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茨姫のプロポーズ  作者: くらげ
茨姫のプロポーズ
1/7

サフィールのプロポーズ

 リリー・ラハードにとって初めての舞踏会。


 領地のバラを売り出すためとはいえ、また棘は取ってあるとはいえ、本物のバラをドレスのそこらじゅうに縫い付けるなんて。

 ついでに言うと普通のドレスよりずっしりと重い。

 これでは、椅子に座るのも一苦労だ。

 いや、はっきり言って立ちっぱなしである。


「母さんこんなの十七年も良く耐えてきたわね」


 小さく愚痴ると、ご婦人方がさっそく寄ってきた。


「これが、新作のバラのドレス?」

「ええ、今年作出した『ローザ』ですわ」


 顔が引きつらないように気をつけて微笑む。


「似せて作らせているけれど、なかなかラハード家のように上手く行かないわね」


 ご婦人方には(みやび)に見えるかもしれないが、舞踏会の間中、身に着けていないといけないリリーは舞踏会が早く終わることをひたすら願っていた。   



 アレス・ラハードには三人の子供がいる。 

 

 長男と次男は年子で、次男と長女は七つ離れている。その娘も今年16歳。先日、舞踏会デビューを果たした。


 アレスは半世襲の一代貴族である。子供達は能力が無ければアレスの死亡後、子供達は庶民の生活に戻り、一族の中から新たな伯爵が選ばれる。

 能力が無い娘には伯爵としての一切の財産を残すことはできない。


「だと言うのに、城の財産にだけに惹かれたクズ貴族が」


 一通の手紙が机の上に広げられている。


『舞踏会でご令嬢を垣間見て、一目ぼれしました。ぜひ、茨姫との結婚をお許しください』


 もう少し捻れないのか。前の二通と文面がほぼ同じだ。


「お願いですからもう少し言葉を選んでください。罵るのは試験が終わった後でも間に合います」


 長年連れ添った伯爵夫人は穏やかに夫を窘めるが、やはり長年連れ添ったせいか、その言動にほんの少し棘を含んでしまっている。


「そうは言うが、さすがに二度同じことが続いたらなぁ」

「こちらも貴族様を騙しているようなものです」


 娘に少しでも穏やかで幸せな生活を送って欲しい。

 自分が貴族であるうちに、食うに困らない男の元に嫁がせたい。

 それが、『ずる』だとしても。


◇ ライネン


 ことは一週間前にさかのぼる。


 茨姫に求婚したライネン・クローステルは茨姫の父であるアレス・ラハードと会っていた。


 玉座の間だ。ここ十七年程で丁寧に修復された玉座は小粒だが美しい宝石がところどころにちりばめられている。


 その玉座から睥睨する男は新興貴族の王になったと勘違いしている男だ。が、今、この男の機嫌を損ねるのは良くない。せっかくこの観光で潤った……これ以上考えると顔に出てしまう。


「この城の中にリリーがいる。見事見つけだしたら結婚のことを考えてやろう。娘を垣間見たのなら簡単だろう」

「そのような言い方は格式を重んじる貴族の反感を買いますよ」

「俺の口が悪いのは既に周知の事実だろう」

「『考える』だけでは私に少々不利ではありませんか」

 

 ラハード伯は一瞬考えるとすぐ条件を変えた。


「見事見つけだし、娘がお前を気に入ったら、婚約を認めよう」

「わかりました」

 

 ライアンが条件を呑んだのを確認すると、ラハード伯爵は玉座の間を見渡し、

 「皆、一切のヒントを与えるな」そう言い渡した。


 ライネンは茨姫がどこにいるかさんざん探し回って、春の庭園の東屋で休憩していた。

 庭を手入れしていたメイドが、バラを摘んで、東屋のテーブルに飾る。


「貴族様、お疲れのようですね」


 彼女は満開の花を次々と摘み、カートに入れていく。


「美しいのに、切ってしまうのか」

 

「こまめに手入れしないとすぐに伸びてしまうんですよ。このバラ。油断するとすぐ城の中にまで入って来てしまって。それにもう花柄ですし、使い道は山のようにありますから。香水、ジャム、化粧水、お酒、オイル……」


「そんなにあるのか」


 メイドはこくりと頷いて続ける。


「それに五日に一度、バラの花びらを浮かべたお風呂を城下町の人々に無料で解放しています。明日がその日ですので」

「風呂など、王都でやっと庶民の家に整備され始めているのに。それもバラ風呂とは」

「さすがに、個別に用意はできませんので、入りたい場合は貴族様でも庶民と一緒となってしまいますが」


 バラ風呂に興味を示したライアンにメイドは軽く釘を刺した。

 

