33話目
私の憎々しげなうめき声は、寄せ集めの口から漏れていた。その声にリューキが反応するも、すぐに意識をマリ・アに戻した。絡まった腕をすべて剥ぎ取り、マリ・アを闇から取り出した。が、体も冷たく、息もしていない。心臓に耳を当てるも、動いていないのか、鼓動が全く聞こえない。まるで動いていないようだ。
その瞬間、リューキが叫んでいた。私には、そんな人間的な感情を表に出すリューキを初めて見た。見るのが初めて。どんな時もリューキは感情など出さなかった。感情が欠落していたとさえ思っていた。その無感のリューキがマリ・アの死に叫んだのだ。これには驚いた。てか、さっきも死んでいたよな?その時は叫ばなかったのに。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
人間の悲鳴も神と悪魔である私には、これほどの不快感を覚えるとは思ってもみなかった。耳を押さえると、寄せ集めの影の動きが一瞬止まってしまった。思わず、私はその硬直を隠そうした。それを、悟られまいとした結果、かえってばらす結果となってしまった。リューキの体から、再び私にとって悪魔の力のような光が出始めた。やはりか。今度は私が叫びたかったよ。叫ばなかったけど。代わりに、寄せ集めがないはずの口を突然開かせ、叫び声をあげた。
そのまま、大口を体の半分切り裂くように開けた寄せ集めが、涎をダラダラ垂らしながらリューキの体を飲み込んだ。しかし、その攻撃はすぐに悪手だと気が付く。第一、恐怖で思わず被りついてしまったのだ。まるで子供みたいに考えもなしに。思った通り、リューキが、体を突き破り、何かを握ったまま姿を現したのだから。その手に持っているのは2つの心臓だ。影の心臓を1つではなく、2つも持っていやがった。しかも、一丁前に涙など流しながら戦うリューキの姿に憐れみと醜さを感じた。
「マリ・アと一つになり、力も増加してなお、何故泣くんだ?」
夜が明け始めている。太陽は月とバトンタッチをまだ交わしていないが、月は消え、太陽も姿を出さずに明るくなり始めている世界。日に当たり、影がその漆黒の色をさらに際立たせている。岩山のようにも見える。まるで生物の感じはしない。ものすごく静かな夜明けだ。
ぽろっと口から滑り落ちた言葉を、ご丁寧に寄せ集めはリピートしてくれる。誰だよ、あんな機能付けたのは?いらない能力だ。
「・・・いちいち、そんなことを聞いてくるのか?」
流す涙を拭おうともせずに聞き返すリューキ。
「・・・聞く気はないが言ってしまったから仕方がない」
今の間は、照れているのか?
「・・・?」
「リューキ、耳を傾けてはだめよ」
マリ・アの声は、先と同様、音としては出ていない。普通の人間には聞こえていない。音が出ていないので、犬などにも聞こえない。だが、俺とノウンには聞こえている。
「マリ・ア、人間などを愛したところで、何の意味もない。無意味だ」
「・・・お前がマリ・アに説教なんてするな」
俺は髪を逆なだせて寄せ集めを睨み付ける。その表情は、悪魔よりも悪魔的であり、むしろ人間的だった。喜怒哀楽があるだけ、人間はめんどくさいといつも思う。神は哀しかない。悪魔は怒しかない。楽もあるか?とにかく、神や悪魔は感情を表すなら2つほどしかない。その理由は簡単だ。不必要だからだ。一つだからこそ、公平な物の見方ができる。公平だからこそ、一つで十分だ。しかし、リビィズはレイスに対して憎しみの感情も持っていた。皮肉なことに、リビィズもちっぽけで弱い、人間寄りの神だったらしい。
「リビィズ・・・あなた間違っているわ」
マリ・アが、ノウンの侮辱に対して、まじめに答えた。これだから、間違っても人間の肉体を使ってまでして生まれ変わらない方が良いのだ。余計な感情をもってしまう。くだらない習性だ。神とは、自分以外を全く信用しない、心不信な自己中らしい。自分という絶対が死んだものなら、何を利用してでも絶対に生き返ろうとする。無意味な虚しい生き物だ。
「もともと、愛なんて無意味なものよ」
「・・・」
「じゃあ、意味がある物って何?」
「・・・」
「あなたにはわからないわよね。教えてあげるわ。あなたにとって意味のあることというのは、・・・そうね。恐怖をなくすことよ」
はっ、何を言い出すかと思えば。私に恐怖などない。私が恐怖そのものだからだ。マリ・アは首を横に振った。そして、寄せ集めを通して私のことを見た。私の目を見た。すべてを見透かしているような目つきでムッとした。何も見えていないというのに。マリ・アは、結局ハッタリなんだ。
「結局、どんなモノでも意味を求めながら生きてしまう。愛したって、あなたの言う通り無意味だと思う。でも、その愛で私は私が愛するモノを、私を愛してくれるモノを、私が守ってあげることができる。そんな無意味なモノでも、役には立つでしょ?たまには」
「・・・愛ってのは、自分の中の正義の基準なんだ」
リューキがいきなり、鳥肌が立つような恥ずかしいことを言い出した。この2人、もしかして・・・。気が付いた。私は今、とてつもなく馬鹿なやつらを相手にしているのでは?そして、私は1000年もの間、こんなバカと一緒に旅をしていたのか?
