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時は来り

「必ず、必ず迎えに行く。だから、それまでどうか、僕のことを…ーー」



「ー…んっ……」


(またか…)


朝日が窓の端から差し込んでいる。

またいつもの夢、いつもの言葉、そして…


ここで必ず夢は終わってしまう。私に話しかけているのは一体誰なの?

私の知っている人?



またいつもの終わりのない悩みが頭の中をぐるぐる巡っていく。

定期的に見るこの夢は、私を毎回毎回困らせて、そしてなぜか少し切なくする。

物心ついた時から見るようになったこの夢、話しているのが誰なのか分からず、その言葉は私に対するものなのかも分からない。


それでも夢の中での花の香りと、空のように透き通る綺麗な青い色が、私の胸を締め付けるのだ。



「…やっぱりよくわかんないや。いつまでも悩んでないで学校に行く支度しなくちゃね。」


重い腰をよっこらしょっと上げて、服を着替えようとすると、


「おーい美春ー、いつまで寝てんだー。朝飯冷めちまうぞー。」

「はーい、今行くよー!」


私は父と二人で暮らしている。母は幼い頃死んでしまって居ない。

そんな私に寂しい思いさせまいと父はいつも私に優しく接してくれている。おかげでお母さんが居ないから…と不満を思った事はあんまりない。昔から病気がちだった母との思い出は正直あまり無くて思い出せないけど、それでも私にいつも優しく微笑みかけてくれたお母さんのことが大好きだったのを覚えている。



その母と交わした唯一の約束、その時の事はなぜか分からないけどとても鮮明に覚えている。



『どこへ行く時も、必ずこれを身につけて…』



そう言って母は私に小さな紅い巾着を渡した。

渡された時にふわっと私の鼻をくすぐる良い香りがした。

これは何と聞くと、母は優しく微笑んで、



『あなたが大きくなったら分かるわ。それまで無くしたらダメよ?美春はそそっかしい所があるから…』



と、ふふっと笑いながら私の頭をなでる母の記憶…

この巾着からはその時の母と同じ香りがするような気がする。

優しくて、なんだか泣き出したくなるような、そんな香り。


母に言われた通り、どこへ出かける時もこの巾着を身に付けて肌身離さず持っている。

唯一お母さんとできた約束だからというのもあるけれど、もう一つ理由があって、それは私の背中の中心にある変な痣のせい。

なんだか分からないけど不気味な形をした痣。その痣がふとした時に痛み出すのだ。

こういった時というのはなくて、だから余計に困っているんだけれど…でもそんな時にこの巾着を胸に当てると、痛みが和らいで気持ちが落ち着くのだ。


痛みの出る痣なんて怖くて何回か病院に行って見せても原因は分からずじまい…

もういい加減、その台詞を聞くたんびに落胆している自分も嫌で、病院には行かない事にした。

でもその痣の痛み方が最近は少し違くて、時折突き刺すような痛みが背中を中心に走る。

授業中などに巾着を出して香りを嗅ぐなんて事出来ないから、その時は必死に痛みに耐えているけど、すごく辛い。



(もう一度だけ、病院行ってみようかな…あの頃とは違って何か分かるかもしれないし。)



「みはるー!」



そんな事を考えながら学校まで歩いていると、ものすごく元気な声で呼び止められた。


「あ、おはよう!」

「なんか暗い顔して歩いて…また何か考え事でしょ。」


私の心配をしてくれてるこの子の名前は日向ひなた、決して友達の多くない私の数少ない心の許せる友達。


「日向こそ、今日はいつにも増して元気一杯だね。何かあったの?」


彼女の笑顔はまぶしくてキラキラしていて、周りの人間まで明るくさせるような、そんな女の子。

なんで私なんかと一緒に居るんだろうと考える時もかるけど、彼女との居心地の良さについつい甘えてしまう。


「そうなの!聞いてよ!ついに私の努力が身を結んで、西条さいじょう先生と外でデート出来る事になったのよー!」


これってすごいことなんだから!と隣で嬉しくて嬉しくて仕方ないという風に話す彼女を見てつい笑ってしまう。

西条先生とは、私と日向のクラスの担任の先生で科目は古文。

年は20代後半くらいで、見るからに気難しそうな先生だ。

笑ってる所はほとんど、いや全く見た事がない。

そんな先生に、日向は只今絶賛恋愛中なのだ。



「いやいや、笑ってる場合ではないんだよ!?

