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問題編

「―――犯人は、彼女だ」



 ここは、千城せんじょうさき高等学校の図書室。外界から切り離されているのかのような静寂に満ちた空間の中に、年季を感じさせるものから新書のものまで、所狭しと本が秩序だって並べられている。

 この図書室は、大まかに、生徒たちが読書にふけったり自主学習に励んだりする閲覧室と、司書教諭や図書委員などが作業を行う司書室の二つに分けられる。彼らがいるのは後者の方だ。

 そこには、使い込まれたせいか、ややクッションの抜けたこげ茶色の椅子が三つ、各大学の最新の赤本、そして何故かカンガルーのぬいぐるみやコーヒーメーカー、果ては冷蔵庫なんてものまである。ぱっと目につくものはそれくらいだが、探せばまだまだ出てきそうな気配である。


「よぉ、くっちー。こんな所で会うなんて奇遇だな」


 来客を手を上げて迎えた、制服をラフに着こなす男子生徒の名前は芝村綺士しばむら きし。彼の屈託のない笑顔はとても幼く見えるが、これでもれっきとした高校二年生、付け加えるならば図書委員でもある。

「フン。呼び出したのはお前だろう、綺士」

 対して、愛想笑いも返さずに芝村の向かい側にある席に座ったのは、朽木玲人くちき れいじ同じく二年。彫りの深い顔立ちと、年相応とは言いがたい重々しい威圧感が相まって、下級生と言わず上級生からも一目置かれる存在である。ちなみにこちらは保健委員長。

「ん、そうだっけか?」

「ああ。……用件が無いのなら、早々に退出させて貰おう。俺はこれでも多忙の身でな」

 有無を言わせぬ朽木の威厳を、芝村はさらりと受け流す。

「まーまぁ、んな焦るなって。ちょっとしたアジアンジョークじゃん」

「……なんだそれは」

「んで、コレよコレ」

 呆れる朽木の目の前に、乱暴に放り投げられる十枚ほどの紙の束。

「……………」

 それを渋々といった感じで受け取った朽木は、しばし無言で内容を流し読みしていたが、

「……ふむ。一つ聞くが、これは実際に起きた出来事か?」

「うむ。……あ、いやこっちの世界ではそうなんだけど、この番組はフィクションで実際の人物・場所・団体名とは一切関係がないのであしからず」

「……誰かを混乱させるような発言は慎め、綺士」

「うむ、スマン。んでそーそー、これは実際にあった話よ」

 芝村は満足そうに頷く。

「……はて。この学校に留学生がいるという話は見た覚えも聞いた覚えも無いが?」

「ん? ……ああ、カレマ アリスさんのコトか。そりゃあれだ、単に漢字を忘れただけだから気にせんといて」

「…………まぁ、いい。――それで? 何故このような代物を俺に見せた?」

 朽木はパンパン、と紙束――芝村が書いた(らしい)小説を叩いた。

「うむ。つまり、だ朽木君。チミにコレを解いてほしいのだ、まる」

「まる?」

「いや、特に意味はない」



 ………さて。前置きはこれぐらいにして、そろそろ本編―――芝村の書いた小説をご覧いただこう。


 中身は単なる日常の一コマ。そこに不思議など何もなく、欠伸あくびが出るような話の筈なのだが―――『読み方によって』は、ミステリーととれなくもない。そんな話である。

 

 では…………


          ■



 ×月○日、□曜日。芝村綺士は、特に目的もなく校内を歩いていた。ぼんやりと取り留めのないことを考えつつ、職員室の前にある階段を降りる。すると、

「あ、芝村せんぱいこんにちはー」

「あら、キシじゃない」

「御機嫌よう、芝村君」

 一・二年入り混じった謎の女子軍団十数名と出くわした。芝村はその性格から女子に大いに好かれる傾向にある。他の男子ならいざしらず、彼にしてみれば学校はまさにパラダイスなのだ。