「・・・正義に愛などない。あるのは憐れみだけだ」
私は優しい。その優しさで、この2人の幻想を壊してやることにした。これも、無意味な愛の一つか?そう考えると笑ってしまう。寄せ集めが吠えた。笑っただけだが、その巨体故、笑い声まで吠えたように聞こえてしまう。
寄せ集めからそれこそ、体のサイズそのままに分厚く太い腕を伸ばした。リューキを捕まえ、そのまま握り潰すために。案の定、リューキは反射的にジャンプをしてしまい、若干、しまったと嫌な顔をした。私はそのチャンスに笑みをこぼすも、油断だけは絶対にしなかった。腕をくねらせ、壊れた蛇口のホースのようにリューキの軌道上を走らせる。ついでにもう一本の腕も伸ばし、上から覆いかぶさるように襲いかからせた。
俺は頭上から襲いかかる腕だけを短剣で払い除け、下から来る腕には敢えてぶつかることにした。なぜならその腕の力を利用し、弾かれるように大きく跳躍し、寄せ集めの背中に乗りたかったから。その思惑は作戦通りに成功し、俺は寄せ集めの背中に乗ることができた。2つ心臓を失い、12個になったその瞳は、この様子をはっきりととらえている。むかついたので、その目玉の一つに手を突っ込んで潰した。すかさず、潰した反対の手に握る短剣を空洞になった元目玉の中に突き立てた。まだ、寄せ集めにダメージはない。この程度じゃだめだ。突き刺した腕のほかに、俺の背中から2本の透明の腕と、マリ・アの光が出てきた。
空は、大分薄い紫色になってきた。蒼に近いむらさき。その空が、まるで朝になるのを急いでしまうほどのまばゆい光を、マリ・アから放たれた。伸ばされた両腕はしっかりと、五指を押し込むように寄せ集めの体を掴んでいる。マリ・アの顔は、真剣そのもの。私は、不覚にもその表情に美しさを感じてしまった。
光が、寄せ集めの体を貫き、地面に突き刺さって散った。マリ・アが瞬間、優しい表情になった。それは、愛するリューキがその出来に笑って答えたからだ。こいつら、私と戦っているということ忘れてはいないだろうか?忘れてはいないだろうが、私は完全な蚊帳の外だ。その事に関して、私に怒りはない。だから、寄せ集めがただ暴れ回るように動いているのは私が怒りによってコントロールをなくしているからではない。木々をなぎ倒し、地面を抉り、風を切り裂き、災害のように暴れ回っても、なぜか壊せないものがある。
「体が、少しずつだが小さくなってきているぞ」
寄せ集めの中にある私の影たちは、すでに4体になってしまっていた。それに伴い、寄せ集めの悪魔たちも、どんどん浄化されてしまっていた。やられるのも時間の問題だろう。もう私が、直接出向き、戦うしかないようだ。
そんな私はというと、近くで木に登り、この戦いを見学していた。さっさと終わると思っていたのに、確かにすぐケリはつきそうだが、私のほうが負けそうではないか。一体何をやっているんだ?何対の影を送り込んでいると思っているんだ?
「使えねー奴らだ」
そっと、寄せ集めの背にくっ付くほどの距離まで近づき、その体に手を差し込むように突っ込む。こんなに近くに私が来ていることにやっとリューキとマリ・アは気が付いたが、それ自体には困ることや、ましてピンチなんてことはない。もはや手遅れだ。
「戻れ、私の体に・・・」
寄せ集めの体から、影の魂を回収すると共に、寄せ集めた悪魔たちの力も吸収していく。これで少しはリューキたちにやられ、今や使い物にならない影たちの穴埋めはできただろう。少し自分の中の悪が強大になってしまったが、戦いには影響ないはず。
「リューキ、マリ・アを犠牲にしてまで、私と戦う意味があるのか?」
ノウンの指摘はもっともだし、元々、マリ・アを助けるための戦いではなかった。たまたま、ノウンと戦う手段として、マリ・アの魂を利用して闘いたかっただけだった。俺にとってはマリ・アも憎むべき神の一人。そのはずだった。
しかし、今までの短時間で俺の中に心情の変化がみられる。マリ・アにもだ。ノウンの体の中にいた時は、眠っていたように何も感じていなかったと言う。それは当たり前か?まあ、いい。だが、神が人間に好意を抱くなんてありえないはずだった。俺も俺だ。あれほど憎んでいた神相手に、自分でも混乱と冷静さが入り混じり、何とか平静でいられた。
「マリ・アは、お前を倒した後に、また魂を肉体に戻すから平気だ。心配すんな。心配は自分のことだけにしてな、ノウン」
俺は、まだ何もわかっていなかった。その事をノウンが、綺麗なほどくそ丁寧に教えてくれた。
「リューキ、マリ・アはもう死んでいるぞ」
「・・・・」
俺が、はあ?何言ってんのって感じでノウンに馬鹿にした笑いを浮かべる。ノウンはその嘲笑を粉々に打ち砕く。
「もう、いくら魂を戻したところで、マリ・アの持っていた人間性はないぞ。完全に神に戻っている」
「は?」
「・・・・」
俺は本当に何も分かっていなかった。 間抜けにもほどがありすぎる。
マリ・アの森が、マリ・ア本人とは逆に、妙にざわつき始めてきた。その森の名を勝手に決めたのはノウンだ。だからマリ・アの森とマリ・アを引き合いに出すのは無意味だ。風は、海の方から吹いているのか、少し海のにおいがする。空は、すっかりと目が覚めた様子で、海から太陽が少し昇ってきているも、空には黒く、空よりも広く、空よりも禍々しい黒煙のような雲が太陽の進行を妨げているようだ。ぽた、と一粒雨粒が降ってきた。来るな。雨はあまり好きじゃないんだ。濡れるから。
読んでくれた方、ありがとう




