聖剣が守護する世界で
三題噺『モンブラン・トライデント・杖』
水平線が見えるほど広大な湖に、荘厳で美しい巨城が聳えていた。
穏やかな湖面にその姿を反射させる神秘的な城の名は――ラ・フェルデ城。この世界『ラ・フェルデ』における唯一無二の国を象徴する王城である。
城と湖畔の都市を繋ぐのは、幅が約五十メートルもあるという古い石橋。その中央を、馬蹄を小気味良く踏み鳴らして一頭の白馬が駆け込んできた。
白馬に跨った白いマントを羽織る銀髪の女騎士を見て、城門の見張りに就いていた兵士が大声を張り上げる。
「フェンサリル総長がご帰還された! 開門せよ!」
ガラガラと鎖が巻かれる音を立て、強固な鉄の門が徐々に開いていく。女騎士は馬速を落とすことなく開いた門の隙間からするりと城内に入り込んだ。
「単騎での盗賊団掃討任務、お疲れ様でした! 馬をお預かりします!」
「ああ、彼も走り詰めで疲れている。充分に労ってやってくれ」
「はっ!」
駆け寄ってきた兵士に馬を預けた女騎士は、速やかに任務達成の報告を済ませると、その足のまま城の裏手にある訓練場へと赴いた。
そこでは多くの若い騎士たちが木製の武器を振るって鍛錬を行っている。皆が将来有望な騎士たちだ。彼らの中から聖剣を継承する者が出るかもしれないと思うと、彼女は「自分も年を取ったものだ」と苦笑する。
「うむ、皆、鍛錬に精が出ているな」
声をかけると、騎士たちは手を止めて一斉に彼女の方を向いた。
数秒の沈黙。それからダッと全員が彼女の方に駆け寄り、あっという間に取り囲まれてしまった。
「総長!」「総長だ!」「総長が帰ってきた!」「自分と手合わせしてください!」「馬鹿! 総長は任務から帰ったばかりでお疲れよ!」「総長が盗賊団ごときで疲れるわけないだろ!」「聖剣十二将のリーダーだぞ!」「俺、今日こそ総長から一本取ってやるんだ!」「そして結婚を申し込む!」「ふざけんなお前なんかと釣り合うわけねえだろ!?」
「ハハハ、元気が有り余っているようだな。構わん。全員相手してやろう。まとめてかかってくるがいい」
彼女はこうなることを期待して訓練場へやってきた。正直、木っ端の盗賊団を相手にしただけでは準備運動にもならなかったのだ。彼女は知り合いにいるような戦闘狂ではないが、それでも消化不良感が否めない時はこうして新兵たちの訓練に付き合うことにしている。
剣や弓や杖から三股槍まで。自分に適合した様々な武器を手に一斉にかかってくる騎士たちを、彼女は背中に挿した超長大な剣を抜きもせず、素手だけでいなしていく。
若い騎士たちは二分とかからず全員が地に伏せることになった。
いつもならここから第二・第三ラウンドに入って騎士たちが悲鳴を上げることになるのだが――
「流石です、セレスティナ様」
「こら、セレス! あんま新兵をイジメるんじゃないわよ!」
今日は思わぬ来客があった。
「ジークフレア殿下、マルグレッタ第八師団長まで」
美しい金髪を短めのワンサイドアップに結った少女が、ジークフレア・ラ・フェルデ。緑の縁取りをした豪奢なマントを羽織り、軽鎧で身を包んだ姿は立派な騎士然とした佇まいをしている。揺るぎない自信に満ちた笑みを浮かべる彼女は、「私は全世界全次空の老若男女を愛しているから結婚などせん!」と謎の理論をぶちかます王が唯一『神剣の後継者』として養子に迎い入れた人間だ。
「溜まってるならあたしが相手してあげようか? こっちも殿下のお守りばかりで滅入ってるとこなのよ」
ツインテールに結った赤紫の髪に、紫紺のマントの騎士服。低い身長に不釣り合いな双大剣を背に挿した少女は――マルグレッタ・ヴォルクドンナー・ディールス。雷の聖剣を継承し、聖剣十二将の一人となった猛者である。ちなみに、少女に見えるが年齢はセレスティナの一つ下だ。
「いや、やめておこう。たとえ訓練でも聖剣同士の戦闘には許可が必要だ」
「ちぇー、お固いところは昔から変わらないわね」
「でしたら、私の相手をしてくれませんか? マルグレッタ様とはもう飽きてしまいまして」
「なんですって!?」
