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シャッフルワールド!! 番外編集  作者: 夙多史
【時系列】未来
13/18

Aブロック予選で

三題噺お題「軍勢・粉塵爆発・はみはみ草」

やまやまさん及び吾桜紫苑さんの作品からキャラをお借りしています。

(世界観を一部共有しています)

 円形闘技場の舞台にAブロックの選手たちが出揃った。

 人数にして百十二名。強大な魔王たちはもちろん、魔王ではないが腕に覚えのある猛者たち、『人の数』としてカウントしていいのか悩むモンスターまで多く見受けられる。

 仮にこれだけの戦力を投入すれば、どんな世界でも楽々と滅ぼすことが可能だろう。もっとも、彼らが一個の『軍勢』として機能するかは別の話である。

 ジジジ、とマイクのノイズ。


『レディースエェーンジェントルメェーン!!』


 会場内によく通る景気のいい声が響き渡る。


『ヒャホホホホ! 選手も揃ったところでさっそくAブロック予選バトルロイヤルを開始したい! 司会進行及び実況はこの私――「呪怨の魔王」グロル・ハーメルンが務めよう!』


 Boooooooooooooooooooooooo!!


 選手からも観客からも大ブーイングが巻き起こる。余程嫌われているらしい『呪怨の魔王』だが、道化の彼にはそのブーイングすらも心地よく感じていることだろう。


『解説は彼のディメンショナル通信社CEO――「智嚢の魔王」メーティア・レメゲトン女史をお呼びした!』

『アンタに呼ばれたんじゃないよ。アタシは〝魔帝〟に頼まれたから引き受けてやってるんだよ』


 メーティアに対しては歓声とブーイングが半々だった。彼女の報道によって救われた者もいれば、逆に不利益を被った者もいる。当然とも言える反応だが、こと〝知識〟に置いて彼女以上の解説役はいないと誰もがわかっているだろう。


 ――雑貨屋WING〈魔帝城〉出張店。

「豪華キャストってもんじゃねえな。実況解説だけで幾千幾万の上位世界が震え上がるぞ」

「梓はともかく、紫ちゃんも参加してるんですよね? 大丈夫でしょうか?」

「心配しなくても大丈夫だよ、ユッくん。私から見てもここに施されてある術式(システム)は凄まじいから……。たとえ体を細切れにされて地獄の業火で炙ってから酸の海に沈めたとしても、復活する」

「怖いこと平気で言う!?」

「……ところで羽黒さんともみじさんが参加を見送るとは意外ですね。飛び入り枠もあるとのことでしたが?」

「興味はありましたが、私と羽黒が二人とも抜けてしまったら流石に店の手が回りませんしね」

「馬鹿弟子が出るってなら話は別だが」

「……ところで、この売り物の串焼きって……」

「蛇肉」

「まだ余ってたのか……」


 ――ラ・フェルデ王国来賓席。

「ふむ、奴らが運営側とは実に惜しい。だが、参加者も決して見劣りせぬ面々。やはり私も出場したいものだ。聞けば飛び入り参加の枠もあるそうではないか」

「いけませんよ、陛下。もし陛下になにかあっては我々が困ります」

「アレインよりも過保護がすぎるぞ、セレス。私の実力が彼らに劣っていると?」

「そうではありませんが、とにかくダメなものはダメです!」

「それより殿下はいつの間に参加登録してたのよ!? 殿下が出るくらいなら陛下を止めなければよかったわ!?」


 ――観客席。標準世界・紅晴市一行。

「本当に! なんでこんなものに参加してんだ梓は……!」

「竜胆も参加すりゃ良かったろ」

「……足手纏いにしかなんねぇよ」

「そんなことないよ竜胆くん! 是非! 魔力任せの魔王たちに混じってその筋肉を見せてほしい!! 梓ちゃんとセットだとなお良しだよ♡」

「久々の竜胆だからって興奮すんな変態!? というかなんで俺まで来てんの帰りたい!!」

「実際、何で来てんだてめえら。せめて今からでも席を可能な限り遠くに変えろ目障りだ」

「帰りたい!?」

「疾くんの久々の毒舌も素敵! 参加してくれたらもっと素敵ー!」

「口閉じろ変態」

「つか、出ねえ方が意外だよな」

「手札晒すより見る方が価値あるぞ。あと、羊が出るなら絶対に出ねえ」

「疾が絶対に出ないとか何それ怖い、帰りたい」

「私は出たかったなあ。ノワも出ていいって言ってくれたのにー」

「ドクターストップかかってんだろうが。観戦も妥協案だっつうの、大人しくしてろ」

「はぁい」

「……え?」


『ヒャホホ、これ以上ごちゃごちゃ喋ると私が殺されそうだ! 繰り返すような対戦ルールはない! さっそく始めよう!』


 選手たちが舞台上で身構える。


『Aブロック予選――スタート!』


        ※※※


 開戦のゴングが響き渡った刹那、舞台の中心から灼熱の溶岩が高く高く噴き上がった。


「ダーリン見てるかー! さくっと予選突破して会いに行くから首洗って待ってやがれー!」


 噴き上がる溶岩の上。そこに燃える髪をツーサイドアップにした褐色の少女が、巨大な紅い戦鎚を握って仁王立ちしていた。


『いきなりド派手な演出をしてくれた彼女は――「煉獄の魔王」フェイラ・イノケンティリス! ヒャホホ! 旧魔王連合では序列十九位、我ら新魔王連合では序列六位に名を連ねる〝火山〟の化身は一体どのような戦いを見せてくれるか期待だ!」

『あの子の正体は竜だよ。今は小娘の姿をしているけど、第二・第三形態になれば〝噴炎竜〟と呼ばれる所以を知ることになるだろうね』

「うるせえよ『呪怨』テメェ! あとウチのネタバラシすんじゃねえ!?」

 

 天高く噴き上がっている溶岩に乗ったフェイラに、三つの影が三方から襲いかかる。


「我が名は『辛酸の魔王』ビタルネス! 『煉獄の魔王』よ、覚悟してもらうぞ!!」

「『土葬の魔王』バーリオルなり。まずは徒党を組んで厄介な者から潰すことこそセオリーなりや!」

「『青の嘆きの魔王』シャグラン。あぁ、あぁ、嘆かわしい。流石のあなたもSSSランク魔王三人も相手になどできまい」


 強大な魔王たちが三方向から魔力砲を放つ。が――


「しゃらくせえ!」


 フェイラは戦鎚を横薙ぎに一振りしただけで魔力砲を弾き飛ばし、消えた。そして次の瞬間には襲ってきた三人の魔王たちが吹き飛び、結界に激突してぐしゃりと文字通りミンチと化した。

 肉片が結界の中で曖昧になって消えていく。それでも子供や心臓の弱い者には見せられない光景だった。とはいえ、そんな一般人はこんなところにいないのだが。


『おーっと! さっそく脱落者が出た! 彼らも各世界で名を馳せし魔王だった! それをワンパンで片付ける「煉獄の魔王」強し! ヒャホホ、今彼女はなにをしたのか? 解説のメーティア女史?』

『ただ殴っただけだよ。見えなかったフリしてんじゃないよ。アンタも「ワンパン」って言ったじゃないか』


        ※※※


 場所は変わり――地上。舞台の西側では、床を這う大量の白蟻によって周囲の選手たちが呑み込まれていた。


「ぎゃああああ痛ぇええええッ!?」

「やめ……もうやめてくれぇえええ!?」

「こ、降参するから食べないで!?」


 足元から群がってきた白蟻の群れに生きたまま削り喰われていく選手たちの悲鳴が轟く。白蟻の群れの中心にいる人物は、美しいホワイトブロンドを靡かせる白いドレスを纏った絶世の美女だった。