「茨姫はどこにいるのか知っているのか?」

「茨姫だなんて……わ、……リリー様はそんなお寝坊さんじゃありません。それに伯爵様から教えるなと強く言い渡されていますし」

「私がラハード伯爵よりもずっと格が上だとしても?」


 ラハード家は、薬師だったリリーの父アレスがなぜか突然爵位を賜ってできた家門だ。

 格という点では見劣りするし、アレスが貴族になった時期と現国王と仲の悪かった前国王が死亡した時期が前後していたため、アレスが毒殺したのではないかと言う噂まで囁かれた。

 伯爵の周りには今も黒い噂が絶えない。 


「リリー様は、権力をかさに着る方の求婚には答えないと思います」

「このままでは庶民に落ちるしかないお前の主を私がお助けしようとしているのだ」


 メイドがいささかむっとした顔を浮かべて、茶を注ぐ。


「お茶です」


「ぶっ」


 メイドが入れた茶はショウガがたっぷり入ったジンジャーティだった。


「あなたがそのような方でとても残念です」



 ライネンは試験が終わっても令嬢を発見できなかった。

 試験が終わるまで城の奥深くに隠されていたのではないかと疑っていたところに、舞踏会に着ていた美しいドレスを纏った伯爵令嬢が現れた。


「リリー・ラハードと申します。

 一度、お会いしていましたのに、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。

 ええと、何とか伯爵令息様。この家の家格では釣り合わないと互いに認識できたようですので、この話は無かったことにしてよろしいですね?」


 令嬢は、丁寧な挨拶の後、無難だか棘が含まれているのか分からない言葉を告げる。


 ライネンは訳も分からないまま言い渡された問答無用の沙汰に、はしばし呆然としていたが、さきほど令嬢と同じはちみつ色の髪のメイドを見たことを思い出す。


「ひ、卑怯者」

「メイドの服を着ているだけで、惑わされたお前が悪い」


◇リリー◇


 そんなことが二回もあったせいで、本日届いた三通目のブツを見てリリーが言った言葉は。


「もう、貴族の方とのお見合いなんて絶対無理」


「すぐには、気持ちが動かないでしょうけれど、この手口もいつ広まるかわからないのだから、とりあえずこの手が使えるうちにお見合いを受けてみて、気持ちよく振ってみたら?」


 母が優しく、そしてちょっといたずらめいた顔で諭した。


 父が伯爵になる前に結婚した母は元は農民の娘だ。文字も礼儀作法も父が伯爵になると決まった頃に急いで覚えたらしい。


 普通は、お見合いの時点で、両家の親同士で半分以上話が済んでいる物らしい。

 こんな相手側を試すようなことが許されるのは物の分からない庶民出の変人家族だからだ。

 


