美食の世界で
今回はやまやまさんと吾桜紫苑さんのお子をお借りしています。
三題噺お題「冒涜・湿度・守備範囲」
私の名前はアンナ・ベッタ。次元を股にかけて様々なニュースを報道するディメンショナル通信社の記者よ。
ドがつくほどの『働き者』で名が通っている私の守備範囲は広い。果ての田舎世界で発生した超どうでもいいボヤ騒ぎから次空アイドルのゴシップまで、ありとあらゆる情報を貪欲的かつ冒涜的に報道しているわ。
え? 新聞なんか買って読むより株式会社ヘルメスレコードが無料公開しているカミペディアで充分ですって?
わかってないわね。これだから情弱は。
ヘルメスレコードは一般ピーポーごときの閲覧権じゃ大した情報は得られないわ。カミペディアの情報量は確かに膨大だけれど、誰でも編集できるからデマが多いし、あんたたちと同権限で作成されているわけだから重要な部分は削除されてしまうの。
その点、私たちは真実をありのままに記事にするわ。ディメンショナル通信社はどこの世界にも勢力にも属さない……というか、CEOが神でも手出しできない強大な魔王様なのよね。だから上から圧力をかけられることもなければ忖度することもしない。ただ純粋に真実を追い求める。それが私たち。
今日はCEO直々に仕事を振られて美食世界マリトッシュの人気スイーツ店を取材に来たのだけれど……聞いて聞いて! なんとそこで思わぬスクープに遭遇したのよ!
なんだと思う?
あ、性分じゃないのに勿体ぶっちゃったわね。私としたことが。
なんと〝魔帝〟がいたの!
会社のデータベースで見たことがある。一見すると普通の青年だけれど、どれだけ隠してもわかる人にはわかる絶対的な〝魔〟のオーラ! 絶妙にダサ格好いい黒いコート! そこにいるだけで周囲の気温やら湿度やらが上昇したみたいに息苦しさを感じてしまう。私の直感が言っているわ。彼は本物よ!
うちのCEOを連合に勧誘したけど断られ、それでも取引は続けて今では一番のお得意様になっていると聞いてるわ。
スイーツ店なんて取材してる場合じゃないわね。それは後でもできるし。見失ってしまう前に、〝魔帝〟がどうしてこの世界にいるのか尾行して調べ――
「なんかべらぼーに高そうな店入ってったーっ!?」
え? 美食世界に高級料理食べに来ただけ? なんてリッチな生活しているのかしら。貧乏そうな顔してるのに……いえ、流石に見た目だけで判断するのは記者として失格ね。〝魔帝〟御用達の料理店が発覚しただけでも特ダネよ。
「ん?」
待って、〝魔帝〟の後から似たような黒装束の三人が店に入ったわ。強面サングラスのおじさんに、白髪で気苦労してそうな顔の少年、そして黒髪黒目の上級魔王すら霞むとんでもない魔力を秘めた男。
その三人が、入口のところで〝魔帝〟と一言二言交わしてから揃って店員に案内されていくわ。
パッと調べたところ、この高級料理店は防音防魔の完全個室。そこで〝魔帝〟と密会する怪しい男たち。
これはなにかある。記者としての直感が訴えているわ。
取材と称して中に入れないかしら? いえダメね。この手の店はアポなしでそういうことはさせてもらえない。客としても無理。完全予約制だもの。
「かくなる上は……」
私は周囲を見回してから隠れるように建物の隙間へと飛び込んだ。それから意識を集中させ、魔力を練り上げる。
自分の体が爪先から透明になっていく。
これが私の能力。体が透けるだけじゃない。足音・呼吸・鼓動・臭い・体温・魔力などなど、私から発せられるあらゆる気配を隠蔽するスキルよ。
記者として最適な能力でしょ?