「フン、こんなところでわたくしをナンパしようだなんて馬鹿な参加者もいたものですわ」


 触覚のようなアホ毛をピコピコ動かし、赤く不気味な双眸で彼女は次の獲物を探している。白蟻を飛んで回避する者が襲いかかってくるが、彼女は素手でいなした上で白い魔力砲を放って粉微塵に消し飛ばしている。


『「白蟻の魔王」フォルミーカ・ブラン! 何十年経とうと変わらぬその美貌に反してやっていることは実にえぐい! ヒャホホ! だがそこがいい!』

『こと眷属を使わせたら数で圧倒されちまうね。彼女本人の強さも別格だよ。その辺の木っ端魔王ごときじゃ手も足も出ないよ』


 そんな魔王が操る白蟻たちだったが、急に侵攻を止めて下がり始めた。彼らの進行方向に突然謎の植物が群生したのだ。

 ただの植物であれば、白蟻たちは食い千切って更地に変えていただろう。

 しかし、それは赤い花弁をしたハエトリソウのような植物だった。口のように見える花弁から垂れる液体に触れた白蟻は、動きを止めてそのまま消化されるように溶けてしまう。

 緑のポンチョを纏った青年がフォルミーカの前に立ちはだかった。


「あなたの仕業ですの?」

「ええ、僕は『異界狂植物学者(マッドボタニスト)』のラスチェと申します。これはとある世界に生息している『はみはみ草』と呼ばれる種でして、その粘液は人体には痒くなる程度の影響しかありませんが、魔法薬の材料として使われています。たとえば……害虫駆除剤とか」


 ピン、ピン、とラスチェが小さななにかを親指で弾いた。フォルミーカにまっすぐ飛んでいくそれは、空中で発芽し、はみはみ草の姿へと急成長する。


「植物の成長を操る能力ですの!?」


 フォルミーカは二本のはみはみ草に両肩を噛まれる。それ自体にダメージはない。だが、はみはみ草から溢れる粘液により異常な痒みと痛みが全身に迸った。


「魔王と言えど、害虫であることには変わりま――」


「いい機会だ! 今日こそ決着つけてやんよポンコツ!!」

「受けて立とう! 俺の方が上だとハッキリさせてやるこのトカゲ野郎!!」


 ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!


 火炎を吐く竜人とミサイルをぶっ放すアンドロイドが通り過ぎ、白蟻とはみはみ草を跡形もなく消し飛ばして去っていった。


「……あの方たち、こんなところまで来てなにをしていますの?」

「これはバトルロイヤルです。こういうこともあるでしょう。さあ、仕切り直しますよ」


 事故は事故として流し、改めてフォルミーカとラスチェが相対する。


『ヒャホッ! これはこれは意外な展開だ! 全くノーマークだった狂植物学者が白蟻姫を追い詰める! と思ったら通りすがりの別の戦いにより邪魔されてリセットだ!』

『相性というものは時にミラクルを起こすんだよ。だから〝知識〟の探究はやめられないんだよ。ノーマークと言えば、()()()もなかなかだね』


        ※※※


 舞台の場所が移る。

 フードを深く被り、仮面をつけた黒ローブの人間が魔力の放出と格闘術だけで複数の猛者たちを薙ぎ倒していたのだ。


『ヒャホウ、これはまたとんでもない魔力量の人間が参加していたものだ! 彼の存在だけで結界が揺れている! 名前は……ふむ、ナナシノクロ? ヒャホホ! なんとも怪しい! 一体何者なんだ!』


「……白々しい」

 

 ナナシノクロ――かつて『漆黒の支配者(スブラン・ノワール)』と呼ばれていた彼は、気づいていて敢えて惚ける道化に内心で舌打ちした。

 今大会における彼の立ち位置はなにかと言えば、魔石を提供するスポンサーのようなものだった。〝魔帝〟の目的にそれ以上関わるつもりなどなかったのだ。

 しかし、彼には魔力増加症という魔力が増え続ける持病があった。それ故に魔力を発散・消費しなければならず、世界に影響を与えないよう自分の空間に引き籠って魔石を延々に粛々と生成する生活を行っていたわけである。

 本来であれば今もそうしているはずだったのだが、この大会の話をうっかりマスターである『狭間の管理者』に漏らしてしまったことで状況が変わった。


 怒られた。

 超怒られたのだ。


 これほど魔力発散に適した催しがあるのに参加しないのはどういう了見か、と。優勝はしなくていいから暴れて来いとケツを蹴られ、彼は渋々こうして現在Aブロックの選手として戦っている。

 一度協力を断った手前、彼のことを知る人物には極力正体を明かしたくない。もしバレてしまえば腹を抱えて笑われるだろう。特にあのヤクザ顔には。

 故に彼は顔を隠し、正体がバレかねない魔法と剣術を封印して戦うことにした。魔王がバンバン魔力砲を乱射しているように、魔力をそのまま放って戦えば目的も達成できるため問題はなかった。

 幸い、というか当然ではあったが、この場には選手観客問わずあらゆる世界から大物が集まっている。魔力が世界三つ分はあろうという彼が歩いていてもそこまで気にされることもない。

 戦って目立ってしまえば勘のいい知り合いには気づかれてしまうリスクはあったが――


「これは確かに、いい発散になる」


 魔石一ヶ月分の魔力を一回の攻撃に乗せても全く被害が出ないのだ。くらった者はひとたまりもないが、あとで復活するというのだから遠慮なくぶっ放せる。


「ん?」


 と、急に彼が見ている景色が変わった。

 簡素なバトルステージだった闘技場から、月面と思われる凸凹した地面が広がる空間へと。

 他の選手たちも何人か散見される。彼らは戦闘を中断し、キョロキョロと不思議そうに周囲を見回していた。


「これも闘技場の機能か? いや……」


 彼は直感で悟った。

 闘技場のシステムなら実況がなにか言うはずだ。ノーコメントどころか、そもそもこの空間に存在していない。


 悲鳴が上がった。

 見ると、月面の地面から映画に登場するエイリアンのような怪物が這い出てきて選手たちを襲い始めていた。

 怪物に食われて体が真っ二つになる選手。怪物を倒しても再生され巨大な爪で貫かれる選手。ナナシノクロの彼でも少しは苦戦しそうな選手ですら、無数の怪物に囲まれて無残な死を遂げた。


「……」


 怪物の一体が牙を剥いた触手をうねらせて彼に襲いかかってきた。闇属性の魔力でひしゃげさせるも――


「手応えがない?」


 似たような状況に覚えがある。古くはとあるアンデッドに支配されていた島で異空間に足止めをされた時。これはあの時とは違うが、あの時よりも格段に強力な術であることには違いない。


「空間幻術か」

「ご名答じゃ」


 岩山の上。

 月面なのにほんの僅かに欠けた月をバックにして、銀色の垂れた兎耳を持つ女が優雅に腰を下ろしていた。

 

「妾は『十六夜の魔王』ランニィ・ヴェーチェル。ようこそ、妾の幻想空間へ。ここでは妾が全て(ルール)じゃ」


        ※※※


 舞台のあちらこちらで爆発が連続する。さらに巻き上がった砂埃が粉塵爆発まで誘発し、Aブロック予選は苛烈を極めていった。


「オラオラオラオラァ!! ちょこまか避けてんじゃねえぞポンコツ!! さっさと焼け死んじまえ!」

「それはこちらの台詞だトカゲ野郎!! 今日に備えて兵器は潤沢に用意している!! いつまでも逃げられると思うな!!」


 舞台上空。

 竜翼を広げた赤い竜人とジェット噴射で空を駆ける戦闘用アンドロイドが激突していた。竜人が灼熱のブレスを吐く度に地上が火の海と化し、アンドロイドがミサイルを放つ度にその爆発に巻き込まれた選手たちが吹っ飛んでいく。

