28話目
俺は、神を殺して、悪魔を殺して、人間を殺して・・・ほかにもいろいろな生き物を殺してきた。単に強さのための時だってあったし、私怨、生きるため、食すため、あのくそ野郎に騙されていたため・・・理由をあげれば、それこそ、殺してきた数だけ理由はある。そうまでして生きてきた男だぜ。今さら証なんか、必要に思えるか?」
マリ・アは困ったから場を繋ぐための笑顔をした。そんな風に思えるような笑顔を浮かべ、対照的に俺は本当におかしかったから笑った。こんなに笑ったのは、心から笑ったのは、本当に久しぶりだった。なんで笑えるのか今でも分からない。ただ、本当におかしかった。
「ノウンとの旅は、初めは苦痛の旅だった。まあ、騙されていた訳だし、死ねないと知った時は絶望した。実際には死ねないわけではなかったんだけど、ノウンとの繋がりで、俺は生かされた。ノウンを殺す術もな・・・なかったし」
間髪入れずにマリ・アが声を荒げて聞いてきた。
「だから、私のような神の肉体を持つ人間が生まれてくるのを待ったの?」
マリ・アは何か言うたびに、なぜか悲しい表情になる。まるで、何もしていないのに俺が悪者のようだ。無駄に罪悪感に包まれる。
「・・・そうだ。俺にとって、ノウンを殺すことと、レイスを完全に消滅させることが、唯一の生きる理由だったからな」
正直に答えた。
「私も、利用しようとしていたの?」
そりゃそうだ。と、言うべきところで、俺はその言葉を言うのを躊躇してしまった。なんなんだ、さっきから。らしくない。こんな奴に気を使うなんて。確かに、救われたことは覚えている。元々、マリ・アでも何でもいいから、神の肉体を持つ者からその力を奪い、もしくは、利用しようとしたのは確かだ。けど、それはノウンに勝つため。ただそれだけ。マリ・アを助けたのはただそれだけの理由。逆に助けられたのも、単にマリ・アの気紛れだし。
「そ・・・そりゃそうだ。そ・・・それに、お前だって、元は俺が殺した神の一人だろ。利用されるって、お・・・思っただろ?」
正直に言った。正直に言っているのに声が震えているのはなぜだろう?
「わ・・・私は、私はほとんど忘れていた。リビィズに会って、私は、自分の魂に触れることができた。だから、思い出すこともできた。だから、お前に協力する気になれたんだ」
今度は、俺が困惑した。今、なんて言った?聞き間違えじゃないよな?
「協力って・・・協力ってどういうことだよ?」
「私を殺したのは、確かにあなた。でも、それはノウンにやらされていたことだって気が付いたの。私だって、ノウンの中に、ただ1000年もいた訳じゃない。ちゃんと感じていたわ。ノウンの企みも、あなたの悲しみも、ちゃんと・・・」
そうか。まあ、それならそれでいいか。
「わかったよ」
なぜか納得できた。マリ・アが俺の中にいるから、マリ・アの真実が直接流れ込んでくるからかもしれない。妙な納得ができた。
「何が?」
俺の気持ちは、マリ・アにも言わなくとも伝わっているはずだ。あえて聞くのは、直接俺の口から言わせたいのだろう。言わねーよ。言うかよ。そういえば、灯台の明かりに誘われてきた羽根のある悪魔たちの数が200匹を超えている。街は、奇妙な静まりを見せていた。こんな、この世の終わりのような日に、誰が喋れる?誰が言葉を発することができる?見つかれば殺される。誰もが気配を殺し、この事態が済むという奇跡を祈っていて、心の中ではこの上ないほどに泣き叫んでいることだろう。
「おしゃべりはこれまでだ。いつの間にか悪魔がこんなに集まっていたぞ。今日中に・・・た・・・倒せるか?」
いくら今、俺の精神および、肉体が暴走状態だといっても、空を飛んでいる奴らを相手にするのはくたびれそうだ。そんな不安に頭を抱えている俺の横で、マリ・アがくすっと笑った。って、本当に体が、まるで魂のようなマリ・アが俺の横に立っている。裸の上半身だけ。
「私の力を知っていて、ぺちゃくちゃしゃべっていた。・・・訳じゃないのね」
「う・・・うるせーよ」
上半身だけで、なおかつ、肉体もないマリ・アは、それでも自信満々のような顔つきで、本当に微笑んだ。微笑むというのは、本当にこういうことを言うのだろう。された方が和む。そしてついお返しの笑みを浮かべる。そういうものなんだろうな。
「あなた、一つだけ勘違いしているわ」
「?」
「今の私にも、肉体はあるし、さっき言っていた力の異常は、やっぱりあなたの力なのよ。私とあなたの力。だから信じて」
信じる。この場合、何を信じればいいんだ?考えてみたけど分からない。でもまあ、まあいいか。
「・・・わかった。信じてみるよ」
俺の本来の力と、マリ・アの神の力。その相乗効果は恐ろしさすら感じられるほど、破壊に満ち溢れていた。
「でも、レイスと悪魔の力を得たリビィズの力は・・・きっと、絶望を与える訳じゃないけど、私たち以上なんだわ」
「神と人間と悪魔か・・・どれが強いとか弱いなんてもうどうだっていいんだ。とにかく、おれは・・・俺は・・・俺はノウンを殺すんだ」
