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砂漠の月  作者: 沖津 奏
11/41

11 トルキアの魔王

 男がしわがれた声で何かぶつぶつと呟いている。

「魔王め・・・。」

 ジラルガンが憎々しげに声を絞り出した。

「魔王様、どうなさったのです。本陣にいらっしゃる筈では・・・。」

 キナリは焦って魔王のもとへ駆け寄った。

「せっかく戦場へ来たのだ。何もせず指をくわえて見ているのはつまらぬ。忠実な部下も大勢いるというのに・・・。」

 遂に完成したのか―。キナリは不敵に笑った。見ておれハルキアの犬共め!所詮クナの結界ごとき、打ち破ってくれる。

 魔王がすっと手を突きだした。テジン達は一斉に構えた。クナも身構えた。

 来る!!


 結界を突き破ろうとして、地面から何匹ものジゴクサナギが勢いよく飛び出してきた。バチバチと結界がそれを拒む。青白い火花が散った。


 この量のジゴクサナギは異常だ。それに普通、こんな集団で生息したりはしない。

 クナは息を切らせながらも集中した。取り乱してはいけない。結界が崩れる。テジン様が・・・。


「貴様ら全員、仲良くジゴクサナギ共のエサとなれ。」

 魔王が拳を作ると、ジゴクサナギの勢いはいっそう強まった。結界に体当たりし、壊そうとする。ジゴクサナギは赤褐色の硬い甲羅を持っていて、大した傷はついていない。


 テジンとジラルガン達は必死で応戦していた。クナは鏡でそれを見ながら、汗だくになって結界を維持した。頭痛がする。

 ふと、鏡に映った魔王がにやりと笑った気がした。クナははっとした。その瞬間、身体中に衝撃が走った。ジゴクサナギが塊になってこちらへ向かい力づくで結界に破れめを作ろうとしている。結界を作る炎が激しく揺らめき、消えそうだ。炎が消えれば結界も消える。クナは必死で火を守ろうとした。

 しかし、シュッという情けない音と共に火は消えた。


 砂漠では、ジゴクサナギがそのままの勢いで突進してきた。

「ああっ、結界が切れた!」

「姫様に何かあったのか!?」

 ハルキアとダルキアは混乱に陥った。魔王とキナリはここぞとジゴクサナギを向けた。

「くそっ、撤退だ!急げ!」

 ジラルガンとテジンは叫ぶ自軍に命令した。

「させるか!このジゴクサナギは我々トルキアに忠実になるよう、わざわざ貴様らの為に作ってやったもの達だぞ!もっとしっかり楽しんで行かんか!」

 得意げなキナリの声に、テジンの顔色が変わった。

 ハルキア本陣の鏡の前で再び結界を張る準備をしていたクナも、思わず手を止めた。

「まさか・・・人工のジゴクサナギか・・・?」

 キナリが嫌らしく笑った。

「さすがテジン殿・・・ ご明察。そうだ、こいつらはトルキアに忠実に従うよう改造されたジゴクサナギだ。手軽に造れるし、少々死んだからといって、何もこちらの損害になりはしない。便利な傭兵さ。」

「愚かな・・・!この世の輪を崩そうというのか!自然だけは、我らの決して手に届かぬところにあるというのに!そんな身勝手なことをして生命を操ろうなど・・・。」

「黙れ!」

 キナリが叫んだ。

「すました顔して説教を垂れて。いつだって自然は大きな一つの輪さ。愚かな人間共が壊そうとしても、自然は長い時間と大きな自己犠牲を払ってそれを戻そうとする。この狂ったジゴクサナギだって、そうしていつかは何事もなく過去になっていくのさ。」

「違う、崩れた輪は崩れたまま先へ進むんだ。」

 そのテジンの言葉をキナリは笑い飛ばした。

「それ見ろ、何事もなかったかのように話すだろう・・・?十五年戦争を思い出せ。ダルキア―いや、あの頃はまだルキアだったか。貴様らルキア王家の下した決断は何だ?」

 テジンは唇を噛んだ。

「トルキア領内の影の森!あれはもともと美しい森だった、なのに!十五年戦争でワルーレ=トルキア伯を捕らえるために暗い森へ変えたんだ、そうだろう!侵入者を残さず捕らえる恐怖の森・・・。」

「しかしあれは今は安定して・・・。」

「言ったな、テジンよ!人工的に変異させた影の森は今は安定している!」

 テジンは言葉が出てこなかった。自然はいつも人間の傷つけたものを、自らの一部として修復していると信じて疑わなかった。だが、俺は自然の優しさに甘えていたのが事実・・・?

 キナリは憎しみを込めて杖を構えた。

「このジゴクサナギ共も自然にとっては同じことだ!行けえ!」

 ワッとジゴクサナギがハルキアとダルキアに襲いかかった。兵のほとんどはもう退却を始めていたため、不意を突かれるような格好ではない。だが、テジンは固まっていた。ジラルガンがジゴクサナギを避けながらテジンの肩を叩いた。

「テジン殿!手綱をとられよ!」

 ジラルガンの言葉に我に帰り、あわててスナアシの腹を蹴った。

 ダルキア本陣に戻るまで、テジンはずっと上の空だった。


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