他に誇れる事がありませんの?
「お前が悪い。お前が私を尊重しないのが悪い。お前がお前がお前がっ」
いきなりそう言われて、フローリアは困った。
そもそも、この男、誰よ?
知らない男だわ。
フローリア・レイデルク公爵令嬢はふわりとした金の髪の優しい令嬢だ。
高位貴族でありながら、誰しもを気遣い、王宮で困っている人を見かければ、優しく手を取って、話を聞いてあげる、評判の良い令嬢だ。
フローリアはいつも思っていた。
誰かの役に立ちたい。
誰かの為に生きたい。
人は皆、苦しんで生きている。
現にフローリアの母は身体が弱く寝たきりの生活を送っているのだ。
それを見ると、フローリアは、
皆、苦しんで生きているんだわ。お母様だけでなく、皆、何かしら悩みを抱えている。
だから、わたくしは出来るだけ人に寄り添える女性になろう。
だから、17歳のフローリアは、王宮での夜会やお茶会などで、人々に会うたびに優しく寄り添い話を聞いてあげるのである。
だから、人々はフローリアを
「なんて優しいフローリア様」
「天の女神様が舞い降りてきたような、そんなお優しく美しい」
「まだ17歳だというのに」
そんなフローリアがある日、用があって王宮を訪ねると、廊下で声をかけられたのだ。
顔は凄い美男で、金の髪に青い瞳の青年にいきなり、
「お前が悪い。お前が私を尊重しないのが悪い」
と怒鳴られた。
フローリアは冷静に、
「貴方はどなたですの?わたくしは貴方の事を知りませんわ」
「私の事を知らないだと?私は隣国から帰って来た第二王子のグラスだ。私の事を知らないとは不敬すぎる」
「お顔を見た事がありませんから」
「で?お前は私の婚約者のはずだ。母上がそう言っていた。それなのに帰国しても会いに来ない。どういうつもりだ?」
「貴方と婚約を?知りませんでしたわ」
「だったら、これから私の事を尊重しろ。お前の婚約者の私を」
そう言われても父から婚約者をグラス第二王子と結んだと言う話を聞いていない。
フローリアは結婚するつもりはなかった。
この公爵家で母と共に過ごしたかったから。
でも、父は顔を合わせる度に、
「お前が結婚してくれないと、跡継ぎがいなくなる。いいな?フローリア」
「わたくしはお母様の面倒をみながら生きていきたいと思っておりますわ」
そう言っていたのに。
家に戻って父に聞いたら、思いっきり不機嫌に、
「王家から正式に話が来た。グラス第二王子を我が公爵家に婿として迎え入れろと。あの出来の悪い第二王子を迎えたって、足手まといになるだけだ。王家の血筋なんて有難くもなんともない。あの第二王子にある良い所は顔だけだな」
酷い言われようのグラス第二王子。
フローリアは人の為に役に立ちたい。
人に寄り添いたい常にそう思っていたのものだから。
「解りましたわ。きっとグラス第二王子殿下も悩んでいるのですわ。ですからその悩みを聞いて差し上げて、わたくし寄り添いたいと思っております」
フローリアは心からそう思った。
だから、王宮に出かけ、グラス第二王子に面会を求めた。
グラス第二王子はフローリアを王宮のテラスに呼びつけて、
「やっと会いに来たのか。私を褒めたたえろ。こんな美しい私と婚約出来るのだ」
「あの、美しいって事はそんなに大切な事ですの?グラス様は他に誇れるものはありませんの?」
「へ?」
「顔が美しい方は他にもいらっしゃいますわ。他に誇れる事がありませんの?そうしたらわたくしは尊敬もしますし、褒めたたえますわ」
顔ばかり褒めるのは失礼だと思った。
グラス第二王子殿下は確かに美しい。美しいが、他にも褒めないとまずいとフローリアは思った。
褒めるところは沢山あった方がいい。
父はグラス第二王子が顔しか良い所はないと言っていたが。
