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35話目

こくり。生身に戻ったマリ・アは静かにうなずいた。人間らしいがそれは外見だけの話。12歳の少女。血まみれの12歳の少女。マリ・アに外見を気にするという概念はもうない。きれいだった服も何年もそれだけを着続けてきただけのようにボロボロに虫食い状態。焼け焦げた人形のように格好の体も汚れ、今にも朽ちかけているようだった。感情も、最初にあった時のマリ・アに戻ってしまった。

無感情に、でも感情を必死に真似てマリ・アが話す。

「私は・・・私はもう、レイスとはリューキと共に戦うことはできない・・・」

マリ・アが間を置く。マリ・アの代わりに言ったのは俺だ。

「・・・レイスと戦う時には敵になってしまう。・・・か。い・・・いいよ。それはもういい。でも・・・まさか、魂にまでは協力しないよな?」

その問いかけにはマリ・アは首を横に振ってくれた。良かった。本当に心からそう思える。出来れば、マリ・アとは今後、戦いたくはない。・・・戦うのかな?今はそれを問うべきではない。今なすことは、レイスの魂を止めることだ。

「ノウン・・・レイスの魂は今どこにいるんだ?」

俺には、レイスの魂を追跡することはできない。だが、レイスの魂はまだノウンが所有している。だから、ノウンには居場所が分かるはずだ。マリ・アが心配そうに見るも、そこに感情は少ない。やはり人間だった時の感情を思い出して模写しているのだろう。

「レイスは・・・もうすぐ街に辿り着く。その前に、止めた方がいいと思う。リューキにとっては・・・」

そうだな。てか、お前のせいでこんなことになっているんだよ。1000年前から。いい加減ムカついてきた。しかもこの、ノウンの力を失った瞬間のこの感じは?・・・殺したい。しかし、それはだめだ。レイスの魂と悪魔の王の魂を開放するのはまずい。2人の相手はまだできない。それに、今ノウンを殺せば、俺の魂もどうなるかわからない。

「なら・・・追いかけるしかないな。お前らは、悪魔の王の魂を追ってくれ。分かっているとは思うが。それにノウン。まだお前の中にほかの神の力と悪魔の王の魂の欠片ぐらいは残っているんだろ?」

「あ・・・ああ。全部は逃がしていない。逃がすわけにはいかないよ」

「私も、リビィズに協力するわ。レイスとは、例え魂だとしても戦うことはできない。・・・ごめんなさい」

俺は、何も答えずただただ、首を振った。もう、あまりこの場にいたくなかった。それはマリ・アといるのがバツが悪いとか、ノウンといると殺したくなるからという訳ではない。早い話、早くレイスに会いたかった。例え魂だけだとしても、会わなくてはならなかった。1000年ぶりの再会だ。この時を本当に待っていた。完璧な形ではないにしても。

レイスの魂は、まだ街には入っていなかった。森の出口。木々がざわつく。レイスの魂は、まるで何も見ていないようにふらふらと街に向かっていた。そこに俺が間に合った。街のほうに森からトンネルを潜り抜けていくように風が勢いよく通り抜けた。その風に俺の声も乗っていく。レイスにはその声は届いたのだろうか?風と一緒に太陽の光も2人に降り注ぐ。

一つ言っておくが、レイスの魂は悪魔なんかより一層質が悪い。レイスは人間だけじゃなく、悪魔でさえも自分の支配下に置いていた奴だ。置こうとしていたのではなく、実際に置いていた奴だ。多分、魂になってもその思想は変わらないのだろう。

「レイス・・・それがお前の名前だったらしいな。俺のことを覚えているか?覚えているのか、レイス!!!!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

レイスは何も語らない。語る気がない。そもそも、影と化した神たちの魂は何もしゃべらない。声帯もない。意思もほとんどない。以前にしゃべっていたのはノウンの意識でしかない。このレイスの魂は、ノウンの支配下を抜け、本来の肉体を探し徘徊しているのだ。つまり適当なのだ。だから、しゃべるはずもないし、俺を覚えているはずもない。はずもないはずだ。

