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砂漠の月  作者: 沖津 奏
31/41

31 輪

「はあっ・・・はあっ・・・!」

 影の森に入り、少ししてキナリは膝をついた。全身が鉛のように重い。

 ふわりと蝶が目の前を通り過ぎる。

 次の瞬間、それは見覚えのある人の姿になった。

「ティ・・・ラ・・・ナ・・・。」

 優しそうな茶色い瞳。瞳と同じ色の長い髪は内巻きで、風に揺れるに任せている。白い肌は透き通るようで、薄桃のドレスは柔らかい印象を与える。額には、緑の雫形の宝石の飾りが煌めく。

 ティラナはキナリを見つめ、微笑んだ。

 キナリは茫然と彼女を見ている。

『クレオール・・・。』

 大気に溶け入るような声。耳に懐かしい。

 そして、くるりと背を向けると、軽やかな足取りで駆けていった。

「ま、待ってくれ!」

 力を振り絞って追いかける。だがもう足が動かない。

 近くの木の幹に手をついた。

「ティラナ・・・!」

 二、三歩駆け出して、どっと地に倒れた。

 ふと目をやると、地面には花が咲いていた。この影の森には決して花など咲かなかった―――。ルキア王がこの地を魔物の森に変えて以後、花など・・・。

 だが、目をやるとそこには花だけでなく、木が繁っていた。緑の葉がある。灰色の森ではない。地面には小さな草が生えていた。空には鳥が飛んでいる。少し先には湖が澄みわたっていた。

 あの暗い森が―――!


 馬鹿馬鹿しい、これではまるで私一人が悪者のようだ。・・・実際、そうだったかもしれぬ。だが・・・。

 後悔とも悲しみともとれない感情が溢れた。

 そっと目の前の花を包むように触ると、白い花弁に血がついた。

 これが、輪というやつなのか?テジンの言っていた自然の輪・・・。あのジゴクサナギが大繁殖して手のつけようがなくなった砂漠も、遠い未来にはもと通りなのだろうか。

 私もまだ・・・この輪の中にいるのだろうか。自分だけ時が止まっている気がしてならない。


 ティラナがキナリのもとに戻ってきた。

「ティラナ・・・私も連れて行ってくれ・・・。」

 声を絞り出して手を差し出す。その手をティラナがそっと掴んだ。

 止まっていた時が動き出す。全身で感じた。

 だがティラナの手は所詮幻にすぎない。キナリの手は光を通り抜けるようにティラナの手をすり抜け、ぱたりと地に落ちた。

 キナリの目は静かに閉じられた。しかし、その表情はどこか幸せそうだった。


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