黙り込むグラス第二王子にフローリアは慰めるように、
「王家の血筋でしたわね。それはもう立派ですわ。わたくし尊敬してしまいます。ですから自信をお持ちになって」
グラス第二王子は微妙な顔をした。
そして再びグラス第二王子の顔を見つめて、
「それで他に良い所があれば、褒めもしますし尊重致しますわ。それから悩みがあればお聞きして寄り添います。それが婚約者たるわたくしの務め」
グラス第二王子は、手でシッシと払って、
「もう用はない。帰るがいい」
「有難うございます」
王宮を後にした。
明日もグラス第二王子殿下に会って、寄り添って差し上げよう。そう思った。
フローリアは翌日もグラス第二王子に面会を頼んだ。
グラス第二王子はフローリアの顔を見て、
「何用だ?」
「婚約者になるのですもの。貴方に寄り添いたくて会いにきたのですわ。尊重しろと言っておりましたから、わたくし、グラス第二王子殿下の事を尊重したいと思っておりましてよ。で、顔と血筋の他に何を褒めたたえたらよろしいのでしょう」
グラス第二王子は黙り込んだ。
「褒めたたえて尊重したいと思っております」
グラス第二王子の手を握り締めて、
「ですから、わたくしに悩みを教えて下さいませ」
「いやいい……何だかお前と一緒にいると疲れる」
そう言ってグラス第二王子は行ってしまった。
結局、婚約は結ばれなかった。
グラス第二王子がフローリアと婚約するのは嫌だと言ったからだ。
フローリアは父に向かって、
「わたくし頑張りましたのに。グラス第二王子殿下って奥ゆかしい方ですのね」
レイデルク公爵は頭を抱えた。
この娘はちょっとどころかかなりずれている所がある。
まぁ厄介な王子を押し付けられなくて済んだのは良かったのだが。
フローリアは寝たきりの母の手を取り、
「お母様、一生、傍にいて面倒を見ますから安心して下さいませ」
「フローリア。わたくしは貴方に幸せになって貰いたいの。わたくしの事は気にせずに結婚して頂戴」
父が結婚相手を探して来た。
王国の騎士団長ブルドが是非、フローリアと婚約したいと申し込んできたのだ。
黒髪碧眼の彼は美男子だ。
相手は騎士団長。断る訳にはいかない。
歳は30歳。フローリア17歳と比べるとかなり年上だ。
フローリアはブルド騎士団長と会った時に、そのごつごつした手を握り締めて、
「何か悩みはありませんか。貴方がわたくしの婚約者になるのですね。騎士団長のお仕事は続けて下さいませ。家の事や領地経営はわたくしが父に習ってやりますから。貴方はお国を守る事に尽力して下さいね。ああ、悩みがあったらお聞きします。わたくしは人の為に生きたいと思っておりますので」
そうフローリアは言いながら、ブルド騎士団長の手を握り締める。
父が決めてしまった婚約。だったら、この人に寄り添いたい。
しかし、ブルド騎士団長は、
「申し出は有難い。だが、騎士団を辞めて私はこのレイデルク公爵家の為に尽くしたいと思っているのだ」
「何故です?お国を守る立派な仕事ではありませんか」
「国を守る立派な仕事は過酷でな。そろそろ私も妻子が欲しい。人を愛する幸せを感じたい」
「それでわたくしと婚約を?」
「そなたこそ、人の為に生き過ぎてはいないのか?自分の幸せを考えた方がいい。でないと疲れてしまうぞ」
自分の幸せ。今まで人の事しか考えてこなかった。
わたくしの幸せって何かしら。
「わたくし、人の役に立ちたい。人の悩みを聞いてあげたい。それしか思ってこなくて。でも、貴方様の言葉で目覚めましたわ」
「それなら、一緒に、いかに自分達が幸せになれるか考えていこう」
この人と自分の幸せを考えていける。そう思えた。
確かに人の為に生きる事は大切だ。
でも、フローリアは疲れも感じていた。
人の為に生きながら、でも、自分を犠牲にし過ぎていない?
