第一章⑥『精神騎決闘《スピリットバトル》』
「放課後に、体育館裏に異性を呼び出す」という、マンガや小説で誰しもが一度は目にしたことがあるであろうシチュエーション。それが男同士での約束だった場合、その目的は集団リンチとか決闘的なこととか、そういうことである可能性もある。しかしながら、メジャーなのは無論そんなヤンキー漫画的展開ではない。
そう、「愛の告白」である。
そして僕───藤鳥剣悟は今、クラスメイトである風晴陽葵さんに対し、放課後に体育館裏へ来るように言った。……ということになっていた。
「ちょっ……ちょちょちょちょちょ待って!!!!」
クラス中がどよめく中、一人慌てて声を上げる僕。何故かってそりゃ、僕は風晴さんを体育館裏に呼び出して告白するつもりなんて、毛頭なかったからだ。
「ちょっと広崎くん!? 何急にとんでもない事言い出してくれてんの!!?」
ヒソヒソ声で、しかしすごい剣幕で広崎くんを問い質す。事の発端である人物───広崎甲牙くんは、しかし一切悪びれる様子はなく、むしろ上手くいったぜ! と言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「なにを弱気になってるんだ。 言っただろ? 風晴を狙うライバルは多いと。 ……なら、アクションは迅速かつ大胆にやった方が良い」
「いや、だからさ……」
僕は別に、風晴さんを狙っている訳ではない。そう何度も弁明しようと試みているというのに、広崎くんが全く聞く耳を持ってくれなかったのだ。どうしよう……と頭を抱えていると、僕の心そのままに落ち着かない様子の精神騎が、そのままガツンッと風晴さんの足元に直撃した。
精神騎を目で追っている内に、その目線が風晴さんと重なる。ハッとして風晴さんの方を見ると、彼女は目を丸くしながらポカンとした様子で佇んでいた。足元にいた彼女の精神騎も、口をあんぐりと開けている。
「い……いや、あの、違うんだよ! 今のは広崎くんが勝手に言い出したことで……!」
「何を言ってるんだ! お前の為にチャンスをつくってやったんだぞ? それに、藤鳥の気持ちは嘘偽りのないものだろう?」
「お願いだからちょっと黙ってて!!」
クソッ……悪意がない分本当にたちが悪い!
広崎くんは悪乗りでやってる訳ではないらしく、物凄く真面目な顔で反論してきた。彼としては善意からの行動なんだろうけど、僕からしてみればこれ以上ないありがた迷惑だ。
「え、えーっと……藤鳥くん?」
「ハッ!?」
訝しげな表情でこちらを窺う風晴さん。マズい……やっぱり少なからず誤解してるっぽいぞ……。
「放課後に体育館裏に呼び出される。これ即ち告白」というのが共通認識として風晴さんたちの頭の中にあると仮定しよう。多分、今の僕と広崎くんのやり取りで「放課後に体育館裏に呼び出す」と言い出したのが、僕ではなく広崎くんだった、ということは恐らく皆察してくれた筈だ。しかし、広崎くんが何故そんな行動に出たのかと考察する際、「藤鳥が『風晴に好意がある』ということを話したから、広崎が気を効かせた」となってしまう。
これの何がマズいって、体育館裏に呼び出すことは撤回できたとしても、「僕は風晴さんの事が好きだ」という認識が、皆の頭の中で確立されてしまって、どうしたって覆らないということだ。「へー、アイツ風晴の事好きなんだー」とか噂されるだけならまだしも、風晴さん自身が嫌がって距離を置いてしまうかもしれない。……あ、ちなみにさっきの"会話から皆の心中を推察する"ことについてだけど、言語はその格率に反した言外の意味というものを有していて、人はそれを解釈する上で───
『───おい! くだらない解説はいいから、 目の前のことに集中しろ』
『……ハッ!?』
呆れた声(脳内)で、ハナコが喝を入れる。しまった……こんな時にまで心理学知識を語りたい欲が出てきてしまった。ともあれ、ハナコのおかげでようやく現実へと戻ってきた僕は、改めて風晴さんに……というか、クラスメイト全員に対して弁明を試みる。
「えっとね、違うんだよ! 話せば長くなるんだけど、これは広崎くんの誤解でね……!」
「誤解……?」
「そ、そう! 誤解なんだ! だからその、いきなり呼び出して告白とか、そういうつもりは全くなくて!」
「そ、そうなんだー……ふーん……」
「……」
どうしよう、すごくやりづらい……!
