魔帝の城で
三題噺お題『ため↓B・先取り・あはれ』
次元の狭間を浮遊する移動城塞――〈魔帝城〉。
かつて『黒き劫火の魔王』が建造し、しばらく無人で放棄されていたその城は、現在『千の剣の魔王』によって拠点として改築されている。
完全なゴーストタウンと化していた城下町には各世界から拾ってきた身寄りのない者たちを住まわせており、彼らに十分な広さの農地を開拓させたことで自給自足の基盤も整えられた。
多世界の技術も積極的に取り入れられている。ファンタジーとSFが入り混じった歪ながらも絶妙なバランスの世界観。標準世界からすれば時代を先取りした多様性極まる国と言えるだろう。
それでも普段は閑散としている城下の港だが、今日は違う。
大小無数の次空艦が停泊しているのだ。天下一魔王武闘会に参加または観戦をしに様々な世界からやってきた者たちの船である。
「ひえぇ、見たことある魔王軍旗がいっぱい並んでいて壮観だわ」
たった今停泊した一隻――世界を表す球体の周囲に様々な文字が飛交っている旗を掲げた艦から、先進世界の高性能カメラを首から下げた少女が降りてきた。ゆるふわの金髪にハンチング帽をかぶった彼女は、ディメンショナル通信社の記者であるアンナ・ベッタだ。
そしてもう一人、彼女の後に続いて妖艶な雰囲気を纏ったドレスの女性が港に足を踏み入れた。彼女は煙管をふかしてから視線だけで周囲を見回す。
「クフフ、ここから見える旗だけでも世界を百や二百くらい簡単に消し飛ばせる戦力だね。名のある魔王が数多く参戦する一大イベント。今の〝魔帝〟でなければ実現不可能だっただろうね。しっかりと取材するんだよ、アンナ」
「わ、わかりました、CEO」
ディメンショナル通信社最高経営責任者――知識欲の概念である『智嚢の魔王』メーティア・レメゲトン。
知識のためにいくつもの世界を滅ぼして来た最上位魔王の一人たる彼女の降臨に、港に屯っていた有象無象がざわつき始めた。彼女はそれらを歯牙にもかけない様子で優雅に城の方へと歩いていく。
「アタシは〝魔帝〟にご挨拶してくるよ。ああ、前回の招待に応じられなかったお詫びもしないといけないね。アンタは自分の嗅覚を信じて自由に動きなさいな」
「は、はいィ! で、でも、いいんでしょうか? もし間違って〝魔帝〟の秘密を暴いちゃったりしたら……」
「心配いらないよ。あの方に暴かれて困るような秘密なんてないんだよ。ほら、その証拠に我が社の社章を見せればどこにでも好きに入れてもらえる手筈になっているだろう?」
「え、聞いてないですCEO」
「おや? 言ってなかったかい?」
「さてはまた私をオモチャにして楽しむ気でしたね!?」
「クフフ、今言ったんだからいいじゃないか。それよりもっと気合い入れな! この〝祭〟はアタシらの独占取材だよ! あの方はアタシらのためにライバル社の申請を全部蹴ってくれたんだよ!」
「ひえぇ、怖い会社もあるのにやっぱりとんでもないお方だったわ!? 心の中でダサ格好いい黒コートとか思っちゃってごめんなさい!?」
「クフフ、アンタがそう謝っていたと伝えておくよ」
「やめてくださいそれは私の暴かれて困る秘密なんですぅ!?」
楽しそうにカラコロと笑う上司にアンナは本当に心臓が止まる思いだった。この上司も含め、〝魔帝〟以外にもやべー魔王がゴロゴロいる中で冗談を笑い飛ばせるほどの余裕は彼女にない。
「待ちな、『智嚢の魔王』!」
と、彼女たちの前方に三つの影が立ち塞がった。
「おや? アタシになにかようかい?」
それは酒樽を人型に積み上げたような魔人と、筋骨隆々な犬系の獣人、海賊帽とマントの生ける骸骨だった。
「俺たちはテメエんとこの会社に暴露されたせいで〝魔帝〟にボコられたんだ!」
「言わばディメンショナル通信社被害者の会である」
