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助けられたら別の世界!? 泉の女神、始めました

作者: 神泉せい
掲載日:2026/01/21

 景色が蒼く歪む。空気が口から大きな泡になって、上にのぼった。私の体は泡とは反対に、ゆっくりと水底へ沈んでいく。

 衣服が重く、思うように動けない。


 必死にもがくと、伸ばした手に触れるものがあった。私は助かりたい一心で、それを思いきり掴んだ。

 同時に引っ張り上げられる。

「大丈夫か!!!」

 掴んだものは、人の手だった。

 助かった……!!!

「あ、ありが……ゴホッ、ゴホ!!!」

 髪から水がしたたり落ちる。咳き込む私を心配して、助けてくれた大きな手が背中を撫でた。


「何があったんだ? こんな泉で溺れるなんて」

「泉? 私は橋から川に突き落とされて……」

「……本当に、何があったんだ?」

 男性が不思議そうにしている。

 呼吸を整えながら周囲を確認すると、木々が幾重にも立ち、先が見えない森の中にいた。

 後ろにはあまり広くない泉。川から流れ着いた……ほど時間も経たないし、そもそも川に繋がっていそうにない。森の中にポツンと、忘れもののように静かに、透明な水が光を水面で遊ばせていた。

 助けてくれたのは若い男性で、紺色の髪に青い瞳が私を覗き込んでいた。手には斧を持っている。きこりだろうか。


 私は川に落ちた経緯を思い出しながら、男性に説明した。

「私は貴族学園に通う生徒です。裏手にある聖獣のもりへ行く途中、ピンクの髪の男爵令嬢に呼び止められて。あ、その女性は私の婚約者だけでなく、高位貴族の令息に色目を使う問題児でして」

「そりゃ厄介な女だなあ」

 場面を思い浮かべているのか、男性は眉をひそめて苦笑いしている。それが普通の反応よね。


「呼び止められたのは、杜へ向かう橋の上でした。私たち魔法薬学科の生徒は聖獣の杜で薬草を探すので、待ち伏せをされていたんだと思います。そこでおかしな言いがかりをつけられて、断ると腕を掴んだりしてきました。様子がおかしいので先生を呼ぶべきだと判断し、学園の建物に戻ろうとしたところ、彼女の魔法が暴発してしまって。突風がおき、私の体は巻き上がって橋の欄干を越え、下の川に転落したんです」

 男性は不快な表情を隠さず、とんでもない女だなと同情してくれた。

 ちなみに私の婚約者は、彼女を迷惑だと言っていたわ。婿養子になってうちの家を継ぐ予定だったから、普通に考えたら浮気なんてしないわよ。


「ところで、言いがかりって?」

「ええ、“悪役令嬢のあなたが私をいじめたり、不正をしたりしないから、うまくいかないじゃない! ちゃんとやってよ!”って……」

「なんだその、ちゃんと不正をしろって。マジで頭がおかしいな、そりゃ」

 やっぱり、おかしな薬でも使ってそうよね。先生を呼ぶ判断は間違っていなかったわ。相手が興奮して魔法が暴発するほど制御できない、おバカさんだというのが想定外だっただけで。

 真面目に授業を受けて訓練していれば、簡単に暴発なんてさせないのに。

 話をしたからか、気持ちが落ち着いてきた。深呼吸をして、改めて周囲を見た渡す。

 学園の近くに、こんな森があったかしら……?


「ところで、ここはどこですか? 家族が心配しているので、早く帰りたいんですが……」

 私の言葉を聞いて、男性は困ったように言い淀んだ。

「それがさぁ、多分だけど、君はこの国……いや、この世界の人じゃないと思う。聖獣の杜なんてこの辺にはないし、この泉は女神様が住んでいらっしゃる泉で、異界に通じてるとも言われてるんだ」

「女神様の泉……、どんな伝承があるんですか?」

 女神様がいる泉と、あの川が通じていたのかしら?

