それは必然か其れとも(2)
私の夏が終わる
色んな意味で終わった←
修道院昭道視点
俺が泣き止んだ時には、女の胸元は湿っていた。俺の涙だけではなく、汚いが鼻水も付着している筈だ。それに気付いてしまえば後は恥ずかしさと申し訳なさしかない。
女は何度も俺の頭をぽんぽんと優しく撫でる。だが、その途中で無情にも女は俺を突き放す様な言葉を放った。
「…帰りたくない事は分かります。けど…此処に、いてはいけません。」
「な、んで…?!」
俺は拾われて直ぐに元の場所に戻された猫のように女を見る。
この女の居心地の良いナニカに俺は惹かれてしまった。温もりではない……温もりなんて無に等しい凍えるような肌が、俺には居心地が…良かったのかもしれない。
いっその事、この女の凍えるような肌で温もりを徐々に奪われて死ねたら、どんなに幸せな事だろう。
けれども……考えて思った。どうして俺は、会って間も無い人間に、ここまで入れ込んでいるのだろうか。
分からない。自分が、分からない。
けれど、とても心地いいのだ。
「…なら、賭けをしましょう。」
「賭け………?」
「そう、賭けです。もしも…貴方を探し、見つけ出した方がいれば貴方は家に帰る。」
「………いなかったら?」
「その時は咲良村に住みましょう。」
「…なんで?どうしてこの山にいちゃ駄目なの…?」
「……これ以上奥に行ってはダメです。駄目なんです。」
「???」
「此処は……カミサマが住まう山、なんですよ。」
そう言った女は、虚ろに笑う
ーーーーーー
ーーー期間は1週間、1週間の間に誰かが貴方を探し、見つけたら、貴方は家に帰るんですよ
女はそう言った後、俺を小さな洞穴に案内した。寝床に落葉を集める位が精一杯な、小さな洞穴。そして、なるべく此処にご飯を持ってきます。もし何があったら《とおりゃんせ》を歌って下さいと言った。その意味はその時よく分からなかったが、これは後々分かる事になる。
女は『お狂』という名だった。随分物騒な名前だなと皮肉めいて言ったら、私もそう思います、と哀しそうに笑うから、俺は名前について、これ以上聞かない事にした。…女の、お狂の哀しい顔を見たくなかったからだ。
俺の名前をお狂が聞いても、俺は無言でいるしかなかった。名乗る名前なんて、無かったから、俺は………名前すら無かったから。
その事をお狂は察したのか、少し考えた後、思い出し笑いをしたように笑った。
「ああ、ごめんなさい。貴方に名前が無いことを笑ったつもりは無いんです。…昔、貴方と同じような子供を育てた事があったんです。」
そう言った後、お狂は何処か懐かしむように俺を見る。
「…どんな奴?」
俺は馬鹿な餓鬼らしく、その子供に嫉妬した。
「そう、ですね……、少し達観としてモノを見てたと言いましょうか、自分の置かれている状況がよく分かっているといいますか、…いえ、一言で言えばマセている子供でした。」
「………へぇ」
「赤ん坊の頃から育てていたんです。…その子は、周りの方々からどんな扱いをされても、凛と前を向く、…とても強い子でした。」
「………」
「だから、その子に黒乃と言う名前を授けたんです。」
「誰にも汚されない、貴方は《黒》そのものだ。という意味を込めて…」
その言葉を聞いて、俺も名前が欲しいと言ったが、お狂は了承しなかった。
「この時代に生まれたのだから、貴方には必ず名前がある筈です。…それが例えどんな名前でも。」
そう言いながらお狂は俺の頭を撫でる。
「…どんな名前でも、貴方はその名前を誇りに思わなければいけません。…ね?」
その言葉は今でも胸に残っている。
次回も続く過去編
今回少し短くてごめんなさい