難点と言えば、身につけている物までは消えないから脱がないといけないけどね。カメラもペンも持てない。己の知覚だけで記録する必要があるの。まあ、会社に帰れば記憶を動画で出力できるから問題ないんだけど。
急いで服を脱ぎ捨て、店内に突撃する。
店員に気づかれることなく〝魔帝〟たちが通された部屋を探す。
フッフッフ、防魔処理を施されても漏れ出る魔力の気配は隠し切れないわ。なにせ〝魔帝〟と黒髪の男は規格外。あとの二人だって感じるプレッシャーが上位魔王のレベルを超えている。あんなの完全に防ぎ切るなんて最上位魔王の権能をいくつも重ね掛けした結界でもないと不可能よ。
「――」
「――……――……」
「……――」
「……」
くっ、壁に耳を当てても会話してることくらいしかわからないわ。やっぱり魔力は漏れても声までは聞こえないわね。
どうにかして中に入れないかしら……あっ、店員がドリンクを持って来たわ。お酒もある。これはチャンス!
私が店員が明けた扉からするりと部屋の中に侵入。そそくさと部屋の隅に移動し、会話が再開されるまで正座待機。
男四人は大きな円卓を囲って座っている。〝魔帝〟はいいとして、よくよく見たら他の連中にも見覚えがあるわね。
「どこまで話したっけか? ああ、引き籠りの馬鹿弟子を苦労して連れ出してきたとこまでか」
顔に傷があるサングラスの男は『餓蛇の魔王』よ。『最悪の黒』とも呼ばれているアンタッチャブルな存在。魔王としての活動はほとんどしてないみたいだけど、標準世界ガイアを中心に発生した『劔龍事件』に深く関わっていると聞くわ。危険人物なのは確定ね。
「なあ、代理人。今更だがこの会合は標準世界じゃダメだったのか? 管理人業務が積もりに積もってるんだが……」
なぜか胃の辺りを押さえてる白髪の少年は『碧鮮の魔王』ね。魔王であり勇者であり神格すら有する存在。標準世界ガイアの特異指定地帯の管理者よ。こっちもかなりぶっ飛んでるわ。
「……」
不機嫌そうに黙り込んでいる黒髪の男は……あんな魔力してるけど私が記憶している魔王リストにはいないわ。まだ認知されていない魔王なのかしら? ただ、かつて存在していた悪名高い『魔法士協会』の幹部に彼に似た人物がいた気がする。結局やばいわ。
「とりあえず、乾杯しようか」
全員のグラスに飲み物を注いだ〝魔帝〟が簡単に音頭を取った。う、嘘でしょ? あの〝魔帝〟が……古より次元三大脅威に数えられる〝魔皇大帝〟が接待してるの?
「クク、こいつがどんな風に引き籠ってたか知りたいか? 魔石生成工場でハムスターが」
「おい、余計なことを言うな」
「へいへい。てか馬鹿弟子の捜索依頼を受けた時から思ってたんだが、お前らいつの間に知り合ってたんだ?」
「直接の接点はない。『聖夜の奇跡』の一件で互いに認知していたくらいだ」
「俺が正式に〝魔帝〟になってから一度だけ『次元の管理者』に挨拶に行ったんだが、その時は会えなかったからな」
「この酒一本でいくらするんだ? うっ、考えただけで胃が……」
「魔帝サマの奢りなんだ気にせず飲め飲め!」
雑談ばかりね。本当にただの飲み会に見えるわ。だけど古い友人ってわけでもなさそう。しばらく様子を見てみましょう。この何気なさそうな雑談だけでも十二分に価値のある話だし。
そうこうしている内に料理も次々と運ばれてきた。流石は美食世界と謳われる世界の高級料理。危うくお腹が鳴ってしまいそうな豪華なフルコースに目を奪われてしまうわ。臭いだけでヨダレガデマス。
「料理も揃ったことだし、最初に軽く話した本題の件、考えを聞かせてくれ」
〝魔帝〟が料理には手をつけず、三人を観察するように見回す。え? 本題ってもう話してたの? くっそう、もう少し早ければ!
