9話目
市街に出ると、そこは魚の街にふさわしく魚の店で覆い尽くされていた。太陽はもう見えない。しかし、太陽が残してくれた光はまだこの街に夜の訪れを遅らせているようで、月が闇を運ぶ前に、赤い空がこの街を覆った。白かった雲たちの影をなくして赤く染まる。
魚の料理屋はもちろん、魚の造形の金物屋、食器屋、物産展。まさに魚で持っている街。絵はがきや魚拓、釣り道具貸します。なんて店もある。そのほかにもファーストフードの店や、地方の料理店、喫茶店なども存在する。山の幸の店もあり、地元の人たちや魚嫌いの人たちのニーズに応えている店もちらほら存在していた。単に店の主人が魚嫌いなだけかもしれない。
中には大型店もある。観光客にはそんなに必要ないような気もするので、やはり地元住人に必要な店なのかと思いながら行ってみると、案外いろんなところから来たような人種の者たちも多く利用しているのが分かる。多分、今の俺とおんなじ感覚で入ってきたような奴らばかりなのだろう。
「ここが流行れば、この地域の活性にはなるのか?ならないのか?」
難しいところだろうがどうでもいいことだ。ここの問題はここの奴らが解決すればいいし、もうすでに解決済みなのかもしれない。俺は観光客ではないが、観光する者はそんなこと気にせずに楽しめばいい。観光地っていうのはそういうところだ。
何度も言うが、俺は観光しにこの地に来たわけじゃない。だけど、街を歩いて回っていると、釣りと魚拓は気になった。別にやるわけではないが、やりたい。俺に旅とはつまり、死への旅だ。なのでやれることはやろうと思う。でも今はやらない。のんびりしていてはノウンが何しでかすかわからない。ああは言っておいて、抜け駆けして神の肉体を持つと思われる娘を先に殺されてはたまらない。ないけど。
軽く食事をしてから空き家に戻った。食事の際に少しだけ情報を得たので伝えておこう。メモ代わりに参考してくれ。
「あんたも、あの娘の姿を見るためにこの街に来たのかい?」
向こうから聞いてきた。店の亭主の女は、いつもそれを聞かれているから先に言ってきたのだろう。自分のタイミングで。俺はまだメニューを決めていない。水を持ってきながら聞いてきたのは、ほかに客がいなかったからだ。
この店には、実は以前来たことがある。つまり、この街にも一回来ているのだ。それは何百年も前の話。この店を一目見て気が付き、驚いた。そりゃそうだ。何百年続いてんだよって話。店自体は昔よりはるかにきれいになっていて、店のつくりも全く変わっていないというのに、格段にオシャレになっている。昔はただイスとテーブルがあっただけだから。
俺はメニューを見ながらそっけなく答える。
「なんのことだ?ここの料理には、なんか見世物でもあるのか?」
メニューから目を離さず答えたことで、逆に見透かしたような店の女。
「別になんでもいいけど。あの子のおかげでこの街にも観光客も増えたしね」
確かにどうでもいいだろ。静かにメニューを眺める。
「蒸し魚のムニエルをくれ」
関係ないね。知らないね。という態度で注文だけをする。見透かされているし、その娘目当ての奴も多い癖に今さら隠す必要もないと思いながら。いや、むしろその逆じゃないのか?ばれているからこそ、隠す。そう、自分でも思うほど陳家だ。
「はいよ」
「ところで、蒸し魚のムニエルとはなんだ?」
蒸した魚を更にムニエルにしたのか!?何の意味があるというのだ?そうすることによってさらにうまくなるのだろうか?
