休憩時間の選手控室で
三題噺お題「台風・砂時計・古文書」
Cブロック予選開始前――選手控室。
中世風の円形闘技場とは打って変わった現代的な壁紙が貼られた部屋に、空気を薙ぐ鈍い音が規則的に響いていた。
「……ふんぬ! ……ふんぬ! ……ふんぬ!」
荒々しくも整った息遣いで、長身痩躯の青年が一心不乱に剣を素振りしているのだ。脳天で練り上げられた漆黒の髪は荒波のごとくうねり、袴の上から巻いた虎柄の腰巻が彼の雄々しさを倍増させている。上半身には籠手以外なにも身につけておらず、赤い肌と鍛え上げられた逞しい筋肉が蒸気を纏って周囲の温度を上昇させている。
彼の名は朧。地獄は魔王・山ン本一派が鬼頭を務める大赤鬼――の人化した姿である。
激しく近づき難い雰囲気を漂わせる彼だったが、人化した朧より頭三つ大きい超長身に青い肌、額に一本角を生やした鬼女だけは平然とした雰囲気で壁に背を預けて側に控えていた。なんならひたすらに鍛錬を続ける朧に対して冷ややかな視線すら送っている。
と、そこにずかずかと無遠慮に歩み寄る小柄な人影があった。
「朧、あんた、まさかその姿のまま戦うわけじゃないわよね?」
Bブロック予選通過者の一人である瀧宮梓だった。
知り合いであり、好敵手。彼女と死合うべく二十年以上もの歳月を人の姿で鍛錬し続けた朧は、素振りをやめ、ゆっくりと刃のこぼれた大太刀を下ろした。
「無論。梓殿が人の身で魔王どもを蹴散らし、予選を通過したのだ。その絶技を見せられた以上、拙者も同じ土俵で戦い勝たねば好敵手を名乗れまい」
「固いねぇ。別にあたしに合わせる必要なんてないのに。その辺の木っ端魔王ならそのままでも無双できるだろうけど、あたしだって油断できない相手はいるわよ。だから気配を消して最大まで〝気〟と魔力を練り続け、一気に爆発させて勝負をつけたわけだし」
「うむ、先の『静』と『動』の切り替えは見事であった」
「うん、あんがと」
瀧宮梓は、一つに括った亜麻色の髪をした人間の女性は、朧の表裏のない純粋な賞賛に屈託のない笑みを返した。どうしても先程鬼神のごとき勢いで魔王たちを一掃した者と同一人物には見えないが、そこがまた彼女らしい部分であるとも言える。
「まあなにが言いたいかってことだけど、相手は魔王とか人外ばっかなんだから鬼の姿に戻っても『対等』は保たれる。寧ろその姿だと舐められてると思われて失礼かもしれないわね」
「……これは拙者の矜持故。口出し無用」
「梓殿」
と、今まで黙って二人のやり取りを眺めていた青い鬼女が溜息混じりに口を挟んできた。
「えっと……?」
「朧の家内で、八寒は最下層摩訶鉢特摩地獄を束ねております盈月と申します。まずは梓殿の予選通過、大変めでたく存じます」
「ああ、そう言えばあたしらの立ち合いも見に来てたわね。ありがとう。あんた奥さんいたんだ……」
「拙者には勿体ないほどの良妻である。阿鼻にて鍛錬中、一日も欠かさず摩訶鉢特摩から握り飯を持ってきてくれた。感謝してもしきれぬ」
「そして朧についてですが、知ってのとおりこの者は阿鼻に二十年も引き篭もって鍛錬し続けた頑固者でございます。それがこうと言ったら自身が納得するまで曲げることはありませぬ。このような愚か者はひとまず捨て置き、梓殿は決勝戦の為の準備を優先して頂きたく」
「……はいはい。まあ、朧のプライドを否定するつもりなんてないわよ。ただ、あたしも本音を言えば鬼の姿の――全力のあんたと戦ってみたいってことだけ覚えといてね」
「……」
これ以上邪魔をするつもりはない、と背中で語りながら彼女は選手控室から出て行った。彼女の予選は終わっている。残りの予選は彼女の連れと共に観戦するつもりなのだろう。
ならば一層、無様を晒すわけにはいくまい。
人化した姿で戦いはすれど、仮に負けることがあったとしてそれを言い訳にはしたくない。魔王の一部には戦闘中に何段階も変化する者だっていたのだ。
よって、必要があれば鬼の姿に戻ることもやぶさかではない。
ないのだが――