そういう美春こそ、いい加減好きな人の一人や二人作ったらどうなのよ。」


まったくと腕組みをする彼女を見て苦笑する。


「一人や二人って…私あんまり好きって気持ちが分からないっていつも言ってるじゃん。」

「…うーん、それだけモテるのになんで関心が無いかなあー。寄ってくる男なんて腐る程いるでしょおが!」


さっきまで嬉しそうだったのに、いつの間にかプリプリ怒っている。

日向の表情はコロコロ変わって面白いなぁと彼女の方を見る。


「もうそんなね、昔みたいに誰かの事を好きになると嫌み言われたり嫌われるなんて思わなくて良いんだよ!そんな奴、私が片っ端からぶっ飛ばしてやるから!」


今にも誰かに殴り掛かってしまいそうな日向を見て、苦笑いしながら返答する。


「そんな事、気にした事無いよ?だって私にはいつも日向が居てくれたし、それに私、本当に人を好きになんてなったことないからさ。」


そう言って笑う私の顔を見て、はぁ、と日向は大きくため息をつきながら、




「誰か美春の心の中に入れるような、そんな男が現れてほしいって、

私はその顔を見るたんびにいつも思うよ。」




(たしかにそんなこといつも日向は私に言ってくるなー。別に私のことなんて気にしなくて良いのに。)

そんな会話をしながら、私と日向は学校へ向かう。


私の事を悪く言う女の子は今までも数えきれない程いて、その原因は大体、いやもういつも一緒。

私の彼氏に良い顔しただの、媚び売ってただの、仲良くしてただの…もう言い方が違うだけでただの嫉妬。

毎回嫉妬。

そんな女も、彼女がいるくせにへらへらしてくる男にも心底うんざりしていたし、だから恋だの愛だのに良い印象なんて全くない、ほんっっとうに無い。


でも幼なじみの日向だけは私のそんな気持ちをいつも知っていてくれたし、そういう陰でコソコソしている人たちを見つけては頭から湯気を出して怒ってくれていた。

きっともともと曲がったことが大っ嫌いな性格なんだけど、私の為に怒ってくれていることがすごく嬉しかった。


さっきとはうってかわってまた西条先生のことを嬉しそうに話している日向。

そんな時、ふと風が吹く。どこかその風はなぜか自分の背中を吹き抜けるようで、その瞬間また例の痣に激痛が走る。


「…っつ………」


今までの中で一番鋭く、刺すような痛みに思わずしゃがみ込む。


「ちょっと!美春!?どうしたの!?」

日向が心配して顔を覗き込んでくる。

背中の痣のことは日向にも話していないし、なんとかごまかさないと―


「大丈夫だよ!ちょっと背中が痛くなっただけ!最近寒くなってきたし、つっちゃったのかな?」


薄く笑いながら答えるが、日向の表情は強ばったままだった。


「全然大丈夫じゃないよ、顔が真っ青。先生には私から言っといてあげるから帰って休みな?」


日向の真剣は表情に押されて、何も言えなくなってしまう。

私そんなに顔色悪いのかな…

どうしようかと悩んでいると、ふっと日向が微笑んで、


「無理をしてることぐらい、ずっと一緒に居るんだから分かるよ。一日ぐらい学校に来なくたってどうってことないんだから!今日は帰ってゆっくり寝なさい!」


そう言いながら日向は私のほっぺたをぺちっと両手で挟む。

自然と私の頬も緩んで、日向の言う通り帰って休む事にした。




(さっきよりは良くなったみたい。)


美春は家に帰ろうと思ったが、背中の痛みがだいぶ和らいだこともあり別の場所へ向かった。


(日向には帰って寝てなさいって言われたけど、少し寄って行くぐらい大丈夫だよね。)