 試合の形式上、他人の戦闘の余波をくらうことは当然。

 だが、それでも、彼らの戦いは他の選手にとって迷惑この上なかった。いつしか大部分の選手が空を見上げ、彼らから先に潰すべしと首肯を交わし始める。

 と、その時だった。


「オヤツノ時間ダ――〈憤魔の死弾(サタニック・ブレッド)〉」


 地上から放たれた超高密度の鉄色をした魔力エネルギーが天を衝いた。


「あん?」

「なに?」


 巨大な光の柱となったそれに、直撃こそしなかったが竜人とアンドロイドは分断されてしまう。


『おーっと! 上空で傍迷惑なバトルを繰り広げていた「覇炎の竜神」ドラクル・リンドヴルムと「殲滅機巧装兵(ディストラクション)」TX-001が巨大な光線に割り込まれた! ヒャホホ! 不意打ちご注意!』

『撃ったのは「鐵の魔王」MG-666だよ。奴の魔王武具は自らの溜めに溜めた憤りをエネルギーに変えてぶっ放すのさ。サイボーグのくせにね。その威力は魔力砲の比じゃないよ』


 流石に戦闘を一時中断した竜人とアンドロイド――ドラクルとTX-001が怪訝な顔をして地上を見下ろす。


「チッ、なんだありゃ? あいつもポンコツか?」

「奴はまさか……」


 するとそこに、地上から何人もの選手たちが二人へ飛びかかってきた。舌打ちして彼らを捌く二人だったが、やがて背中合わせになるまで追い詰められてしまった。

 それでも彼らから余裕の笑みは消えない。


「よう、兄弟。俺様気づいちまったんだが、予選なんかで俺たちの決着をつけていいと思うか?」

「奇遇だな、相棒。俺も同じことを考えていた。どうせなら決勝の方が華もあろう」

「そうと決まりゃあ、ここは一丁手を組んで――」

「――我ら異世界邸最強コンビで予選突破しようぞ!」


 ちゅどん! ちゅどん! ちゅどぉおおおおおおおおおん!!

 先程よりも生き生きとした火炎と兵器の乱撃に、二人に襲いかかった選手たちが絶叫を上げて次々と撃墜されていく。


『ヒャホホ! どうしたことか! さっきまで仲が悪そうに喧嘩していた二人が、今や素晴らしいコンビネーションを見せて選手たちを千切っては投げ千切っては投げ!』

『あの二人は元々知り合いだったんだよ。というか、同じ屋根の下で暮らし幾度も脅威を退いてきた戦友だよ。組ませてしまったのは悪手だね』


 鉄色のレーザー光線がドラクルの翼を、TX-001の装甲の一部を貫いた。


「オ前ラ、ウルサイ。喰ウゾコラ」


 翼型のジェットで飛び上がるMG-666。その手には禍々しい二丁の拳銃を握っている。だが彼が拳銃を構えることはなかった。パカリと口を開くと、舌の代わりに出てきた砲口から鉄色の魔力砲がぶっ放される。

 ドラクルとTX-001は反射的に左右に散ってかわした。


「くそっ、あのポンコツ野郎は厄介だな」

「奴は俺が相手しよう。多少だが、因縁がある」


 TX-001とMG-666。名前の付け方からして同じ世界、もしくは近い世界の出身だと推測される。当然知っているだろう『智嚢の魔王』は特になにも言わない。この大会においては余計な情報ということだ。

 ジェット噴射でMG-666に突撃するTX-001。そんな相棒の覚悟を決めた顔を見てドラクルは静かに笑った。


「となると俺様の相手は――」


 真横からの殺気。

 咄嗟にドラクルは硬い竜鱗で覆われた腕でガードをした。ガキィイイン! と耳障りな金属音が鳴り響く。

 そこには竜翼に竜角に尻尾を生やしたグラマラスな銀髪の女が紅い戦鎚を振り下ろしていた。こんな選手にドラクルは見覚えがない。だが、この紅い戦鎚は記憶にある。


「へえ、第二形態のウチの一撃を受け止めるたぁ、ちったあ骨のある奴がいるじゃねえか」


『煉獄の魔王』フェイラ・イノケンティリス。その第二形態。

 燃髪赤眼のちんちくりんだった頃とはなにもかもが違っている。せいぜい髪型が同じ程度であり、解説が『竜』と言っていただけあってその威圧感は凄まじい。


「……」


 そんな彼女を見詰めて呆然とするドラクル。


「おいおい、どうした? まさか怖じ気づいたわけじゃねえだろ?」


 ――トゥンク。

 元々赤い鱗だったドラクルの頬が、余計に赤く染まった。


「やべえ、どうしよう。めっちゃタイプなんだが……お、俺と口臭スプレーについて語らないか?」

「あ?」


『ヒャホホホハハハハげふっげふっ! 失礼。なんということだ! 「覇炎の竜神」ドラクル・リンドヴルムが戦場でトキメイた! 「煉獄の魔王」フェイラ・イノケンティリスの返事はいかに!』

『無言でぶっ飛ばされてるよ。流石に今のが口説き文句だとするならアタシでもドン引きだよ』


        ※※※


 上空で場違いな恋模様が展開されている時、地上ではそれどころではない悲鳴が轟いていた。


「ギャアアアアアアッ!? なんだこいつ!?」

「な、なにをしている貴様!? ひぐわぁああああああッ!?」

「くそうくそう放せチクショー!? 俺は『凶弾の魔王』だぞ!?」


 複数の参加者が深緋(こきあけ)色の地雷魔法陣に引っかかり、魔力の鎖で身動きを封じられていたのだ。彼らの足下から術式が体に流れ込んでくる感覚が、体を作り変えられるような痛みとなって絶叫を上げている。

 仕掛けられた地雷魔法陣群の中心には、軍服を纏った赤黒い髪の女が胡坐を搔いていた。


「ジシシ、いいぜ。放してやる。準備は整ったからよ」


 床に刺していた軍刀を引き抜きながら立ち上がった軍服女は、パチンと指を鳴らして地雷魔法陣を消し去った。

 崩れ落ちる選手たちだが、彼女はそのまま倒れさせてはくれない。

 ニィ、と凶悪な笑みが浮かぶ。


「いいか、テメーらは魔王爆弾だ! これは上官命令である! 〝特攻してこい〟!」


 軍刀を突き翳して口にされた『指示』に、捕まっていた魔王たちがゆらりと立ち上がって踵を返す。己の意思とは無関係に、彼らは他の選手たちに向かって突撃を開始した。


「い、嫌だ助けてくれ!?」

「なんで俺はあんな奴に喧嘩売ろうとしたんだくそう!?」

「やめっ……」


 ちゅどがぁあああああああああああああああああん!!!!


