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茨姫のプロポーズ  作者: くらげ
茨姫のプロポーズ
3/7

疫病

 流行病が王国を襲った。


「門を閉じろ。領民以外に決して薬を渡すな」


 伯爵の叫びが患者で埋め尽くされた大広間に広がる。


 国中、人が次々倒れているせいで、流通は滞りがちだ。

 伯爵家は収入の一部を毎年こつこつと日持ちする食料に換えていた。

 このおかげで、不作の年でも大きな問題も無く乗り切ってきた。

 のだが、どこからかウエスト・レペンスには十分な食料と薬があるという噂が広まってしまった。 

 

 他領の者がわずかばかりの食料を持ち、薬を求めてこの城を目指す。


「伯爵。王都から薬と医者を派遣するよう要請が……」


 王都に物資支援を請うどころか、逆に強制徴収されそうな気配である。


「断れ! 書類関係はイリアにまわせ!」


「伯爵様! うちの子を救ってくだせい」

「必ず助けるから」

「大丈夫だ。きっと助かるから」


 その横でさらに小さな子が息を引き取る。


 この騒然とした雰囲気の中、サフィールはただ立ち尽くし呆然と眺めていることしかできなかった。

 伯爵が、陣頭指揮を執るのは分かる。でも。


「当主と次期当主が何をしているんですか?」


 伯爵と伯爵の長男が直接治療に当たって、患者一人一人に薬を飲ませている。

 いくら、伯爵が元薬師とはいえ、ここは医者が薬学を学びに来ている所だ。


「そんなことしなくても医者はたくさん--」

「この地に薬学を学びに来ていたものは、すべて自分の救いたい人の所へ帰っている。薬を持って。

 それに、この城は次男に継がせる。イリアが死んだ場合は、一族の誰かが伯爵になるだけだ」


 伯爵はサフィールに答えて、次いで使用人に厳しい口調で命令をする。


「親を亡くした子は感染の有無がわかるまで二階の個室に隔離。新たな感染者が出ないように注意。感染者と非感染者をできる限り分けるんだ。城の塔を使え」


 激しい咳とか細いうめき声。


「畑が……」

「大丈夫よ。他の人が面倒見てくれているわ」


 長男レイの奥方が、患者の頭の手ぬぐいを取り替えながら、答える。

 周りを見回すサフィール。伯爵が患者に薬を飲ませながら彼に問う。


「お前は救援を請い来たのか」

「いや。リリーのことが心配で」


 伯爵は一瞬、侮蔑の表情を浮かべる。

 と言っても、患者も看病に当たっている人もマスクをつけているが。


「お前は嵐が過ぎるまで、自分の家にいろ。自分の家でもすることは山のようにあるだろう」

「そんな。彼女はどこに」


 次男と次男の妻は感染しないように隔離されているらしいが、伯爵自身や一家が看病に当たっているのに、リリーだけ姿が見えない。


「自分にできることをしに行った」


 そこで、ばたばたと侍女が大広間に駆け込んでくる。


「――が、お亡くなりに……」


 サフィールにはよく聞き取れなかった。

 が、動きやすいように髪を一つにまとめ男装していた伯爵夫人が真っ青になって崩れる。

 伯爵は倒れかけた妻を支えた。


 疫病は伯爵の家族をも容赦なく襲ったのだ。

 伯爵は自身も顔を青ざめて、しっかり妻の手を握り、訃報を知らせた侍女に言う。

 