「聖剣を使っていただいても構いません」
ジークフレアが腰の剣を抜く。アレは名剣ではあるが、聖剣ではない。まともに打ち合えば二合と持たずに砕け散るだろう。
もっとも、それは互いに実力差が開いている場合だ。
彼女は、セレスティナが知る限り最強と呼べる一人であるラ・フェルデ王が後継者に選んだ人間である。神剣を継承するための試練を既に五つも突破している。かつて同じ試練を受けたことがある知り合いの少年でも三つで音を上げていた(なんだかんだ文句言いながら全部クリアしてしまったのは流石だったが)。
聖剣十二将の総長を務めるセレスティナといえど、決して手を抜ける相手ではない。
「わかりました。殿下がお望みであれば、この光の聖剣――セレスティナ・ラハイアン・フェンサリルがお相手いたしましょう!」
※※※
「やっぱり汗を掻いた後のモンブランは至高ですね!」
満足いくまで訓練という名の絶技の応酬を繰り広げたセレスティナたちは、食堂で夕食を取った後、デザートのケーキを持ち帰りで包んでもらって城の西にある騎士寮へと歩いていた。
同じ寮に部屋があるマルグレッタはいいとして――
「なぜ殿下までついてくるのですか?」
セレスティナとマルグレッタの間に挟まるようにしてルンルン歩くジークフレアは、当たり前だが王城に自分の部屋がある。仮にも一国の王女が泥臭い騎士寮に足を踏み入れるなど、見つかったらどんな騒ぎになるかわかったものではない。
「いいではありませんか。今日はお二人と女子会をしたい気分なんです」
だが、当の本人は全く気にしていない様子で笑っていた。セレスティナと激闘を繰り広げ、最終的に負けているにも関わらず、その足取りには微塵の疲れも見受けられない。
「女子会って、あたしたちはもういい年したおばさんなのよ?」
「うむ、ガールズトークよりも井戸端会議が似合う年齢だな」
マルグレッタとセレスティナは苦笑を浮かべる。言ってからぐさぐさと自分に突き刺さる言葉にさっき食べたものが逆流しそうだった。
「実年齢はそうかもしれませんが、お二人とも肉体年齢は若いままでしょう? 聖剣に選ばれた守護者は人間としての寿命こそ変わりませんが、肉体は全盛期の状態を長く保つと聞いております」
「それはそうですが……」
「マルグレッタ様なんて下手すると私より幼く見えますのに」
「気にしてるんだから言わないでよ!?」
確かに二十歳そこそこに見えるセレスティナに対し、マルグレッタはよくて十三歳前後だろう。実年齢十五歳のジークフレアの方が背も高いし胸もある。聖剣を継承した時がそのままマルグレッタの全盛期だったのかもしれないと思うと、少し憐れに感じるセレスティナだった。
「だいたいお二人とも自分がいい歳だと言い張るなら、殿方と一人や二人とお付き合いするべきではありませんか? お養父様のように明後日の方向へ開き直っているならともかく、若い時期が長いと高をくくっているとあっという間にお婆様ですよ」
「ぐはっ」
「うぐっ」
若者の遠慮ない言葉の刃に聖剣十二将の女傑たちは揃って胸を抑えた。
孤児だったセレスティナは家族を持つことに憧れはある。男勝りな自分に求婚するものなどいない、という良い訳は通用しない。既に騎士や商人やただの一般市民にまで告白されたことがあるのだ。それを全て断ってきたのは――
「それとも、心に決めたお方でもいらっしゃるのでしょうか? セレスティナ様は昔、異世界に長く滞在していたとお聞きしておりますし」
「そ、そそそそそんなことはないぞぞぞぞぞ!?」
「マルグレッタ様も、聖剣を受け継ぐ前に共に旅をしていた殿方がおられたとか」
「ななななななんの話かわわわからないわわわわねねね!?」
だらだらと滝のごとく冷や汗を流す二人に、ジークフレアはニマァと意地の悪い笑みを浮かべた。
「これはこれは、セレスティナ様のお部屋でじっくりしっぽりお話を聞かせていただく必要がありますね」
ジークフレアはルンタッタと華麗にステップを踏んで寮の一番端にある部屋の前へと移動する。そこがセレスティナに与えられた部屋なのだが、彼女は主が許可するよりも先に遠慮なくドアノブに手を伸ばす。