 核爆発が可愛く見えるほどの大大大爆発が発生した。闘技場全体が巻き込まれ、何人もの選手たちがなにが起こったのかもわからず塵と化していく。

 最強の結界がミシミシと軋みを上げるほどだった。


「ジシシシ! 今ので何人死んだかな? さあ、オレたちの〝戦争〟を始めようぜ!!」


 軍服女――『戦禍の魔王』シュラハット・アナトは爆風をそよ風のように浴びながら愉快そうに嗤っていた。


『ヒャホ! 急に選手たちが爆発した! これは間違いない。ついに〝彼女〟が動き出したのだ!』

『「戦禍の魔王」お得意の人間爆弾、もとい魔王爆弾だね。その爆発の威力は術式を施された人物の魔力量に、「戦禍の魔王」自身が込めた魔力の()()によって決まるのさ。ここにいるのはどんなに弱くても脅威度SSランク以上の猛者たち。観客席からだと大したことなさそうに見えるけど、この会場の外で爆発したら世界の一つや二つが消し飛んでるレベルだよ』


 とはいえ、それでも堪えられる猛者たちも少なくはない。こんな彼女にとっては()()()でしかない技でくたばるような者は、ここから先の戦いには結局ついて来れなかっただろう。


「おい解説! それじゃオレがまるでチンケな爆弾魔みてぇに聞こえるだろうが! オレの力の真骨頂はここから見せてやるよ!」


 深緋色の巨大な魔法陣がシュラハットの足下に展開される。そこから――ズズズッと。何台もの戦車や戦闘機やミサイル発射台が競り上がってくる。

 旧文明のものから未来世界の最新型まで。その全てが彼女の魔力でとてつもないアップデートを施されている。

 見た目はチグハグだが、間違いなく一つの『軍隊』がそこに出現した。


()ぇーッ!!」


 先頭の戦車の上に立ったシュラハットが軍刀を掲げてと叫ぶ。その瞬間、全ての砲台から一斉に深緋色の魔力を纏った砲弾が雨霰と降り注いだ。


「ヒーハーッ! 兵器撃ちまくって蹂躙するのキモチィイイイイイイイイイ!!」


        ※※※


「アレは流石にまずいですね。いつまでも害虫駆除に手間取っている場合ではありません」


 核すら防げる植物シェルターで身を守っていた『異界狂植物学者(マッドボタニスト)』のラスチェは、暴れ始めた『戦禍の魔王』のせいで確実に削られていく防壁に焦りを感じていた。

 あの火力に真正面から対抗するすべはない。

 だが、あの手の戦闘狂であれば様々な世界の植物を駆使する搦め手でどうにかできる可能性はある。

 ラスチェは〝魔帝〟の首には興味などない。その代わり、彼の者の『繋がり』を利用したいと考えている。まだ見ぬ世界のまだ見ぬ植物。それらを採集・研究するために〝魔帝〟の力を借りたいのだ。

 そんなことのために天下一魔王武闘会などという危険な大会に出場したのか?

 そんなことのために出場できるからこそ、『(マッド)』なのである。


「喰い破れ――〈喰魔の白帝剣(ブランシュテイン)〉」


 凛とした声が響いた瞬間、目の前に群生していたはみはみ草が一気に刈り取られてしまった。


「馬鹿なっ!? 僕の害虫対策用植物バリケードが!?」


 前方を睨む。粘液塗れになった白い美女が、白い西洋剣を握って歩み寄ってきていた。先程の一撃はあの剣によるもののようだ。


「不味いもの食べさせていただいたお礼ですわ」


 切っ先を突きつけられる。ラスチェは慌てて種を用意した。


「くっ、はみはみ草!」

「そんな雑草ごときで本当に倒せると思われているなんて、屈辱ですわよ!」


 バクン! と。

 擬音が聞こえるほど一瞬で、種を握っていたラスチェの右手が肩口から消失した。


「ぐ、ぐはぁあああああああッ!?」


 血が噴き出す右肩を押さえて悶絶するラスチェ。するとそこに、天空から深緋色の光線が降り注ぎ彼を一瞬で消し炭に変えてしまった。

 バッと反射的にフォルミーカは空を仰ぐ。


「まさか、衛星砲(サテライトレーザー)? ……『戦禍』のじゃじゃ馬は今も昔もとことん馬鹿げていますわね」


        ※※※


 砲撃が止む。

 土煙が風に流され、戦いを止めざるを得なかった舞台上が姿を現していく。


「ジシシ、だいぶ見通しがよくなったんじゃねえか?」


 立っている人影はほとんどいない。だが、『ほとんど』ということは少しはあの弾幕を潜り抜けた者がいるわけであり――


『「戦禍の魔王」が大暴れしたことにより、参加者の人数が一気に減った! 残るはアン、ドゥ、トロワ……たったの六名!』

『違うよ。よく視るんだよ。戦場から隔離されていた選手たちが残ってるよ』


 空間が揺らぐ。戦いの途中で忽然と消えていた者たちが現れる。ほとんどが肉片と化していたが、その中でも立っていたのは――二人。


『おっと、私としたことが失念していた! ヒャホホ、今の一斉砲火で幻想空間を解除されたようだ! 訂正して……残り八名!』


 ガコン! となにかが組み変わる音が鳴り、どこからともなくスポットライトが照射。生き残った選手たちを実況の紹介に合わせて一人ずつ照らしていく。


『悪い意味で人間味溢れる殺戮マシン! 食ったものをエネルギーに変えるサイボーグの末路! 「鐵の魔王」MG-666!』

「ハラ減ッテキタ……」


『多彩な兵器で敵を撃滅する! 無慈悲なるアンドロイド! 「殲滅機巧装兵(ディストラクション)」TX-001!』

「飛んでいなければ危なかったな」


『白き美貌は戦場にあっても美しい! 全てを喰らいつくす呪われた姫の末路! 「白蟻の魔王」フォルミーカ・ブラン!』

「彼の植物のおかげで余計な魔力を使わず助かったのは皮肉ですわね」


『文字通りの歩く自然災害! 範囲火力では「戦禍の魔王」すら凌ぎかねない噴炎の竜姫! 『煉獄の魔王』フェイラ・イノケンティリス!』

「ダハハハ! 面白ぇ! 『戦禍』とはいつか決着つけてぇと思ってたとこだ!」


『そして、そんなフェイラ嬢に一目惚れ! フラれてもめげずに猛烈アタック! 「覇炎の竜神」ドラクル・リンドヴルム!』

「待って俺の紹介だけおかしくない!?」


『巧みな幻術はリアルにすら影響を及ぼす! ウサ耳が自慢の月の化身! 「十六夜の魔王」ランニィ・ヴェーチェル! 既に満身創痍に見えるが大丈夫か?』

「……く、屈辱じゃ。あの人間、妾の世界でなぜ反抗できる?」


『そんな「十六夜の魔王」が作り出した幻想空間から唯一生還した意外な実力者! 秘めたる魔力は底も天井も知らない! ナナシノクロ! こんな人間が存在していいのか! 一体漆黒の何者なんだ!』

「あのクソ実況……これは絶対にバレたな」


『そして、圧倒的火力に圧倒的武力! 魔王だとしても倫理観の欠片もない最凶最悪の狂人(くるいびと)! 「戦禍の魔王」シュラハット・アナト!』

「ジシシ、あの人間で爆弾作ったら面白そうだな」


挿絵(By みてみん)


