哀れな女は
今回地味に長いです←
雪乃静視点
「坊主、あんたは家にいな。あたしらはケリつけに行く。」
「婆さん、待ってくれ……。まだその時じゃあ…」
「じゃあいつその時が訪れる?いつになったらあの馬鹿息子どもの熱は冷める?」
「だが……」
「あの夜鷹を追い出さないと、村はお終いだ。1人の女に群がる男どもを見て、村の女はどんなに辛い思いをしたと思う?」
「………」
「あんたの過去なんて正直、心底どうでもいい。大事なのは今だ。」
婆さんは強い目で未来を見据える、こういう時に女の人って強いんだなと思った。
「ついてくるんじゃあないよ、約束だ。」
婆さんはそう言って俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「わ、かっ、た。」
糞爺は、いつの間にかいなくなってた。
ーーーーーー
だったら、俺は一体何をしてればいいんだろう。
糞爺はいつの間にかいなくなっていた、いつ居なくなったのかさえ分からなかった。
床にごろんと寝転び、お彼岸太夫について考える。
お彼岸太夫、お彼岸、あちら側
けど、お彼岸は《極楽》という意味もある。
それに太夫か…
極楽にいそうな女?
いや、極楽に導く女?
……ある意味、男たちを極楽に導いていたけれど
それにもう一つ気になることがある、婆さんにとってのケリってなんだ?
「貴方、何か忘れていませんか?」
「………っ!?」
顔が逆さまの男がいつの間にか目の前にいた。いや、ただ俺がそう見えているだけか。
俺ははね起きると、男はまるで霧のように俺から遠のく。全身真っ黒な異質な男、長い前髪から見える不気味な赤黒い目が俺を嘲笑う。よく見れば、瞳はまるで白黒の勾玉のような…
「他人の空似で、済ますつもりですか?」
その一言に、俺は目を見開き、気づく。
そうだ、お彼岸太夫は姉さんに似ていたんだ。
「……お彼岸太夫が、どんな存在か貴方はご存知ですか?」
「お、とこ、たち、を…たぶらか、し、て……「それは、本当にお彼岸太夫ですか?」
「え…?」
「貴方は何か勘違いなさっている。まず何故、あの夜鷹がお彼岸太夫なのですか?」
「そ、れはそう…爺、さんが……」
「他人の言ったことを信じ過ぎてはいけませんよ。血の繋がった他人の言うこともですが。」
そう言いながら、真っ黒い男は俺にゆっくりと近付く。その姿に俺はなんとも言いようのない恐怖に襲われる。
「ねえ、貴方が最後に姉さんと会ったのはいつですか?」
「あ………」
「貴方は何故
ーーーあの夜鷹をお彼岸太夫と思ったのですか?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は徐に戸を引き家を飛び出す。
帰らなきゃ
帰らなきゃ
姉さんのいる家に
帰らなきゃ
帰らなきゃ
雪山の吹雪は、まるで俺の行く道を阻むかのようにごうごうと音を立てて襲いかかる。
温もりを知ってしまった俺には、その吹雪はとても冷たいものに感じた。
俺は愚かだった。温もりに知って、温もりに浸って、温もりに依存して
そうだ、俺は馬鹿だった。
姉さんをあの寒い寒い家に置いて、一体何のために村までやって来たのだろう。
「ね、えさ、ん、ね、……え、さん。」
ーーーーーー
『姉さ、ん……今日、何、す…?』
『婆さん、なあに……?』
『今日は屋根から落ちた雪を落としましょう。』
『屋根裏を見てくれ。』
『放って、お、いた、ら、落ち、る。』
『放、っても、別に………』
『念には念を、ですよ?』
『それで家が潰れたらどうすんのさ、ほら、さっさと働くきな。』
『姉、さ、ん…食、料……』
『爺さん、食、料…………』
『ああ、雪女の集落で買ってきて……あっ、…私、山で動物を狩りに行きますね。』
『んー、そーだなー。穴いらずでも狙うかー。』
『…………』
『…………うん。』
『姉さ、…………痛、い…?』
『爺さん、だ、いじょ、う、ぶ………?』
『ふふ、痛くないですよ。それにしても、参ったなぁ。…動物も狩れないくらい、妖力がない、なんて……。』
『んー?これくらいはどうってことないさ。それよりも怪我無かったかー?』
『………………』
『………………』
『っ!静……!?どうしたんですか!その傷…?!』
『おい坊主!何があった?!』
『………はい、これ。』
『………これ。』
『え、これ………食料…。』
『…これ、野菜じゃないか。しかもここらじゃ手に入らない春野菜。』
『…ん、』
『………流離の人が売ってた。』
『……もう、馬鹿なんですから。…本当に、馬鹿なんだから。』
『……馬鹿だね、あんた。こんな高いものを…。』
『静。』
『坊主。』
『…な、あに?姉、さん…』
『なあ、に?』
『どうして、私を〈姉さん〉って呼ぶの?』
『あんた婆さんじゃなくて、母ちゃんって、言ったらどうだい?』
『ど、うして、そん、な事、…聞く、の?』
『ど、う、して…?』
『えと、ほら、私たちの関係から言えば、静にとって私は普通…〈おばさん〉なんじゃないかなって…』
『あたしはそこまで歳食ってないよ。』
『…雪、女は……自分の、美し、さを誇、って、いる、から、…老、けて、いる、よう、な言、葉は慎、んだ、方が、良いって……………母、さまに、言わ、れた。』
『歳、食っ、て、る……』
『……そう。』
『あ〝?』
『姉、さん、…夜、はいつ、も何処、に行っ、てる、の?』
『爺、さん、夜…は、どこに、行、ってる…の?』
『……静、どうしてそれを………』
『んー?何処にも行ってないぞー?』
『………』
『………』
『…ふふ、大丈夫ですよ、静。貴方が心配するような事は、なんにも無いから。』
『なんだー?坊、寂しいのかー?だったら俺が添い寝してやろう。』
『………姉さ、ん。』
『やだ。』
『大丈夫、大丈夫、私はまだ戦える。』
『んー?』
『姉さ、…ん…?』
『やだやだやだ。』
『ふふ、大丈夫、大丈夫、私はまだ戦える。』
『遠慮するな遠慮するな。』
『姉さん……口、紅?』
『婆さん、口紅?』
『そうよ、綺麗でしょ?』
『そうさ、偶にはいいだろ?』
『…………いつも、の、方が…良い。』
『………似合わない。』
『ふふ、そんなこと言わないで、血みたいに真っ赤で、とっても綺麗でしょ?』
『あ〝?』
『姉、さ、ん…?』
『似合ってます。』
姉さんと300年共に過ごして来た
一緒に笑い合って、一緒に助け合った
けれど、けれど俺は
変わってしまった姉さんより
ーーー変わらない爺さんと婆さんを選んだんだ。
次回は、次回は
ーーーうん←