「今なら、一緒に送れる。聞いて来い」

「は、はい」

「伯爵、ベイル村から手紙が」


 ベイル村はウエストレペンスのぎりぎり外の村だ。

 伯爵は一瞬迷うような表情を浮かべるが、


「あそこは伯爵領ではありません。断りなさい」


 伯爵夫人が青い顔のままきっぱり言いきった。 


「奥方様! ご自分のご実家ですよ!」

「聞こえませんか。断りなさい」


 そこに別の使用人が駆け込んでくる。


「領外から集まった民が城門を越えて侵入しようとしています」


 今の時代、戦略的拠点どころか、ただの観光地に成り果てているこのウエストレペンス城にかつての山城としての防御力はない。


 伯爵は身を翻し、城門に向かう。つかつかと、硬質な靴音が響いた。

 リリーの場所を聞き出せていないサフィールは情報を握っている伯爵の離れて後ろをついて行く。 


「領民は城の外にはいないな」

「はい」


 伯爵は城門が見えるところまで移動した。 


「石と土、花の神よ」 


 伯爵が呟いた。

 途端、城壁が高くなり、その表面がバラの蔦に覆われる。これでは、昇ってくるのは骨が折れるだろう。

 サフィールは目を大きく見開く。あの魔法を使えるのは次男のイリアだけではなかったのだ。


 伯爵は疲れきったような顔を浮かべ、無言で裏庭に向かう。棺が数個並んでいる。

 葬儀屋までもが倒れてしまったのか、白いシーツがかけられているだけの遺体もある。


「皆、別れの花を手向けたか」


 誰も彼もがウエストレペンス城自慢のバラを手向けている。

 花が手向けられていない遺体は、家族がいないのか、それとも家族も病で苦しんでいるのだろうか。

 そういった遺体は伯爵自ら花を手向ける。


「足元に大地があることを感謝し、頭上に太陽と月が昇ることを感謝します。天と地に還る死者に花を手向ける事をお許しください」


 伯爵は変わった祈りをささげる。 

 

「炎よ」


 彼がそう囁くと金の炎が遺体の手の先に点り、瞬時に全身を包む。

 不思議なことに焦げる臭いはせず、ただ花の香りに気をとられている間に遺体は骨と灰に変わっていた。

 住民達は疑問に思う余裕も気力も無いのか、静かにそれぞれの祈りをささげている。


 伯爵が「ごほ」と一つだけ咳をする。サフィールは一気に血の気が引いた。

 そんな彼の様子に気づいて「大丈夫だ」と伯爵は言った。

 

「私の見立ててでは、倒れている数は多いが死亡まで至る人数は多くない。百人に三人か四人といったところだろう。王都ではもっと多いらしいがな」


 一体一体、伯爵は祈りを捧げながら遺体を金の炎で燃やす。


「夫から、許可を……頂きました」


 消える直前のろうそくのような声が聞こえ、サフィールと伯爵は振り返る。

 子供の母であるイリアの奥方が、小さなシーツを抱いている。

 真っ白なシーツに、小さな子供が包まれている。

 あの時見た使用人の息子、長男夫妻、伯爵夫人が子供を囲んでいる。

 父親であるイリアの姿はない。

 イリアの奥方はまだ炎に包まれていない死者の所に迷うことなく向かう。


「この人」

 

 サフィールにも見覚えがあった。いつも、こまごまと子供達の世話を焼いていた侍女だ。

 ピンクに染められた髪の隙間から、わずかに栗色の地毛が覗いている。


「数時間前に亡くなった」


 子供は、侍女の隣に横たえられる。


「アリアと一緒だから」


 伯爵は真っ赤なバラを一輪、侍女の手に持たせる。 

 他のすべての死者に捧げたのと同じ祈りを捧げ、


「炎よ」


 伯爵が触れていた指先から金の炎が彼女を包み、伯爵の孫にも燃え移った。

 母親が泣き崩れる。 



 あまりにも簡素な葬儀が終わって――。


 伯爵夫人がサフィールに手紙の束を渡した。

 それを「イリーナ」と伯爵が夫人を叱責する。


「行き先です。でも助けを請われれば別の所に行くかもしれません」


 伯爵夫人は目の端に涙をためていた。

 手紙の内容はすべて『自分の村に医者や薬を』と言った内容だ。このウエストレペンスは城下町だけしかないので、この手紙のほとんどは先ほどの『ベイル村』と同じ領外からのものだろう。


 伯爵一家に彼女を追う余裕はない。伯爵の言うとおり家に帰って嵐が通り過ぎるまで、震えているのか。


「彼女を追います」


 

