26話目
その頃、俺は、・・・街の中心に来ていた。逃げる気はない。成すべきことが2つ以上できてしまったからだ。一つは、言わずもがな、ノウンを瀕死に追い込むこと。もう一つは、マリ・アの復活だ。俺にとっては神も悪魔もノウンもマリ・アもあまり関係のない殺しの対象だ。でも、マリ・アに対しては借りができてしまった。それがネックだ。
だが、俺には本当に殺すべき相手がいる。その神は・・・レイスという名前だったのか。1000年前にレイスを殺せれば、あとはどうだってよかった。神は殺そうが何をしようが、また何十年、何百年か経てば生まれ変わるというが(事実、生まれ変わっている)、俺が、俺が生きているうちにレイスさえ殺せれば、俺が寿命でも何でも死んでからレイスが生き返ろうが、どうでもいいことだった。
俺が、俺が殺すことに意味があった。だが、その願い、願望は見事にしくじった。それもこれもノウンの所為だ。あいつに騙された俺も俺だが、だから今度は俺があいつを騙すことにした。それは本当に1000年もかかったが、成功した。
しかし、今の目的はあいつを殺すことではない。
「リビィズ・・・あなたにはノウンと言った方がなじみがあるかしら?」
ノウンはアンノウン。俺は単純に名前も知らないからそう呼んでいただけ。それに呼び方なんてどうでもよかった。むしろ、なじみがあるなどと言われると怒りが湧いてくる。マリ・アにも、俺の一番近くにいるからその怒りが流れ込み、言葉を間違えたと悟ったらしい。黙りこくってしまった。
「あいつの呼び方はなんだっていい。取り敢えず・・・ノウンを殺すのはまずいんだろ?それはさっき聞いたからいいよ」
マリ・アは少ししおらしくなったが、そういえば、こいつは女ではなく神だから、あまりしおらしさなどは関係ない。同情もいらない。それも感じ取ったらしく、俺への態度が随分おとなしくなってしまった。そんなセンチメンタルじゃないだろ。
ノウンを殺すと何がまずいのか・・・それは殺すことによってノウンの体に縛られている神々の魂をすべて解き放ってしまうのだ。それはすなわち、レイスの復活を意味していた。
それこそ、まさに俺の望むところなのだが、人間だけの力では、他の神はともかく、レイスを殺すことは不可能らしい。その上、レイスを守るために、他の神々もレイスの護衛になってしまう。マリ・アからすれば、俺が神を殺すほどの力を持っていること自体が奇跡に近いことのようで、その力をもってしても、対1・・・神を2人以上相手にすることは、すなわち敗北のようだ。
だが、そんなことを気にするも、時間はあまりない。何故ならマリ・アの肉体の方がこのままだと朽ち果ててしまうのだ。ノウンが肉体を破壊してしまっていたら、もうマリ・アを復活させることすら敵わないが、それを今確かめる術はない。今すぐに魂を肉体に戻せばすぐにでも蘇生するだろう。しかし、それをすると俺は再び意識を失い、その場で崩れ落ちるだろう。
「あなたがもし、敗北でもしてしまったら、もう二度と、あなたに意思を持つことは許されないわ。彼は、そんなに甘くない。人間の意思を持たない者は神にとってそれほどの脅威ではない。だけど、ノウンにとってはそんなあなたでも強力な武器になると思っているわよ」
「それは、い一番許せんな・・・」
「ええ・・・」
神の影も、今の俺たちには厄介な存在だ。神の影とはいえ、悪魔の力を解放したノウンの影響を色濃く受けているので、逆に殺すのは簡単だ。・・・殺すという表現はあまり適切ではない。解放した影を攻撃したところで、一時的にその神の力を失うだけでノウン自身にダメージを与えることができないらしい。能力を減退させることはできるが、あまり効果がないということだ。
「その上、影たちはすぐノウンに私たちの位置を知らせるわ」
「でも、その影に見つからずにノウンに近づくこと自体が不可能だろ?なら、影を倒してあの野郎の能力を下げつつ、あいつをおびき寄せた方がよくないか?」
マリ・アがまた黙りこくる。なんなんだ、この神は?少しして、深刻な感じでマリ・アが口を開けた。そのしおらしさは本当に無駄だからやめてくれ。
「だけど私は・・・あまりこの街に危険が及ぶようなことにはならないでほしい。私は神だ。だけど、生まれ変わって生きた12年は、人間として、マリ・アとして生きてきたのです。この街には郷愁がある。誰も、誰にも死んでほしくない」
俺は、マリ・アのような故郷を思う気持ちなんて微塵もない。人間も動物もほかの生き物も神も悪魔もどうでもいい。俺にとってはもはや、俺以外の命に興味がなかった。俺は、俺の命の呪縛さえ解放できればそれでいいのだ。だが、何故、俺がそこまでの人間になってしまったのか。それはノウンの所為・・・じゃない。レイスに両親を殺されたからだ。
「俺は、産まれてすぐに両親を殺された。レイスにだ。俺をここまで仕立てたのは復讐の炎だ。すべての生き物に興味を失い、それでもなお、ノウンに縛られながらでも戦うことをやめなかったのは・・・それでも両親を愛していたからだ。記憶もない。形見もない。教わったことなど何もない。それでも、母親の胎内にいた10か月と、命を救われたという事実のみで、俺は・・・」
マリ・アの感情が俺の殺していた感情を生き返らせてしまった。人間らしい心。・・・今まで人間をまねて演じていただけの感情。その意味のない不必要な感情で、俺は・・・。
「ありがとう・・・リューキ」
そんなこと言われても、俺は気が付いてしまった。マリ・アの願いが叶わなくなったことに。
「お礼は、叶ってから言った方が良かったみたいだぞ」
その一言で、マリ・アにも気が付いたようだ。マリ・アも俺と全く同じ感情に見舞われている。その感情が流れ込んでくる。こんなにも、2人分の怒りの感情は脳が正しく処理できない。体全体が硬直する。その硬直は俺の運動機能を100パーセント引き出すことはできない。柔軟性が俺の行動のほぼすべてといっても過言ではなかったからだ。
「それでも・・・」
失ったものは、大きい。だが、その代わりに、怒りという感情は新しい可能性を俺に齎してくれた。すでに、それは見えていた。もうすでに、それは見えていた。街の四方から、おびただしい量の悪魔の大群が押し寄せてきている。あいつだ。あいつが引き寄せたのだ。悪魔の王の力と神々の存在を餌にして、あいつが呼んだのだ。
「とことん逃がしたくないようだが・・・」
「元々、どこにも逃げる気なんてないってば!」
マリ・アが声を荒げて叫んだ。こいつは本当に、神かと疑う。たったの12年間でこうも人間らしくなるとは。逆に人という生き物は、1000年経つと人間ではなくなるようだ。1000年も生きている者を人間とは呼べないだろうけど。
「そういうことだ」
俺は、街を見渡した。すると灯台が見えた。そこが、一番街で高い場所のようだ。そこまでに行くのは簡単だった。別にもうノウンの馬鹿野郎に見つかったっていいのだから、灯台に行くのは簡単だ。
灯台までの距離は約2キロ。大した距離じゃない。走っている間に、ノウンの放った影に見つかった。見つかった瞬間に立場は逆転し、俺が見つけた立場に転じた。この時点で、情報はノウンに直接行っているに違いないが、どうでもよかった。
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