「……なまめく其方、もののあはれは知りたまはじ」
それぞれが唾を飛ばす勢いでチンピラのように叫びまくるっているが、彼らも立派な魔王だ。感じる魔力や圧力が一般の魔物に比べて桁違いである。
アンナはとりあえず一枚写真を撮ってから上司を振り仰いだ。
「なんか変なのに絡まれましたけど、どうします?」
「フン、ガラの悪い連中が集まることは想定内だよ。場外乱闘が起こることもね。でも、こんな入口でいきなり喧嘩はよしとくれよ」
余裕そうに煙管を吸うメーティア。そんな彼女の態度に三人の魔王は怒りマークを浮かべて激昂し、魔力を一気に練り上げた。
「ごちゃごちゃうるせえ! 〝魔帝〟の首を取る前にテメエから消してやんよ!」
「我らの恨みを思い知るのである!」
「……我が怒り、地獄の業火のごとし」
一斉に魔力砲をぶっ放す三人の魔王。一発でも山が消し飛ぶだろう威力の大技に、周囲の無関係だった者たちが悲鳴を上げて逃げ散っていく。蜘蛛の子を散らすようとはこのことだろう。
だが、メーティアは動かない。アンナすらこの程度では狼狽もしない。
三つの強大な魔力砲は、メーティアが煙管の煙を吹きかけただけで何事もなかったかのように消え去ったのだ。
「馬鹿なっ!?」
「我らの魔力砲が掻き消されたのである!?」
「……ゆゆしきなり」
動揺して腰が引ける魔王たち。
「少しは期待してみたけど……はぁ、つまんないね。全く持ってつまんないよ、アンタたち」
メーティアは溜息をついて残念そうに肩を落とすと、煙管で一人一人を指していく。
「『酒乱の魔王』『鬣犬の魔王』『深き亡霊の魔王』だね。三人ともヘルメスレコード社が出している脅威度の評価基準で言えば、SSランクの大物。でも残念だったね。アタシはアンタらのことをよく識っているのさ。知識にある攻撃は通用しないもんだよ。故に――」
三人の魔王の足下に象牙色の複雑な魔法陣が広がった。瞬間、魔王たちの体が指先から数字の羅列となって分解されていく。
「ぎゃああああ!?」
「なんであるかこれは!?」
「……いとをかし」
悲鳴を上げる魔王たちだが、手足が消え去った状態では逃げることは叶わない。胴体は空中に浮かんでいるため這うこともできない。
そのまま首だけとなり、最後はなにも残らなかった。
「アタシの前に現れるなら、せめて一つくらいアタシの識らない情報を引っ提げてくることだよ。〝魔帝〟のようにね」
※※※
「フハハ、やっぱり『ため↓B』でズドンと行けば爽快だな!」
「そっちもちょっと触ったらポンポン飛ぶくらいダメージを受けているのだ」
〝ねえ、吸い込むから一緒に落ちよう?〟
「…………むずか、しい…………」
魔帝城の一室。意外と狭く、調度品もない質素な部屋で四人の男女が小さなモニターの前に集まってなにやらカチャカチャしていた。
一人は黒コートの青年。
一人は銀髪褐色肌の美青年。
一人は立体化した影のような少女。
一人は薄青の髪にマフラーの少女。
時に喜び、時に悲鳴を上げ、時に挑発するようなことを言い、時に隣の者をグーで殴る。彼らは一様に白熱した様子でモニターを睨んでいた。
とそこに、ノックもせず部屋の扉が開いて道化風の男が入って来た。
「ヒャホホ、ここにいたか我が〝魔帝〟よ。……なにをやっている?」
四人の様子に首を傾げる道化風の男――『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンに、黒コートの青年がモニターを注視したまま答える。
「スマ〇ラ。俺の世代で流行ってたやつがこの前発掘されたから、つい懐かしくなってな。丁度四人いたし、対戦しようぜって」
「もうすぐ大会が始まるぞ。だというのに、強大な魔王四人が古き良き標準世界は日本のテレビゲームに興じるなどと暢気な……私も混ぜてもらって構わないか?」