「……朧、どうすんだい? あの御仁は鬼のアンタと戦いたいって仰っていたが?」
「盈よ……さ、流石に言えぬ。実は長く人の姿でいすぎて元に戻る方法がわからなくなってしもうたなどと……」
厳つい無表情の裏で、そんなことを嘆く『地獄の大鬼』であった。
※※※
朧が好敵手の希望に対して複雑な心境を抱いていた頃――選手控室の隅っこ。
二つの大きな砂時計を左右に浮遊させた少女が、虚ろな灰色の瞳で天井の染みをひたすらにじーっと見詰めていた。
破壊を象徴する赤き髪と翼を持つ彼女の名は、デストロエル。神々によって生み出された『壊滅の天使』と呼ばれる殺戮生体兵器である。行き過ぎた文明をリセットするために存在する彼女にひとたび指令が下れば、左右の砂時計が落ち切る間に世界は原始の時代まで遡ることとなるだろう。
同じ文明の破壊者である魔王とは友好的――なはずがない。彼女は世界までは滅ぼさない。彼らのようなバグではなく、あくまでリセットするために世界に搭載された標準機能だ。
今回の指令は、世界を飛び越えて悪さをする魔王たちの撃滅。そのためにまずは大会へと出場し、優勝して親玉である〝魔帝〟を滅ぼせとのことであった。
出場するCブロック予選が始まるまで人形のごとく突っ立っていた彼女だが、ふと視線を横に向ける。
「えへへ、えへへ、梓様が物凄くお強くなっていますね。なんだかよくわからない存在になられてしまった貴文様と違って人間のまま! 人 間 の ま ま !」
立てたテーブルの裏に隠れるようにして、流水のごとき蒼い髪をしたドレスアーマーの女性が丸いお尻をフリフリさせていた。
「予選を突破すれば梓様と戦えます! 魔王たちも実に魅力的ですが、やはり戦乙女としては人間に強さを求めたいですよね。えへへ♪」
振り向いた蒼髪の女性は、美女がやってはいけないトロットロに溶け切った表情をしてくねくねしていた。それから溢れ出るリビドーを抑えられないように大鎌を振り回し、真空の斬撃波を荒ぶり飛ばしては他の選手たちから怒鳴られている。
「……なんでしょう、アレは?」
虚ろな灰眼でデストロエルは彼女を観察するが、一体なにに興奮してなにを叫んでいるのか微塵も理解できない。
名前は思い出した。Cブロックの参加者リストにもあった『蒼銀の死神』ジークルーネだ。
デストロエルと同じく神々の気を感じる女。だが、二つ名にある通りの『死神』とは別だろう。どちらかと言えば真逆で、天使に近い。
魔王ではないのなら指令の対象外だ。
しかし、予選はバトルロイヤル。邪魔だと判断すれば容赦なく壊滅させるだけである。
「であれば、どうでもいいですね」
興味を失い、再び彼女は天井の染みを見詰めた。
※※※
窓から闘技場を見渡せる、選手控室へと続く通路。
「だりぃ、なぜ俺がわざわざこんなくだらない大会に出ないといけねえんだ……」
「仕方ないでしょ。『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンに近づくには出るしかなかったのよ。あとたくさん魔王が出るなら狩り放題かなって」
「ぶっ殺しても後で生き返るんじゃ意味ねえだろ。たぶんだが、俺が『喰って』も無駄だ」
通路の縁に寄りかかり、闘技場を見下ろしている少年少女がいた。両者ともに高校生くらいの年齢であり、日本人らしい黒髪が吹き抜ける風に靡いている。
「で? 『極光の勇者』さんよぉ。AブロックとBブロックの予選を見てお前は勝てると思ったか?」
「あら? 悪名高き『魔王喰いの魔王』が怖気づいてしまったのかしら? 一流の勇者は勝てる勝てないの勘定で戦場には立たないものよ」
闘技場を睨んだまま問いかける少年に、少女は可憐ながらも挑発的な笑みを返した。
少年の名は逢坂陽炎。またの名を『魔王喰いの魔王』。魔王を文字通り喰らうことで魔王の力を得てきた元日本人だ。
少女の名は久遠院姫華。多くの世界に名を轟かせる『極光の勇者』であり、日本に設立された国立英雄養成学校の首席でもある。
二人の出会いは最悪だった。