向かった場所は家から徒歩5分ぐらいの所にある神社だった。

幼い頃、お母さんが調子の良い日はいつもここに連れてきてもらっていた。



—―――――――――――――――




「お母さん、なんでいつもここの場所にお散歩来るのー?」


お母さんと手を繋いで散歩することが大好きだった私は、喜びが抑えきれずニコニコしながら隣を歩く母に聞いていた。


「お母さんにとって、ここは思い出の場所なの。とても大切な…場所なのよ…」


どんな顔でその言葉を話していたかは覚えいないのだけれど、その時のお母さんの握る手はとても力強かった気がする。

病気をしているとは思えない程力強くて、それ以上は何も言えなかった。





ーーーーーーーーーーーーーーーー




(ここに来ると死んでしまったお母さんの匂いがする気がするんだよね…)


ここの神社はとても落ち着く空間だった。

木々のざわめきや、その間を通って吹く少し湿った香りのする風。

何より死んでしまったお母さんを一番近くに感じれる場所。


美春は今日も神社の石段に腰掛けて、紅い巾着袋を取り出す。

胸に当てて香りを嗅ぐと、背中の痛みがだんだんと薄れていくのを感じる。



(お母さん…会いたいよ………)



知らない間に涙が頬を伝ったその瞬間、強い風が木々を揺らし、ゴォッと音をたてて吹き抜けていく。

風から身を守るように、目をつぶって顔を伏せる。


(今日はずいぶんと風が強いな。)


目を開けた次の瞬間、目の前の木の上に男の子が居た。


(な、なんであんな所に、人…?)


透き通るような真っ白の着物に、空の色と同化している青い髪の毛。

その矯正な顔立ちと、現実場慣れした出で立ちに思わず目が釘付けになる。



「見つ…けた…」



「え?」



その一言でハッと我に返る。

あんなとこに人が居るなんてどう考えてもおかしい!逃げないと!!


鞄を翻して一目散に逃げようとすると、ぱしっと誰かに腕を掴まれた。



腕を掴まれた方を見ると、先ほど木の上にいた男の子がそこに立っている。


「なんで…どうやって…?」


さっきまであの木の上にいたはずだ、これは夢?

この人は幻かなんか?

それとも、おばけ…?


考えれば考えるほど怖くなる。

掴まれた腕を振り払おうとぶんぶん振り回す。


「いやー!!私に何のようなんですか!?何するんですか!?人を呼びますよ!?」


パニックになってまくしたてるように怒鳴りつけると、掴まれた腕をぐいっと引っ張られ、予想以上の強い力によろけてしまい、気付くと相手の顔が目の前にあった。


(もうだめ…殺される…)


最悪の結果を予想し覚悟を決めたように美春はぎゅっと目をつぶった。

しかし、何もしてこない…


そーっと目を開けると、その男の表情はどこか切なそうに歪んでいて、私の顔をじぃっと見つめていた。





「……………の?」



「え?」



「僕の事、覚えていないの………?」





耳の中を通り抜ける、その凛とした声音に心が震えた気がした。

覚えてない…?なんのこと…?



「あ、あの…あなたは……」



誰なんですかと言いかけた時、不意に背中を指でなぞられる。

その指の動きに身体がビクリと反応してしまう。



「……やっ―――…」


「間違い、ないのに…」



そう男がつぶやいた瞬間、騒ぎを聞きつけた神社の人が駆けつけて来た。


「どうしたー!!大丈夫かーーーー!!?」



「あっ…たすけ…」


声を出そうとして、気付いたらそこに男の姿は無かった。

緊張の糸が切れて、美春はその場に座り込んでしまう。


「大丈夫かい?何か叫び声のようなものを聞いた気がしたんだが…」


心配そうに聞いてくれるが、その言葉も今はあまり耳に入ってこない。

ただただ、さっきまでそこにいたはずの男の方を見て呆然としていた。


(なんだったの…?さっきのは一体誰…?)