「悪いなグロル、このゲームは四人プレイなんだ」
「ヒャホホ、なんて殺生!?」
わざとらしく大仰にリアクションするグロルに、黒コートの青年――『千の剣の魔王』〝魔帝〟白峰零児は苦笑してコントローラーのポーズボタンを押した。対戦が中断される。
「始まるまでのんびりしたって問題ないさ。もう特設会場は構築できてるんだろ?」
「うむ、余の力があればあの程度の舞台を建造するなど一瞬だ。言われた通りの仕掛けも全部組み込んだぞ」
自信満々に腕を組んだ銀髪の美青年は、『迷宮の魔王』グリメル・D・トランキュリティ。零児と同じく『創造』する力を主とする変わり種の強大な魔王である。
〝会場の周りの空間を曖昧にしてるから、参加者全員が魔力砲を撃っても外には出ないよ〟
聞こえたようで聞こえなかったような曖昧な声を発する影の少女は、『仄暗き燭影の魔王』ンルーリ。旧魔王連合では序列最下位の存在だったにも関わらず、〝曖昧〟の概念から生じた底知れない力を持つやはり強大な魔王だ。
「……それでも…………間違って……抜けて、きたら……時間が……止まるように…………なってるから…………」
コミュ障特有の震える小声で喋った青髪マフラーの黒セーラー少女は、『紅蓮の魔王』野薔薇凛華。通称グレンちゃん。〝停滞〟の概念により周囲の時すら止めてしまうやっかいな引き籠りガールである。
実はこの部屋の時も止まっているのかもしれない。ただンルーリの存在が彼女の力を曖昧にしているため、正直よくわからない状態になっている。
「ヒャホホホ、頼もしい! 私の〝呪い〟も加えた最上位魔王の四重結界! たとえ我が〝魔帝〟と『漆黒の支配者』と『劔龍ガダ』と『異世界邸管理人』が同時に全力で攻撃したとて易々とは崩れまい!」
魔王たちに存分にバトルしてもらうにはそのくらい頑丈な結界が必要だったのだ。これほどの魔王材を集められたこと自体が奇跡のようなもの。それを可能にしているのがひとえに〝魔帝〟の人望人脈である。
零児はコントローラーを床に置いて立ち上がる。
「まあ、そろそろ始まるならゲームは切り上げた方がいいな。俺の勝ち逃げだ」
「いやいや、このまま続けていれば余が勝ち越していたのだ!」
〝変なことしすぎて負けちゃった。でも楽しかった。またやろう〟
「……わたし…………には、むずか、しい……でも……くやしい…………今度、シラハちゃんと……特訓……して…………リベンジ」
ぐっと伸びをし、零児は強大な魔王たちを引き連れて部屋を出た。城の通路を会場に向かって歩きながら、横を浮遊してついてくるグロルに訊ねる。
「今、参加者はどのくらいだ?」
「ヒャホホ、既に四百名を超えている」
「旧魔王連合でも七十二体だったことを考えれば、かなり多いな」
現状の新魔王連合は旧より数が少ない。つまり、野良魔王があちこちから集まっているということだ。〝魔帝〟の首を餌にしたことがよかったのか、ディメンショナル通信社の発信力がすごいのか。とにかく目論見としては大成功だ。
「来賓は?」
「『智嚢の魔王』は先程到着された。さっそくトラブルに巻き込まれていたがな! 劔龍ガダの雑貨屋WING一行はとっくに会場前で店を出している。ヒャホホ、商魂逞しい! ラ・フェルデ王は参加しようとしたところを部下に止められていた。なんとも自由! あとは標準世界の例の街から数名会場入りしている」
「了解。もう十分だろう。受付を締め切ってくれ」
御意、と一礼してグロルがどこかと通信する。一応飛び入り参加枠も用意しているので、もし遅れてきた魔王がいても対応可能だ。
零児は口の端を持ち上げると、会場へと続く大扉を豪快に開いた。
「さあ、天下一魔王武闘会の開幕だ!」