それは悲劇(2)後編
読者の皆様に言っておきますが、作者の投稿は不定期と言っても過言ではありません。3日で書き上げることがあれば、3か月かかることもあります。
こんな作者ですが、どうぞよろしくお願いします。
少女は真っ直ぐぬらりひょんを見ているようで、見ていないような眼をしていた。空虚、空、空っぽ、……生きているようで、けれども死んでいる。…ただ息をしているだけ。…心が、死んでいる。そんな眼をしていた。
「だぁれ…?」
暫くの間、ぬらりひょんは自分に向けられた言葉だと分からなかった。自分に向けての言葉だと分かった後、応えなければいけないと思ったのだが、ぬらりひょんはそれどころではなかった。
…手遅れだ。子はもう食えないと頭を抱えた。そう思ったのは、しっかりした理由があった。前も言ったが、人の負の感情は調味料。…だが、その中で唯一人を不味く、いや、無味にする感情がある。
ーーー絶望
希望のない闇、妖に一番近い形態。
そして子の眼はまさしく、本当の絶望を知っている眼だった。だが、未だ幼き子が此処まで絶望するできごとは一体何だったのだろう。まあ、知ったところで、救うつもりなど更々無いが…
ぬらりひょんはそんな事を考えながら、子の質問に答えた。
「……わしは、、しがない浪人じゃ。」
「………村ならあっちだけど、…行かないほうが良い」
「今は、祭だから」と、子は弱々しく呟いた。その言葉にぬらりひょんは嫌でも分かってしまった。子の村は良くも悪くも有名だった。その村は何かの呪いで男ばかり生まれ、女が生まれにくい村だとか。だがその村は野菜や稲作が育ちにくく、要は環境が悪いため、嫁に来る女が来ないとか。このままでは村が滅んでしまうのは時間の問題だと思った打開策。
…その村は逃げ出してきた遊女の逃げ道の通り道の道中だった。逃げ出した遊女を男は捕らえて子供を産ませる。…そんな村の祭だ。ロクなものではないだろう。
「ふむ、そうか。ならば子よ。…一々、子と言うのは面倒じゃのぅ。其方、名はなんと申す?」
「名前……?名前は男の子しか付けちゃいけないんだよ?」
その村は相当な男尊女卑だと、その時、ぬらりひょんは知った。
「……つまり名無しか、どれ、わしが授けてやろうか」
食うことが出来ない子にガッカリしたが、名が無いことは好都合だった。名は縛る。その者の全てを。言わば言霊。
食うことを諦めたが子を見て思った。今は幼き子だが、10数年後の将来、化ける間も無く美しくなるだろう。……愛人にするのも又一興だ。
だがなんと名付けよう…、ぬらりひょんは子をマジマジと見た。
病人のように白い肌……小雪?
それとも、黒い切れ長のタレ目……黒曜?
いや、見栄えある紅い唇……朱紅?
折れてしまいそうな心体……お花?