 ――雑貨屋WING〈魔帝城〉出張店。

「なんだあいつ出んのかよ!(変身)」

「ちょっと休憩入りますね(変身)」

「休憩とは」

「……い、行ってらっしゃいでーす」


 ――ラ・フェルデ王国来賓席。

「なんという……零児はこんな者たちの頂点に立っているのか?」

「これ、仮にうちの世界に攻めて来られたらどう戦えばいいのよ?」

「陛下はどう思いま……あれ!?」

「いつの間にか陛下がいないわ!?」

「おのれ陛下!?」


 ――観客席。標準世界・紅晴市一行。

「ズルい!!!!」

「竜胆、そいつ拘束してろ」

「お、おう……って行くのかよ!」

「わーい疾くん出てくれるんだ♡ 行ってらっしゃーい!!」

「竜胆さん疾を止めて!観戦だけって約束してたの私知ってるもん!!」

「俺の手は2本しかねえよ!? 瑠依!」

「無茶言うな帰る!?」

「私だけ不参加とかやーだー!!」


        ※※※


 盛り上がる歓声。応援していた選手の脱落による悲鳴。不参加を決め込んでいた者たちは凄まじい戦いを見せられ怖気づき、または触発されて闘志を漲らせる。


「……」


 ナナシノクロは仮面をつけたままざっと観客席を見回した。

 確認していた知り合いが移動を始めている。確実に身バレした。奴らの性格からして大会に飛び入りするつもりだろう。非常に面倒臭い。

 だが、今すぐ乱入してくることはない。試合中はバトルフィールドと観客席の間に最上位魔王の四重結界が常に展開されている。なにかしらの不具合でも発生しない限り、いくら奴らが規格外だろうとそこに穴を開けて突入することは容易くないはずだ。

 とはいえ飛び入り自体はルール上可能だ。ただし、運営に申請してフィールドに入れてもらう必要があるため時間がかかる。もう少し余裕はあるだろう。

 調子を確かめるように手をグーパーする。


「……想定以上に魔力を消費できている」


 幻想空間で暴れたおかげだろう。出ようと思えばすぐに出られたが、ナナシノクロは敢えて留まっていた。

 魔王の力は大きく分けて三種類。魔力そのものを武器として操る〝魔力操作〟。魔術や魔法を超越した速度と緻密さで構築される〝術式〟。そして、魔王の存在の元となった生物・現象・概念などに由来する〝異能〟だ。

『十六夜の魔王』の幻想空間はこの〝異能〟により創られていた。〝術式〟であればごり押しで破ることもできたが、〝異能〟となると簡単にはいかない。

 破る方法は二つ。魔王本人を倒すか、外からの強烈な干渉を受けるか。

 それ以外であれば、たとえ彼がいくら膨大な魔力を継ぎ込んで空間を消し飛ばそうとしても無駄である。しかし、その無駄は『魔力の発散』が目的である彼にとってはとても有益なものだった。

 外からの干渉がなければもう少しで目標値へ到達できそうだったのだが――


「『十六夜の魔王』……奴を捕らえて飼殺せば延々と魔石を生成し続けなくても済むのでは?」


 仮面越しにチラリと垂れウサ耳の魔王を一瞥する。


        ※※※


 ウサ毛の弥立つ視線を察知したランニィ・ヴェーチェルはビクゥ! と肩を跳ねさせた。


「あ、あの仮面の人間、なにかよからぬことを考えておるのじゃ?」


 それは思い出しても悪夢でしかなかった。

 幻想空間内での彼女は絶対。思い描いたことをなんでも実現できる。それ故に自分が倒されるようなこともあり得ない……そう思っていた。

 だが奴は、あの仮面の人間・ナナシノクロは――彼女に一撃入れただけでなく、幻想の怪物を大量に作るよう彼女に命じた。


 そこから先はシューティングゲームの世界だった。


 奴は彼女に攻撃することなく、生み出した怪物だけを無駄に無意味に無価値に処理し始めたのだ。幻想空間を破る方法はとっくに悟っているはず。彼がなにをしたいのかランニィにはさっぱり理解できなかった。

 もっとでかいものを出せ、とか要求された時は本当にわけがわからなかった。

 試合中に修行でもしているのか? あんな魔力の無駄撃ちがなんの修行になるというのか?

 恐ろしかった。怖かった。ウサ耳が震えるほどの恐怖を人間に抱くことなど、魔王として生まれて初めてだった。思わず「ぴょえっ」と悲鳴を漏らしていた。

 そんな恐怖の対象が、なにやら熱烈な視線(そう感じた)をランニィに向けている。

 次も真っ先に狙われる。

 またわけわからんことをさせられる。

 それはもう、嫌だ。


「あ、妾、リタイアするのじゃ」


 気づいた時には、彼女は涙目で片手とウサ耳をピンと立てながらそう宣言していた。


        ※※※


『おっとこれは大番狂わせ! 「十六夜の魔王」ランニィ・ヴェーチェルがリタイアを宣言した! ヒャホホ、一体幻想空間の中でなにがあったのか!』

『教えてもいいけど黙っておくよ。解説すると震えるウサギちゃんが可哀想になってくるよ』


 降参宣言をしていそいそと退場口から去っていく『十六夜の魔王』。その背中は酷く縮こまっており、解説がなくてもひたすらに憐れだった。


「ハン! 腰抜けウサギが! 降参するくらいなら最初から出場すんじゃねえよ! 潔く戦場で散って消えやがれ!」


 観客席から大ブーイングと大バッシングが飛ぶ中、真っ先に戦闘を再開させたのは『戦禍の魔王』だった。

 自分が乗っている戦車の主砲を放つ。深緋色の魔力砲弾が残った選手たちの丁度真ん中に着弾・大爆発を引き起こす。

 三々五々に散って砲撃を回避する選手たち。

 爆煙を突っ切った『煉獄の魔王』フェイラ・イノケンティリスが、マグマで作られた小太陽を戦鎚で殴って打ち出した。

『戦禍の魔王』シュラハット・アナトへと。


「温いわ! 敵軍を撃ち砕け! ――〈星滅砲シュテルンカノン〉!」


 シュラハットは取り出した禍々しい携帯対戦車兵器(バズーカ)を構え、一切の躊躇もなく引き金を引く。深緋色の魔力を纏うロケット弾が発射され小太陽と激突。粉々に爆砕された小太陽は熱と衝撃と破片を舞台に撒き散らした。


「燼滅しろ! ――〈焔殺覇(ヴォルカシューラ)〉!」


 さらに頭上から落下してきた紅い戦鎚をバズーカで受け止める。

 頑丈なはずの舞台が大きく陥没した。


「こうして戦り合うのは久々だな、戦争野郎!」

「〝魔帝(じょうかん)〟のケツを追いかけるメスドラゴンが。その生意気さを叩き直してくれる!」


 火力特化の化身同士の衝突は、余波だけでも嵐となって戦場を駆け巡った。


        ※※※

 

「あなたはよろしいんですの? 愛しの彼女に加勢しなくて」

「うぐっ、あんたまでからかうのはよしてくれ。アレはその、一時の気の迷いだったんだ」

「利口になったな、トカゲ野郎。あの戦いに横槍を入れるのは些かに無謀が過ぎる」


 暴風吹き荒れる舞台上。フォルミーカ、ドラクル、TX-001の三人は知り合い同士の物理的距離感で集まっていた。彼らは出身世界こそバラバラであるが、現在は標準世界のとある場所で暮らしている隣人。冗談の一つや二つ言える仲ではあった。

 もっとも、潰し合うことになっても手加減しない仲でもあるが。


「わたくしとしてはあなた方をさっさと潰してしまってもいいのですが……」


 フォルミーカが風に乗って飛んでくる火の粉を白い日傘で防ぎながら、少し離れた距離で立っている二人に目を向ける。


「あちらの二人も侮れませんわ」


 ナナシノクロという明らかな偽名を名乗る仮面の人間と、『鐵の魔王』MG-666だ。前者はなんとなくどこかで感じた覚えのある魔力のような気がしないでもない程度。後者は昔所属していた古巣で何度か顔を合わせている。序列はフォルミーカの方が上だったが、それは当時の話であり、今の実力差は不明だ。