朝のホームルームの時のような、風晴さんの何でも茶化しちゃうスキルが全く発動していない。風晴さん自身も戸惑っているらしく、彼女の精神騎がとても息苦しそうにしているのが見えた。彼女からしてみれば、「大勢のギャラリーがいる中で異性に花束を渡されて告白された」みたいに感じているのだろう。フラッシュモブ……だっけ? あれ、やられる側からしてみれば、両思いとかじゃない限りは本当に迷惑だそうで。
「またまたぁー、実は風晴のこと狙ってたんじゃねーのかよ?」
「遅かれ早かれ、告白するなら今がチャンスなんじゃない? キャー♪」
「早く告れよ藤鳥ぃー!」
ここにきて、ギャラリーがやいのやいのと騒ぎはじめた。ノリが良くて明るいクラスだと思ってはいたが、この状況では完全にそれが裏目に出ている。僕も風晴さんも、もう何も言い出せなくなってしまっていた。どうしよう、このままじゃ本当に───
「───おい、ちょっと待てやコラ」
と、クラスメイト達のガヤを断ち切るような重い声が響いた。一瞬にしてしんと静まり返った教室の中で、ただ足音だけが響き、それはゆっくりと僕の方へ近づいてくる。
「き、君は……?」
足音が止むと同時に、一人の小柄な男子が僕の眼前に立った。不良用語で言うところの「メンチを切る」みたいな状態で、彼は静かに威圧するように、
「小竹淳平だ。 ……テメェ、自己紹介の時からいけすかねぇ野郎だとは思ってたが、ちょっと調子乗りすぎなんじゃねえか? あン?」
小竹淳平……そう名乗った彼は、細眉で髪も短く、校則に違反しない最低限の範疇で、不良感溢れる出で立ちをしていた。そういえば、自己紹介の時にめっちゃ睨んでくる人が一人居たのを思い出した。彼はどうやら、僕のことが気に入らないらしい。
「転校生だかなんだか知らねぇが、新参者の分際でイキッてんじゃねえぞコラ。 それとも、一発殴られねーと分かんねーか?」
「おい待て! 転校生相手にいきなり喧嘩ふっかけるのは野暮だろう。 それに今、藤鳥は大事な話をしているんだ。 私怨なら後にしてやれ」
広崎くんが、左手でサッと僕を庇いながら小竹くんを説得する。小竹くんは、面倒くさそうに「チッ」と舌打ちをしながら、
「甲さんはソイツの味方かよ。 ……ま、アンタはお人好しだから、薄々分かっちゃいたけどな」
甲さん……? 小竹くんは、広崎くんのことを「甲さん」って呼んでるのか?