向こうは私を知っているようだったけど…私絶対にあんな人会った事無い。まずあれはこの世の人間なの?

もしかして本当におばけ?

一気に色々なことをごちゃごちゃと考えてると、強く体を叩かれた。


「君!聞いているかい!?大丈夫なのか!?」


「あ…すみません…大丈夫です。」



おじさんには警察を呼ぶかとか救急車が必要なんじゃないかとか色々言われたけど、全部断って帰ってきた。

帰ってくる途中も、帰ってきてからもずっと神社で会った男の人のことを考えていた。



「おい、美春。何かあったのか?」


お父さんが心配そうに聞いてくれるけど、何か話してはいけないことのような気がして笑ってごまかす。

するとまだお父さんは腑に落ちないようだったけど、逃げるようにして自分の部屋に戻った。



(覚えてないのって…どういうこと?昔会った事があるってことだよね。でもあんな白い着物着た青い髪の毛の男なんて私絶対に知らない。)



背中をなぞるようにして、呟いていた。


『間違い…ないのに…』


間違いないって何?

嘘、絶対に誰かと間違えてるに決まってる。あんな人、私は知らないもん。


思い出すその顔は異常に整っていて、この世のものとは思えなかった。

近くで見られると息が止まりそうな程―


(いやいや、私ったら何を考えているの。そうだ!こんな気持ちの時はあの巾着で心を落ち着かせて…)



…………………ない。

紅い袋にはいったそれがどこにも無い。

目立つその色を見落とすはずは無く、どこにもない。



(え?どこかに落としたのかな?でもいったいどこに…どうしよ…お母さんから貰った大切なものなのに…)



泣きそうになりながら巾着を探すと、ふと今日の神社での出来事を思い出した。


(あ!あの時、びっくりして落としちゃったのかもしれない…

でも今日あんなことがあったしあんまり行きたくないな…でもあの巾着をなくしたままになんて出来ない…)



次の日、祈るような気持ちで神社に行き、隅から隅まで必死に探していた。

お父さんには心配をかけまいと、学校に行ってくると言い、いつもの時間に制服で家を出たのだ。


(絶対昨日座ってた石段の辺りだと思ったんだけどな…)


自分が昨日居た所や、そうじゃないところまで調べ、

昨日の神社のおじさんにも聞いたが未だ見つからなかった。

紅い袋だし見つかりやすいと思ったんだけど…と肩を落とす。


「残るはあの林の中か…」


林の中は一度も行った事がない。

お母さんと来た時も、いつも林の前で止まって中を見つめると、お母さんは決まって家路につくのだった。

林の中も行ってみたいと言ったことがあったけど、優しく、でもどこか泣きそうな顔で今日はもういいの、と私に言っていた。


(あの時お母さんはなんで…)


でも何故か今はあの林の中に行かなくてはいけないような気がした。

お母さんとの約束をやぶるような、そんな気もしたけど、何より今は巾着を見つけないと!

そうして林の中を探す事1時間程、全く見つからない。


「もうっ!なんで無いのよ!なんで…あれは私の大切な物なのに…!」


無くした自分が悪いんだけど、そんなのは百も承知なんだけど、悲しさをぶつけられずにはいられなかった。

私とお母さんの唯一の繋がりが…無くなってしまう。



半分泣きながら探していると、ふわりとあの香りが鼻をかすめる。



(あっ……!この香り!!)



パッと顔を上げて香りの方を見ると、そこには昨日の青い髪の男が立っていた。

その手には紅い巾着。

そこに男が居る事より、巾着を見つけた事の方が嬉しくて、気付くとその男に飛びついていた。


「あの!これ私のなんです!見つけてくださってありがとうございます…!今日ずっと探していて、見つからなくて困っていたんです…」


本当に良かった…と、その巾着を受け取ろうとすると、




「嫌だ。」




(…え…?)