 五人が隙を窺って睨み合う膠着状態に入る。

 かと思いきや、一歩前に踏み出したMG-666が片手を挙げた。


「……当機ニ提案ガアル」


 そう発言するサイボーグの魔王に、誰もが怪訝そうに眉を顰めた。


「聞いてやる。一応な」


 応じたのは意外にもナナシノクロだった。


「単純ナ戦闘力ヲ計算シタ結果、コノママ当機ラガ争エバ、『戦禍』ト『煉獄』ノ勝利シタ方ガ確実ニ予選通過者ノ一人トナル」


 それは自分の力に自信がある者ほど認めたくない事実だった。ナナシノクロは仮面のせいで表情が読めないが、フォルミーカたちは薄々わかっていたことだ。

 旧魔王連合の錆び古した序列で考えるなら、フォルミーカはこの中で二番手だ。

 だが、格上の『戦禍の魔王』はもちろん、当時格下だった『煉獄の魔王』でも正面から挑めば必敗だろう。

 MG-666の提案とはつまり――


「ソコデコノ五人ガ手ヲ組ミ、協力シテ奴ラノ勝利シタ方ヲ討ツ。ドウダ?」


 共同戦線だ。


「なるほど、悪くない提案ですわね」

「その後は俺様たちの中で誰が勝っても文句はなしってことだな? いいぜ、乗った」


 日傘をくるりと回すフォルミーカと、腕を組んで唸ったドラクルは賛成。


「……フン、俺は反対だな」


 TX-001は渋い顔をし、手の甲に装備していた銃口をMG-666に向けた。


「なぜだ、兄弟?」

「単純な話だ、相棒。俺はそいつを信用できん。奴はかつて俺の故郷と争っていた世界のサイボーグ――MGシリーズの最終型番。自分の世界を裏切り、魔王となって喰い滅ぼした危険な存在だ。我らが徒党と組んだとして、必ず背後から撃たれるぞ」

「昔ノ話ダ」


 戦意がないことを示すように両手を挙げるMG-666。警戒するのは当然だろう。昔のフォルミーカだったら間違いなく自分が予選通過できるタイミングで裏切っている。

 ナナシノクロも微かに溜息を吐いた。


「悪いが、そんなくだらない提案なら俺もお断りだ。少々急ぎの事情がある。奴らの戦いが終わるのを悠長に待っている暇はない」


 試合の時間は無制限のはずだが、ナナシノクロには別のタイムリミットがあるのだろうか。


「交渉決裂ですわね」

「仕方ナイ。反対者ニハ消エテ貰ウ」


 MG-666がナナシノクロに二丁拳銃の銃口を向ける。だがその引き金を引く前に、TX-001がジェット噴射で体当たりをしてMG-666を跳ね飛ばした。


「貴様の相手は俺だ!」


 MG-666を追って飛んで行くTX-001を見送り、ドラクルが困ったようにフォルミーカを見る。


「白蟻の姐さん、俺たちはどうする?」

「どうするもなにも、休ませてはくれないみたいですわよ」


 日傘を白い剣に変えるフォルミーカ。その視線の先には、膨大な魔力のオーラを纏う仮面の人間が歩み寄ってきていた。


       ※※※


 噴き上がるマグマと対空ミサイルをかわしながら、TX-001とMG-666はお互いの兵装を出し惜しみなく放ってぶつかっていた。

 MG-666が展開した四機のブーメラン型戦術ドローンが時間差で襲いかかってくる。刃が取りつけられたそれらをかわしつつ、TX-001は次なる兵装を準備。


「内臓データベース照合。検索結果、一致。機工世界テクトラニカ産戦闘用アンドロイドTXシリーズ……ソノ初期型カ」

「俺でもそんなロボ感満載の台詞を言ったことはないぞ」


 バコバコバシュウウウウウ!

 TX-001は準備完了した背中の発射口から追尾型ミサイルを射出する。どこまでも敵を追いかけ確実に仕留める超音速ミサイルだが、MG-666が自身の周りに展開した電磁バリアによって防がれてしまった。

 無論、こんなもので撃ち落とせる相手なら上位魔王などやっていない。ミサイルはただの目眩ましであり、本命であるTX-001自身が奴の背後へと回り込む。

 ビームサーベルを起動。邪魔に入って来た戦術ドローンを弾き、青い光刃が電磁バリアごと奴の背中を斬りつけた。

 MG-666のジェットブースターを破損させる。背中で爆発を起こしたMG-666は弓反りになって吹っ飛ぶが、すぐに亜空間から取り出した予備のブースターを装着して安定軌道に乗った。


「TXシリーズハ強力スギテ、バージョンアップ事ニ下方修正(ダウングレード)サレテイッタ。故ニ初期型ハ間違イナク最強ダ。シカシ、当機ニ対抗デキルホドデハナカッタハズ」

上方修正(アップグレード)を繰り返したのだ。俺が厄介になっている邸には優秀なエンジニアがいるのでな。戦闘データを収集してくれる相棒もいる」


 このビームサーベルも知り合いのマッドサイエンティストの特注品だ。


「ナゼ当機ニ拘ル?」

「貴様を特別恨んでいるわけではないが、我が同胞を何機も葬ってくれた礼はせねばなるまい」

機械人形(アンドロイド)ガ報復ノ情ヲ抱クカ」

「貴様こそ体の九十九パーセントを機械にされた改造人間(サイボーグ)だろう? なのに腹を空かせるのか?」


 MG-666が射出してきた光弾の弾幕を、ビームサーベルを振り回して弾く。弾く。弾く。


「腹ガ減ルダケデハナイ。人間ノヨウナ貴様ヲ見テイルト腹ガ立ッテクル」

「貴様のユーザー辞書には載っていないのか? それは同族嫌悪というものだ」


 口から放たれる鉄色の魔力砲を、TX-001はぎりぎりまで引きつけてからかわした。反撃にロケットランチャーをぶっ放すが、そこにMG-666の姿はなかった。


「ダガ、ソレデイイ。憤リハ当機ノ魔力ニナル!」

「――ッ!?」


 声は、真上から。

 魔力砲よりもさらに巨大なレーザービームが神の裁きのごとくTX-001を呑み込んだ。『鐵の魔王』の魔王武具〈憤魔の死弾(サタニック・ブレッド)〉による強烈な一撃である。

 地上へと叩きつけられるTX-001。全身がショートしてバチバチとスパークしている。


「兄弟!?」

「余所見をするな。あの人形はもう助からん」


 相棒のドラクルが助けに来ようとするが、ナナシノクロがそれを妨害。振り上げた足に幾重にも魔法陣を展開してドラクルを蹴り飛ばす。


「まだだ! まだ俺は戦える!」

「足掻クナ。今、楽ニシテヤル」


 起き上がろうとするTX-001だったが、低空飛行で飛んできたブーメラン型戦術用ドローンの刃によって手足が付け根から切断されてしまった。

 これでは動けない。

 破損個所からオイルが流れ出る。

 上空のMG-666が二丁拳銃を構えた。もう一度あの一撃をくらえばネジ一つ残さず消されてしまうだろう。

 トリガーが引かれる。鉄色の光線が降り注ぐ。


「く……そっ、残存エネルギー全出力だ! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 TX-001は胸部をパカリと開き、現れた砲口から全エネルギーを乗せたレーザーを射出する。降り注ぐ光線と空中で激突し、一瞬の拮抗の後――呆気なく呑み込まれた。


