第一章⑤『恋バナと裏バナ』
「はぁ……どっと疲れた」
僕がようやく肩の力を抜くことができたのは、昼休みになってからだった。
あの後、なんとか職員室に辿り着けたのは良かったものの、「丸一時間も無駄にして、どこ行ってたんだ!」と早速先生に怒られてしまった。まぁ、そりゃそうだ……。いくら転校初日とはいえ、一時間目の授業時間を使ってずっと迷子になっていたなんて、普通信じてもらえないだろう。まぁ、実際はペンダントを拾ったりハナコに出会ったりで、色々あった訳だけど。
で、気まずいムードのまま、その先生と一緒に学校をあちこち見てまわった。その時間は、なんとも言えない苦痛だった。「もうこれで道に迷うことは無いな」と、去り際に嫌みを言ってきた五十代ぐらいの眼鏡で白髪の先生とは、もう二度と会う機会が無いことを祈る。
しかし、収穫もあった。
校舎をウロウロしている最中、何回かその先生と(嫌々ながら)言葉を交わす機会があった。そうすると、なんとその先生の足もとにも、僕と同じように精神騎が現れたのだ。相変わらずの気の抜けるデフォルメ調の頭身でありながら、眼鏡をかけていたり、白髪だったり、目もとに小皺が目立っていたりと、見た目は完全に親元の人物とそっくりだった。どうやら、相手の精神騎が僕に目視できるようになるトリガーとなるのは、その人物との会話らしい。「相手の心を開くには、まずは会話が基本! てか絶対!」という僕の中の心理学的基本概念にも、この条件はある意味マッチしている。
(それと……)
チラ、と斜め前のほうの席に目をやる。男子や女子が群がるその中心には、皆とワイワイ楽しそうに喋りながらメロンパンを頬張る風晴さんの姿があった。たくさんのクラスメイト達に囲まれながら、朝のホームルームの時に見せていたようなお調子者キャラで皆の注目の的になっている彼女。その姿を見ていると、あの時、ほんの一瞬だけ見せた切なげな表情は、実は嘘だったのではないか……なんて思ってしまう。尤も、風晴さんが『心此処に在らず』の予備軍であると分かってしまった以上、その考えは逆であると判断せざるを得ないのだが。
「はぁ……」
意図せず、ため息が漏れる。生徒全員の心を救う、なんてビッグスケールの依頼を引き受けてしまったにもかかわらず、予備軍である彼女の心の救い方すら分からない始末。この先、ちゃんとやっていけるのだろうか……なんて考えながら、購買で手にいれた菓子パンを口に放り込んでいく。
と、左肩をチョンチョンとつつかれる感触がした。何だろうと思って振り向くと、そこにはかなりゴツい体型をした、ちょっとオッサンみたいな感じの短髪の生徒が一人、ニヤニヤしながら立っていた。
「お前、確か今日転校してきた奴だよな?」
「そ、そうですけど……貴方は?」
「おう、俺は広崎甲牙だ。お前と同じクラスだから、別に敬語じゃなくても大丈夫だぞ!」
ガッハッハ! と豪快に笑う彼───広崎くん。どうやら、見た目に反して気さくな感じの人のようだ。そういえば朝のホームルームの時に、教室の左端のほうになんかすごいデカい人いるな……とちょっと気になっていたのを思い出した。学内の番長的な立ち位置の人だったらどうしよう……などと心配していたが、杞憂に終わりそうだ。
で、彼が僕に何の用だろう? 小首を傾げながら彼の方を見ていると、彼はまたニヤニヤと笑いだした。そして、おもむろに僕の肩を組み、しわがれた声に似合わないヒソヒソ声で、
「……お前、さっきからずっと風晴の方見てるよな? 学内見学から戻ってきて、授業受けてる間もずっとそうだったろ? ……やっぱり、風晴に"ほの字"なのか? ん?」
「…………はぁっ!?」
突然のことに、思わず間抜けな声をあげてしまう。いや、確かに授業の時も、ついさっきも風晴さんの方に注目してたけど、それは単に、朝のあの出来事があったからで! それに、彼女は『心此処に在らず』の予備軍なんだから、なるべく彼女のことを気にかける必要があった訳で!