「あらゆる世界の危機だと言われりゃ、こっちとしても無視はできねぇ。だが、借りは返したばかりだ。その上でそっちから要求するってこたぁ……わかってるよな?」
「もちろんだ。協力に見合う対価なら好きなだけ吹っ掛けてくれて構わない」
グラサン男がニヤリと笑う。〝魔帝〟も返すように含みのある笑みを浮かべたわ。なんだかイケナイ取引現場みたいね。
「ひゅー♪ ここの支払いといい、現魔帝サマは太っ腹だな。出世したもんだ。どこぞの狸親父に爪の垢を煎じて飲ませてやりてぇよ」
ええ、これじゃ本当に接待営業じゃない。〝魔帝〟ってそんなこともしてるのね。『あらゆる世界の危機』というのも気になるけれど、これも帰ったら記事にしなきゃ。
白髪少年が申し訳なさそうに頭の後ろを掻く。
「個人的には協力してやりたいが、異世界邸管理人の立場じゃ邸を遠く離れて長期間の活動はできない」
「わかっているよ。俺だって一時期代理人を務めたんだ。だからあんたに頼みたいことは〝住人の外出許可〟になる」
「なるほど、そういうことならお安い御用だ」
白髪少年は納得した様子で頷くと、目の前にある肉料理に手を伸ばしたわ。こちらもあっさり取引成立してるわね。住人の外出許可がなんなのかわからないけれど。
最後は黒髪黒目の男が短く息を吐いた。
「悪いが、俺は手を貸すつもりはない。義理もない。まあ、魔石が必要なら取引くらいはしてやってもいいが」
「充分だ。必要分をいい値で買いつけるよ」
わかったわ。取引がスムーズなのは〝魔帝〟がイエスマン過ぎるからよ。よっぽど財力に自信があるのか、それともどんな対価を払ってでも応じないといけない取引なのか。むむむ、やはりこれは詳細が知りたいわね。
「つか、今の馬鹿弟子が下手に動くとあんたが相手しようとしてるもんと同等以上の脅威になりかねんぞ。本当はここに連れてくることだって危ねえんだ」
グラサン男がポンポンと黒髪黒目の男の頭を叩く。黒髪黒目の男は鬱陶しそうにグラサン男の手を払い除けた。この二人はなんだか古い付き合いがありそうな空気ね。
「いやぁ、説得ありがとうございます。さあさあ、飲んで飲んで♪」
「〝魔帝〟がサラリーマンムーブすんな!?」
トクトクと高そうなお酒をグラサン男のグラスに注ぐ〝魔帝〟。何度見ても信じがたい光景だわ。
「代理人、それだけのためならこんな飲み会開く必要ないだろ。個別に取引すればいい話だ。他になにか目論見があるんじゃないか?」
白髪少年が目を平らにして〝魔帝〟に問いかけたわ。お、いい質問よ。もっと根掘り葉掘り聞いてちょうだい。
「そうだな。じゃあ二つ目の本題を話すよ」
そう言って〝魔帝〟は自分のノンアルコールドリンクに口をつけてから――
「俺は今、全次空を巻き込んだでかい〝祭〟を開くために準備を進めている。あんたらに参加してくれとは言わない。その代わり――邪魔をしないでくれ」
「ひっ!?」
や、やばい。やばいやばいやばいわ。〝魔帝〟が威嚇するようにほんの少しだけ魔力を解放した。でも、それだけで私は身の毛が弥立って小さい悲鳴を漏らした。下の方からも危うくちょっと漏れそうだったわ。
慌てて口を塞ぐ。だ、大丈夫。今は隠蔽状態だもの。たとえここで次空アイドルの曲を熱唱したって気づかれないわ。
ていうか、〝魔帝〟の威嚇にビビったのは私だけ。他の三人はどこ吹く風といった様子ね。威嚇されたとすら思ってないのかも。
「ほーん、そいつはただの祭じゃねえだろ。一つ目の本題とも関わっている。違うか?」
グラサン男がグラスを軽く回しながら、サングラスの奥の眼で〝魔帝〟を睨む。うぇええ、こっちもこっちでめちゃくちゃ怖い。特に顔が怖い。
「探らなくても答えるさ。三人には全部知った上で見逃してもらいたい」
苦笑し、〝魔帝〟はどこからか羊皮紙を束を取り出して三人に配った。資料を配ってプレゼンでもするのかしら?
