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15話目

・・・ベタか?約2秒の沈黙。沈黙は風の音と海の音と船が崩壊していく音をはっきりと届けてくれた。悪魔はそっと俺との距離を空けた。俺は痛みも忘れて笑い転げそうになるのを必死に抑え、勿体つけるようにゆっくりと起き上がって見せた。笑いたくて笑いたくて仕方がないのを必死に押されていたので動作もゆっくりになってしまっただけだが、それでも笑いが止まらない俺の動きはスローだ。起き上がるまで、ばれないかも冷や冷やしたが、相手は何もしてこないので俺は堪えきれずに爆笑した。

「っかっかっか・・・お前・・・ほんとにバカな」

「何?」

もう、俺は自分の影をはるか後方に置き去りにし、奴の3つの頭にも目をくれない。悪魔は俺の残像から目を放すこともできず、目指すはこの悪魔の持つ心臓。3体くっ付いたから、まさかの心臓も3つ?・・・まあ、とにかく何個でもいい。俺は胸に収めた錆びついた短剣を取り出した。ナイフは、もったいなく捨てられないから速攻で腰のホルダーに収める。大切なナイフだから。もう一本は・・・多分・・・運が良ければデッキのどこかに落っこちているから後で拾う・・・って、今はそんなことに構っている暇はなかった。

心臓の位置は近づけば分かる。うるさいぐらいに音が聞こえるから、このぐらいの大きさになると。心音のほかにも、滝が流れるような血液が体全体に駆け巡る音も聞こえてくる。海の音かと思っていたら、どうやらこの音も混ざっていたようだ。

そしてここで、俺の先ほどの予想が的中したことを確信した。3つ分聞こえる。心臓の鼓動が3つ分。その心臓部に手を置き、位置を確信させる。悪魔が俺の手が体に触れてやっと、自分が今、敵をどの位置まで野放しにしてしまったのか気が付いたようだ。もう遅い。残念だけど。残念だけど、心臓の位置も簡単に分かった。

「き・・・・き・さ・まーーーーー!!!」

悪魔が分かりやすいほど悔しそうな声を震わせる。だが、まだ余裕がある言い方だ。ただの感情に任せているところもある。プライドだけが傷ついたってところか。なら、分からせてやる必要がある。このまま殺したのでは意味がない。悪魔のすべてを殺してやろうじゃないか。なあ?

「これが、お前には分かるか?お前なら、分かるかな?」

俺は静かに、感情を極力奥に押し隠し、言った。言いながら錆びついた短剣を心臓部に押し当てると、細い、細い何色かもわからないの血の雫が流れ落ちる。そこで悪魔ははっとした。やっと気が付いたか。期待通り悪魔は尋常じゃない怯え方を見せる。その震えはまるで地震が起こったかのようで船体の崩壊が早まりそうなので、こちらもゆっくりとはしてられない。

「もう一度だけ言うぞ。お前ならこれが分かるよな?」

悪魔の体の震えが縦揺れに変わる。直下型地震のような揺れに変わった。やはり、この短剣の意味がこいつにはわかるらしい。試しにもう少し力を込めると「があああああああああ!!!!!!」と、異常なほどの雄たけびをあげた。咆哮。大気がはじけそうなほどの、やかましい咆哮。それも3つ分。俺はあくまでも優しく言いてあげた。

「そんなに痛くないだろ。・・・それとも何か?一丁前に恐怖なんてものを感じるのか?・・・お・お前悪魔だろ?死なんか怖がってんじゃないよ」

俺は弄るように短剣で心臓部を触る。いやらしさこそあって、恐怖なんてないはずなのに。悪魔は恐怖で声を荒げ、俺は自然といやらしく笑う。いくら体を大きく揺さぶっても無駄だ。仰け反る悪魔の体に、短剣ごとしがみ付く俺。そのまま、短剣に力を込める。ちょこっと体重をかけて押し込めただけで、豆腐の柔らかさに包丁を押し当てるように、ズブブと奥まで差し込まれた。

「ぎ・・ぎ・・・ぎやああああああああああああああああ!!!!!!」

いい加減に耳が痛くなる雄たけびだ。これでもう2度目だぞ。その声は街の奥まで聞こえ、人々は得体のしれない声に恐怖した。ノウンもその声を聞いているだろうが、特に何の反応もしないだろう。その姿が心強かったのか乞食の女がノウンに向かって手を合わせ必死に拝んでいた。合掌。

「拝みたいのはお前も一緒だろ」

心臓が止まる感触を短剣を通して感覚で理解し、さっと抜きさった。すると、今まで抑えられていた血液が解放されたがっているかの如く、もしくは、痛みを代わりに体現しているのか、壊れた水道管のような勢いで噴き荒れる。その血を一身に浴び、俺の体は一瞬で何かの色に染まった。ニヤッと笑い、悪魔を怖がらせようとしているものの、洗濯がめんどくさそうだな。って頭をよぎってため息を吐いた。

 悪魔の血液と共に、俺はデッキの上に転がってしまった。けど、悪魔は俺どころではない。パニックを起こして体を叩き付けるように振り回すも、そこには何もなく思った通りにこいつもデッキに転がった。一つの悪魔の塊が死に、少し小さくなった体からは悪魔に似つかわしいほどきれいな魂を空に解き放ち、すぐにそれも見えなくなった。魂の粒子。