……なんて、事細かに全てを説明できる筈もなく、僕はただアワアワと手を忙しなく振って誤魔化すことしか出来なかった。
「ハッハッハ! 別に隠さなくてもいいだろう。 こう見えて、俺は結構そういうのが分かるモンからな。 しかも、転校初日でまだ味方も少ねぇ輩の恋煩いとありゃ、俺が手助けしてやらねぇ訳にはいかんからな」
肩を組むのを止めて、意気揚々と笑う広崎くん。なるほど、彼が根本的に善良な心の持ち主であるということは分かる。……でも違うから! 僕は別に恋煩いなんてしてないし、そもそも転校初日でクラスメイトに恋心を抱くような恋愛小説の主人公じみた感覚なんて僕は持ち合わせていない!
僕の精神騎だって、手をブンブン振って必死に抗議している。……でも、なんかこれ、端から見たら全力で照れ隠ししてる子供みたいに見えるな……。分かりやすく顔を赤く染め、目を白黒させている僕の精神騎を見ていると、自分はどうやら、からかわれた恥ずかしさを必死に隠そうとしているだけなのだ、と分からされる。要するに、僕が恋愛事情に対してウブだって事だ。……なんだとこの野郎!!
と、自分で自分にキレながらも、僕は改めて精神騎というものの存在の凄さを実感していた。人は、自分に嘘をつく事がある。分かりやすく言うと、本心と言動(あるいは思考)が一致せず、自らの本心に自らが気づかないことがある、ということである。それが、精神騎を観察することによって、「自分の心を客観視する」ことになり、自分の感情と冷静に向き合うことが可能になるのだ。精神騎の行動一つひとつに、ちゃんと意味があるのだということを、再認識させられた。
「───おーい、聞いてるか藤鳥ー?」
「へ……あ、ご、ごめん! つい、クセでボーッとしちゃって……」
駄目だ……精神騎のことについて思考を巡らせていると、どうもそっちに集中して黙ってしまう。風晴さんと話している時には、上手く(?)誤魔化せていたけど、これが癖になるとマズイな……。
「はぁ……募る恋心でボーッとしちまうのは、まぁ分からんでもないが、人と話してる時ぐらいはこっちに集中してくれよ?」
「うん……って、いやだから違うんだってば!」
「ハハハ、お前も往生際が悪いなぁ! そんなお前を応援してやりたい気持ちは山々なんだが、見ての通り、風晴はクラス一の人気者だ。 それに加え、アイツは一年二組が誇る『華の三美女』の一人だからなぁ。 お前に立ちはだかるライバルは多いだろうから、それは覚悟しておけよ?」
「頼むから僕の話を聞いて……」
僕が色々と弁明を試みるも、広崎くんは全く聞く耳を持たず、僕が風晴さんに恋をしていると信じて疑わなかった。
なんなの? そんな図体しておいて、恋バナとか大好きなの? ……なんて、口が裂けても言えないんだけど。それでも、一向に話を聞いてもらえないフラストレーションは、心の奥でボヤきとなってとめどなく溢れていった。
『───い。 ……い! おいっ!』
「へあっ!?」
「んぁ? どうした、急に変な声出して?」
「あ……いや、ごめん! 何でもない、何でもないから! だから気にしないで!」
「そうか? んー、お前も風晴に似て変わってるなぁ」
あはは……と苦笑いで誤魔化す。もう二回以上は体験しているとは言え、やっぱり頭の中に突然声が響く感覚には慣れない。はぁ……と広崎くんに気づかれない程度の小さなため息をつきながら、ちょっと怒り気味だった頭の中の声に返事をする。
『……何? 急に大きな声で呼ぶの止めてくれない?』
『さっきっから何回も呼んでいただろう!? というか、君が私の方に意識を傾けてくれない限り、私の声は君には届かないんだ。 その辺りはもう少し配慮して欲しいんだけど』
『そんな無茶な……』
頭に響く声……正確には、僕に念話という形で語りかけてくるその声の主───ハナコは、怒ったような、呆れたような感じでため息をついた。
『で、何の用なの?』
『はぁ……忘れたのか? 君は、この学校の生徒全員の心を救う使命を担っているんだよ?』
『いや、まぁ…………まさか、広崎くんも予備軍にっ……!?』
『それを確かめる為にも、早いとこ精神騎を見つけてくれと言っているんだ。 君の目、感覚を通してじゃないと、私も相手の心を識別できないんだから』
あぁ、そういう事か。なら、まだ広崎くんが心此処に在らずの予備軍だと確定した訳じゃないんだな。
ハナコの言う通り、彼の足元にチラッと目をやり、さりげなく精神騎を探す。風晴さんや案内の先生の時と同じように、彼とはもう十二分に言葉を交わしている。ある程度彼の素性も分かったし、もう精神騎は見えるようになってる筈だけど……。
『…………居た』
予想通り、広崎くんの精神騎はもう出現していた。身体的特徴はもちろん、デフォルメ調であるにも拘わらず大物感溢れるオーラも漂っている。広崎くんの精神騎で間違いないだろう。
『で、どうなの? 彼に『心此処に在らず』の兆候は……?』
『ふむ……君はどう思う? 彼の心に、何かしらの異常は見受けられるかな?』
『えっ……?』
質問に質問を返され、困惑する僕。まだ『心此処に在らず』についてさえ詳しくないのに、突然そんな事聞かれても……。
チラチラと、広崎くんと彼の精神騎とを交互に見比べてみる。でも、別段変わった様子はないように思った。やっぱり、見た目だけで以て判断するのは無理か。となると、もう少し会話を重ねて、精神騎の様子を細かく観察するしかない。
「……あ、あのさ! 風晴さんって、どんな子なの? やっぱりクラスの人気者みたいだし、いつも明るい感じの子?」
「ん? あぁー……まぁ、そうだな。 いつもよく分からん言動でクラスの皆を笑わせたりする、ムードメーカーみたいな奴だ」
んー……と、顎に手を置きながら答える広崎くん。精神騎の方はというと、彼と全く同じポーズを取りながら、ウンウンと考えている様子だった。……これじゃまだ分かりづらいな。よし……!
