14話目
私は空き家で事が済むのを関心もなくただ待っていた。・・・ならないとまでは言い過ぎだが、それ以外での殺害方法はどれも時間がかかる。私が言ったことはてっとり早く済ます方法だ。心臓は人間とほとんど同じような位置にある。大きさは違えど体の左側。そこに短剣、元長剣の短剣。それさえ突き刺せば、終わりだ。
先に空き家にいた浮浪者の女は部屋の隅でガタガタと、まるで死ぬ順番を待つだけのように震えている。すがる者はない。私に救いを求めてきたが、その腕を払って女は地面に倒れた。それから女は二度と私に近寄ろうとすらせず、その場所で隠れ、震えている。すがれずとも、離れたくないようだ。私は神だ。こんな人間を守るはずもない。
すべての悪魔の手を切断し、もう楽勝ムードが流れているが、悪魔たちもこのままおめおめと死にたくはないらしい。顔はないものの、死にかけているのは雰囲気でわかる。死にたくないのも、雰囲気でわかる。とどめを刺そうと思っていると、悪魔たちが不穏な動きを始めた。
絡み合うように3体、1体は半分だが、3体が体を絡ませ始めた。この動きはデータにない。むろん、データなんて取ったことすらないが。過去にこのような動きをする悪魔は見たことがない。何かする前に殺してきたからかもしれないけど。
俺は、ナイフを手の中でクルクルと回転させて、腰に仕舞った。そして、心臓部に装備しているかつての剣を抜いた。見るからに、その剣は短剣であり、先端もボロボロになり、風化寸前だった。しかし、これを使うのはまだ早いかな?
漁船がミシミシと音を立て、今にも沈みそうであり、崩れそうだがまだ大丈夫のようだ。時間の問題だけど、この漁船を作った者たちに俺は感謝の念を送らざるを得なかった。時間の問題だがそれ以上に早く、殺せばいいだけのこと。しかし、その余裕も次第に失われていく。3体が、予想通りというと予想通りなのだが、1体に融合し始めている。大蛇が、三つ首の大蛇に変形していく。体のサイズも・・・先入観かもしれないが3倍だ。
「まったく、そのまんまじゃねーかよ。・・・お前ら、元々が寄せ集めだったのか?」
思いっきり罵倒するようなむかつきを言葉にしたような悪態を吐きたかったが、言えたのは見たまんまの感想。風が海が波が、悪魔の力を表現するかのように強く吹き荒れる。嵐ではない。力を大気全体から吸収するかのようだ。船の沈没は感覚ではあと5分程度。ならば、あと5分以内でケリをつけよう。船が沈没したところで、それは敗北ではないのだが、タイムリミットがある方が燃えるだろ?
「しかし、・・・こ・こんなことってあるんだな」
俺は一定の距離を保ちつつ、その距離目測で15m。確実に一撃を躱せる距離だが、いかんせん、俺の持つ武器は刃渡りたったの20cmの曲刀ナイフを2刀流。のみ。奴らの首は太さ5~6メートルほどある。さっきの無限の腕の比ではない。なんたって5倍。さっきは一撃で斬り飛ばせたが、強度が今度は増していそうだ。なんたって合体して3倍。5倍と3倍で15倍めんどくさくなっちまったってとこか。
ギロっと3つの頭の6つの瞳が俺を捕らえる。逃げも隠れもしないし、欺きもしない。悪魔が悪魔らしく、この俺を食いたそうな餓えた目つきで俺を見ている。その口からは大きく、口からはみ出すほどの強靭でまがまがしく生える牙のほかに、一滴一滴バケツをひっくり返した以上の唾液がぼたぼたと滴っている。その唾液だけで船が沈没してしまいそうな重量がありそうだ。早くしないとマジに沈没する。
「しっかし、俺のナイフがさっきからしょぼく映っちまうだろ。むっかしからお前らはスケールがでかいんだよ」
言いたかったことを言い終えると、それがいつの間にかスタートの合図となり、一気に間合いを詰めた。走り抜けたデッキには、みごとに俺の足跡の破壊が生まれ、木片が宙を舞い、粉塵が吹き荒れる。足音までもが轟音のようだ。悪魔の反応も、この局面で敵を褒めるのも嫌なのだが、かなり良かった。伊達に頭が三つもない。動き出しをすでに感知され、動きもすべて見られている。
「関係ねーんだよ、そんなことは!!」
大口を開けた頭が、俺に覆いかぶさらんと仕掛けてくる。大気が壁になったようにはじけ、その衝撃波だけで吹き飛ばされそうだが、吹き飛ばされたのは俺ではなく悪魔の頭の肉片だ。
ギリギリまで引きつけて、ギリギリでバックステップで躱す。甲板をぶち抜く威力はやはり合体しただけあって3倍の装いを醸し出しているが、それがこっちには好都合になった。強大な体が起こす突風を切り裂き、両腕、いや、全身に力を漲らせ、船内に入り込んだ、船内に突き刺さった首を切断する。