 ウエスト・レペンス城を出発して七日。


 やっと見つけた彼女は、病に冒されていた。


「リリー」


 (ひたい)を触ったら、すごい熱だった。


「赤い袋の粉と緑の袋の粉を2対5の割合で、……せんじて。 患者達に」


 それだけ言うと、彼女はくたりと力を失った。慌てて脈を取る。規則的に肌が震える。脈はしっかりあるようだ。


「良かった」


 もう、薬はほんの少しだった。苦しげにうめいている患者に順に少しずつ慎重に飲ませる。

 そして、最後に残った一杯をリリーに飲ませた。


「教師になりたいんだろう?」


 彼女の目蓋がわずかに反応する。


「生きて、夢をかなえるんだ」

 


 ラハード伯爵と同郷だったシャムロー・レイスに話を聴いて答えにたどり着いたのはずいぶん前だった。

 アレスの両親(リリーにとっては祖父母)は教師兼薬師で、幼少期のアレスは父を良く手伝い、年少の子供の面倒を良く見る大人しめの子供だったそうだ。


 うっすらと目を開ける彼女に、サフィールは声をかける。


「熱は引いたみたいだな」

「なぜ、ここに?」


 リリーに手紙の束を見せる。


「夢の中でずっと声が……私に『夢を諦めるな』って」


 サフィールはリリーの手をぎゅっと握った。


「大丈夫。君は生きているよ」


 彼女はその言葉にほっと一息つく。 


「これがひと段落したら子供に文字を教えようと思うのですけれど……もしよろしければ手伝ってくれませんか?」


 けだるさは残っているようだが、目の焦点はしっかり結ばれている。

 危機は脱したが、サフィールが答えを言い当てたことは覚えていないようだ。


「ああ。給金は君からの愛で十分だよ」

「給料は別のものを差し上げます」


 サフィールは聞こえてないフリをして、


「永久就職かぁ」


 こちらも元々家督を継げない三男だ。


「だから違うって……」


 そこで、彼女はため息をついて、覚悟を決めた。


「私の傍にいて、一緒に夢を叶えてくれますか」


 彼女が覚悟を決めたのだ。

 サフィールにも今の自分に課せられた役目はあるはずだ。


「今のままなら、君の傍にいれない。自分のするべきことを」


 リリー・ラハードの体調回復後、二人はそれぞれ領地に帰り、領地の建て直しに努めた。

 そして、二年後――  



 レペンス王国、北部の小さな村。


「フォレスト先生~」


 子供達が、ぱたぱたと駆けてくる。


「フォレストだけならどっちか分からないだろう」


『フォレスト』と言うのはリリーの祖父の姓だ。

 アレスが伯爵になる時に、旧ウエストレペンス王族の姓である『ラハード』に改姓した。

 世間では、その行為が『騙り』だと言われているが、アレスがなぜ『ラハード』に改姓したのかは、リリーも聞かされていない。


 サフィールとリリーは甥の喪が明けた直後に結婚し、医者も教師もいないこの村に引っ越してきた。

 結婚に際して、二人で決めて姓を『フォレスト』にすることを選んだ。


「授業を始めるわよ~」


 サフィールは、わずかにお腹の大きくなった妻の声に「おう」と答え、二年経ってやっと廉価版が刊行された『おとぎ話』の本を手に学校(いえ)に戻った。


 子供が魔法を使えることをほんの少し期待しながら、でも母子(ははこ)の健康を一番に願って。



◇登場人物紹介◇


リリー・ラハード(リリー・フォレスト)……第一代ラハード伯爵の娘。舞踏会に着用したバラのドレスから茨姫と呼ばれる。結婚時、祖父の姓に改姓する。


サフィール・べリルシュタイン(サフィール・フォレスト)……茨姫の三番目の求婚者。流行病収束後、アレスから薬学のスパルタ特訓を受け、教師も医師もいない村にリリーと移り住む。


アレス・ラハード……第一代ラハード伯爵。リリーの父。性格に問題があったので、外交面は夫人に任せきりだった。


イリーナ・ラハード……ラハード伯爵夫人。リリーの母。男装の伯爵夫人として有名。


レイ・ラハード……アレスの長子。リリーの長兄。流行病の収束後、伯爵位を継ぐことなく、故郷の村へ、医者として戻る。


イリア・ラハード……アレスの次男。リリーの次兄。一時、アレスの実子ではないという噂が立った。流行病で息子を亡くす。第二代ラハード伯爵。流行病の収束後、伯爵位を継ぐ。


アリア……ピンク髪の侍女。

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