「――!? お待ち下さい殿下!?」
「セレスティナ様、そんなに恥ずかしがらずとも」
「そうではありません!?」
セレスティナのただならぬ様子の剣幕に、ジークフレアの体が硬直した。それからドアを一瞥すると、ごくりと生唾を呑んで三歩下がる。
彼女も気づいたようだ。
セレスティナとマルグレッタが聖剣の柄を握って警戒しつつ、ジークフレアを庇うようにドアとの間に割って入る。
「……なんかいるわね。それも、よくない気配が。あんた、魔物でも飼ってるの?」
「そんなわけないだろう。寮内はペット禁止だ」
「セレスティナ様、一体中になにが……?」
「この気配にすぐ気づけなかったとは、殿下もまだまだですね」
どす黒い闇を凝縮したような、怖気の走る『魔』の気配。只事でも只者でもない。この凄まじい力は堕ちた聖剣――魔剣よりも邪悪で強大だ。
仮に魔剣が出現したのだとすれば、一本や二本では済まないレベル。
だが、どこか懐かしい気配でもある。
「どきなさい、セレス!」
バチリ、と。
姿勢を低くし、両手に握った双大剣を構えたマルグレッタが赤紫色のスパークを弾けさせる。彼女が雷の聖剣『ヴォルクドンナー』をいきなり解放した。それほどの相手が部屋の中にいる。
バリ、バリリリリィ!
赤紫のスパークが勢いを増し――次の瞬間、マルグレッタ自身が一筋の閃光となってドアを突き破り、部屋の中へと突撃した。
だが――
「おいおい、いつからこの世界はドアをぶち壊して入る物騒な習慣ができたんだ?」
彼女の二本一振りの聖剣は、何者かの片手の指に挟まれる形で易々と止められてしまった。まずい。敵は想定よりも遥かに強いようだ。
「殿下はお下がりを!」
「いえ、私も戦います!」
下がるように指示を出すセレスティナを無視し、ジークフレアも名剣を抜いて何者かに斬りかかる。
「このっ!」
マルグレッタは聖剣から雷撃を迸らせて敵の手を振り払う。それからすぐに横へ跳び、雷纏う聖剣でジークフレアと挟撃に移った。
両者の刃は、しかし敵を捉えることはなかった。
ガキン、という金属音。
突如として宙空に出現した刀が、二人の剣を受け止めたのだ。競り合うが、ビクともしない。マルグレッタは無論、ジークフレアも実力だけなら将軍クラスであるにも関わらず。
「へえ、二人とも悪くない太刀筋だ。が、まだ甘い」
「「きゃあっ!?」」
刀がまるで生きているように振るわれ、二人は壁まで薙ぎ飛ばされてしまった。敵に隙らしい隙は一切ないが、これ以上はセレスティナも見ていられない。
聖剣の長として、この国一番の騎士として、敵を討つ。
「――聖なる光の塵となれ!」
上段に構えた聖剣ラハイアンが目を灼くほどの輝きを放つ。寮の天井を貫いたが、幸いにもここは最上階。上を崩しても人的被害はない。
天井を斬り崩しながら猛烈な勢いで振り下ろされる光の剣。触れるだけで竜種の魔物すら光滅させられる最強の一撃を――パシン。
その敵は、真剣白刃取りしてみせたのだ。素手で。
「ちょ、落ち着けってセレス! 勝手に部屋に入ったことは悪かったけど、ちゃんと相手を見てから攻撃しろよ!」
慌てた声と共に、光の剣が折られるように消滅させられてしまった。唖然とするのも束の間、さっきまで戦闘のドタバタや煙で確認できなかった敵の姿がはっきりと現れる。
趣味の悪い黒いコートを羽織った青年だった。肩の辺りまで伸ばした髪に、以前は黒かった赤い眼。感じる魔力は禍々しいが、不快感はなく寧ろ懐かしさが勝る。
「貴様は……!?」
見覚えしかなかった。
「「零児!?」」
セレスティナとマルグレッタの驚愕した声がハモった。
「えっ? どなたですか?」
ジークフレアだけがきょとりと小首を傾げていた。
セレスティナはラハイアンを鞘に納め、身なりを整えるように埃を掃ってから青年を睨む。敵意の籠ったものではなく、呆れたようなジト目で。
「まったく、なぜ貴様がこの世界にいる? いつやってきた? というか、なぜ私の部屋にいるのだ!」
