31 輪
「はあっ・・・はあっ・・・!」
影の森に入り、少ししてキナリは膝をついた。全身が鉛のように重い。
ふわりと蝶が目の前を通り過ぎる。
次の瞬間、それは見覚えのある人の姿になった。
「ティ・・・ラ・・・ナ・・・。」
優しそうな茶色い瞳。瞳と同じ色の長い髪は内巻きで、風に揺れるに任せている。白い肌は透き通るようで、薄桃のドレスは柔らかい印象を与える。額には、緑の雫形の宝石の飾りが煌めく。
ティラナはキナリを見つめ、微笑んだ。
キナリは茫然と彼女を見ている。
『クレオール・・・。』
大気に溶け入るような声。耳に懐かしい。
そして、くるりと背を向けると、軽やかな足取りで駆けていった。
「ま、待ってくれ!」
力を振り絞って追いかける。だがもう足が動かない。
近くの木の幹に手をついた。
「ティラナ・・・!」
二、三歩駆け出して、どっと地に倒れた。
ふと目をやると、地面には花が咲いていた。この影の森には決して花など咲かなかった―――。ルキア王がこの地を魔物の森に変えて以後、花など・・・。
だが、目をやるとそこには花だけでなく、木が繁っていた。緑の葉がある。灰色の森ではない。地面には小さな草が生えていた。空には鳥が飛んでいる。少し先には湖が澄みわたっていた。
あの暗い森が―――!
馬鹿馬鹿しい、これではまるで私一人が悪者のようだ。・・・実際、そうだったかもしれぬ。だが・・・。
後悔とも悲しみともとれない感情が溢れた。
そっと目の前の花を包むように触ると、白い花弁に血がついた。
これが、輪というやつなのか?テジンの言っていた自然の輪・・・。あのジゴクサナギが大繁殖して手のつけようがなくなった砂漠も、遠い未来にはもと通りなのだろうか。
私もまだ・・・この輪の中にいるのだろうか。自分だけ時が止まっている気がしてならない。
ティラナがキナリのもとに戻ってきた。
「ティラナ・・・私も連れて行ってくれ・・・。」
声を絞り出して手を差し出す。その手をティラナがそっと掴んだ。
止まっていた時が動き出す。全身で感じた。
だがティラナの手は所詮幻にすぎない。キナリの手は光を通り抜けるようにティラナの手をすり抜け、ぱたりと地に落ちた。
キナリの目は静かに閉じられた。しかし、その表情はどこか幸せそうだった。




