちゃんと付き合ってるわけ?」
「そうだけど、どうしたんだ」
「おまえって無神経の固まりじゃん。今までの彼女とはお前の失言オンパレードで別れててきただろ。
それがあえて歩く地雷原と付き合うなんて、耳を疑ったわ」
俺は首を傾げる。
「そんなに不思議なことかな」
「そうだよ。高校の時から同級生なのは知っているけどさ。お前ならもっと肝の太そうな女と付き合うだろう?
なのになんであんな触れたら爆発するような女と付き合うんだよ」
「あ、それ俺気になる」
「おれもおれも」
俺たちの会話を聞いたやつらが興味津々な面持ちで集まってきた。
俺は出してもらったカクテルを置き、ふーむと腕を組む。
「そうかな……俺、地雷ちゃんだから、つき合えてるんだと思うんだよな」
俺はなにせ空気は読まないし、思った通りの発言をする男だ。
こういった性格はたいていの男連中や先輩連中には竹を割ったようなと好まれるが、思いやりや遠慮を美徳とする女連中には全く受けない。
思い返せば歴代の彼女は、ポンポン喜怒哀楽を変える子でも、サバサバ意見をはっきり言う子でも、結構本音を溜め込んでいた。
怒りや鬱憤をギリギリまで我慢して爆発し、
「今までずっと我慢していたけど」
「言いたかったことがあるの」
「実は・・・・・・」
といった話しで始めて、ある日突然別れを切り出すのだ。
あれには参る。
自分のダメ男具合を痛感して、三日は眠れなくなる。
まあ四日目には元に戻るが。
その点地雷ちゃんは分かりやすい。
ちょっとした怒りや神経に障ったことを目に見えて表現してくれる。生傷は増えていくけれども。
ついでに俺にだけ被害があるってことは、俺だけ責めたいってことだろう?
可愛いものじゃないか。
ついでに派手に爆発した次の瞬間には、すっかりモヤモヤも鬱憤もなくなるらしい。
だからいつも朗らかでいられるわけだ。
自身のダメ具合を知っている俺は、いつだって彼女の爆発に救われている。
「俺は、地雷ちゃんとなら宇宙にだって行けるかもしれない」
俺は彼女をこう、結論つけた。
感心する風炉見と男達に、手元のカクテル、モスコミュール・ボムを掲げる。
友人達はにやりと笑い、各々の酒を持ち上げた。
「ニコと俺の永遠の幸せを願ってくれ」
「「「ニコちゃんよ永遠なれ!」」」
カチンと天井で酒をぶつけ合う。
胸元のスマホが震える。
地雷ちゃんのLINEIDだ。
カウンターの隅に移動し、パスワードを打ち込んだ。
〔ニコちゃんどうしたの?〕
〔明日のデートの待ち合わせどこにする? 決めてなかったじゃない〕
〔あーそうだねー〕
〔札駅の東口にする? 西口にする?〕
〔どっちでも〕
〔いや、今の訂正する。西口でおねがい〕
〔円山動物公園のレッサーパンダ握手会、楽しみだね! 私メイク頑張っちゃうv〕
〔すっぴんでもあまり変わらないじゃん〕
送信したら、スマホが爆発した。
ガラスの破片が眉間に刺さったまま固まる俺。
流血が目に入りそうだ。
爆発音に振り返った友人達。
風炉見がもう一度にやりと笑い、グラスを掲げ直した。
「地雷ちゃんの幸せに」
「「「乾杯!」」」
◇◇◇◇
————それらの報告から考察いたしますと、観察対象No.369妻は日本有数の地雷ではございますが、不満をため込むことなく小規模のうちに発散出来る性格であると言えます。また、観察対象No.369夫は地雷を全く恐れておらず、分かりやすいシグナルとして有効に活用しております。
結論といたしまして、観察対象No.369夫妻は大変幸せな夫婦であり、自爆テロ等の危険行動を起こす可能性は低いと考えられます。
しかしながら、その爆発力、消滅力は防衛という観点で非常に有効でございまして、我が国に対して大規模侵攻が起きた際には‥‥‥〈以下、判読不可能〉