休憩時間の露店通りで
三題噺お題『足つぼマッサージ・トリートメント・焼き芋』
Bブロック予選終了後、長時間の休憩が挟まれることになった。
時間の感覚など各人各世界でバラバラではあるが、零児としては昼休憩のつもりだ。つまり飯の時間。〝魔帝〟になっても腹は減るものなのだ。
闘技場の周囲は日本の縁日を思い出すお祭り騒ぎだった。零児は露店で売っていたどっかの世界の焼き芋と串肉を食べながら歩く。どんな無惨で酷い殺され方しても生き返るとはいえ、あんなスプラッタ見せられた後でよく飯が食えるな、と内心で苦笑せざるを得ない。
それは観客たちも同じだ。一般人じゃなくてもトラウマレベルの戦闘を見せられているにも関わらず、まるでスクリーンの向こうの映像を鑑賞しているかのように平然としている。彼らがこんな大会をわざわざ見に来る狂人……だけでは説明がつかない。
「……ンルーリを運営側に引き込んだのは正解だったな」
ぶっちゃけ、強固な結界を作るだけならグリメルとグレンちゃんだけで事足りた。彼女の〝曖昧〟の概念が働いているからこそ、非現実感が増幅されて皆が心の平穏を保てているのだ。そこに万が一の不具合対策としてグロルの〝呪い〟も重ねがけしているため、本当にこれ以上ない万全の結界と言えるだろう。
〝えっへん、零児が褒めてくれた。もっと褒めてもいいよ〟
噂をすれば燭影あり。振り向くと黒い靄のような立体化した影がゆらゆらと〝曖昧〟に少女の形を作っていた。『仄暗き燭影の魔王』ンルーリである。
くゆくゆふわふわと〝曖昧〟に擦り寄ってくる影の少女に、零児はふっと柔らかい笑みを浮かべて頭と思われる部分を撫でてやる。
「ああ、お前はすごいよ。流石は力だけなら『王』クラス。性格がアレなのと所属しているのかしていないのかよくわからなくて旧連合の序列最下位にいただけはある」
〝ねえ、それ褒めてる?〟
「褒めてる褒めてる。焼き芋食べるか?」
〝食べるような? 食べないような?〟
いちいち〝曖昧〟な奴だが、差し出した焼き芋はしっかりと影の手で受け取って……ないかもしれないけど、とにかく消えた。
「元代行よ、やつがれも褒めてくれてよいのだぞ」
「はいはい、お前も――って!?」
声をかけられるまま隣を見てぎょっとする。そこには黒い羊の頭に、露出度の高い蠱惑的な女体を持つ悪魔のごとき変態が立っていた。
「お前は変態羊!? なぜここに!?」
『誑惑の魔王』エティス。
かつて零児が異世界邸という伏魔殿で何度か管理人代行を請け負った時に出会った最低最悪の魔王だ。強さが異次元だからではない。その『強さ』を変態的行動に全振りすることが問題だったのだ。当事の零児も異世界邸の慣習に倣って他の馬鹿共を捧げて鎮めることしかできなかった。
「異なことを問う。やつがれはでぃーぶろっくの選手なれば。この場にいても不思議はあるまい? しかし、敢えてこの場にいる理由を語るとすれば、古き友とでーと中である」
そう言ってエティスは隣の影少女と手を繋いだ。恋人繋ぎで。
「〝冒涜〟と〝曖昧〟がお手々繋ぐな!? 悪夢でしかないわ!?」
だが、この二人の気が合ってしまうのもわかる。どちらも自分が好きで楽しいことに対して、他者や社会や世界の迷惑など一切鑑みることなく全力だからだ。
〝もう云百年? 云千年? 云万年? わかんないけど、いっぱい会ってなかったから死んだと思ってた。さっき会って、ピンピンしてたからビックリして草生えた〟
「笑ってんじゃねえか」
「やつがれのとれんどが不定形娘だった時はお世話になったものよ」
〝本当は性別なんて曖昧だったのに、これせいで女の子で固定されたの〟
「概念を捻じ曲げんな!? 本当に仲よかったのか!?」