「そうなんだ。 ……そんなに人気な子なんだったら、広崎くんの方こそ、風晴さんのことちょっと気になってたりするんじゃない?」
これは、我ながらちょっと踏み込んだ質問だな、と思った。仮に、広崎くんの中に風晴さんに対する恋愛感情が少しでもあったなら、たとえ広崎くん本人は顔に出なかったとしても、精神騎の方が、それ相応の挙動を見せる筈だ。
さて、どう出る……? と、ちょっと悪役じみた感覚で精神騎の方を注視する僕。しかし、彼が見せたのは意外な反応だった。
「アッハッハ!! なんだ、早速俺をライバル扱いか?
安心しろ。 そりゃー、全く意識したことが無い訳じゃあないが、別にそこまで好意が強い訳でもないしな。 第一、お前の恋路を邪魔するような事はしない。 それは約束しよう」
「え……あ、そう、なんだ……」
なんというか……思っていた以上に誠実で素直な返答にビックリしてしまった。彼は嘘をついたりとか、何かを隠したりとかするような人間ではように思う。むしろ、思ったことや感じたことを包み隠さず素直に話すタイプであるようだ。精神騎の方を見ても、彼の言動と違う動きはほとんどとっていないし、彼の言った事、行動が、そのまま精神騎の方に体現されている、という感じだった。
『ねぇ……広崎くんとその精神騎、ものすごくちゃんとシンクロしてるというか……なんか問題があるようには全く見えないんだけど』
『そうだろうね。 彼には『心此処に在らず』の兆候は見られない。 彼は正常と言っていいだろう』
『……分かってるんだったら、最初からそう言ってよ』
『君自身が判断できるようにならなくてどうする。 ここはむしろ、考える機会を与えてやった私に感謝する場面だと思うけど?』
こいつ……本当に発言の一つひとつがムカつくな。
とにかく、広崎くんは『心此処に在らず』の予備軍ではないようだ。学校の生徒全員を……なんて含みのある言い方をされたものだから、てっきり全員が『心此処に在らず』になってるのかと思ったけど、その心配はないみたいでちょっと安心した。
ほんの少し、肩の荷が下りた僕は、この流れに乗じて、クラスメイト達の情報をもう少し聞き出してみることにした。
「あのさ……さっき広崎くんが言ってた『華の三美女』って、なんのこと?」
「あぁ、そうか。 お前はまだ転校初日だから知らないか」
そう言うと、広崎くんはまたもや僕の肩にグイッと腕を回して、肩を組んだ。首が持っていかれそうになりながらも、僕は広崎くんのヒソヒソ声に耳を傾ける。
「『華の三美女』ってのは、一年生の男子の間でウワサになっている、とりわけ可愛い女子三人の総称だ。 ま、早い話、男子からの人気が特に高い三人ってことだな。 しかも、その三人はなんと全員がウチのクラスに居る。 ……つまり、お前は相当なラッキーボーイだった、って事だよ」
ラッキーボーイ、って言われても……。僕からしてみれば、なんて厄介なクラスに紛れ込んでしまったんだ! って感情しかない。
とにかく、一年生男子の間で『華の三美女』という、一種の女子への格付けみたいなものがあるらしい。こういう、高校生がクラスメイトをランク付けしたがる風習って、なんか闇を感じるけど……。
「一人は、お前が気になっている風晴陽葵だ。 天真爛漫な性格と、誰とでも仲良く話せる気前の良さが人気だな。
二人目は、クラスの学級委員をやっている霧谷 椿。 真面目でクール、歯に衣着せぬ堂々とした物言いや態度が、一部の男子のハートを掴んでいる。