 泉を覗き込んでみるが、美しい清水を讃える、普通の泉だ。ここでは女神様に直接会えるのかしら。だったら、私の今の状況を説明してもらえないかな。


「昔、この泉に斧を落としてしまった木こりがいてね。落胆していたところ、女神様が泉から現れて、“あなたが落としたのはこの金の斧ですか、銀の斧ですか”と、質問をされたそうだ」

「質問を」

 これはきっと、小さな試練なのね。クリアした者だけが、幸福を掴める。

「木こりは、“いいえ、私が落としたのは普通の斧です”と正直に答えた。すると、自分の斧だけじゃなく、金と銀の斧ももらい、とても裕福になったそうだ」

「それはすごい!」

 斧と同じ重さの金と銀。平民なら一生手にできない金額だろう。思わず手を合わせて、パチンという軽快な音が木々の間に響いた。


「しかし突然裕福になった木こりは斧の入手ルートを疑われ、取り調べを受けたんだ。そこで入手経緯を説明して実験したところ、また女神様が現れて斧をくださった」

 そうだ、急に裕福になったら疑われるに決まっているわ。女神様、また金と銀の斧を授けたんだ。太っ腹だわ。

「斧っていくつあったのかしらね……」

「他の木こりも真似をして、村には裕福な木こりが増えた。ただ、ある時から斧を投げても女神様が現れなくなったらしいよ。そうか、数に限りがあったのかも。在庫が尽きたのかな」


 みんなが真似したんだ! それ、泉の底は斧だらけでは。

 男性ももしかして、斧を投げに来たのだろうか。見上げると、思惑を見透かされたと思ったのかきまずそうに顔を逸らした。

「斧とは関係なく姿を現してくれないの?」

「さあ……、今でも斧を投げたり祈りを捧げたりするヤツはいるが、お姿を見たなんて、噂にも聞かないな」

 よく見れば、泉のほとりに切り花やお菓子の残骸など、捧げられたものが残っている。信仰は続いているみたい。


 今まで神様の姿を見たとか、声を聞いたとか、そんな人に会ったことはない。

 金の斧をくれる女神様なんて半信半疑だけど、きっと私の状況について知っているはず……! 私は指を組んで祈りを捧げた。

「女神様、もしいらしたら応えてください。私はどうなったんでしょう、どうしたらいいんでしょう……!」

 祈りに呼応して、水面が銀に波打つ。照らされた木々も白く光っていた。

「す、すごい……奇跡か」

 ボスン。

 女神様の姿も声もなかったが、泉から投げられたように一冊のハードカバーの本が目の前に現れた。表紙には『女神業務 引き継ぎに関して』と、書かれていた。


 女神業務……?

 不思議に思いながら、表紙をめくる。中表紙には『今日から女神になるあなたへ』との一文が。今日から、女神……?

 不穏なものを感じつつ、読み進める。

『はじめに。あなたは水難事故で亡くなりました。この泉の女神は、水が原因で命を落とした者がなります。女神としては仮免許です』

 女神の仮免許……? 読めば読むほど疑問が湧く。

 これ、私よね。私はあの川で死んでいて、女神として生まれ変わったの? 仮免許だけど。姿形や声など、全て前世のまま。

 金色の髪も緑の瞳も、ディアーナ・ロザーノそのまま。唐突に死んだと言われても、実感が湧かない。


『女神の業務は、人を幸せにし、信仰心を高めることです。幸福度が上がると女神としての能力が高まり、信仰を集めれば女神としての格が上がります』

 つまり、誰かを幸せにして、信仰を得よ、と。

 抽象的で難しいわ。あ、だから金の斧とかポンポンあげてたんだ。その女神は、きっと斧でノルマを達成したのね。

『女神ランクが五つ上がれば、仮免許から本採用になります。ここで女神になるか、再び人として生まれ変わるかが選べます』

 最終目的はこの泉から抜け出すことか。

 達成しなかったら、ずっと泉で孤独に女神をするんだろうか。真剣に本を読みふける私を、助けた男性が心配そうに眺めていた。


『女神としての能力は、この世界でのあなたの最初の強い希望と結びついています。確かめてみてね★ 食事はしなくても死なないよ。では良き女神ライフを!』

 ね★ じゃないわ!!!

 大事な内容がこの程度の記述で終わるなんて。

 最初の希望……、もしかして助かりたいと思って手を伸ばした……アレかな。

 この手に、人を助ける力が宿っているのかな……? 右手と左手を開いて眺めたが、特に変わった感じはない。

 能力から調べなきゃ……!


 異世界女神一日目、私は森の中の泉の前で本を投げ捨てたい衝動を抑えていた。

 この泉で……暮らすの……!???


「ところで、その本には何が書いてあるんだい?」

 読み終えて閉じるのを待ち、男性が尋ねた。もしかして、字が読めないのかしら?