まぁ確かに、見た目的には広崎くんの方が喧嘩とか強そうだし……小竹くんもそれを認めているからこそ、「さん」付けで呼んでいるかもしれない。クラス内のヒエラルキーにおいては、彼は広崎くんより下にいるようだ。ただ、小竹くんはそれでも引き下がりそうにない様子だった。
「でもな、俺はテメェが気に入らねぇ。 テメェがいかに身の程知らずか教えてやるよ。 勿論、殴り合いでなァ?」
指の間接をバキボキと鳴らしながら歩み寄ってくる小竹くん。このままじゃ、僕が風晴さんを体育館裏に呼び出すとかじゃなく、僕が小竹くんに呼び出されてボコられる。転校初日から、心だけじゃなく体にまでダメージを負う羽目になるなんて、そんなの絶対嫌だ! でも、一体どうすれば……
『……ふむ、良い機会だ。 試しに決闘してみたらどうだい?』
「………………はぁっ!?」
ハナコの思いがけない提案に、僕は思わず声をあげて驚いてしまう。
「あ? なんだ急に? それでガン飛ばしたつもりか?」
「あっ……いや、違っ、そうじゃなくて! 今のは違います! ごめんなさい!」
イライラしている小竹くんをこれ以上刺激しないように謝りながら、改めてハナコに抗議する。
『いきなり何言い出すんだよ!? そんな、決闘なんて出来っこないって! それに、戦ったとしても僕がリンチされるの目に見えてるし!!』
『馬鹿だな。 誰が拳で決闘しろなんて言った? 私が言ったのはそういう決闘じゃない』
相変わらずのいけ好かない態度にムッとしながらも、とりあえず冷静になり、「彼の足元を見てみろ」というハナコの言葉に従って目線を下げてみる。そこには、もう大分見慣れたフォルムの精神騎がいた。小竹くんの精神騎は、手にメリケンサックを装備している。
今朝、自分の精神騎を見た時に発見した、あの剣。ただのキャラ付けか、それとも何か用途があるんだろうか……などと、その時は漠然としか意識していなかった。しかし、今の「決闘」という言葉と、精神騎達の装備。……何となく、それらが意味しているものを察してしまう自分がいた。
『……もしかして、精神騎同士を戦わせるとか、そういう……?』
『ああ。 それこそが、"精神騎決闘"だ』
精神騎決闘……またなんか聞き慣れない造語が出てきた。まぁ、読んで字のごとく精神騎同士の決闘って意味なんだろうな、ってことはなんとなく分かるけど。
でも、精神騎をどうやって戦わせるというのだろう。僕の足元でカクカクと首を捻っている精神騎を見ながらふと考える。というか、自分の思い通りに動くのかコイツ?
『案ずるな、君はもう精神騎同士の接触はこなしているだろう? その要領と同じで、相手と会話をすれば良い。 ……まぁ、今回は"決闘"だから、論破や言い負かしといった概念で以て勝敗を分ける、というルールになるけどね』
まるで僕の心を読んだかのように解説を……いや、実際読んでるんだっけ。
ともかく、ハナコが言うには、精神騎決闘だろうが何だろうが、精神騎を動かすためにはやはり会話が必要になるらしい。で、会話の中で相手を"打ち負かす"ことが、決闘における勝利になる、という事だそうだ。
『……ただし、“相手の心を傷つける”ような戦い方は避けてくれ。 決闘で相手の心にダメージを与えてしまうのは致し方ないが、相手を傷つけて“心を殺す”ことになってしまってはマズい。 精神騎使いとして、それは今後とも気をつけておいて欲しい』
『わ、分かった、それは注意する。 でも……』
チラ、と遠慮ぎみに目線を上げる。目の前には、怒りのオーラを纏いながら睨み付けてくる小竹くんと、置いてけぼりにされてオロオロする風晴さんと、なんか気まずそうなギャラリー達。……こんな状況下で、うまく立ち回れるのだろうか?
『ま、こういうのは場数を踏んで慣れていく事が唯一の近道さ。 ……それに、どのみち此処で彼や周りの人たちを説得しないと、君は『転校初日にクラスメイトに告白し、玉砕した後に不良にボコられた憐れな子』という烙印を押されるよ?』
『それだけは絶対嫌だ!!!!』
『なら、頑張ってこの場を切り抜けるんだね』
『うぅ……どうして僕がこんな目に……』
はぁ……と無意識にため息が溢れる。正直、気は進まない。けどハナコの言う通り、この状況をなんとかしないといけないのは事実だ。だったらもう、腹を括ってやるしかない……!
