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18話目

「いいえ、死ぬのはリビィズ。あなたです」

聞こえた声は、今まで耳にした誰の声よりも、何よりも優しく神々しかった。声の主は、マリ・アだ。マリ・アが取り戻した神の力で、大きな、それこそそこら辺に生えている神話の時代から生きているような大木よりもはるかに巨大な剣を作り出し、無造作に振り下ろした。

その風切り音は神の怒りを代弁していると言っても問題なく、その破壊力は神の一撃にふさわしく、周りの草木、大木を薙ぎ払っただけではなく、その地面をも大きくえぐり取った。肝心のノウンはというと、その腕を切断するだけに留まり、それでも苦痛は感じているようで、それは感覚だけでなく、血と共に吐き出された苦悶のうなり声を出したことで、確認することができた。

「今の一撃で彼が死んだとは思えませんが、あなたの自由は取り戻せたでしょう」

マリ・アにはノウンが今の一撃でどうなったのか見えていないようだ。あまり気にすることではない。そんなことよりも彼女の言うとおり、俺の苦痛は嘘のように消え、すーと立ち上がれた。束縛の苦痛は取り除かれたが、あまりいい顔はできなかった。

「どうかなさいました?少なくとも、リビィズにはダメージを与えましたよ。チャンスでしょう?」

マリ・アは隣に立っている。ノウンの姿は陰になっていてよく見えない。構えるのはナイフか?それとも短剣にしておくか?迷う。それに、状況はチャンスと呼べるほど、楽観出来はしない。

「俺がなぜ今まで奴を殺さなかったのか。・・・やつを、殺せない理由はここにある」

マリ・アが大きくハテナの表情を浮かべた。

「どういうことですか?」

うっすらと見えるんだが、ノウンが起き上がり始めている。その隣にもう一つの影が見えた。あれはなんだ?とマリ・アは言う。俺は苦笑いで答えた。その陰のいやらしさに、苦笑い以外には何もない。

「・・・やつは、ダメージを与えられると、そこから、自分の体に封印した神々の魂を解き放つことができるんだ。忠実な僕として。ノウンの力も若干は落ちるが、代わりに2体・・・3体と神の力を持った者が敵として出てくる。お前の魂も開放してやれば、それはお前が自身に吸収し、完全な神に戻ればいい。今はただ、やつの近くにいるから、その影響を受けて力が一時的に戻っているだけだ」

起き上がった影は完全に2つと目撃できた。マリ・アが表情を歪ませる。しかし、メリットもある。ノウンから生まれし影の攻撃は、マリ・アには効かない。その逆もしかり。神同士の力は互いに通じないのだ。ノウンは、悪魔の力も手に入れている。だからさっきのマリ・アの一撃は通じた。それだけだ。

影を、あるいはマリ・アでも、足止めぐらいは出来るのかもしれない。しかし、影にダメージを与えられるのは俺のナイフと短剣のみ。ナイフも、単に俺の血を染み込ませているだけだから、そこまでのダメージは見込めない。致命を与えるにはやはり、短剣での一撃が必要だ。

「でも、奴はまだ死なない。神の魂に守られているから今の俺たちじゃ確実に殺される。つまり負けるってこと」

少し言い方が軽かったのか、マリ・アも軽い感じで返す。

「そう。じゃあどうするの?」

理解しろよと言いたい感じで頭を搔いたのでマリ・アには俺の動きが不快に見えただろう。でも俺が説明する前にマリ・アが自らの問いに答えてくれた。どうやら理解してくれたようだ。俺は、ほっと胸を撫で下ろす。

「・・・私の魂を奪い返すってことですか」

優しい風が通り抜け、森の木々もざわさわと揺れながら森の匂いを風に乗せる。太陽は昇り、森は太陽に手を伸ばしているみたいにその先端を天に仰ぐ。俺は木漏れ日を浴びながら、そうだと言わんばかりに頷く。

2つの影が動き始めていた。ノウンの前に立つと、再び動きを封じられてしまうかもしれないので逃げようか逃げまいかかなり迷ったが、ノウンは俺の動きをまた止めるようなことはしなかった。多分、動きを止めてもマリ・アにまた攻撃をされる隙を作るだけなのでしないだけだろう。予想は当たっていた。

「今回は、完全にお前の魂を奪い返すところに活路がある。それをどうやるかが、それだけが問題だ」

「プランは出来てるの?」

「さあ?今はとにかく逃げろ!!!」

ノウンと影の間を潜り抜けようと踏み込んだ瞬間、何かに捕まれ、足元で転んだ。後ろを振り返ると、マリ・アが悲しげに首を振っていた。

「なんなんだよ?」

 俺の体を引っ張ったのはマリ・アだ。何するんだよ?と思っていると、マリ・アは少し渋るようにすまなそうに口を開いた。

「さっきの所に、私を育ててくれた人間がいるのよ。あの人たちを避難させないと」

俺は、マリ・アの一言に少し感情的に声を荒げてしまった。

「人間なんだろ?ほおっておけよ」

でもマリ・アは首を横に振った。こいつは、神らしかねるやつだ。本来、神にとっては人間などカスと言ってもいいだろう。現に一人の神の勝手な意思によって、人類は訳の分からない法のようなもので支配されていた。善と悪が勝手に決めつけられていたのだ。ただ、見ている限り、神々が死んだところで人間たちの暮らしはそんなに変わってはいなかった。むしろ、皮肉にも絶対の審判者がいなくなり、人間たちは混沌としてしまった。

悪魔は生き延び、人間たちは自由になった悪魔たちに支配こそされなかったが、悪魔も神に支配されていたことと、悪魔の王はノウンが殺してしまったので、悪魔にも秩序がなくなってしまっていた。この段階で人間の最大の天敵は悪魔になってしまった。

悪魔は、基本的に人間以上の大きさであり、一昨日俺が殺した悪魔のように巨大な体を所有している者も少なくはない。そして、知識も人間以上にあるのだ。神は人間と悪魔を支配してはいたが、基本的には悪魔にも人間にも自由を与えていた。神の定めた自由だが、そのことにより、悪魔がむやみに人間を襲うようなことはなかった。

「私は、生まれ落ちた意味が今この瞬間まで理解できていなかった。だから、他の人たちと同様に、両親に感謝しながら生きてきた。いくら神とはいえ、神だったとはいえ、両親には感謝している。それこそが、今まで抱いていた私の生きる意味に繋がっているのだ」

「もと人間だからか、複雑なんだな。脳の、心の構造が。なんでもいいけどさ。俺にはその複雑さのせいでかなりまずい状況になっちまったがな」

強気に言ってはいるが正直かなり焦っている。マリ・アのほうに顔を向けられないほど、ノウンに姿を凝視している。凝視せざるをえない。だが、隣からも焦りのにおいがプンプン漂ってくる。ボソッと、嫌なことを言われたが反応しないことにした。

「まずいのはあなただけじゃない。私も、非常に困っている」

ノウンが、唯一持つ最強悪魔の感情を、力を、能力を体の外側に出している。それは俺だけではなくマリ・アにもそれは恐怖の対象でしかない。単純に怖い。マリ・アは汗をかかないし、涙も流さない。流れない。しかし、俺は違う。ナイフが滑り落ちてしまいそうになるほど、手に、脇に、額に、もうなんでもいいから、全身から汗という汗が毛穴から溢れ出てしまっている。何も意識していない。意識しないで出るのが汗だ。止められるはずもない。マリ・アも人間なら、多分もう掻きすぎた汗で干からびていることだろう。


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