序章
暖炉の火が、静かに揺れておりました。
窓の外には満月が出ており、その光は薄い帳を通して、絨毯の上にやわらかな影を落としておりました。
夜も更け、城の奥にあるこの一室には、もう誰の足音も聞こえません。
ただ、薪が時折、小さく爆ぜる音だけが、部屋の静けさを際立たせておりました。
双子の皇子は、それぞれ寝台の上で身を起こし、暖炉のそばに座る老人を見つめておりました。
「爺や」
「今夜も、お話をしてくれるのですよね」
第一皇子が言いました。まだ眠気の残る声でしたが、その目だけは輝いておりました。
老執事アルドリックは、ゆっくりと頷きました。
三代の帝に仕えてきたこの老人は、いつも穏やかで、いつも静かで、そして、いつも何かを語る前に、少しだけ目を閉じる習慣がございました。
「さて、今夜は何のお話がよろしいでしょうか」
「英雄の話!」
「黒狼隊の話をして。父上が、昔そういう人たちがいたって言ってた」
老執事の手が、わずかに止まりました。
それは、薪を一本くべようとしていた、その動作の途中でございました。
誰も気づかぬほどの、ほんの一瞬のことでございます。
「黒狼隊、でございますか」
「うん。すごく強い人たちだったんでしょう?」
老執事は薪を炉にくべました。火が一段と明るくなり、部屋の中の影が、ゆらりと動きました。
「ええ」
老人は静かに答えました。
「左様でございます。今からおよそ五十年前――この帝国がまだ存在せず、大陸の中央に一つの王国が栄えていた頃のお話にございます」
第二皇子は、それまで黙って毛布を抱えておりましたが、ここで小さく口を開きました。
「王国? 帝国の前に、王国があったの?」
「左様でございます」
老執事は、暖炉の火を見つめながら、静かに語り始めました。
「その王国にもまた、月の紋がございました。暦も、祈りも、旗の色も、今の帝国とよく似ております。帝国は、何もないところから生まれたわけではございません。滅びたものの上に、新しい名を得たのでございます」
「でも、なくなっちゃったんでしょう?」
第一皇子が言いました。
「ええ」
老執事は頷きました。
「どれほど栄えた国も、いずれは形を変えるものにございます。王国は――今より五十年ほど前、滅びました。そして、その焼け跡から、今の帝国が生まれたのでございます」
第二皇子は、毛布をきゅっと抱え直しました。
「滅びる時って、どんな感じだったの」
老執事は、その問いには直接答えず、ゆっくりと続けました。
「それをお話しするには、一人の男の生涯から始めるのが、よろしいかと存じます。王都の守護を担っていた、ある部隊の隊長のお話にございます」
「黒狼隊だ!」
第一皇子が嬉しそうに言いました。
「左様でございます。黒狼隊」
老執事は、わずかに目を細めました。それは微笑みのようにも見えましたが、暖炉の炎の揺らぎのせいで、はっきりとはわかりませんでした。
「隊長の名は、アルヴァイン。物語は、彼が生まれた、ある農村から始まります」
窓の外、月光は変わらず静かに差し込んでおりました。
老執事は、長い長い昔話を、語り始めました。