心に宿ったやる気に呼応したかのように、僕の精神騎が一瞬メラメラと火を纏う。すぅ……はぁ……と深呼吸をして心を落ち着かせた後、精神騎と一緒に、ゆっくりと一歩、小竹くんの方へと歩み寄った。
「小竹くん、だったよね? 僕のことが気に入らないって言ってたけど……それは、どうして?」
まずは、カウンセリングの要領で会話の目的を明確化する。威圧的な印象を与えないように注意しながら、だ。
「あァ? なんだよいきなり……んなモン決まってんだろ、テメェが調子に乗ってっからだよ!」
彼の精神騎が、メリケンサックのついた右手で僕の精神騎に殴りかかってきた。「言葉を真に受けない」ことで回避を試みるが、僅かにダメージを受けてしまったようだ。精神騎と共に僕の顔が歪む。
「……そうは言ってもさ、なにか原因はあるはずだよね? 君が僕に対して苛立ちを覚える理由が」
「いちいちうっせーな! メンドクセーんだよ!」
「やっぱりさっきの……体育館裏呼び出しの事が関係してるよね?」
「……いい加減にしろやゴルァ!!」
その時、彼が精神騎……ではなく、直接的に僕の方へ殴りかかってきた。突然の行動にビックリして、身が強張って動かない。ヤバい……! と、顔にジワリと鋭い痛みが走るのを覚悟して反射的に目を瞑る。
が、衝撃は響かなかった。僕のまさに眼前で、広崎くんが小竹くんの拳を受け止めていたのだ。
「早まるな。 コイツの話をちゃんと聞いてやれ」
「…………チッ」
広崎くんに諭され、不服そうに拳を下ろす小竹くん。というか、こうして見ると広崎くんってものすごい貫禄ある感じするな……。彼は将来、SPとかに向いているのではないだろうか。
『……余計なこと考えてないで、決闘に集中しろ』
っと、そうだった。今僕の心はハナコに見られてるんだった。
コホン、と咳ばらいを一つ挟んで決闘を……もとい、説得を再開する。
「恐らく小竹くんは、僕が風晴さんを体育館裏に呼び出した行為について怒ってたんだよね? あるいは、僕が自己紹介をしたあの時から溜まっていたヘイトが、今の僕の行動によって爆発した。 違う?」
一つ一つ確認するように、言葉を並べて状況を整理していく。ちなみに、僕の精神騎はまだ相手に手を出していない。ただ鋭い眼光で以て相手をじっと見つめているだけだ。そんな精神騎からの熱視線を知ってか知らずか、小竹くんは顔を背けて面倒くさそうに「あぁ、そうだよ」と呟いた。
『ふむ……やっぱり思った通りみたい』
『随分と落ち着いているけど、何か策でもあるのかい? さっきから全然攻撃してないじゃないか』
『大丈夫。 要は、相手の心に軽くダメージを与える程度で、相手を言い負かすことができれば良いんだよね? ……なら、ここは彼の弱点を利用して"状態異常"にすれば良い』
心の中でフフン、と得意気に笑いながら、僕は攻守交代の合図かのように次の段階へ足を踏み入れた。
「自己紹介の時に僕に苛立ち、さっきの件でまた僕に苛立った。 ……となると、君が苛立ちを覚えるトリガーがある筈だ」
「さっきっからチンタラ喋ってんじゃねえよ! 何が言いてぇんだよテメェは!?」
激昂し、また殴りかかってきそうな雰囲気を醸し出す小竹くんに圧倒されかけながらも、僕は真っ直ぐに彼を見つめ、僕の精神騎が剣を構えると同時に、言った。
「多分だけどさ……小竹くん、風晴さんの事好きなんでしょ?」
「…………は、はあぁぁぁ!?」
一瞬シーンと静まり返り、すぐに「えええぇぇ!?」というどよめきに教室一帯が包まれる。小竹くんのテンパり具合や、彼の精神騎の目が白黒に点滅してるのを見るに、ビンゴのようだ。僕の精神騎が、彼の精神騎の"痛いところを突いた"のだ。
「だってほら、僕の自己紹介の時、風晴さんが僕に助け船を出してくれたでしょ? それに、さっきの件はあからさまに風晴さん絡みだし。 それってつまり、小竹くんは僕のことが気に入らないというよりむしろ、僕が風晴さんと仲良くしてるのが気に入らないって事なんじゃない?」