「撃ち負けた……魔王とはそれほどのものか。いや、破壊されるまで諦めんぞ! 戦いの中にあってこそ我らTXシリーズの先駆けだ!」


 スカスカになったエネルギーで可能な限り無事だった兵装を起動する。だが、どれも奴の光線の威力を削ぐことすらできず呑まれて消えた。

 万事休すかと思われた、その時だった。


「四肢を失っても消えねえその闘志、気に入った!」


 TX-001を庇うように現れた軍服女が、深緋色のロケット弾を発射して光線にぶつけた。それは鉄色の光線を拡散させながら貫通し、MG-666の真横を掠ってその装甲を一部砕く。


「……ナニ?」


 本気で意味がわからないというようにMG-666が小首を傾げる。軍刀を地面に突き刺しバズーカを担いだ軍服女――『戦禍の魔王』シュラハット・アハトは獰猛な笑みを浮かべて上空を見上げた。


「ジシシ、機械のくせに天晴な根性見せるじゃねえか! そうだその通りだ! 戦争ってやつは何度倒れても立ち上がり、這ってでも死ぬまで戦い続けなきゃいけねえ!」

「『戦禍』……貴様ハ『煉獄』ト戦闘中ダッタハズ」

「ああ、あのメスドラゴンなら落ちた。そこの穴にな」


 軍帽の鍔を摘まんで告げるシュラハット。彼女が先程まで戦っていた場所には、直径十メートルはあろうかという底なしの大穴が穿たれていた。

 複数の衛星砲を束ねて撃ち込んだのだろう。そんなものをくらえばいくら竜と言えどもひとたまりもあるまい。


「おい機械男」

「ナンダ?」

「テメーじゃねえよこっちだ! 今よりオレが特別に貴様の上官となってやろう。そして上官となったからには、部下をやられた報復をする義務がある」


 急に意味のわからないことを言い出したかと思えば、シュラハットは紫の瞳を無邪気かつ凶悪に輝かせて――周囲に戦車等の兵器を大量に召喚した。


「やられたら三倍返し! 恨み辛みは戦争の火種! 喧嘩上等ぶっ放せ!! ()ぇーッ!!」

「チッ」


 MG-666に向かって一斉砲火が行われる。咄嗟に電磁バリアを張って身を守るMG-666だったが、深緋色の魔力を帯びた弾丸やミサイルはそれを易々と貫通していく。

 これでは庇われた上に敵を倒してもらったことになる。

 TX-001の矜持はそれを許さなかった。


「おい、やめろ……奴は俺が……」

「無論だ。トドメはテメーで刺すからな」

「は?」


 ニマァと悪魔のような笑みを貼りつけたシュラハットが、TX-001に触れる。奴の魔力が流れ込んでくる。回復ではない。そもそもアンドロイドに回復魔法のようなものは効かない。

 体が改造されていく。

 術式が付与される。


「よっこいせっと」


 シュラハットはバズーカを置いてTX-001を持ち上げた。胴体だけで数百キロあるのに、片手で軽々と。

 TX-001は嫌な予感しかしなかった。


「待て、なにを……?」


 野球選手のような投球フォームから、超剛速球としてTX-001の胴体がぶん投げられる。そして、あっという間にMG-666とご対面。


「ちょっ」

「ナッ!?」


 ちゅどがぁあああああああああああああん!!

 上空に深緋色の不格好な花火が咲くのだった。


「おーおー、両方とも木っ端微塵だぜ! ジシシシシ!」


 軍帽の鍔を摘まんで見上げるシュラハットは、実に楽しそうに嗤っていた。


『えぐい! なぜだ! なぜ助けた者を爆弾に変えて相打ちさせた! ヒャホホ、これはトチ狂っている!』

『これだからアタシは狂人って奴が嫌いなんだよ。理知的な戦い方をしないからね』


        ※※※


「――ガハッ!?」


 多重に展開された攻撃魔術がドラクルの強靭な鱗を砕き、肉を裂き、屈強な身体を結界まで弾き飛ばした。

 体を強打して地面に崩れ落ちる竜人の周囲にいくつもの魔法陣が出現。危険を察知し、翼を広げて飛んで逃げようとするが、それよりも魔術の発動の方が早かった。


「ちょ、まっ」


 一瞬でドラクルの周囲の空間ごと凍結。巨大な氷の柱が天を貫き、そして儚く砕け散った。

 力なく倒れて動かなくなるドラクルからは興味を失くし、ナナシノクロは足下を囲むように魔法陣を展開。闇属性の爆発が連続して発生し、群がろうとしていた白蟻の眷属たちを一掃する。

 空間ごと喰らう不可視の一撃を僅かに体を反らして回避。

『白蟻の魔王』フォルミーカ・ブランは忌々しそうに舌打ちした。


「あなた、魔術を使えましたの?」

理由(わけ)あって封印していたが、今となっては意味を失った。ここからは遠慮なくやらせてもらうつもりだ」


 ナナシノクロの周囲で闇色の魔法陣がいくつも展開される。フォルミーカは魔術よりも圧倒的に速い魔力砲で纏めて消し去ろうとする。が、前以て防御魔術が仕掛けられていた。空間に穴が開き、どことも知れない場所へと魔力砲は呑み込まれて消失する。


「わたくしの魔力砲が!?」

「威力だけの魔力の放出などなんとでも対処できる」


 ナナシノクロは普通の魔術師ではあり得ない速度で構築完了した攻撃術を発動――する直前、微かにジャリっという足音を聞いた。


「!」


 発動寸前だった術式を急遽書き換える。狙いをフォルミーカから気配の主へと変更。攻撃魔術を一斉照射した。


「おっと、隙がねえな」


 初級中級の魔術しか使っていなかったとはいえ、普通の数倍の魔力を注ぎ込んで放った術が軍刀の一振りで掻き消されてしまった。


「なるほど、さっきの爆音はそちらが片づいた音か」


 気配の主――『戦禍の魔王』シュラハット・アナトは挑発するような笑みを浮かべてその場に胡坐を掻いた。


「ジシシ、そう警戒しなくてもいいぜ。オレは他人様の戦争に割って入って茶々入れるつもりは――ありまくりだヒィイイイイイイハァアアアアアア!!」


 地べたに座ったまま軍刀を振るう。出現した多種多様な戦術・戦略級兵器から、深緋色の魔力を纏った弾丸やレーザーやミサイルやらが一斉砲撃を開始する。狙いはナナシノクロとフォルミーカの両方だ。

 フォルミーカは白い剣を振るって自身に降りかかる脅威だけを消滅させる。

 新たに術を構築する隙を与えられないナナシノクロは、弾丸を紙一重でかわしながらシュラハットへと切迫。空間から引き抜いた剣をノータイムで振り下ろした。

 ガキィン! と軍刀で受け止められる。


「剣だと?」


 ミサイルちゅどんちゅどんしている戦場で凄まじい剣戟を交わす二人。両者互角……ではない。どちらも本気の打ち合いではないからだ。


「ハン! 体術はここまで残る者にしては大したことねえと思ってたが、剣と魔術がテメーの本領ってわけか!」


 両者は激しく剣を打ち合いながら、バズーカをかわし、魔術をかわし、横から撃ってくるフォルミーカの魔力砲を邪魔だと言わんばかりに二人同時に弾き飛ばす。フォルミーカは涙目だった。