          ■          


「……綺士。そろそろ破り捨ててもいいか?」

「やや、そこはほんのジョークだから軽く流して先に進むべし」


          ■


 数分ほど適当に雑談をし、芝村は図書室に入った。何人かの女子も図書室に用事があったようで、彼に続いて入る。

 入ってすぐの場所にある、図書委員が本の貸し借りを受け付ける場所に座ったのは、一年女子、葉月茂花はづき もか

「あれ、葉月ちゃんて図書委員だっけか?」

「いえ、保健委員なんですけど……茅さんに……」

 どうやら、図書委員の友達に当番を代わってもらうように頼まれ、断りきれず引き受けてしまったらしい。まあ、そこがこの子の押しの弱い……もとい心優しい、いい所なのだ、と芝村は一人で勝手に満足し、うんうんと頷いた。

「……ふぅん。玲はいない、か」

 ざっと辺りを見渡し、玲……つまり朽木がいないことに落胆した長髪の女子は二年、如月唯きさらぎ ゆい。演劇部に所属している彼女は、高校生らしからぬ妖艶とさえ形容できる大人っぽい美しさで一部男子のハートをがっちりと鷲掴みにしている。ちなみに朽木とは幼馴染というベタな関係だ。芝村からすれば羨ましいことこの上ないのだが、当の朽木はそれを鬱陶うっとうしがっている節さえある。全くもってけしからん。


          ■


「……………」

 ビリビリビリ。芝村が三日かけて書いたそこそこ手抜きの小説が、真っ二つに割れていく。

「だーっ、ちょ、タンマタンマ! 悪かった、いや俺が悪かったから頼むからそれだけはお代官様―っ!」

「………そもそも、これを読んだ俺の反応を読めぬお前でもあるまい。何故わざわざ人を怒らせるような真似をする?」

「ん……面白いから」ビリビリビリビリビリッ!

「ぎゃーーーーーーっす!!」


          ■


「ふぅ。やっぱり、ここの雰囲気はいいわねー。なんていうか、落ち着くわ」

 静かに本を読みふける葉月を見ながら、二人は司書室に入った。芝村はともかく、彼女はこちら側に入るのは二、三回目なので、まるで未開の地に初めて足を踏み入れた冒険家のように目を輝かせ……とまではいかないが、それなりに興味深げに内装を観察している。もっとも、閲覧室と司書室を隔てているのは透明な窓だけなので(しかし今はそれも開いているので、例えば中と外で物を受け渡しすることも出来る)、外からでも中を覗くことは出来るのだが。

 と、芝村はこそこそと司書教諭(今日はまだ姿が見えない)がいつも座っている席を通り抜け、その奥へと向かう。

 実は、司書室の裏には、外からは見えないがちょっとしたスペースが存在する。そこには、使い込まれたせいかややクッションの抜けたこげ茶色の椅子が三つ、各大学の最新の赤本、そして何故かカンガルーのぬいぐるみやコーヒーメーカー、果ては冷蔵庫まで置いてある始末だ。

「ねぇキシ、これなんて読むの?」

「うおっ!!?」

 いつの間にか回り込んだのか、すぐ後ろから質問され、芝村は驚いて振り返る。彼女の視線の先には、達筆な文字で『海女』と書かれている色紙があった。

「ん……こりゃ『あま』って読むのだ」

「フーン。キシって物知りなのね。意外と」

「そーでもないさ。つーかチミは読めなきゃダメっしょ。名前的(・・・)に」

 むー、とふくれて司書室の表側に戻っていく彼女をよそに、芝村は慣れた手つきでコーヒーを淹れ始める。

「あ、私にも頂戴ね♪」

 背後から如月の声。どうやら匂いで気づいたらしい。

「へいへい」


 コーヒーが出来上がるまでには、少し時間がかかる。暇を持て余した芝村は、なんとはなしに冷蔵庫のドアを開けてみる。と、中にはミカンとクリームを挟んだパンが一つ。確か購買にこんなメニューあったなぁ、と綺士は思い出し(彼の昼食は主に弁当である。しかも女子の手作りである場合が多い)、

