11話目
そういえば、さっき俺は剣と言ったが、今の武器はナイフだった。しかも二刀流。俺は大地を蹴り飛ばし、駆け出した。風は残り、ノウンも残る。ノウンは女にニコッと微笑みかける。シスターの格好をしているノウンは、こういう時便利だ。というか、こういう時のためにそのような格好をしている。誰もシスターに「戦え」などとは言わない。
朝はまだ始まったばかりだ。海の匂いを海から昇ってきたような太陽が、光と共に大地にそそぐ。そういえば、朝飯まだ食っていない。こんなコンディションじゃ最高のパフォーマンスは自身、期待できないな。温まり始めた街が、俺に力と空腹を宿らせる。今はまだ、そのバランスは均衡している。
港は空き地からすぐそばにあった。船乗りがかつて住んでいた、そんな空き家だった。港にはでかい漁船が3隻も定着している。昨晩、この街を観光がてらぶらぶらした時は、1隻も泊まっていなかったから今さっき着いたのだろう。
「ててことは・・・あれか」
ご丁寧に、見えた3隻の船に3隻とも悪魔が取りついている。船はほとんど同じような大きさをしているが、そこら辺の建物よりもどれもよっぽどでかい。さすがにここいらの漁師たちはもうかっているようだ。船の高さは20メートル強。幅もそのぐらい・・・それ以上ある。
そんなデカい船よりもでかい大蛇のような・・・そんなスケールじゃない。船を絞め壊すほどの大きさの、やっぱり大蛇が3匹、漁船に巻き付いている。船を絞め壊さずにここまで来たのは、ノウンに導かれたのだろう。探すよりも案内させた方が早いと判断したか。悪魔は、その姿から知能があるようには到底思えないが、知能は人間並み。時に人間以上の者も出現する。
「生存者は・・・ん?意外といる?」
船上に転がる死体は、悪魔に刃向かった者だけのようだ。武器を手にし、勇ましい表情を浮かべたばらばらにされた身体が何体か転がっている。転がってはいるが、その数は少ない。船内にはもしくは、・・・高いポールがあったのでそこに登り、デッキの様子を見る限り他の2隻の様子は見えないが、同じような光景が広がっていることだろう。
死体の状態から、この悪魔、意外と動きが速いことが予測できる。人間の動きとはいえ、その表情を残したまま虐殺することは普通のスピードじゃ出来ない。それに、あの大蛇のような体。そんな死体を作れるような構造には見えない。よくて丸呑みが関の山だ。
「つまり、ちょいめんどいってことか」
俺の独り言は続く。すでにポールから船上に移動を果たしていたが、ここで誤算が発生していた。俺のプランニングでは、この時点でデッキ上に転がっているのは斬り飛ばした悪魔の首から上のはずだった。大蛇のような身なりなのでどこが首かは分らないが、とにかく俺が転がるなんてのは有り得ないことだった。
「いてて・・・」
漏らした声が、がはっと、血を吐く音にすり替わったのは、体をその強大な悪魔の体に押しつぶされたためだ。背中が死んだ人間たちの血にまみれ、とにかく気持ちが悪い。この大蛇のような悪魔、胴体部に無数に人間のような腕が付いていた。きれいに折りたたまれていたそれは、少し離れればひれのようにしか見えなかった。
「・・・大蛇・・・改め、ムカデ野郎だったとは」
大きなムカデ野郎の無数の腕は、押しつぶしたムカデ野郎の胴体から現れ、更に力を込めて俺の体を押しつぶそうとする。その感覚から、俺の体を押しつぶすことに性的な快感を感じているようにさえ思えてむかついた。圧力で五体がバラバラになりそうなのを必死に繋ぎ止め、俺は大の字にさせられた体を無理やり力づくで丸めた。
この負荷にデッキ自体が耐え切れなくなったことはラッキーだった。俺は死なずに、船内に落っこちることに成功したのだ。偶然だが、そのラッキーで勝率をグッと引き寄せる。思わず笑いが噴き出すも、笑い声は血に変わり、それでも止まることはなかった。
すぐ横に甲板にあがる階段がすぐあり、ますます俺は自分の幸運さにため息が出た。引き裂かれそうであった割に、怪我は打撲程度、すぐ横で恐怖で震えている漁師が心配そうに俺を見るが、そいつのほうがよっぽど心配だ。
「下がってな。また落ちてくるかもしれないぜ」
漁師がぶるぶると首を振るのが面白かったが、自分で言っといてシャレにならないな。もうあの悪魔の攻撃は受けたくないな。触れられることすらごめんだ。悪魔に触れられるのは気持ちが悪い。大蛇の見た目のくせに、感触は人間のそれに似ていた。妙に生温かいのが悲鳴ものだ。そういえば、船内のクルーは生きていたな。
読んでくれた方、ありがとう