少しはこの人と自分が幸せになれる未来を考えた方が良いのではないか。
そう思えてきたのだ。
ブルド騎士団長と王都のカフェに出かけた。
「護衛を二人つけてあるから、安心してカフェで楽しもう」
そう言ってくれた。
カフェで甘いものを食べる経験なんて今まで考えられなかった。
いつも人の心配ばかりして、人の話ばかり聞いて。
ブルド騎士団長と食べる甘いケーキはとても美味しくて。
ブルド騎士団長は、
「こうして令嬢と共にケーキを食べるなんて私は今まで考えられなかった。忙しくて忙しくて。美味いな」
にこやかに笑うブルド騎士団長。
フローリアもケーキを食べながら、
「栗が美味しいケーキですわね。ああ、幸せ。こうして殿方とケーキを食べるなんて」
自分の幸せを……
この人と一緒に考えていきたい。
フローリアはそう素直に思えた。
父がこの婚約を急いだほうがいいと言って、さっさとブルド騎士団長と婚約を結ぶ事になった。
何故なら、再び王家がグラス第二王子と婚約を結んで欲しいと言ってきたからだ。
一度は消えた婚約話。しかし、誰がグラス第二王子を婿に貰いたいものか。
この王国は王家の血筋をあまり有難がらないのだ。
何故なら四代前の国王陛下が子沢山で、無能な王子を各家に配りまくった。
だから先祖を辿れば皆、高位貴族達は血が繋がっていたりするのだ。
王家からの王子はただでさえ、無能ならば必要ない。
それが、各高位貴族達の常識になっていた。
だから、無能なグラス第二王子はいらない。必要とされない。
グラス第二王子は焦ったのだろう。
再び、レイデルク公爵家に話を入れてきた。
でも、フローリアはブルド騎士団長と婚約を結んでいた。
レイデルク公爵家にグラス第二王子自ら馬車で乗り込んで来た。
レイデルク公爵とフローリアは仕方なく出迎えた。
グラス第二王子はフローリアに向かって、
「お前と婚約を結んでやる。有難く思え」
フローリアは困ったように、
「わたくし、ブルド騎士団長と婚約を結びました。ですからお断りします」
「私は美しくて王家の血筋だ。結んだ婚約は破棄して私と婚約をしろ」
「あの、他に秀でた所はありますの?ブルド騎士団長様は剣技も優れていて、知識も素晴らしくそして、顔立ちも整っておいでですわ。30歳まで結婚しなかったのは仕事が忙しかったとか。血筋もバルデルク公爵家の出身だとか。その‥‥グラス様はブルド騎士団長より優れておいでですの?」
「私は王家の血筋だ」
「さかのぼればわたくしだって王家の血を引いておりますわ」
グラス第二王子は黙り込んだ。
レイデルク公爵がベルを鳴らして、
「グラス第二王子殿下がお帰りだ」
「私は婿入りするところが無いのだ。どこの家も断られて。王家の血筋なんてありふれていると」
レイデルク公爵は呆れたように、
「それはそうでしょう。さかのぼれば王家の血筋を皆、引いておりますから」
フローリアも頷いて、
「そうね。わたくしも、さかのぼれば引いておりますし、ブルド騎士団長もさかのぼれば引いておりますわ。それ程、珍しい血筋でもありませんわね。でも、大丈夫ですわ。探せばきっとグラス第二王子殿下も良い所はありますわ。顔と血筋以外でも」
「だからお前は嫌いだーーーー。私が婿入りしてやるというのに。酷すぎるっ」
グラス第二王子が泣きながら帰って行った。
何か心を抉る事を言ったかしら……でもわたくしと婚約をすることもないし、関係ない人だわ。
グラス第二王子が変…辺境騎士団へ行ったと聞いた。
「その美しさなら我が騎士団で役に立つと思われます」
「だから行こう。ヴォルフレッド騎士団でその美しさを役立てよう」
「さぁ明日に向かって走るのだ。触手で後押しするぞ」
「三日三晩。寄り添ってやるから、頑張ろう」
何だか訳の解らない事を言われて騙されてグラス第二王子は変…辺境騎士団へ連れていかれてしまった。今頃は、美しさを武器に頑張っていることであろう。
フローリアは幸せだ。
彼はフローリアの幸せを共に考えてくれる。
フローリアも騎士団長を辞めたブルドの幸せを共に考えて。
人の為に生きるのは良い事だ。
でも、フローリアは自分の幸せも考える事にした。
せっかく生まれてきたのだもの。
自分の幸せを考えても罰は当たらないわ。
愛しのブルドと共に、身体の具合が良くなってきた母の車いすを押すフローリア。
空は晴れ渡り、どこまでも美しく。
フローリアは幸せを感じるのであった。