「……ふむ」

 食べ盛りの高校二年生、芝村の目がキラリと周囲を警戒、誰も見ていないことを確認する。

「んじゃまぁ、いただきまー……」

「あ、綺士?」

 口を開いて今まさにパンを食わんとする寸前で、如月の声が彼を止めた。

「ん、な、なんじゃい?」

 慌ててパンを元の位置に戻し、司書室の裏側から顔を出す。

「そこのパン、私のなのよね。あなたなら勿論もちろんそんなことしないでしょうけど―――食べたら、ヒドいわよ?」

「は、はは、まさかそんなコトする訳ないじゃないですか。俺は基本的に二人前が好きなんでねあっはっはっは……」

 芝村は、よくわからない言い訳をしながら無理矢理笑顔を捻り出したが、少し……いや、明らかに不自然だった。ちなみに、如月の位置から彼が何をやっているかは見えない筈なのだが……恐るべき女のカン、といった所か。

 成り行き上、三人分(・・・)のコーヒーを淹れる羽目になった芝村は、紙コップの一つを、手を伸ばしてきた如月に渡し、もう二つを表側の司書室にあるテーブルに置いた。

 彼女が美味しそうにコーヒーをすするのを横目に、芝村もしばしコーヒーブレイクと洒落込む。 


 そうしてしばらく時が流れ、芝村が二杯目のコーヒーを飲み終えた頃。

「……ねぇ。あなた、どう思う? アリスのこと」

 悪戯っぽい笑顔を近づけて、如月が突然質問してきた。    

「ん……」

 芝村は、彼女――如月がアリスと呼んだ女子と、初めて会った時のことを思い出し、……握手を求めて手を伸ばした一秒後、みっともなく地面に転がっていた自分も思い出した。……まぁ、誰だって握手しようと差し出した腕の関節を極められて投げられるとは思わないだろう。

「……悪い子じゃない、とは思う。んだが、俺の守備範囲とはちょいとズレとるかね」

 わざとらしく肩を竦め、芝村は如月から空の紙コップを受け取った。     

「ふぅん。……私ちょっと行ってくるから、よろしくね」

「ん、どこへ?」

「……あなたはもう少しデリカシーって言葉を理解してくれればね。ま、どちらにせよ玲には敵わないけど」

「ふむ。なんだか知らんが、とりあえずいってらっしゃい」

 如月が図書室から出るのを見送って数秒後、

「む……いかん、トイレに行きたい」

 芝村は、唐突に尿意に襲われ、慌てて図書室から少し離れたトイレへと向かった。


 雑に手を洗い、一分もかからず芝村は図書室に戻ってきた。如月の姿はまだ見えず、利用する生徒もいないのにかいがいしく受付を務めていた葉月が控えめに微笑んで迎えてくれた。

 と、

「あら、帰るの?」

やや湿った手を赤紫色のハンカチで拭きながら、(恐らくお手洗いに行っていたんだろう)如月が帰ってきた。

「いや、俺もトイレ行ってただけ。……っつっても、もうこんな時間か」

 時刻は既に六時少し前。そろそろ図書室が閉められる時間である。

「んじゃ、帰りまっか?」

「あ、待って。私のパンを回収しておくわ。折角帰り道で歩きながら食べようと思ってたんだから」

「……(ボソッ)相変わらずいい趣味してるなぁ、唯ちゃんてば」

「何か言った?」

「いや別に何も」

 如月は数秒彼をじっと見つめていたが、結局何も言わず司書室裏の冷蔵庫へと向かった。

「そ、それじゃ、私もそろそろ帰りますねー」

 俺たちのやり取りの一部始終を見ていた葉月が、妙に慌てて立ち上がる。

「? なんでそんな焦ってんの? ……あれ、そういや彼女はど―――」

「い、いえ! 別にその私、何も隠してませ―――」


  ズドドドドドォオオォオオオンン!!!!