「なっ、ふ、ふざけんなテメェ!! バカ、この……何バカな事いってんだよ!!」
「僕がいきなり風晴さんを体育館裏に呼び出したから、先を越される! って思って慌てて止めに入った。 そんな感じじゃないの?」
「うるせぇ!! こんの……テメェェェ!!」
さっきにも増して小竹くんの怒号が激しくなる。しかし、それは苛立ちから来ているものではなく、好きな女の子をバラされた事への恥ずかしさから来ているものだろう。周りの皆もそれが何となく分かるからか、さっきよりもホッコリした目で彼のことを見ていた。広崎くんとか特に。
『……なるほど、状態異常というのは"やけど"のことか』
僕の意図を察したらしいハナコが、ため息交じりに呟いた。でも、呆れた感じのため息じゃなかったし、多少は感心してくれているのだろうか。
僕の狙いは、小竹くんの心にやけどを負わせること。要するに、ちょっと恥ずかしい失敗をしてもらうということだ。僕自身、朝のHRで盛大に噛んだ時のことを思い出すと、やけどの古傷が傷むような感じがする。それと同じように、やけどのダメージはジワジワと彼に効いてくることだろう。これで彼は、威勢よく発言できなくなった訳だ。
「そうか……小竹、お前も風晴にほの字だったのか! こいつは盛り上がってきたな!」
「ちょ、甲さんまで何言い出すんだよ!!」
「ハッハッハ、そう照れるなよ。 こうなりゃ、どっちが風晴を射止めるか勝負しないとだな!」
一人で盛り上がって、また勝手にそんな事を言い始める広崎くん。ここまで来ると、流石に呆れてくる。
「ねえ、広崎くん?」
「お、どうした色男? ここから先は己の力だけで戦うべきところだぞ?」
「……一回落ち着いて、周り見てよ。 君が勝手に話を大きくしたせいで、今こんな状況になってるんだよ? それは僕たちのためなんかじゃなくて、単なる自己満足なんじゃないかな?」
「なっ……」
僕の精神騎が、ギラリと光る刃先を広崎くんの方へ向けて牽制する。僕もちょっと苛立っていたのだろうか、精神騎に僅かながら"毒"属性が混じっていた気がした。あんまり毒をはくのは良くないとは分かっているけど、この状況下だし、恨み言の一つぐらい吐きたくなる。
広崎くんは、辺りをチラッと見渡すと、自分の過ちに気がついたのか、素直に謝ってくれた。
「いや、すまんすまん……俺はただ、お前や小竹の恋路を応援したくてだな」
謝罪しつつも、まだ僕が風晴さんに気があると信じて疑わない広崎くん。というか、なんかあんまり反省してるように見えないんだけど……!
まぁ、もう仕方がない。ここまで来たら、もう奥の手だ。彼を無理矢理にでも納得させる為には、これしかない。
「あぁ、その事なんだけどさ……」
大きく息を吸い込んで。そして、ニヤッと笑みを浮かべてから、一言。
「───僕、もう既に彼女いるんだけど?」
「…………な」
広崎くんの顔から笑みが消えた。同時に、クラスがまたシーンと静まり返る。そして、数秒間のタメの後、まるで火山の噴火のように「えええええええ!?」という皆の声が響き渡った。……なんでウチのクラス、皆こぞってオーバーリアクションなんだろう。
「お、おい! どういう事だテメェ!」
「いや、だからさ……転校する前からずっと僕には彼女がいるんだよ。 まぁ、僕が転校しちゃったから、今は遠距離恋愛になってるんだけどね」
「待ってくれ! しかし、お前はさっき、俺に風晴の事を聞いてきて……」
「うん。 確かに『風晴さんがどんな人なのか』は聞いたよ? でも僕は、一言も『彼女に気がある』だなんて言ってないからね?」
唖然とする広崎くん。彼の精神騎をはじめ、多くの精神騎達が口をポカンとだらしなく開いて、まさに"開いた口が塞がらない"様子だった。さっき、僕の精神騎が放った覇気みたいなのが、パンチ力のある言葉と共に皆に届いた結果だろう。これでようやく、僕にかけられていた誤解はとけた筈だ。
「これで分かったでしょ? 僕が風晴さんを体育館裏に呼び出したってのは、僕が風晴さんに気があると勘違いした広崎くんの早とちり。 でもって、小竹くんに恨まれる筋合いは僕には無い。 ……分かってくれた?」