で、三人目が、お前の隣に座っている、梓内凛桜ちゃんだ。 見ての通り、容姿端麗でおしとやか。 三美女の中でも特に人気が高い女子だ。 ……実を言うと、俺もこの『華の三美女』の中では、凛桜ちゃんが好みなんだ。 一度告白してフラれてはいるんだが、まだ諦めきれないんだよな」
ガハハ、と小声のまま笑う広崎くん。そうか、それでわざわざ小声で喋る必要があったのか。……というか、広崎くんの精神騎が、さっきからチラチラと隣の梓内さんの方を気にかけている様子だったから、もしかして……とは思ってたんだけど。
後、広崎くんが挙げた三人が、いずれも僕が朝のホームルーム終わりの時に言葉を交わしていた人物であったというのには驚いた。別に意識していた訳ではないけれど、確かに広崎くんの言う通り、僕はラッキーボーイなのかもしれない。
(…………あれ?)
と、そこで僕の頭にある疑問が浮かんだ。僕の隣で精神騎がカコンッ! と机の柱に頭をくっ付けて押している。僕の頭に、何かつっかえるようなものがあるということだ。
「……あ、あのさ」
少し躊躇ったけど、意を決して聞いてみる。
「ハナコ、っていう名前の女の子、知らない? その、『華の三美女』にも入ってそうな子だと思うんだけど……」
「んぁ? ハナコ……聞いたことねぇな。 ウチの学年にか?」
「あ、ううん。 そういう人が居るって、ウワサで聞いただけだから。 ごめん、気にしないで」
首を傾げる広崎くんの真下で、僕の精神騎はやはり頭を柱に擦り付けたままだった。
おかしい……こんなに情報通である広崎くんでさえ、ハナコの事を知らないなんて。ひょっとして、違う学年なのか? あるいは、制服を借りただけの部外者? それとも……。
『───ふうん? 本人が聞いているのに堂々と聞き込み調査とは、良い度胸だね』
『げっ……』
しまった、今僕はハナコの監視下にいるんだって事すっかり忘れてた。下手に彼女のことを嗅ぎ回るのは良くないかな。
『というか今、私がその『華の三美女』とやらに劣らない美人って言ってたよね? ふぅん……何? 遠回しに私を口説こうとでもしてるのかい?』
『う、うるさいっ! 今のは、その……言葉のあやだから!』
ニタニタと、ハナコが含みのある笑い方をしながら尋ねてくるので、流石にちょっと恥ずかしくなってきてしまう。いや、そりゃハナコを初めて見た時は、すごく可愛くて、まるで地上に舞い降りた天使みたいに素敵だな、って思ったけど……! でも、そんなこと思っていただなんてバレたら、余計にからかわれるに違いない。
『……おい』
と、急にハナコが声のトーンを落として語りかけてくる。さっきまでの態度とはガラリと変わって、しおらしい感じになった彼女の声に違和感を抱いていると、
『い、一応言っておくが……君は心中での独り言のつもりかもしれないけど、君と心を一つにした状態の私には、さっきから全部丸聞こえなんだ』
『……え?』
『だからその……あんまり素直に、か……可愛い、とか、天使、とか……そういう事を思うのは止めてくれないか……』
「……えええええぇぇぇ!?」
「ぬぉわっ!? なんだ急に、ビックリするじゃねえか!」
「あ、ご、ごめん広崎くん……。 ……って、そうじゃなくて!」
嘘……さっきからずっと、聞かれてたの!?
心の中でベラベラと喋りまくってしまう、というのは僕の昔からの癖だ。まるで、一人称小説の主人公の語りみたいに、結構な勢いで心中に言葉を浮かべている。でも、まさかそれが全部聞かれていたなんて……。こんなの、二十四時間体制で自分の生活を監視されているも同然だ。いや、それ以上にキツい。
……というか、ついさっきのも聞かれた!? 『ハナコを初めて見た時は、すごく可愛くて、天使みたいだ、って思った』っていう、あの小っ恥ずかしいセリフも!?