 あのライネンのお見合いから二週間後、サフィール・べリルシュタインが城を訪れた。


「リリー様?」

「はい?」


 求婚者に名前を呼ばれ、リリーは一瞬、固まった。


 なぜばれたのだろう。麦藁帽子に汚れが落ちなくなった麻のワンピース。首にタオルまで巻いている完全野良着の姿なのに。

 農作業をしている時に実際使っている服一式で固めているのだ。本職には見えなくても、庭師の娘が親の手伝いをしているくらいには見えるだろう。


「リリー様ですか? さあ、どこにいるんでしょうね」


 一拍の後、自然な笑顔を作り、そらとぼけてみせる。


「失礼ながら、舞踏会でお見かけした時から、遠目で手が荒れているなぁと言う印象を受けまして。奥方様の男装の話も有名ですし、髪を染めているわけでもなかったので」


 母が、男装していたのは、父が女性恐怖症だったからだ。今はその症状もずいぶんマシになったので母も普通のドレスを着ている。


「ほんと失礼ですね」


 そりゃ、生粋の貴族に比べれば手は荒れている。いつでも庶民に戻れるよう掃除・裁縫・洗濯は一通り覚えさせられた。農作業を経験したのだって、一度や二度じゃない。


「で、私が断った貴公子から何かヒントは貰っていたのですか?」

「私の他に、あなたに求婚していた方がいたのですか」


「父からの条件は聞いたのでしょう? 私はあなたを好きになりません。

 私、庶民になって、お父様の果たせなかった夢をかなえるんです。だからプロポーズをお断りします」


 一度目は、気乗りしないながらも、自分に求婚してくれる人はどんな人だろうと淡い期待を抱いていた。

 でも、二度も続くと夢見る乙女のような期待は消えてしまった。


「果たせなかった夢?」


 サフィールが問いかける。 余計なことを言ってしまった。


「お答えするつもりはありません」

「求婚よりアレス殿の夢が気になって」

「そんな軽い気持ちで求婚したのですか」


 リリーの声がわずかに高くなる。


「いや、軽くは無い。だって、君に振られちゃったらここに居る理由なくなっちゃうじゃないか。今後伯爵にお会いしても、きっと教えててくれないだろうし」


 サフィールの言葉遣いは既に丁寧さが抜けていた。


「もう振ってますけれど。まあ、父は基本無口ですからね」


 リリーは万能カートからお絞りを出し自分の手を丁寧に拭いてから、お客人用のお絞りとティーセットを取り出した。

 特製ジンジャーティーをカップに注ぎ、サフィールに渡す。

 サフィールは喜んでその紅茶に口をつけ、

 