ふいっと巾着を後ろに隠されてしまう。



「え…な…なんでですか!それは私の大切なものなのに…!」


「その大切な物をこんなところに置いていってしまって、君は全然平気なんだもんね。」



うっ…と言葉に詰まる。

意地悪そうな笑みを浮かべるその男を睨みつけて返す言葉を考える。

でも置いていったわけではなくて、落としてしまったわけで、全然意味は違う。

それに落としてしまった原因はまぎれもなく今目の前に居るこの人だ。

そう思うとだんだんと腹が立ってきて、


「べ、別に私はそれを置いてったわけではなくて、落としてしまったわけで、それにもとはと言えばあなたが驚かすのがいけないわけであって…!」


怒ってその男に言うと、別に表情を変えるわけでもなく、相変わらず無表情で私のことを見下ろしている。

その冷たい表情に背中に一筋汗が垂れるのを感じる。私が怒っているはずなのに、なんだか私の方がものすごく叱られている気分になってきた。


「返しては、もらえないのですか?」


顔を落としてそう言うと、男は少し考えたようにして、あっと手を叩く。


「僕のことを思い出してくれたら、返してあげても良いよ?」


…え?


ぱっとその男の顔を見ると口の端を少し上げて、微笑みながらそう告げられるが目は全く笑っていない。

思い出さなかったら殺されてしまいそうな勢いだ。



「あの…思い出すと言われましても…私あなたに会うのはこの間が初めてで、

どう考えても何回考えても初めてだと思うのですが…」



しどろもどろしながら、相手の目は怖くて見れずに言う。

いや、私は嘘はついていない。

だってあの後家に帰った後もずーっと考えていたけど、やっぱり思い当たる人は居ない。

隣の家に昔住んでいたりょうちゃんとも違うし、小学生の時に優しくしてくれた2歳年上のたかしお兄ちゃんでもないし、それ以外に私に親しい男の人が思い浮かばない。



正直にそう告げて1分程経っただろうか。

その間ずっと沈黙、もう1時間かそれ以上に感じるくらい気まずい空気が充満していた。

その間相手の顔はいっさい見ずに自分の握りしめた手のひらばかり見つめていた。




「…あのことは…本当だったんだね………」




「え?」



私に聞こえるか聞こえないぐらいの声で彼がそう言い、私が顔を上げた瞬間、いきなり腕を掴まれて後ろの木に押さえつけられた。

その力は人間とは思えない程強くて、到底振り払える物ではなくされるがままになる。

ぎりぎりと食い込む相手の手が痛くて、小さくうめき声を上げる。


「…っ…なんでいきなりこんなこと…!」


相手の顔を睨みつけると、何故だか彼は少し、いやとても辛そうな顔をしていた。

初めて会った、あの時と同じ、いやそれ以上に辛そうな顔…

訳が分からない、今はどう考えても私の方が辛い状況なのに、何でそんな顔をするの?

痛みにこらえながらその髪の毛と同じか、それより深い色の彼の青い瞳を見ていると、今度は彼の方が顔を伏せて私に吐き捨てるように言った。



「もう一つの…白いのはどうしたの…?」



私の腕を突き放すようにして解放し、その表情を見るとまた元通りの無表情に戻っていた。



(白い方って…?)



なんの話しをしているのかも、彼が何であんなに苦しそうだったのかも全く分からない。

白い方って何?なんのこと?

そんな事を考えて顔を伏せていると、彼は小さくため息をついた。

どこか諦めたような、そんな感じのするため息だった気がした。



「そっか…本当に、何も覚えていないんだね。」



あの…と私が何か言いかけようと顔を上げると、彼は今にも消えてしまいそうな、そんな錯覚を起こさせるような表情でただこちらを見ていた。



「ま、待って………あなたは私の、何……?」



勇気を振り絞ってそう聞くと、彼は近寄って来て私の顎をつかみ上を向かせる。

すぐ目の前にある青い瞳に吸い込まれてしまいそうだった。



「僕のことを思い出さなければ…君は、近いうちに死んでしまう事になる。」



信じられない言葉が耳の中に入ってくる。

死ぬ…?

死ぬって、私が?


そう思った瞬間、もう彼の姿は私の前には無かった。



彼の居なくなった後には、私の探し続けていた紅い巾着が転がっていたのだった。








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