魔物押し寄せる魔王軍との戦場で、姫華が陽炎を敵の親玉だと勘違いしたところから始まる。そこへ割って入った『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンにより呪いをかけられ、一定距離を離れられなくなってしまったのだ。
勇者と魔王は共に生活することを余儀なくされた。
陽炎は正体を隠して英雄学校に通うこととなり、姫華も彼を隠しながら退学にならないよう手を尽くした。
最初は信頼もなにもあったものではなかった二人だったが、共に戦い、幾多の世界を救世してきたことで気を許す関係にまで発展した。
いつか呪いをかけた『呪怨の魔王』を討つことが、二人の共通する目標である。
そして先日、国立英雄養成学校の理事長から天下一魔王武闘会の話を聞かされた。
参加すれば『呪怨の魔王』を討つチャンスが得られるかもしれない。二度とあるかわからない絶好の機会を、二人は逃すわけにはいかなかった。
「チッ……やるからには勝つぞ。〝魔帝〟の首はどうでもいいが、『呪怨』のクソ野郎はきっちりシメて呪いを解かせねえとな」
「勇者としては〝魔帝〟も倒したいんだけどね」
「それはお前らとしてもまずいだろ?」
「わかってるわよ。でも……はぁ、まさか勇者学校の理事長が新生魔王連合とずぶずぶの関係だったなんて夢にも思わなかったのよ!」
他の勇者には内緒とのことだが、理事長と〝魔帝〟は幼馴染の関係にあるらしい。両者は互いにコンタクトを取りつつ、勇者と魔王の両面から様々な世界を〝正常化〟しているのだと聞いた。
どんな古文書でも敵対者だと語られるような対局の存在が協力関係にある。
それを打ち明けられた時、首席勇者の姫華は眩暈を覚えたものだった。
陽炎が眉を顰める。
「あぁ? お前いつまで引きずってんだ? 悪い意味じゃなかったんだからいいだろうが」
「勇者心には複雑すぎるのぉ!」
勧善懲悪。悪即斬。たとえ魔王相手でもその概念が揺らいでしまったのだから、彼女にとっては当分は苛まれる心労であった。
だが、今はその件で頭痛を覚えている場合ではない。
「……そのことは一旦忘れるわ。『呪怨』を倒すため、いつも通り協力してCブロックを突破しましょう」
※※※
「これは一体どういった集まりかな?」
一反木綿のような白い布を裸身に纏わせた少女――『現夢の魔王』ゼクンドゥムは、控室のど真ん中でテーブルを囲む選手たちを愉快そうに細めた金色の目で見据えていた。
邪神像をテーブルに置き、神父やシスターたちと共に「世界が滅びますように」と物騒な祈りを捧げている金髪の修道女――『贖罪の魔王』エルヴィーラ・エウラリア。
の、隣のテーブルだ。
そこでは、むさ苦しい男たち四人が向き合ってカードゲームに興じていた。
「暇故に、我輩がトランプに誘ったのである」
海賊帽子とマント姿の大男は、ザドラグ。七つの次空を制覇したとかよくわからない称号を持つ人間である。
「俺的に、対戦相手のじョーほーしューしューというヤツだ。てか、お前的に昔と全然変わらねェな」
マロンクリーム色の髪をボッサボサに伸ばした作業着の中年は、グレアム・ザトペック。標準世界で異界監査官を務めていた男で、現在は地元の世界で解体屋を営んでいるとか。ゼクンドゥムとも面識はある。当時は敵同士だったが。
「……興が乗った。それだけだ」
寡黙な雰囲気を纏う美麗な青白い毛並みをした狼人は、『狼王』フェンリオス。獣人の国を束ねる気高くも強い王が、なぜ賊や下々民のような男たちとご一緒しているのかゼクンドゥムにはさっぱりわからなかった。
「アッハッハ! 私は商売の話ができないかと思い同席させてもらったのだよ!」
モノクルにちょび髭、白髪混じりの薄い茶髪をした老人は、『砲哮の魔王』ゾイ・ローア。武器商人が魔王化した存在であり、世界を武器と闘争心で満たして戦乱を巻き起こしている大迷惑な男だ。最後に残った一人を消して世界にトドメを刺す奇特さを持っていたが、今の〝魔帝〟に睨まれてからはほどほどを心がけたらしい。信頼はできないが。