「悪いな、セレス。先にクロウディクスには挨拶したんだけど、ここで待ってろって空間を繋げられて……てっきり客室かと」
「おのれ陛下!?」
王の奔放さにはほとほと困り果てているセレスティナである。前までは陛下絶対主義だったセレスティナだが、聖剣の長となってからは気苦労ばかりかけられ考えが矯正された。前任の総長が溜息ばかりついていた理由を痛いほど思い知った。
と、同じく聖剣を仕舞ったマルグレッタがツインテールをぴょこぴょこさせながら青年に歩み寄る。
「久しぶりね、零児。八年振りくらいかしら?」
「ハハハ、マルグレッタも変わらないな。小さいままだ。それが全盛期の姿とは可哀想だな。異世界で背が伸びる秘薬でも探してきてやろうか?」
「うるさいわね余計なお世話よガルルゥ!?」
「噛みつき癖も治ってない!?」
頭をポンポン叩いて子供扱いする零児に文字通り噛みつくマルグレッタ。そんな二人の親し気な様子に心の中がもやっとするセレスティナだったが、隣に立ったジークフレアによって現実に引き戻される。
「セレスティナ様、あの殿方は一体? 聖剣二人と私を手玉に取るなど、お養父様くらいしかできませんよ」
彼女は零児が最後にラ・フェルデに現れた後でクロウディクスの養子となった。彼のことを知らなくても無理はない。
流石に〝魔帝〟だの魔王だのとは紹介するわけにはいかないので、少し悩んで言葉を選ぶ。
「紹介します、殿下。こちらは白峰零児。異世界人で、我らの古い友人です」
「あ、お養父様からそのような名前の人物をお聞きしたことがあります。確か、神剣の試練を全てクリアしたにも関わらず継承者にならず異世界に旅立った人物だとか」
「やめろ、あの試練のことは思い出したくもない。てかちょっと待て、殿下? クロウディクスのやつ結婚したのか!?」
困惑する零児にもジークフレアのことを簡単に紹介する。陛下と結婚が余程結びつかない概念だったのか、話を理解した零児は心の底から納得した顔をしていた。
「なんだ養子か。俺が蹴ったからだろうけど、よく継承できそうな人間を見つけられたもんだ」
「零児様は異世界人だと聞いております。だから神剣を継承されなかったのでしょうか?」
「いや、俺はこの国の王になんてなる気はなかったからな。試練を受けたのだって、俺の魔王武具を完成させるためだし」
「ま、魔王武具!?」
「「ちょ、零児!?」」
「ん? 聞いてなかったのか。俺は『千の剣の魔王』――新生魔王連合〈試煉の担い手〉を統括する〝魔帝〟をやってる」
「「ギャー!?」」
互いの事情を知っているセレスティナとマルグレッタは悲鳴を上げた。せっかく隠したというのに自分から喋るとは……彼の内面は昔から変わっていないように見えて、ずいぶんと変わってしまったようだ。
あれほど嫌がっていた〝魔帝〟になることを受け入れたことが、変わるきっかけだったのだろう。
「ま、魔王!? どうしてそのような存在が!?」
ただ、この世界に置いても『魔王』とは悪しき者の頂点。神剣、そして聖剣が打倒すべき『世界の敵』だ。
当然、そのように教わってきたジークフレアは再び敵意を爆発させて抜剣しようとするが――
「武器をお収めください、殿下。彼は危険な存在ではありますが、不必要に世界を脅かす者ではありません」
流石にセレスティナは彼女を諫めた。今、この場では三人がかりでも彼は倒せない。仮にジークフレアが神剣を継承し、クロウディクス並みの練度に達した上で全ての聖剣を揃えたとしても、倒し切るには世界の犠牲を覚悟する必要があるだろう。もっとも、彼はそうなる前に世界を離れるだろうが。
零児も戦闘の意思がないことを示すため両手を挙げた。
「ああ、この世界で暴れる気はねえよ。はぁ、どこの世界もラ・フェルデみたいだったら俺みたいな存在はいらないんだけどな」
「苦労してるようね」
マルグレッタが苦笑する。最初にラ・フェルデで零児が滞在するようになった時、初めて出会ったのがまだ聖剣を持たないマルグレッタだったと聞いている。二人は冒険者としてラ・フェルデを旅し、この王都へと辿り着いて共に騎士学校に入学……試練を受け、マルグレッタは聖剣を、零児は神剣を持つ資格を得た。