「うるさかったのでもう一つ」

間髪入れず、間も作らずに2つ目の心臓も破壊。残り2つの魂になった悪魔は、幸運にも俺を避けつつも俺のすぐそばに心臓部を差し出す形で倒れ、その風圧を無視し再び短剣を悪魔の心臓に突き立てた。

悪魔の心臓は、意外と体の表面のすぐ近くにある。理由は分からないが、守る必要がなかったからだと思える。人間には絶対に心臓を狙われるわけがなかったし(基本的には人間は悪魔に捕食される)、神は心臓など狙わずとも悪魔を破壊することができるからだ。心臓が危険にさらされること自体が、悪魔の歴史上、有り得ないことだったのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!」

声も上げられず、しかし、確実にダメージがあったようで悪魔はその巨大な体をゆっくりとデッキになすりつけた。こうなると、悪魔だとか人間だとか関係ない。俺の手の中に、この悪魔の命が、俺の手の中で握られている。悪魔の血に染まった俺は、むしろ悪魔以上に悪魔的に見えることだろう。

「・・・・・・」

声も出さず、悪魔が俺を見ていた。俺も悪魔を見ていた。見返していた。悪魔は今にも死にそうな、怯えきった顔をしている。蛇のような頭のくせに、恐怖していることははっきりとわかる。必死になればまだ動くことも可能だろう。必死になれば、まだ戦うこともできるだろう。しかし、この悪魔はそれもしない。どうにか生き延びようとしている。それは、その方法は命乞いであり、懇願だった。

「おおおお・・・お願いだ。こ・・・殺さないでくれ」

俺は聞いた。

「なぜ?」

悪魔は妙に冷静に答える俺に、恐怖を感じているようだ。

「わわわ・・・私はたただ、生きる・・・そうだ、生きるために人を食おうとしていた・・・だだだだけだ。そそそそれはおかしなことか?ししし仕方がないここと事だろ?」

確かに、悪魔が言うことも一理ある。悪魔も生きてりゃ飯を食う。それが魚か米か、もしくは人間かの違いだ。ならば、確かに仕方がないところもある。決して悪いことじゃない。

「そうだな。それもそうだ」

妙に納得できた。俺がそう呟くと、悪魔はうれしそうに安堵の表情を浮かべる。俺はそれを見て笑った。うれしかったからじゃない。

「自然の摂理だ。まさに仕方がないし、人間もそうだしな」

 思いふける。食う・・・腹が減ったら食う。哲学だな。興味はないが。

「だ、だろ?だから助けてくれよ」

 助かった~。と、早とちりぎみの声色。何か勘違いしてないか、この悪魔は。

「そうだな。と言ってやりたいが、そりゃー無理だ」

悪魔が不意打ちを食らったように声を荒げる。こいつ、マジで助かると思っていたのか?そんな簡単に助けるなら、3つあるうちの2つの心臓を簡単に潰しはしないだろ。こいつは馬鹿か?

「なぜ!?なんでだよ?お前も・・・あなたも納得してくれたじゃないですか!!」

悪魔の口調も丁寧になっていく。そうまで生きたいのは人間も悪魔も同じだな。ほかの生き物も、もしかしたら命というものがある者なら皆そうなのかもしれない。その中で生きる目的を死に置くリューキ。俺はやはり変わり者のようだと再認識させられる。最後にそんなに生き残ってどうするんだ?と問いたいが、それももうめんどくさい。

「お前も生きていて、食事が必要なこともよくわかったし、それが人間も同じだということも今さら思い出さされたよ。必要なことはする必要がある。ただ、お前はものすごく運が悪かった。この俺に会ってしまったことが最大で最高の運の悪さだ。その時点であきらめておけ。最後に俺の名前を教えといてやる。せめてもの名誉をお前に与えてから殺してやるよ」

感謝されると思ったのに、悪魔の反応は微妙だ。

「・・・」

悪魔の態度を見ていると、まだ生きられるのかもしれないという期待を持っているように思えるので、あきらめさせることにしました。俺の名前を言うことで。

「俺の名はリューキ。この名前、聞いたことない?結構有名なんだぜ」

悪魔の体温が一気に下がったが、もう震え一つ起こさない。心臓部に当てていただけの短剣に力を入ただけで俺の本気さを悟ってくれたらしく、死を、死を受け入れてくれた。俺はもう、これ以上は何も言わないでおいた。何も言わず、最後の心臓に短剣を押し当てた。押し当て体の中に入っていくと、悪魔が最後に何かを言っていた。その声は笑っていた。

「確かに運は悪かったけど、確かに名誉はいただけた。最後に会えたのがあなたで、リューキで、まだよかった。まだまだ死にたくはなかったけど、死ぬ時としては悪くはなかった」

まるで俺のことを知っていたよな口ぶりだったけど、本当に知っているのかと思えたが、それこそどうでもいいことだった。

「だろ・・・?」

互いに独り言のようにつぶやき、俺は短剣に力を込めた。心臓に刃がたどり着いた瞬間、悪魔は心臓と同じように粒になりながらに消滅していった。動かなくなった以上に、悪魔が死んだことを理解出来た。

「食われた人間も、死にたくはなかったと思うぜ。俺も命を奪っていく側だけどさ」

空に悪魔が少しずつ霧と化して消えていく。消えていく魂に、特別な感情はない。ただ、真実だけでも一緒に運べたら、奴も少しは浮かばれると思った。だから何もない空に、俺は最後の言葉を託したのだ。


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