一説によると、『戦禍の魔王』は彼の起こした戦乱から生まれた魔王だという。
だが――
「キヒッ、君もCブロックなんだよね? 大丈夫なの? 君ごときが勝ち上がれる戦いにはならないと思うんだけど」
彼自身も魔王なだけあって強いには強いが、それほど圧倒的な戦闘力はない。あるなら満身創痍の最後の一人とだけ戦うという酔狂すぎる真似はせず、自分が仕掛けた戦乱に満足した瞬間消し飛ばしていただろう。
そうしないのは、自分が売った武器で自分が倒される危険性を懸念しているからだと思われる。
なにせ彼の扱う武器は『釛床の魔王』と結託していることもあり、最低でも聖剣や魔剣クラス。とんでもなく強力だ。とはいえ、武器だけで勝てるほど甘くないことはAとBの予選を見れば明らかである。
別の意図があるのだろう。
「アハハハハ! 流石の慧眼。ご明察だ! 私は優勝するつもりも、予選を勝ち抜けるつもりもない! 無論、グランドロフ君のように参加者からちまちまとした素材を回収するわけでもなし!」
「ふーん?」
「私の狙いは魔王武具だ! 普通なら奪えない代物だが、私にはそれらの所有権を上書きできる術がある! 強大な魔王たちの最強の武具を集めれば、素晴らしい戦乱を引き起こすこともできよう! できるだけ多く魔王武具を回収し、そして潔く散ろうではないか!」
「キヒヒ、〝魔帝〟のお兄さんが聞いたらなんて言うかはさておき、ボクは君のような奴は嫌いじゃないよ」
ゼクンドゥムが〝魔帝〟のお供として次元を旅していることだって、単純に自分が楽しむための暇潰しでしかない。古巣が解散してやることがなくなり、再び人々の悪夢世界へと戻りかけた時に彼が手を差し伸べた。それだけだ。
バッ! とグレアムが勢いよく手札を公開する。
「俺的にロン!」
「おっとそれはダウトだ!」
「……トラップカードを発動する」
「待つ故、今『ウノ』って言ってないのである!」
「……君ら、どんな遊びをしてるの?」
ちょっとゲームの内容に興味が出てきたゼクンドゥムだったが、詳細を聞く前に背後から何者かが近づいてきた。
「……へぇ、商売繁盛してて忙しいのかと思ってたけど、やっぱり参加するんだ」
「まあ、いろいろあってな」
黒いコートにサングラス、顔に古い傷が刻まれたヤクザ面の男だった。ニヤニヤと人をくったような笑みを浮かべる彼は、ゼクンドゥムを一瞥してからテーブルでトランプ(?)をしている四人に話しかける。
「よう、久しぶりだな。楽しそうなことしてんじゃねえか。俺も混ぜてくれよ」
※※※
Cブロック予選開始まで残り数分。
選手控室の外。芝生の庭に、高らかに笑う耳障りな声が響いた。
「ヒャホホホホ! かつての君主が勢揃いとは、最後に旧連合で行った〈魔王たちの会合〉以来ではないか! ご苦労ご苦労!」
赤い道化の衣装を纏う胡散臭い男が大仰に両腕を広げる。
旧魔王連合序列第五位――『呪怨の魔王』グロル・ハーメルン。〝呪い〟の概念。
「……あう…………うるさ、い、人……きた…………きらい……」
薄青い髪に黒セーラーとマフラーの少女が迷惑そうに顔を顰めた。
旧魔王連合序列第八位――『紅蓮の魔王』野薔薇凛華。通称グレンちゃん。〝停滞〟の概念。
「まあまあ、旧知の仲ではありませんか。あまり嫌そうな顔をしては失礼ですよ、グレンちゃん。もっとやってあげてください」
緑の前髪で左目を隠した中華風のイケメンが爽やかに笑う。
旧魔王連合序列第七位――『流転の魔王』还没有。〝未来〟の概念。
「おい呪い野郎テメー! いつからオレの上官になったつもりだ? あぁ?」
軍服に軍帽、赤黒い髪をした少女が軍刀を突きつける。
旧魔王連合序列第九位――『戦禍の魔王』シェラハット・アハト。〝戦争〟の化身。
「+%$$㌶@、㌍=<|>㌫?」
灰色の旋毛風が聞き取れない言語のような音を発する。その足下|(?)では芝生が枯れ果て、地面すら腐り落ちるを通り越して暗黒物質と化していた。
旧魔王連合序列第六位――『退廃の魔王』ラスト・エンプティネス。〝虚無〟の概念。