セレスティナが合流したのは騎士学校からであり、それまでの彼らの旅について詳しく知らないことがどうにももどかしい。
旅と言えば――
「そういえば、ゼクンドゥムは一緒ではないのか? 今は奴と旅をしていると聞いていたが」
周りを見回すが、記憶にある白布少女の姿は見えない。まさかここは奴の『白昼夢』の中か、と警戒するが、現実のようだ。
「あいつも俺と同じさ。昔の仲間に会いに行ってる。せっかくラ・フェルデに来たんだから」
「そうか、師匠に……」
「そもそもあんた、なんでこの世界に来てんのよ? ラ・フェルデにあんたが介入するような問題なんてないわよ。まさかあんたが、あたしらの顔を見に来ただけとか言わないでしょ?」
しんみりしそうになった空気を壊すようにマルグレッタが零児に訊ねた。零児は思い出したようにコートの内側に手を入れ、そこからなにか金色の物体を取り出した。
「これを回収に来たんだ」
鉱石のようだった。形は五角柱に整えられており、自然物ではあり得ない力が内に秘められていることがわかる。そもそも、ラ・フェルデに『魔力』の概念はない。だというのに、この世界で回収したそれには、セレスティナでも感じられる膨大な魔力が焔のように揺らめいている。
触れることは躊躇われた。
触れれば最後、悪しきナニカが体を侵食するような悪寒がしたのだ。
「ここには黒い炎を操る悪魔が封じられているらしい」
「黒い炎……まさか!?」
「いや、『黒き劫火』とは別物だ。でも共鳴はするみたいでな。俺の目的のために回収してるんだ」
今の零児の活動は必要悪として世界を正すものだ。しかし、目的は別にある。かつて共に過ごし、元々〝魔帝〟の力を持っていた存在。セレスティナもよく知っている彼女を、捜すこと。
「これを教えてくれた『眠りの魔女』によると、全部で百八個。様々な世界に散らばっているらしい。わっかりにくいところにあったり、権力者が取り込んでたりと非常に面倒なやりこみ要素だよ」
ゲーム感覚で笑う零児。悪魔の正体はなんなのか? どうして散らばったのか? ラ・フェルデにもあったのは偶然か? それらはわからないし、零児もまだ知らない様子だ。だが放っておけば、その力がこの世界で看過できない災いを引き起こしていたことは確実だっただろう。
「さて、目的のブツは回収したし、お前らの顔も見たからそろそろ行くよ」
「なに? もう行ってしまうのか?」
「もっとゆっくりしていきなさいよ、久々に会ったのに」
名残惜しくて引き留める二人に、零児は首を横に振る。
「いや、本当にただ寄っただけだからな。それにちょっと厄介な問題が起こりそうなんだ。前に標準世界を中心に巻き込んだ『劔龍』か、それ以上のやばいことが……」
セレスティナは息を詰まらせた。ラ・フェルデは直接的に絡んでこそいないが、『劔龍』の話は聞いている。アレはいくつもの世界が消滅していたかもしれない危機だった。それ以上となると、もはや一世界の騎士団長では想像もつかない。
だが、彼ならきっとなんとかしてしまうだろう。
そのくらいの信頼はある。
「じゃあな、いろいろ片付いたらもう少し短いスパンで顔を見せるよ」
言うと零児は白い日本刀を生成して空間を切り裂き、どこかへと消えてしまった。
「今のは次空切断!? 神剣の能力ですよ!?」
ジークフレアが目を丸くする。神剣を持っていないのにその力を使えることに驚愕しているようだ。セレスティナも最初はそうだった。
「まったく、忙しない男だ」
「そうね。次は何年後になるのかしら?」
いつまでも彼が消えていった空間を見詰めるセレスティナとマルグレッタ。すると、そんな二人を交互に見やったジークフレアがニタリと怪しく笑った。
「なるほど、ほーん、なるほどですねー」
「な、なにがなるほどなのですか殿下!?」
「その顔は絶対なにか勘違いしてるわね!? ち、違うんだから!?」
その後。
セレスティナたちは一晩中、一方的なガールズトークに花を咲かせるのだった。