「けっこうなお味で」


 こめかみと口の端を引きつらせながらも笑顔をほとんど崩さず飲みきったのは見事だった。


◇ アレス◇


「娘は君を気に入ったのか?」


 アレス・ラハード伯爵は、部屋に入って来たサフィールに声をかけた。 


「娘さんに嫌われてしまいまして。本当はあなたが“何者”になりたかったのか尋ねにきました」

「君は、娘に求婚しに来たのでは?」

「明日には追い出されるんですから、何か一つ持って帰らないと」


 よくもまあ、ぺらぺらしゃべる男だ。


「聴いても一文の得にもならんぞ」

「茨姫の心をこちらに向ける手がかりになるかもしれません。そうすれば二つとも手に入れられます」


 アレスが故郷の村にいた頃の小さな夢だ。今更叶える気も無い。娘がその道を歩みたいなら止める気も無い。


「夕飯くらいは馳走するから、自分で娘に聞け。俺などよりよほど口が軽い」

「良いのですか? いや、伯爵の噂は方々(ほうぼう)で聞いていましたから、身包みはがされて放り出されることも覚悟していたのですが」


 そういえば、バカな貴族の身包みをはがしたこともあったな。若気の至りと言う奴だ。


「俺は追いはぎではない」


 アレスは、ぼそっとそれだけ言って、手を振って退出するよう合図する。

 当時に比べると自分もずいぶん我慢強くなったものだ。


◇ サフィール◇


 噂の茨姫は今度は簡素なドレスに身を包んで夕食の席に現れた。

 後は伯爵夫妻と茨姫の兄が二人。

 兄二人は既に結婚しているはずだが、どちらの家族も姿が見えない。 


「茨姫はこの茨の城を出られたら、どうするつもりなのです」

「私には、リリー・ラハードと言う名前があります」


「ではリリー」


 サフィールが熱っぽく言ってみると、途端に彼女は林檎のように頬を赤くした。

 照れたのではなく怒りで赤くなったのだろう。


「できれば呼び捨てにしないで下さい」

「いや、どうせ明日には追い出されるのですから、たった数度の機会です。『リリー』」 


 外野(リリー嬢の兄二人)が『ぷっ』と笑いを堪えている。

 氷の伯爵が笑い出した二人に視線を走らせるとその笑いもぴたりとやんだが。


「前の二人は、夕食の前に追い出されたんだよ」


 次兄の方が、客間に現れてこっそり耳打ちしてくれた。


◇ 


 サフィールもはじめはこのお見合いは気乗りがしなかった。

 彼女の手は遠目でも、ざらざらして美しいとは言えなかったし、伯爵の悪い噂は絶えなかった。

 それでも、観光業に力を入れて、伯爵個人でかなりの資産を溜め込んでいるらしいと聞けば、両親も三男くらいは送り込んでもいいと思ったのだろう。


 適当に探したふりして東屋で時間を潰していたら、リリー嬢は荒れた指先で丁寧に一番奇麗なバラを選び取り、東屋の花瓶に挿した。

 一番奇麗な花を飾った瞬間の彼女は満足げで、とても優しい瞳で父の夢を引き継ぐと語った。

 ダンスを申し込んだ貴婦人の靴を踏みつけたり、妻に男装をさせていたり、と奇行が目立つあの伯爵の夢が、どんなものか興味が沸いたのだ。 


 サフィールは三度目の訪問で目当ての人物を見つけることができた。


 城主の家族が茶を入れに来ることがあると聴いて入れば、お見合いの時、もう少し対策が立てられたのだが。

 執事に扮した城主が、客人にお茶を注いでいる。

 城主が親子連れの子供のほうに蜂蜜を多めに入れてやると、子供が嬉しそうに笑っていた。

 そこで、城主はやっとサフィールに気づく。


「あまりしつこいようだと、警吏を呼ぶことになるが……」


 サフィールがただの一般客としてこの城を訪れている以上は追い出すわけには行かないが、報告だけは城主に上がっていたのだろう。


「ここは一般の人も見学できることになっているんですよね。リリーはどこにいるか教えていただけませんか」

「娘になぜさっさと追い出さなかったとさんざん怒られた後だ」


 つまりは娘の居場所を素直に教える気はないということだ。


「じゃあ、レイ様かイリア様の居場所を」


 長兄と次兄。あの二人なら、協力してくれるだろう。



「やあ、リリー。こんなところに隠し書庫があるなんて、教えてもらわなければ分からなかったよ」


 リリーの兄レイ・ラハードにリリーの居場所を教えてもらったサフィールは、地下の書庫の明るさに驚く。どこからか光を採っているのだろう。


「な……んで、ここにいらっしゃるんですか? というか、気安く名をよばないで下さい」

  

 サフィールはリリーの座っている机に近づき机の上に広がっている絵を一枚手に持つ。

 

「見ないで」

「へえ。上手じゃないか」


 綺麗と言うよりも可愛らしい絵が描かれている。


「お褒めに預かりありがとうございます。分かったからさっさと出て行ってください」


 少し、声を高くして早口にまくし立てた。


「そんなに急いで追い出さなくても」


 彼女の兄がここに一緒にいるはずだから、二人っきりと言うことはない。そんなに警戒されると少しへこんでしまう。


「じゃあ、庭に出てお茶でもしません? ちょうど外の空気を吸いたいと思っていたところですし」

 

 彼女は自分から、サフィールの腕に手を絡めて来た。何をそんなに焦っているのだろう。


「今日はやけに積極的だね」

 

 機密文書を保管しているのかと思い何気なく書庫を見渡し、サフィールはふと気づいた。

 ろうそくがあるべき燭台にはなぜか妖精が乗っかって足をぶらぶらと揺らしている。

 妖精が身体全体を光らせてろうそくの代わりをしているようだ。

 目をこすってもう一度確かめるが、妖精は消えるどころかあくびを一つかみ殺すとリリーとサフィールの周りをくるくる飛んだ。

 光の燐粉は地面に届く前に消えてしまう。

 リリーは完全にサフィールと目を合わさないようにしている。 


「リリーどうしたんだ。変な声上げて」

「自立型妖精かわいいだろう。『歴史』の所にも二つ灯りを灯しといたから。って、サフィール殿!?」


 年かさの男と次兄のイリア・ラハードが書庫の奥からひょっこり現れる。

 イリアはサフィールの姿を認めて「なんで、部外者がいるんだ!」と声を上げている。

 

「あ……なたは?」


 まだ混乱している頭で、伯爵より年嵩の男性にたずねる。


「私は、シャムロー・レイス。この書庫の書物を借りに来たんですよ。サー・サフィール」

「貴重な資料を貸し出す代わりに、教材になりそうなおとぎ話や特別な薬の本が見つかれば、その訳を渡すことになっている」


 話を逸らそうと試みるイリアはしかし、それ以上言葉を続けられなかった。


 この領地は観光のほかに教育と薬学に力を入れていると聞いたことがあるが、今重要なのはそれではない。

 視線を本棚の上に向けると、複数の光の妖精がいるのが見えた。

 この図書室が窓も無いのに妙に明るかったのは、このせいだった様だ。

 

「で、あれは何でしょうか?」


「「「……」」」




◇登場人物紹介◇


リリー・ラハード……第一代ラハード伯爵の娘。舞踏会に着用したバラのドレスから茨姫と呼ばれる。


サフィール・べリルシュタイン……茨姫の三番目の求婚者。


アレス・ラハード……第一代ラハード伯爵。リリーの父。性格に問題があったので、外交面は夫人に任せきりだった。


イリーナ・ラハード……ラハード伯爵夫人。リリーの母。男装の伯爵夫人として有名。


レイ・ラハード……アレスの長子。リリーの長兄。


イリア・ラハード……アレスの次男。リリーの次兄。一時、アレスの実子ではないという噂が立ったが……


ライネン・クローステル……茨姫の二番目の求婚者。当て馬




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