「……」
「……」
「……」
「……」
えっ? 全員黙って資料を読んでるだけ? 口頭で伝えないの? これじゃなにが書いてあるかわからないじゃない!
どうせ気づかれないんだし、近づいて盗み見てしまおうか。
立ち上がりかけたその時、グラサン男が資料を一瞬で細切れに切り刻んだ。破談か? と思ったけどグラサン男は可笑しそうに笑ってるわ。
「ククク、面白ぇこと考えてやがんな。うちの上の愚妹が喜んで参加しそうだ。報酬次第じゃ裏方で働いてもいいぜ」
「なるほど、だから外出許可か。代理人をしてた頃のあんたは巻き込まれる側だったのに、人は変わるもんだな」
白髪少年もテーブルのローソクの火で資料を燃やしちゃったわ。もしかして、読んだら処分するように書かれていたの?
「あんたは? 元魔法士としての意見を聞かせてくれ」
〝魔帝〟が黒髪黒目の男を見やると、彼も資料を闇の中で消失させてから口を開く。
「馬鹿馬鹿しい考えだが、確かに〝魔帝〟であれば可能だろう。術式としても興味深い。俺ならもう少し魔力効率を上げることも出来るが」
あれ? 彼は一番乗り気じゃなさそうだったのに、資料に目を通してから表情が柔らかくなった? というか、好奇心に火がついたって感じね。
「俺はそっち方面に疎いからありがたい意見だ。術式担当にも伝えておくよ」
それからはただの雑談を挟みながら会食が進んでいった。その雑談すら聞き逃せないものばかりだったけれど、〝魔帝〟がなにを企んでいるのか気になって気になって頭に入ってこないわ!
もう一旦帰って情報をまとめようかしら?
いえ、それじゃ大した記事にはできないわ。ここはもう少し貼りついて情報を――グラサン男が親指で肩越しに私を指してきた。
白髪少年と黒髪黒目の男も横目でこっちを見たわ。
「で? 今更だが、アレはどうする? まさか気づいてないわけじゃないだろ?」
へ?
「重要な部分を口にせず書面で伝えたんだから、最初から想定していたんじゃないか?」
ほわい?
「わざと聞かせたのならば、その意図くらいは教えろ」
ま、まさか……?
「そうだな。気づいてないフリしてて悪かった。あんたもこっちに来て一緒に食べないか?」
バレてるぅーーーーーーッ!?
なんでどうしてどういうこと!? 私の能力はちゃんと発動されている……わね。じゃあ、なんで気づかれたの!? ほわっつほわーい!?
「本当はもう一人、ディメンショナル通信社のCEO――『智嚢の魔王』メーティア・レメゲトンも呼んでたんだけど……彼女は忙しいらしくてね。部下に取材させるって言ってたんだ。まさか透明人間が来るとは思わなかったけど」
「聞いてませんよCEO!?」
私にはスイーツ店を取材して来いってだけ……それすら隠語だった? もしくはこうなることを見越して面白可笑しくしようとしたとか? あのCEOならやりかねないわね。
と、思いっ切り叫んだ拍子に私の隠蔽能力が解けてしまった。
「あ……あっ!?」
私の能力は、身につけているものまでは隠せない。
つまり今は、全裸なわけで……
「い、いやぁあああああああああああああああああああああああああッ!?」
声高々に響いた悲鳴は、防音のおかげで外に漏れることはなかった。
その後、圧力に屈した私は〝魔帝〟が望む情報だけを様々な世界へ発信する。
もはやヤケクソで作った広告だったわ……。