そんなレイスの魂が、俺を見ながら硬直している。表情も何もかも太陽の光で、何も読みとれない。そもそも魂である影の表情は読み取れない。しかし、口のある位置が、錯覚ではなくもごもごと動いた。何かを言おうとしているのか?俺は、その言葉を待つつもりもない。明らかな隙ができている今、それを攻撃のチャンスと見た。

短剣を、今まで人間、悪魔、神・・・ありとあらゆる生き物の魂を吸ってきた短剣を、レイスの魂に突き刺した。確かに突き刺した。突き刺したよな?手ごたえがない。レイスの魂の姿もない。

「・・リュ・・・・ウ・・・キ・・・・・・・・」

その声のする方を見ると、レイスの魂は宙に浮いていた。宙に浮こうがそんなことはどうでもよくなるほど、俺はその言葉にビビってしまった。俺の名前を、俺の名前を呼んだぞ。こいつは、俺のことを覚えているのか?それとも、単なるノウンの影響か?

「れ・・れ・・・レイーーーーース!!!!」

レイスの魂は、すぅーーーと降りてきた。そもそも浮いた意味はあるのか?レイスの魂の中に、どこかで見た・・・いや、どこかで感じたことのある・・・色か?なんだ?この感じは、お・・・れ?これは俺の魂か?

レイスは過去に俺の力を奪った。俺に残る最初の記憶。レイスには、すべてを奪われた記憶。両親も、力も、未来も、今も、今も、今も・・・・。レイスも俺からすべてを奪い取ったと思っているかもしれない。だがな、本当に肝心なものを奪い忘れているぞ。それは、当然、俺の命だ。俺の形だ。俺だ。俺自身を消さなかったこと、そのことを後悔させるためだけに、俺は生き、戦い、人と戦い、悪魔と戦い、神々と戦ってきた。

「レイス・・・お前の部下のノウンはかなりお前に忠実な部下だぞ。お前に似て、くそ野郎でえげつない。そこは評価してやってくれ。お前もノウンも2人とも、俺が殺すけどな」

レイスの中にある俺の魂。その記憶が、俺に共鳴してしゃべれないはずのレイスに俺の名を呼ばせたのだ。レイスもそのことを理解すると、神のくせに悪魔の殺意よりもはるかに上を行く殺意を俺にぶつけてきた。そして、有り得ない速さでしかし、粉塵一つ巻き起こさないで俺の体にその魂の腕を差し込んできた。その腕は、抜かれた後で俺が気が付くほどのスピードを出しながら、確かに俺の中のものを奪って行った。

そう、レイスは俺の魂を奪ったのだ。驚いたのはまだ、俺からこいつは奪おうとしている精神だ。レイスが昔、俺から力を奪ったとき、同時に俺から人間性をも奪って行った。今奪ったもの、それから過去に奪ったもの。それら全部を返してもらうぞ、レイス!!!

「返してもらうぞ、レイスううううう!!!!」

レイスはもうその場にいない。だがな、俺もまだ死んではいない。奪われた魂は、運が良かったのか、ごく一部分だけだ。痛みすらないが、俺の中で何かが欠けている感覚。

レイスは消えた。でも、確実にこの場にいる。どこかにいる。森の出入り口とはいえ、まだまだ、木々も草木もある。そこに隠れているのか?森の反対側には魚の街が見えている。あそこにレイスが行くのは絶対にまずい。多分だが、確実にその時起こることは分かっている。街の住人は皆殺しだ。きっと理由なんてない。単に気に入らないことと、少しでも自分の力の糧にしたいからだろう。

レイスの魂を探すことよりも、自分の魂を感じ取ることに専念した。近い、限りなく近い。近くにいる。

「・・・でも、どこにいるんだ?」

近くにいることは分かっても、なぜかどこにいるかがわからない。四方に目を配らせ、更に六方、更には八方・・・そして四次元にまで目を、意識を向けて見つける。・・・いた。レイスの魂は突如として俺の目の前に現れた。だから気が付いた。しかも目の前とはいえ、確実に俺の攻撃範囲を計算に入れた間合いの取り方だ。

「・・・神様のくせに、随分臆病なんだな」


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