「さすがに一撃じゃ・・・無理か!!」
語尾に力が走り、俺の声も馬鹿でかくなり嵐のような風を呼ぶ。一撃目で飛び散ったのは肉片と緑の鮮血の飛沫。両方のナイフの刃を腕に密着させながら斬りつけ、とにかく、とにかく滅多斬りにしてみた。血飛沫が恐ろしく舞うが鉛筆を削っているような手ごたえの無さ。
「こいつ・・・殺せるのか?・・・っと!!」
言ってるそばからもう一つの首が俺に頭突きをかます。咄嗟だったのでつい腕で防いでしまうと、俺の体はテニスボールのように面白いくらいにはね飛んだ。防いだ腕は、ひもの切れた風船のようにどこかに飛んでいき、残ったのは痛みと恐怖心と全身から噴き出した汗だ。
転がりながらも残った腕で死に物狂いでデッキ床にしがみ付き、何とか落下は免れたが腕は探そうにももうどこにもない。俺は思わず感傷に浸るように目を瞑ってしまった。痛みで、何もかもが分からなくなっていた。デッキの上にワザとぶちまけたような血も、もう蒸発し、俺の千切れ飛んで行った腕の根元からも、すでに血は止まっていた。こういうところは呪われていて便利だ。
「で・・も、ま・・・ますますやりにくいわ」
こんな状況で、逆に笑みのような感情が浮かび上がるも、目に入った汗を拭うこともできない。そこから零れ落ちたのがそのまま流れた汗なのか、新たに流された涙なのか、顔にかかる波の雫なのか、確認するすべもなければ余裕も必要性も何もない。絶望だというのに、ますます笑みがこぼれ落ちる。今度は分かった。今流れているのは涙だ。
起き上がらなきゃ。と思う意識の中、不意に感じた間近にある生き物の存在に、俺は思わず猫のように全身の毛を逆なでながら飛び上がりそうになるほどびっくりした。
全身の毛は逆立たなかったものの、代わりに全身の鳥肌が立ち、その原因に俺は顔を傾けた。その原因を改めて確認した時、俺はそれ以上の恐怖やなんやらを感じるより、深い落胆のほうを大きく感じてしまっていた。
「お前は、思った以上に出来る悪魔だよ」
「お前も、ただの人間には思えないほどの力を持っているな。感心したよ」
俺は何も考えずに素直に顔を上げて今、俺の言葉に答えたものに目を向けた。本当にこれには一番驚いた。しゃべる悪魔はいる。普通に存在している。しかし、そのほとんどが人型だ。今回のような獣系と会話をしたのは初めてだ。しかも、俺が皮肉と嫌味を込めて言った言葉にちゃんと反応と理解を示し、合わせて皮肉と嫌味を答えに込められる悪魔は初めてだった。
「喋れたんか、お前!?・・・なら、俺をここから救ってくれないか?」
「・・・するわけないだろう。・・・そんなこと」
大蛇と目を合わせながら、会話から以上に目から心理を読み取る。こいつは今、分かりやすいほど迷っている。悪魔のくせに、妙なところで紳士だ。俺は隙と逆転の手筈を模索する。
「あんたの思う、救うっていうのはなんなのか知らないけど、俺の言う救ってくれってのは海に落ちることだよ。勘違いするな。船はもう数分で沈むだろうけど、あんたの重みで。でもお前は俺を海に落したくないようだからな。するわけないんだろ?なら沈む前に、しっかり決着つけようぜ。正面から、ちゃんとさ」
俺は賭けに出た。今、俺を殺すならさっき何も言わず、まして会話などしないで殺せばいいことだ。ならば、ならばだ。余計な怒りさえ煽らなければ、容易に殺されることはないはず。これは賭けだ。一方的に嬲り殺される危険を回避するための、賭けに過ぎない。
大気が少しだけ湿ってきた。太陽が本気を出そうとしているのに、そんな太陽をあざけ笑うように蒼であり途中が白っぽい空に雲が置かれていく。雨は降りそうもない。けど、この瞬間だけ湿っぽい空気が満たしていく。蒼白っぽい空の色を本当に冒涜し、嘲笑うような悪魔が答える。俺は乾いた血まみれの顔を意思とは逆に震わせながら、祈るように悪魔の答えを聞いた。
「・・・確かに、ここで殺すのは簡単だ。だから、その方がこっちにとっては楽でいいだろ。お前ときちんと決着をつけるメリット・・・メリットはなんだ?」
しめた。と思った。悪魔は俺を死にぞこないだと思って油断してやがる。だから会話などもっともメリットのないことをないも考えずにしてしまっているのだ。俺は死にそうな顔と、ゆるぎない自信を少し出して・・・メリットを教えてやろう。
「お前らに合体までさせた男だぞ。そんな男でも単なる人間だぞ。このまま暗に死にさせることは、本当の勝利をお前に与えないと思うぜ。・・・与えないぜ」
読んでくれた方、ありがとう