合わせ持てば………
「……蝶」
蝶とは美しさの象徴、この名なら相応しいだろうと、ぬらりひょんは思った。
「………蝶?ちょ、う……、蝶々、?私が…?」
「あぁ、そうじゃ、其方は蝶だ。花を飛び回る美しき蝶」
そう言って白い花を手折り、耳の上にそっと指す。
もしこれで絶望が晴れたら万々歳だと思いながら、子の返事を待った。
「………嫌、だよ。」
「私は、蝶なんかじゃない。花を飛び回ることなんて、出来ない」
その返事にぬらりひょんは一瞬目をパチクリとしたが、その後スッと冷めた眼で子を見た。
ぬらりひょんの経験上、この後、大体の女は「だって私は醜い蛾…」とお決まりのように言った後、自分の身の上話をするのが関の山だった。特に閨で共にした女は大体これを言う。そんな事を思っていたら
「自分は醜い蛾とでも言うのか?」
気付けばそんな事を言ったぬらりひょんは、大人気ないと分かっていながら未だに子を冷たい眼で見つめ続けていた。
「蛾……?、光を追い続けることも、求めることもしない私が…?」
その言葉にぬらりひょんは目を見開いた。ならばこの子は自分をなんだと言うのだろう。蝶でも蛾でもないのならば、この子は一体…
その考えを見据えたように子は口を開いた。
「私は…、蝶も蛾も、綺麗だと思う。
だって、必死に生きている姿は、何だって綺麗だと思うから。
だって、何かを渇望として生きている姿は、とても綺麗だと思うから。
だって、踏まれて汚され続けた、たんぽぽは、それでも綺麗だと思えるように、蝶と蛾だって、綺麗、でしょ…?」
その言葉にぬらりひょんは絶句するしかなかった。
「そ、なたは……」
本当に子は幼いのだろうか、そう思うほど、子は大人より大人びていた。子はぬらりひょんに近づき、頬に手を添えた。冷たい感触に、今は真冬だと実感できる。不自然に赤くなっている手を包み込む事も出来ぬまま、子は言葉を吐いた。
「貴方はとても、残酷な方ね。」
そう言って悲しそうに笑う子の姿が、今でも目に焼き付いて、離れはしない。
ーーーーーー
あの後、ぬらりひょんは鬼蜘蛛と別れ、荒れに荒れた。老若構わず女を食い、気付けば力を付けていた。だが、子の姿が頭から離れない。もう一度、あの村に行ったが、子の村は何者かによって滅ぼされ、子の生存は絶望的だった。
そう思っていた中、ぬらりひょんがその子らしき人間を見つけたのは、生きているはずのない時代だった。その子の顔を見たとき、ぬらりひょんはあの子の子孫だと思った。それと同時に、あの子は生きていたのかという安心感と子が男と交わったと思うと、胸の奥底から、黒い手が伸びてきて、内から首を絞め上げるような、そんな息苦しさが身体を襲った。
ーーーだが、その子らしき人間が、あの子だと気付いたのは、江戸の平和な世におきた、のちに後に蠱毒の変と呼ばれた妖だけの大戦の真っ最中。
妖の屍が積み上がり、血と怨念の黒い渦が辺りをうろついている中
鬼蜘蛛の背に手を回す、子の姿を見て
この子は、鬼蜘蛛の隷属になったのだと、知ってしまった。
子は少女になり、女になれぬまま、鬼蜘蛛のモノになり、全てを捧げ、代わりに手に入れたものは、半永久的な命
その時静かに瀑ぜた想いを、ぬらりひょんは忘れることは出来ないだろう。
ーーーーーー
あの時、ぬらりひょんは思った。あの子が欲しいと。
欲しくて欲しくてしょうがないと。あの子の病人のような白い肌も溢れそうな赤い唇も華奢な折れそうな肢体も欲しい欲しい欲しい。
あの子はどのように泣くだろうか。
あの子はどのように鳴くだらうか。
あの子はどのように喘ぐだろうか。
静かに静かに溢れ出した血のような愛は、誰にも気付かれることなく、溢れ続けた。
黒妖学園を設立したのは、子を誘き寄せるための罠だということは否定しない。妖と人と守り人を集めたのは他でもない鬼蜘蛛の気を引くため、鬼蜘蛛は娯楽と快楽が好きだ。娯楽快楽主義と言っても過言では無い。鬼蜘蛛は子を入学させた後、何か行動を犯すだろう。自分自身ではなく、あの子を使って。
そしたら守り人が動くし、純血種の妖も動くだろう。そしてあの子の正体が明かされる。そしたら守り人は鬼蜘蛛に無理矢理操られ続けた哀れな子と思うだろう。悲しい子だと思うだろう。そしてこう思うだろう。鬼蜘蛛を殺そう。鬼蜘蛛は最悪な妖だ。厄病神だ。と、、、その時が好機だ。その時が好機。
ーーー子を奪う
一室を後にしたぬらりひょんはニタァと笑う。
月は見て見ぬ振りをするように、雲に隠れていった。
次回は予定通り鬼蜘蛛とお狂ちゃんの殺伐愛を書く予定です。最低一週間以上かかる予定ですが、どうぞよろしくお願いします