「「っ!!?」」

 爆音の発生源は司書室裏。如月が向かった先である。

「どどど、どしたっ!?」

 芝村が辿り着いたそこには――鬼が、いた。


「……ねぇ、綺士。あなたは、私のパンを見たわよね?」

 ニッコリと、これ以上ないくらい完璧な笑みを浮かべて、如月は彼に問いかける。不穏な空気など一%もない筈なのに、……何故、こんなにも呼吸が苦しいのか。

「あ、ああ。確かに、見たぜ」

 ……この時点で、芝村は如月が何を言わんとしているのか理解する。が、それは同時に自分がここから生きて帰れそうもないことを意味していた。

「―――それが、無いの。……ふふふふふ、綺士?」

「は、はいなんでしょう?」

「私、言ったわよね? ――食べたら、ヒドい、って」

 ゆらり、と如月……いや、鬼神が一歩歩み寄る。さながら死へのカウントダン。ふと見ると、如月の後ろにある冷蔵庫が拳の形に凹んでおり、芝村はああ、俺もあんな感じになるのかなぁ……、と遠い目をしかけて慌てて立ち直り、なんとか説得を試みる。

「や、待て待て。俺は食ってない……って言ったら、信じてくれるか?」

「ええ、信じるわ。どちらにせよ、目についた人間を片っ端から倒して行けば犯人に突き当たるんだもの。あなたが有罪でも無罪でも関係ないわ」

「ちょ、それヒド過ぎだろってぎゃーーーーーっす!!!」

 

          ■

「……よくぞ生還してくれた、綺士」

「いやー……あの時はマジで死んだと思ったぜ」

 なははは、と苦笑いする芝村の表情はどこか弱弱しい。

「……はて。これを解けということは、つまり購買のパンを食べた輩を指名しろ、ということか?」

「うむ。もっとも、犯人はもうとっくに捕まって唯ちゃんの鉄槌を受けたけどな」

「……なんだ。ならば俺がいちいち考える必要は無いではないか」

 つまらん、とばかりに朽木は原稿を芝村に突き返した。

「まーそーゆぅなって。折角だから当ててくれよ」

「お前か葉月か如月。以上だ」

 正解だろう? と勝ち誇って席を立つ朽木。……しかし、

「――いや。残念ながら不正解さ、くっちー君」

 くっくっく、と今度は芝村が勝ち誇るように怪しげな笑みを漏らした。

「……ほう。では大方文中に存在しない、ないし台詞の中にしか登場しなかった脇役の輩が犯人か」

「やーやー。そんなコトしたらミステリー的にアレじゃんか」

「……初耳だ。この駄文は、ミステリーに分類されるものだったのか」

「うむ、一応な。つーかぶっちゃけると、犯人は、『芝村綺士が書いた小説の中に苗字も名前も登場した人物の内の一人』だ。あ、くっちーには言うまでもないだろうけど、この芝村綺士と朽木玲人との会話は、『芝村綺士が書いた小説』には含まれないぜ」

「? 何を当然のことを」

「ま、誰かのための説明っつーことで」


 「…………」

 朽木は、眉根を寄せて芝村の小説を読み直す。

 ざっと見たところ、彼の小説の中でフルネームが記載されているのは芝村綺士、如月唯、葉月茂花の三人のみ。しかしこのいずれかが犯人である可能性は、つい先ほど作者自身が否定した(その言葉を疑うなら話は別だが……この場合、そうしていては話が進まないので思考から割愛する)。

 ならば、犯人は誰か? そもそも、読んだ限りでは司書室に入ったのは芝村と如月だけではなかったか? では、やはり芝村が犯人なのか?


「さー、どうよ?」

「…………ふむ」

 朽木は、迷走しかけていた思考を回復させるべく、一度ゆっくりと深呼吸して首をぐるりと回す。そこで――あることに、気づいた。

「……綺士。今一度尋ねるが、この話は現実の場所で現実に起こったことを、現実のまま書いたものだな?」

「ん、まぁ多少俺の主観が入ってる感は否めないけどな。まぁ、変える必要のないところを無駄に変えたりはしてないつもりだぜ」

「――成る程。理解した」

 朽木は、今度こそ勝利を確信して微笑んだ。

以上、問題編でした。

次回、解決編です。トリックとしてはどうなんだー、と憤る方がいらっしゃるかも知れませんが、そこはほら、空想ですから、「こんな○○があってもいいか」、と寛大な心で受け止めて頂けると幸いです。いえ、パンが一人でに飛んでいったとか、そんな反則ではさすがにありませんが(笑)

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