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Antinomy

作者: 404、または別の何か。
掲載日:2026/03/28

この世は舞台、人はみな役者だ。

──ウィリアム・シェイクスピア『お気に召すまま』

 これは小説でも、物語でも無く、ただ、ある一人の演者/観測者の()()に至るまでの道。偽りは無く、標もない。ただ風雨に晒され、消え欠けた轍のみ。


 今日も演目が終わった。変わらず酷い三文芝居だ。三百人ほどが見物する劇場で、拍手する者が二、三人居たら良い程の出来であった。帳が下ろされ、漆黒に包まれた舞台には、他に誰一人として残ることはない。私はそこに腰を下ろし、深々とため息を吐き、目を閉じた。私のいつものルーティンだと誰もが知っているから、探しに来る者はいない。

 ディストピアの中にいる人はそこがディストピアだと気付かないのだという。ならばきっと、私は初めからその中に居なかったのだろう。高い高い塀の上で、糸電話と双眼鏡を持って、その中に居る人を眺めて、会話していたのだろう。彼らは底抜けな程に天真で、それでいて悪意を持っていた。それゆえか、彼らと話しているとどこか胸の内が酸く感じた。そして、私は糸電話を持つのをやめた。

 しばらく思考を逡巡とさせた後、私は一つの結論に至った。私は舞台から飛び降り、楽屋には戻らず、そのまま観客席から退場した。誰にも注目されることはなく、特別な関わりもなかった私は、誰もいなくなった劇場から逃げるように去った。戻りたくても、もう戻ることはできないだろう、そして私を探す者はいないだろう。そんなことを考えているうちに、既に知らない場所まで来てしまった。

 それから、私は塀から飛び降りた。ディストピアとは逆の方向に。当然、梯子などというものがかかっているはずは無く、二度とそこには戻れなかった。当然戻る気もなかった。彼らと会話していると、どことなく胸の内が酸く感じることに、どうも耐えきれなくなってしまったらしい。きっと彼らは糸電話が何も答えなくなったことを嘆き、異邦人の私を探すだろうが、そんなことはどうでもよかった。私にとって彼らと言葉を交わすのは、苦痛になっていたから。気付けば、果てのない荒野を、どこまでも進んでいた。高く聳えていたはずの塀も、いつしか見えなくなっていた。

 知らない夜をどれほど歩いてきたのだろう。初めは歩数を数えていたが、いつの間にか忘れてしまっていた。今宵はどこで夜を明かそうか、などと考えているうちに、ふとあの劇場がとても安逸な場所だと思うようになっていた。どれだけ見苦しい三文芝居でも、そうしていれば、それを耐えれば生きていくことができるというのだから。

 果てのない荒野を、どこまでも歩いていた。足はまだ動く。標も、轍も無い地平。先を往く者も、私の跡を辿る者も、いるはずがない。思えば、道さえない荒野の中で、既にいくつかの国を渡ってきた。されど、私は国の中に深く入ることは無く、決まって塀の上で双眼鏡を手に国の中を眺め、糸電話を通して誰かも分からない人と話しているのだ。そして、誰にも記憶されることなく、いつの間にか去っているのだ。糸電話を通して話す素性も知らぬ人を、私は記憶しているというのに。

 ふとした時に、生死とは何かなどと考えてしまうのは、世にいうADHDだからなのかもしれない。そうであるとしか思えなくなってしまう程長い間、心は締め付けられていた。そして、私が求めていたものは、結局のところ自己満足に過ぎないものだったのだろう。そのためにあんな劇場に留まって、限界まで演じていたのだろう。しかしそれはほぼ手に入らなかった。私の原動力は、承認欲求程度の薄っぺらい理由しかなかったのだ。

 それで、時々、自分が恐ろしくなる。俗に言うメサイア・コンプレックスというものなのだろう。特段何も無いのに相手の会話を聞いていると、忽然と劣等感を感じたり、嫉妬したりする。その反面、誰かに何かを聞かれた時は、何とも言えない充足を感じた。それ故か、自ら他人に尋ねることは減り、ただ相手が問いかけてくるのをただ待つように成ってしまった。今こうして独りで荒野を歩いているうちも、誰かやってきて「どこへ行くのか」(Quo vadis)と尋ねてくるのを、心の底では待ち望んでいた。

 思うに、我々は死そのものを恐れているわけでは無いのかもしれない。本当に恐れているのは死の性質であろう。この先永遠に会えない、その先に何があるかなどということ。その意味で、未練が無いというのは、死ぬための実に良い口実だと思った。これ以上此岸に思い残すことが無ければ、そのような性質に対する恐怖は薄れるだろう。未知に対する恐怖はまた別であるにせよ。そして今、私の人生を振り返って見た時、どうも未練しかないようで、とても死ぬ気にはなれないでいた。かと言ってこの先どう生きるべきかなどは知らない。歩き疲れたために、ふと天を仰げば、月はすでに頭上にあり、辺りに家々の灯火は無かった。ただ独り河堤の草地に身を横たえ、泥潭(でいたん)のような星空を眺め、静かに目を閉じた。

 独りで居ることは決して苦にはならなかった。孤独は良質な着想を呼ぶ。しかし、孤独は蠱毒、それを自覚した時から現実を蝕むもので、次第に現実は塗り替えられ、見知ったものがまるで知らない物体に変わっていく。机に置いてある砂時計が、氷の塊としか思えなくなるように。そして、どうも私の心は、人との交流を求めていたらしい。それは孤独から私を引き戻すものであり、冷え切った世界を融かすものである。一度、塀から降りる時に体を打ち、一月ほど動くこともままならなかった時は、自分の思考すら異物に感じるほどであった。


 夜が明けた。


 夜が来た。


 再び歩き出す気力は無かった。


 歩き続けるしかなかった。


 どこまで行っても、二律背反な一人の演者/観測者の()()は、誰にも知られることはなかった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。酷い文章だったでしょう?

では、少しばかりの問いかけをば。


・「心中」は、何と読むのが正解でしょうか?

そして、本当の語り手は誰なのでしょうか。

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