『……あぁ、ちゃんと聞こえてたよ。 ……馬鹿が』
うわぁぁぁぁぁ!!! 今のも聞かれてた!?
どうするんだよこれ!? こんなの無理だよ!? あまり変な事を思うな、とか言われてもそんなの出来る訳ないし!! むしろ、考えれば考えるほど墓穴を掘ってしまうような気がする。こんなのどうすれば……いっそのこと、無我の境地に立つしか……
『落ち着け! ペンダントを外せば声は聞こえなくなる。 だから、聞かれたくない時には外せば良いし、常に身に付けている必要はない。 良いな?』
『なんでそれを一番最初に言ってくれなかったんだよ!?』
『今は調査中なんだから、念話ができなければ意味がないだろう! ほら、もう余計な事考えるんじゃないぞ! 分かったか?』
『そんな無茶な……!』
思考することすら禁じられるなんて、そんなの理不尽にも程がある! 物凄い勢いで顔から炎を噴出している精神騎の横で、僕は頭を抱えてうずくまっていた。
「おい……藤鳥、大丈夫か? お前なんか変だぞ?」
「だ、大丈夫……全然、何の問題もないよ……」
ヘロヘロと、息を充分に吐ききれていない僕の返事は、どう見ても大丈夫じゃなさそうだった。……いや、実際大丈夫じゃないぐらい心にダメージを負ったんだけど。
「なんだ? そのハナコとかいう噂の美女が居なくてショックだったのか? まぁ、俺もそれについては流石に何とも言えんが……お前には風晴という心に決めた相手がいるだろう?」
「いや、だからそれは……」
「───ニャー悟クンどしたの? 今、すっごい呻き声みたいなの聞こえたけど……」
「……へ?」
突如耳に入ってきた第三者の声に、僕は想像以上にドキッとしてしまった。トライアングルの音色のような、明るく、且つ優しいその声。そして、"ニャー悟クン"なんていう、このクラスでもたった一人しかそう呼んでいないであろう僕のあだ名。まさにタイムリーといったタイミングで僕たちのもとに歩み寄ってきたのは……!
「か、かかかかか風晴さん!?」
「え、何そのリアクション!? そんなビックリされるような存在になってたの私!?」
口を三角形にしながら、渦中の人物───風晴陽葵さんが、僕たちに声をかけてきた。まぁ、あんな風に奇声を上げたら、そりゃ悪目立ちするよな……。よく見てみると、クラスメイトの半数以上の視線が、僕と風晴さんの方へと集中している。どこから飛んできたのか分からない豆鉄砲に狙撃され、目をぐるぐる回す僕の精神騎に呼応するように、僕の思考回路がぐるぐると渦巻いていく。
「で、大丈夫? ニャガシャカ星との交信にしては、かなりハードだなーって気がしたんだけど……」
「い、いや……だ、大丈夫だから! 気にしないで!」
「おー、そっかそっか! じゃあ安心……って、動揺しまくりやないかーいっ!」
ベシッ、と風晴さんが僕の肩を叩くと、教室中からどっと笑いが起こった。相変わらず、彼女の影響力は凄いな……なんて、感心してる場合じゃない!
「あー、気にしなくて大丈夫だと思うぞ。 コイツ、どうもこういう癖があるようでな」
「ほぇ、そうなの?」
と、上手く喋れない状態の僕に代わって、広崎くんがフォローを入れてくれた。風晴さんの話をし始めたのは広崎くんだから、ある意味僕の動揺の原因は君にあるんだけど……でもナイスだよ広崎くん!! これでなんとか、不審がっている様子の風晴さんを上手くやり過ごせそうだ。
「あぁ、心配は無用だ。 それより……」
すると突然、広崎くんが意味深な様子で話題を転換しようとした。一体どうしたのだろう? と首を傾げる僕の方へ、彼が一瞬目配せをする。その口元は、ニヤリと楽しげに歪んでいた。
……嫌な予感がする。真下で愉快にダンスをしている彼の精神騎を見て、その予感は確信へと変わった。慌てて彼を止めようとするが、もう手遅れだった。あ……と僕が声を漏らすよりも前に、彼の口は開かれる。
「実はな、藤鳥からお前に大事な話があるらしい。
───放課後、コイツと一緒に体育館裏に行ってやってはくれないか?」
………………え。
「…………ほぇ?」
……………ええええええええええぇぇぇぇ!!?!?
教室を揺らす程の勢いで、クラスメイト達の声が木霊する。それらの中でもとりわけ、僕の叫び声は大きく、強く響いていた。
つづく