「ヒャホホ! え? 私思ってたより嫌われすぎじゃね?」
「…………きも、い……」
「嫌われ役を演じているのですから当然でしょう。未来永劫、どの分岐を辿ったとしても変わりませんよ」
「テメーはいつかぶっ殺すリストの筆頭だぞ」
「㍊%R#(IU!? ++&@PH!?」
かつての同僚たちに罵声を浴びせられ、ホロリとわざとらしく涙を零すグロル。何気にグレンちゃんの「きもい」が一番刺さった。
「ふむ、そんなに嫌っている私の呼びかけによく応じてくれたものだ。今大会、優勝候補として真っ先に名を挙げることができる君らが参加しなければ盛り上がりに欠けていただろう」
彼らは旧連合崩壊後、次元のあちこちに散らばって大人しくしていた。いや、戦争屋のシェラハットだけはハッチャけていたが、あとは概ね世界に影響を与えないように隠れ潜んでいたのだ。
そんな彼らを苦労して見つけ出して説得し、この大会に引きずり出したグロルは賞賛されてもいいはずである(グレンちゃんだけはお友達の意向で裏方のみに回されたが)。
「…………あなた、違う……わた、しは……〝魔帝〟の……お兄さんに……協力した、だけ……」
「メーティア女史と同じこと言う!?」
「私は未来が見えたからです。〝魔帝〟殿がなにを計画しているのかもわかっていますから、心配せずともその未来へ向かえるよう協力いたしますよ」
「相変わらず話がわかりすぎて魔王らしくないな! ヒャホホ!」
「オレは――」
「君は暴れたいだけだろう?」
「勝手に推察してんじゃねえよクソ呪い野郎が! オレは軍人だ! 〝魔帝〟の命令には従う! まあ、暴れたいのもあったがな!」
「J(&%F~**+7=!」
「〈言意〉は利いているはずだが、君だけはさっぱりだ! 私よく説得できたな!」
他人のことは全く言えないが、クセの強い君主たちに冷や汗を掻くグロル。彼らの性格だけではない。彼らが同じ場所に存在するだけでも凄まじい魔力溜まりになっているのだ。これが普通の世界だったら地脈龍脈が狂って地震・雷・火災・台風――自然災害のフルコース待ったなし。最後は世界ごと消滅するだろう。
「ところで、なぜ君たちは私に黙ってここに集まっていたのかな?」
君主たちが集まっているのをグロルが発見したのは偶然だった。なにやらこちらの方で並々ならぬ魔力と呪詛を感じ取り、フラリと足を向けたら彼らが談笑していたのである。
その辺の疑問を訊ねると、グレンちゃんから訥々と語り始めた。
「……最初は……わたし、が……時を……〝停滞〟させて……日向ぼっこ……して、た……」
「ヒャホホ! それ日向ぼっこの意味ある?」
「……観客、席……行ったら……シラハちゃん…………いなかった、から……自棄……」
「それでたまたま通りかかった私が時間停止している空間を発見しまして、興味本意に〝未来〟の権能で打ち消して捻じ入ってみたのです」
「……迷惑……」
「そんでオレと『退廃』がほとんど同時に見つけて、懐かしい顔触れに挨拶しに行ったんだ」
「=~++J{E#$、♨㍍㌫~~!」
「あとは全員でクソ呪い野郎、テメーの悪口大会をだな」
「呪詛の正体はそれだったか! ヒャホホ! いやいや、陰口はやめてくれたまえ!」
これほどの魔王たちが一斉に悪口を言えば、それはもう一種の呪いへと昇華されるに決まっている。実に素晴らしい濃厚な呪詛だと思ってやってきたのに、まさか自分に向けられたものだったとは思わなかったグロルである。いや、だからこそ引き寄せられてしまったのだろう。
「……じゃあ、直接、言う……」
「そうですね。不満は本人に伝わってこそ意味がありましょう」
「まず声がキメェ。喋り方がキメェ。笑い方が本当にクソキメェ」
「M&@♨÷+KL/~C!!」
「よーし! そろそろCブロック予選が始まるぞ! 『退廃』の君は選手だったはずだ! 位置についてくれたまえ!」
耳を塞いで叫ぶ。それ以上は聞いちゃいけなかった。
道化の燕尾服を翻し、逃げるように実況者席へと転移するグロルだった。