「そう・・・頑張ってね」
「他人事かよ・・・ちっ」
「・・・そんな風に聞こえた?ごめんなさい」
謝られると、何故だか深い孤独感に襲われた。俺は、簡単なことで、強くも弱くもなってしまったようだ。それでも、今、確かにここに2人いるということは、俺に勘違いでも無限の無敵の力を感じさせてくれる。なんでもいいの。もうなんでもいい。俺は、確実にノウンをやる。
「マリ・ア・・・」
「何?」
これも、俺を通じて何を言わんとしているかなんて分かっていることだろう。でも、今回は言う。言ってやるよ。
「・・・生き残ろう。まずはそれからだ。生きるんだ。生きなきゃ、何もできない」
「何も・・・・」
「戦うことも・・・」
「後悔することも?」
「死ぬこともできない」
「・・・・・」
「・・・」
俺は空を見上げた。マリ・アが両腕を横に伸ばした。その腕は、まるで白い翼のようで、今にも飛び立ちそうな美しさがそこにあった。伸びた腕が細く、力強く、神々しかった。神だけに。広げたはずみで、羽根が何枚か飛び散った。飛び立つのか?光に包まれるマリ・アと俺。俺にはそれが天使のように思えた。神なのに、人間なのに天使というのもなんだかおかしな話だ。俺は笑うと、マリ・アも笑っていた。お互いに笑っていた。
夜の闇に現れた光の天使。死ねない運命のただの人間の天使。同じ神に裏切られ、なおかつ、人間に殺された哀れな神の天使。笑えるほど虚しい天使二人。悲しいほどに無敵な、哀しい天使。
その様子を、灯台に近い高さの建物の屋根から見ている者がいた。ノウン本人だ。それは紛れもなく影ではなく本体。ノウンにはその様子がこう見えた。とにかく、笑っている2人。その顔は俺とマリ・アが思っているような天使とは程遠く、禍々しい人間そのものだった。
「なんだ・・・あの力は?」
あんな力、今までに見たことがない。私にはリューキとマリ・アがどうあがこうが取るに足らない力だと思っていた。しかし、そこにある現実はまるで違っていた。2人の融合は私とリューキが繋がれていただけの時とはまるで違う。神々の力と悪魔の力を融合させただけの私の力とはまるで違う。まるで、違う。
「これから・・・何が起こるんだ?」
恐怖と好奇心・・・その両方に押しつぶされそうな体を必死に抑えつけていると、ノウンはその場からただの一歩も、ただのまばたきも出来なくなっていた。釘付けになっていた。どう見ても悪魔200体以上に囲まれた絶望的な状況。それもただの悪魔どもではない。私の出した悪魔の王の力をあわよくば奪いに来た自分の能力に絶対の自信を持っている強クラスの悪魔ども。それをこれから打開するのだから、目が離せるはずがなかった。
両手を伸ばしたマリ・アのその腕から零れ落ちた、リューキが羽根だと思ったそれは、落ちるはずの地面には落ちず、重力をまるで逆らい、空を飛ぶ悪魔たちに糸でも繋いだかのように一直線に食らいついていった。悪魔たちは一気にパニックに陥った。そのマリ・アの放つ羽根は、一瞬にして20匹以上の悪魔を葬ったのだ。
私の目にはどっちが悪魔かわからなくなっていた。リューキが力強く灯台を蹴り飛ばし、高く飛び跳ねた。そのまま海へダイブするのかと思いきや、当然そうではない。信じられないことに、リューキははるか彼方に滞空する悪魔の上から飛び乗った。飛び乗ったのだ。
「ジャンプして、普通飛んでいる生き物の上に飛び乗れるか?」
有り得なかった。が、リューキはすぐさま次の悪魔に飛び移る。粉のような光をまき散らしながら飛び跳ねる様は、蝶か、蛾に似ていた。それが一瞬なんなのかよくわからなかったが、粉のようなものが意思を持ったように悪魔たちに襲いかかると、それの正体をすぐに理解することができた。
神の力があんなに如実に肉眼で確認できるなんてことがあるとは、私にもそれは初めてのことだった。そもそも、実は私自身が神の力を使ったことはない。ほとんどリューキに任せっぱなしだったし、私は元々、暴力すら使用したことのない平和の神だったから。
平和の神・・・暴力を知ると豹変するようだ。私は、退屈していた。無意味な人間の淘汰とレイスへの絶対的な服従。もううんざりしていた。その不満、愚痴も誰にも言えず、死ぬこともなく・・・そう、神は死ねないのだ。だからこそ、うんざりしていた。毎日のように、毎時間のように、毎分・・・毎秒・・・毎瞬・・・今にも狂いそうだった。
でも、壊れない。壊れることもできない。毎瞬毎瞬同じように同じことを考え生きていることに、嫌気がさしていた。木を見ても、海を見ても、夜が来ても何をしても・・・何をしても・・・何をしていても、何を・・・何を・・・何を・・・。
もうそんなことを考え初めて何年経ったことだろう?ある日、レイスがまさかの行動を取ったと聞いた。レイスが取った行動はただの人間の、産まれたばかりの人間を殺そうとしたという情報だ。それが私にとって転機になる。
読んでくれた方、ありがとう