〝一つ確立したものがわたしに生まれた。嬉しかった〟
「ならいいけども……」
ンルーリが喜んでいるなら問題はないのか、あるのか。こういうところも〝曖昧〟になってしまう。考えないようにすることが正解だろう。
エティスが繋いだ手を離して腕を組む。でかい胸が押し上げられるが、こいつには関してはなんの情も湧かない零児だった。そもそも『彼女』と表現することすらごめんである。
「目を瞑れば思い出す。あれはまだ我が君と出会う前。やつがれら二人で、一つの世界の常識を〝女性は下着姿で過ごすことが当たり前〟と改変した時は実に目の保養であった」
〝冬は寒さが厳しい世界だったから一年持たずに滅びかけてて大草原〟
「『昔はやんちゃだった』みたいなノリでしれっと酷ぇこと話してんじゃねえよ!? だからお前ら魔王なんだ!?」
ここが〈魔帝城〉でよかった。この二人が悪巧みしたとしても、まだ零児の支配領域でのことなら対応できるかもしれない。他の一般世界だったらただ武力で滅ぼされた方が百億倍もマシな結果になってしまう。
とはいえ、今のンルーリは零児に協力的だ。零児が彼女を楽しませている限りはエティスに流れるようなことはないはず。確定できないところが、彼女の恐ろしいところであるが。
「して、元代行よ。実はうぬに頼みたいことがある」
「あ? なんだ改まって? お前からの頼み事とか怖すぎるんだが?」
エティスが見たこともない真面目な雰囲気を纏う。ギャグの概念と言われても納得できそうな魔王がシリアスになるとは、鳥肌が立ちそうだ。
「なに、そう身構えることはない。ここはうぬの城であろう? やつがれは『ある物』を探しておってな。うぬの力で見つけてもらいたいのだ」
「俺にそんな千里眼的な能力はねえよ。だがまあ、この城の中は熟知しているからな。お前の探し物がここにあるってんなら場所くらいは教えられると思うが……〝宝物殿〟の中身は盗んなよ?」
「金銀財宝になど興味はない。やつがれが求めている物は、『足つぼまっさーじの機械』と『とりーとめんと』」
「ちょっと身構えてたけど普通の商品だな。それなら城下の商店に行けば――」
唐突に空間が揺らぎ、そこから亀甲縛りにされ猿ぐつわを噛まされた全裸の金髪少女が落ちてきた。
「そしてこの、なぜか全裸でやつがれに近づいてきた娘っ子のぱんつは何処や?」
「アンナァアアアアアアアアアアアッ!?」
「んーっ!? んんーーーーッ!?」
〝あははははははははははははははは〟
零児は咄嗟に縛っていた紐を断ち切り、全身甲冑を彼女に着せるようにして生成する。危うく公衆の面前で大変な姿を晒させるところだった。
「なにをする元代行!?」
「こっちのセリフだ変態羊!? やっぱり俺が助けることになってんじゃねえか!? てか足つぼマッサージ機とトリートメントはなんに使うつもりだった!? いややっぱ言うな聞きたくない! SAN値が下がる!」
〝零児のツッコミはいつ見ても面白いから好き〟
「お前も変なとこで好感度上げてんじゃねえよ!?」
がくりと肩を落とすエティスに、爆笑するンルーリ。全身甲冑に包まれたまま大の字に倒れてシクシク泣いているアンナ。胃の辺りがキリキリしてきたが、胃薬は置いてきてしまった。もう少し堪えてほしい。
「ふむ、少々惜しいが仕方あるまい。今のやつがれのとれんどではない故、此度は見逃してやろう」
エティスがンルーリの手を引いて立ち去っていく。と、奴は歩きながら黒い羊頭だけ零児に振り返りーー
「嗚呼、早く予選が始まらぬものか」
実に楽しそうに、そう呟いた。
「……」
このまま予選を順当に開始していいものか、真剣に悩む零児だった。