「それは来てからのお楽しみさー。・・・で、聞きたいことはそれだけかい?」
女にさっとメニューを渡し、水が静かに流れるように水を飲む。気のせいか、味が塩っぽい。まずくはないが、むしろうまい。
「それだだけだ。ほかに何かあるのか?」
噛んだ。まあ気にしない。女がまだいるから仕方なく答えただけだし、他に客もいなくこの女も暇なのだろう。女がにやける。ばばあ。ばばあと言ったがそれほどの歳ではない。というか、それは俺が言うなと言われるだろう。しつこいが俺の見た目は16歳ぐらいとよく女たちに言われるが、実年齢は1000年以上生きているからな。鉄板で、女に1000年間もやってるからうまいぜ。というとウケる。相手は冗談だと思うだろうが、本当の話だから。その後はウケさせるだけでは終らせない。伊達に1000年生きていない。
「娘の名前はマリ・ア。この街じゃ・・・みんなから聖女と呼ばれているわよ。どこに住んでいるかは、聞く必要ある?・・・もちろん知ってるわよね」
女が勝手に話し始めた。俺の言葉に勝手に反応したのだ。そういえば、お前の名前すらまだ聞いてない。
「聞いてないから。そんなことより、早く注文の内容を伝えろよ。腹減ってるんだよ」
ばばあはくすりと笑い、「はいはい」と厨房にメニューを通す。ちなみに俺がばばあと呼んでいるこの女。見た目は23ぐらいでかなりかわいい。どうでもいいことだが。
空き家に戻る頃、あたりはすっかり暗くなってしまった。月が、太陽ほどではないが街に光を注いでいる。おかげで星は見えなかったが、足元はしっかり見て帰ることができた。 月明かりでも、帰り道を見ることができた。
「何か食ってきたのか?」
ノウンは相変わらず窓辺で黄昏ている。俺に目も向けない。だが、俺が空き家の戸を開けた途端、珍しくすぐに話しかけてきた。ピンときた。こいつ、さては本当にビビっているな?初めて会う神の肉体を持つ、その通りに相手は神の生まれ変わりだ。怖がらないはずがない。間違っても「会ってきたのか?」なんて聞けないでいるのだろう。
「蒸し魚のムニエルだ」
「蒸し魚のムニエル?なんだその料理は?」
この部屋に来て初めて、ノウンが俺のほうを向いた。俺はニヤリとしてやったりと笑いながらもそっけない。ノウンの今の表情が笑えた。虚を突かれた者の顔、成功したので笑いを堪えるのに必死だった。
「蒸し魚のムニエルさ。食ってみな。意外とうまいぞ」
意外とな。なんなのかは、本当に喰ってからのお楽しみ。もう、辺りは夕日も沈み、黄昏の時は終わってしまって夜と化している。なのにまだ、ノウンは黄昏ている。
リューキは、基本的には人間と同じように生活をしている。夜が来れば眠くなり眠っているし、朝が来ればそのまま起きる。長生きはしていても、不老であり、不老不死ではない。やられれば死ぬ。ただ、手足を失っても翌日になれば生え戻っている。
そこまでリューキにダメージを与えられたものは、かつて現れたことがない。万が一だ。眠ればいい。しかし、心臓か首を持っていかれれば別だ。脳の代えがないように、心臓も代えがない。その時は終わりだ。と、思う。起こったことがないから憶測でしかない。
「俺はもう寝るけど、いいか?」
そう言ってすぐ、リューキが布団に入った。風呂にはもう入ってきたらしい。彼はきれい好きだった。装備は肌身離さず持っている。そのせいか、いつ見てもものすごく寝づらそうだ。が、それがないと安心できないのだろう。
「私はまだ、今度は夜風を浴びてるよ」
だから、そんなに怖がらなくてもいいだろ。つい、私は自分に言い聞かす。初めてで当たりということはないだろうが、当たりじゃない保証がない。
「風邪ひくから、いい加減に窓閉めろよ」
まるで子供扱いするリューキにムッとしながら、ボソッと言った。
「気持ちがいいんだ。それにお前、風邪なんかひかないだろ」
「・・・おやすみ。てめーも風邪ひくな」
「大きなお世話だし」
読んでくれた方、ありがとう