 そうこうしている内に、いつの間にか上空に巨大な立体魔法陣が展開されていた。

 ナナシノクロが戦いながら構築していた上級を越える魔術――超級魔術である。


「これは凄ぇ! オレが知る魔術や魔法の中でもダントツでやべー! どうだ? オレと一緒に来て戦争でぶっ放してみねえか? 気持ちいいぞ!」

「世界を滅ぼす趣味はな――」


 バチリ、となにかが弾ける音。

 ナナシノクロが踏んだのだ。同じように戦いながら仕掛けていたシュラハットの地雷魔法陣を。

 魔法陣から飛び出す深緋色の鎖がナナシノクロに絡みついていく。


「かかったな。人間爆弾になりやがれ! テメーならここの結界ごと吹っ飛ばせるもんができそうだ!」

「無駄だ」


 ナナシノクロが魔力の鎖を指でなぞるように触れる。すると鎖が砕け、魔法陣は割れるように消滅した。

 間髪入れずに超級魔術を発動。舞台全体を覆うほどの闇の竜巻が降り注ぐ。シュラハットの兵器は悉くが巻き込まれ、押し潰され、スクラップとなって弾かれ結界に衝突する。

 シュラハット自身も闇の竜巻の直撃を受ける。が、軍刀を床に突き刺し、軍帽が飛ばないように鍔を摘まんで堪えている。

 同じく巻き込まれたフォルミーカも飛ばされないように必死だった。腐っても上位魔王。ダメージは負っても倒すまでには至らない。


「ジシシ」


 シュラハットが嗤う。


「この、鬱陶しいですわ!」


 フォルミーカもキレる。


 白と深緋色の魔力が爆発し、闇の竜巻と数秒ほど拮抗して相殺した。

 もはやそよ風程度としか思えれない爆風が吹き荒れる中、軍帽を被り直したシュラハットが軍刀の切っ先をナナシノクロに突きつける。


「妙だな。オレのトラップはテメーには初見だと思ったが」

「貴様がなにか仕掛けていたのはわかっていた。それはとっくに解析している」

「ジシシ、オレの隙を生むために敢えて踏んだと? やはり一筋縄じゃあいかねえか。面白ぇ」

「わ、わたくしを忘れないでくださいまし!」


 三角形を描く等間隔の距離で睨み合い、身構える三者。


『ヒャホホホ! 凄まじい三竦み! この中の誰か一人脱落でAブロック勝者が決まる!』

『いいや、もう一人いるよ。あの娘はあの程度でくたばるほど柔じゃないんだよ』


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 地の底から響き渡る轟音。警戒する三者の足下から、灼熱のマグマが爆発的な勢いで噴火した。

 寸前でマグマを回避する三人。

 舞台に深く深く穿たれた大穴から、深紅の竜翼を広げた銀髪の女――『煉獄の魔王』フェイラ・イノケンティリスが浮かび上がってきた。


「やってくれたな戦争野郎! 礼はたっぷり返してやるよ!」

「ジシシ、登ってくるのが遅かったな、メスドラゴン。危うく決着するところだったぜ。よっぽど深いとこまで落ちてたのか?」


 挑発するシュラハット。額に青筋を浮かべるフェイラ。

 フォルミーカはそっと穿たれていた穴を覗く。深淵には闇が広がっており底は一切見えなかった。


「こ、これ下にも結界はあるんですわよね……?」


 なければ欠陥建築の大惨事である。とはいえ、あの『迷宮の魔王』が創造した闘技場ならそのようなことはあるまい。


 四者が改めて睨み合う。

 全員の魔力がこれまで以上に高まっていく。

 次で決着をつけるとでも宣告するように、それぞれが最強クラスの大技を展開する。


「ごちゃごちゃ喋るのは終わりだ」

「全面戦争だぜヒーハーッ!! 発ぇやぁあああああああッッッ!!」

「テメエら全員吹き飛んじまえ! ――〈破局噴火(ヴォルカンナス)〉!!」

「なにもかも喰らって差し上げますわ!」


 超絶の闇魔法が、幾本もの深緋色の衛星砲が、全てを溶土に変える大爆発が、白い魔力の大津波が、舞台の中心で激突して結界を大きく揺らす。

 僅かながら観客席まで届いた気がする衝撃。

 誰もが息を呑んで決着を見守った。


『四者四葉の強烈な技の激突! 果たして立っているのは――』


 煙が晴れていく。

 まず見えたのは、結界まで吹っ飛ばされたらしい白い美女。彼女は五体満足ではあるが、意識を失っているらしくピクリとも動かない。

 続いて、他の三人が舞台上で立っている姿が確認された。肩で息をするフェイラ、煤汚れた軍服を手ではたくシュラハット、割れた仮面を捨てて渋い顔をするナナシノクロ。


『「戦禍の魔王」と「煉獄の魔王」……そしてナナシノクロの三人だ! まだ終わらなかった! 終わらせる気満々だったのに恥ずかしい! ヒャホホ!』


 再び盛り上がる観客席。

 そんな中で、ナナシノクロは視界の端に『それ』を捉えた。選手入場口の奥からウッキウキで駆けてくる迷惑で面倒臭い乱入者三人の姿を。


「……潮時か」


 魔力を充分に発散できた彼に、これ以上戦う意味はない。それにこの状況で乱入者に掻き回されては会場全体が白けてしまう。

 ナナシノクロは両手を挙げた。


「俺はリタイアする。あとは好きにやってろ」


 宣言すると、乱入者たちは急ブレーキを踏んだように入場口手前で停止した。黒ローブを翻し、彼は退場口へと歩いていく。


『ここでナナシノクロがまさかのリタイアだ! つまり、Aブロック予選を突破したのは「戦禍の魔王」シュラハット・アナトと「煉獄の魔王」フェイラ・イノケンティリス! しかしなぜ彼はリタイアしたのか!』

『だいたいアンタのせいだよ』


 最も『なぜ?』と思っているのは、戦っていた選手たちである。


「……奴は腰抜けウサギとは違う。まだ余裕はあったはずだ」

「勝ちを譲られたようで釈然としねぇな」


【Aブロック予選結果】

通過者二名

・『戦禍の魔王』シュラハット・アナト

・『煉獄の魔王』フェイラ・イノケンティリス


 倒れた選手たちは悪魔協会で順に復活し、壊れた闘技場の自動修復が開始。

 所要時間は――約十五分。


 ――雑貨屋WING〈魔帝城〉出張店。

「さーて仕事仕事」

「あれ帰ってきたんですか? 参加するんじゃ……」


 ――ラ・フェルデ王国来賓席。

「ん? 零児から連絡が……陛下が飛び入り参加申請してきたけどいいのか、だと? ダメに決まっている!?」

「もうやらせてあげなさいよ、セレス。たまには陛下もストレス発散する機会がほしいのよ」

「毎日のように城を抜け出して、自宅の庭よろしく世界の裏側を散歩している放蕩陛下にストレス……?」

「他の世界に行かないだけマシよ」

「……はぁ、わかった。その代わり殿下とは別のブロックに入れてもらうよう頼むとする」


 ――観客席。標準世界・紅晴市一行。

「これ絶対俺が八つ当たりされるやつじゃん帰りたい!?」

「ほお、自ら名乗り出るとは殊勝だな」

「ぶぎゅる!?」

「……なんだソレは」

「足台」

「…………。フウ、暑いから腕にしがみつくのをやめろ」

「もう絶対行かせないもん!」

「ねーねー、私この男の人初めて見るんだけど! 反対側の腕揉んでもいいかな!?」

「…………こっちは何だ」

「変態」

「…………席を間違ったな」

「ああもうお前ら、静かにしろ!!」

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