ちょっと得意気になりながら、クラスメイト皆に向かって語りかける。……というか今気づいたけど、僕この完全アウェーな状況でよくこんなに弁舌振るえたな。気分が乗ってきた、って意味での馴化の作用もあるのかもしれない。まぁ、こんなにスラスラと喋れるんなら、自己紹介の時に噛まないで欲しいものだ。
と、自分で自分のやけど傷をつついて痛がる精神騎を見ながら苦しんでいると、頭の中でハナコが嫌みったらしく話しかけてきた。
『……良いのかい? あんなに豪快に"嘘"をついて。 後で取り返しがつかなくなるよ?』
『ぐ……そんなハッキリ言わなくて良いじゃん……』
……はい、そうです。僕に彼女は居ません。嘘ついてごめんなさい。
まぁ、この場を切り抜けるにはこうするしか方法はなかっただろうし、結果的に僕への誤解もとけたのだから良いだろう。小竹くんの精神騎含め、ほぼ全員の精神騎が"気が抜けて"いる状態に陥っていた。決闘風に言うならば、相手の戦意喪失により僕の勝利だ。
『にしても、初めてでここまでやれるとは……。 カウンセリング時にのみ人格が変化したのか、あるいは……』
『? ハナコ、今何か言った?』
『……いや、何でもないよ。 結果だけ見れば、確かに君の勝利だ。 火属性の精神騎使いにはあるまじき戦いだったような気はするけど、ひとまずお疲れ様』
『一言多いってば……』
罪悪感に苛まれつつ、とにかく今は場の収集をつけようと、手をパンパンと叩く。僕の体育館裏呼び出し騒動は、これにて一件落着だ。初めはどうなることかと思ったけど、丸く収まったみたいで本当に良かった。まぁ、転校初日からこんな形で悪目立ちしちゃったのはいただけないけど……。でも、裏を返せばまだ先は長い。これからゆっくりじっくりクラスに溶け込んでいって、穏やかな日常に収束していってくれれば、それで良いのだ。
「はい、じゃあこの話はおしまい! もうすぐ五時間目の授業始まるし、皆ももう席に戻って───」
「───おしまい? 何言ってるの?」
ゾクッと、悪寒が背中を駆ける。怒りがこもったその声は、席に戻ろうとしていた僕たちの足を止めるには十分すぎるものだった。
「風晴、さん……?」
朝の時とは違う、負のオーラを纏った彼女を見て、一瞬恐怖を感じた。精神騎が、ガクガクと足を震わせている。それが、彼女の精神騎から放たれる威圧的な眼光による影響だと気づいた時には、もう何もかも遅かった。
「いきなり体育館裏だかなんだかの話になったと思ったら、私を……私をほったらかしにして喧嘩して。 で、結局何? ただの勘違いだった……?
……いい加減にしてよっ! 私、ずっと訳分かんないんだけど!」
激昂する風晴さんに衝撃を受けたのは、僕だけではなかった。いつも明るくて、皆のムードメーカー的な存在だったであろう風晴さんの、見たことのない姿。今まで怒ったことのない人が急に怒りを露にする時ほど、怖いものはない。クラスの全員も皆戸惑い、どう声をかければ良いか困っている様子で、結局は下を向いて口ごもるだけだった。……かくいう僕も、それしか出来ずにいた。
『私とした事が……予備軍から目を離してしまうなんて……』
忌々しそうにハナコが呟く。しかし、そんな声も届かないくらい、僕の頭の中は真っ白になっていた。
「あーもう訳分かんない!! あー……あぁっ! 何なの、皆して……あぁもう! 本当最低っ!」
「か、風晴さん落ち着いて……!」
「……もういいよ! 皆大っ嫌い!」
そう叫び、机やイスをなぎ倒しながら教室を出てしまった。その時、彼女の後を追って飛び出す精神騎の姿が一瞬目に映る。彼女の精神騎は、ドス黒い霧のようなものを纏い、真っ黒に染まっていた。
「風晴、さん……」
誰も動かず、誰も言葉を発しようとしなかった。たった今教室を飛び出していった女子生徒一人を除いて、クラスメイト全員が呆然と立ち尽くす中、五時間目の開始を告げるチャイムが空虚に鳴り響いた。
つづく