「女神様の引き継ぎのお話で……」

「女神様? もしかして、君は……いや、あなたは女神様ですか!??」

 興奮気味に声を張り上げる男性。女神の後継者だと知られたら、大事になってしまいそう。私は慌てて、ごまかす設定を考えた。

「ええと……女神様、というか女神様の……使いとして呼ばれました。人を幸せにするのがお仕事だと、書いてありました!」

 自信を持って答えれば、疑われないはず。精一杯、胸を張る。

 男性は頷いて簡単に納得してくれたわ。


「なるほど、それで服が濡れていないんだ。泉の女神様のお使い様だからかぁ」

「ええ……ん?」

 言われてみれば、服も髪も乾いている。もしかして、泉に入っても大丈夫だったのかな? 私が溺れると焦ってしまっただけで。

 さすがに、すぐに確かめようという気にはならなかった。

「改めて自己紹介します。俺はサンティ」

「私はディアーナ・ロザーノです」

「ディアーナ様、住むところはありますか? よろしければ俺の家に来ませんか? 妻と二人暮らしですが、女神様のお使い様を連れて帰ったら、喜びます!」

 急な来客、喜ぶかしら……。しかも相談もなく泊めるなんて、普通は怒られるんじゃ。

 とはいえ、確かに住む場所もない。泉に飛び込むより、普通の家に泊まりたい。幸せにするなら、まず暮らしぶりなんかを観察しないと。


「数日ほど、滞在させていただけたら」

「いくらでもどうぞ!」

 こうして話が決まり、森を抜けた小さな町へ移動した。

 高い家でも二階建てで、平地が多く起伏は少ない。住みやすそうな地域ね。貧しそうというほどでもない、普通の村。

「この村は豊かな森の恵みのお陰もあって、近隣では潤っている方ですよ。木材を使った加工品を作る工房が多く、酪農も盛んです」

 説明されながら男性の家に到着。住宅には屋敷畑や家畜小屋があったりして、平民の家にしては一軒がなかなか広い。

「ここが俺の家です。ただいまー」

 扉を開けると、キッチンで料理をしていた奥様が走ってきて、怒りを込めた瞳でサンティを睨んだ。

「……あんた、まだ斧を持って泉に落として一攫千金なんてバカな夢をみてるの? いい加減真面目に仕事しなさいよ……! 私のお母さんが……」


「あの、こんにちは~」

 低い声で捲し立てる説教を止めようと、声をかけた私と目が合った時の、奥様の驚いた表情。怖い。やっぱり来たらいけなかったかも……。

「……アホな言い訳して、浮気してたのね……! 家に連れてくるなんていい度胸じゃない、出てけー!!!」

 抑えていた感情の大噴火です。

 バタン。扉は勢いよく閉ざされた。めちゃくちゃ気まずい……!

「おい、開けろよ! この方は違うんだ、お客なんだよ!」

 ドンドンと扉を叩くが、いっこうに開けてもらえない。人を幸せにする前に、この誤解を解かなくちゃ……。

「奥様、私は森でサンティ様に助けられた者です。故あって家には帰れず、途方に暮れていた私を、泊まっていいと連れてきていただきました。奥様がご不満でしたら、森へ帰りますので……」


 必死に伝えると、キィと金属が擦れる音がした。小さく開いた扉の間から、窺うような視線がある。

「本当に……関係ないの?」

「申し遅れましたわ、私ディアーナ・リザーノと申します。この国には着いたばかりでございます」

 この国のマナーは分からないが、とりあえずカーテシーをして名乗った。正確には、この世界には着いたばかり、なんだけどね。

 扉が完全に開き、奥さんはガバッと頭を下げた。

「ごめんなさい、夫が数日ずっと森の中をウロウロしていて、気が立っていたんです。まさか貴族様だとは……」

「いえ、心配なさるのは当然ですわ」


 そんなわけで無事に家に入れてもらえたわ。

 変な誤解をされないように、泉の女神様の使いに選ばれたことを説明した。誰にも教えないように、しっかりと口止めをして。

「そんな立派な方とは知らず……本当に失礼しました」

「いえ、お気になさらず。人を幸せにするのが私の使命なのです、手伝っていただけたら助かりますわ」

 にっこりと微笑む。笑顔は全てを曖昧にしてくれるのだ。

 奥様はすっかり恐縮して、協力を約束してくれた。その晩はご飯をごちそうになり、ベッドまで貸してもらえたわ。

 

 次の日の朝。二人とも笑顔だけど、どこかぎこちなかった。

 朝食を終えて理由を聞くと、二人は顔を見合わせて頷き、同時に私に頭を下げた。

「実は……妻の母の病気が悪いらしいんだ」

「お使い様、お願いします。母を助けてください……!」

 病気から助ける……!?? 確かに前世は薬草学部だったけど、魔力回復薬が専門だったのよ。人助けなんてできないわ。

「私はまだ見習いで、どんな力があるかも知らないんです……!」

 断ろうとするが、二人は必死に頼み込んできた。

 特に奥様は半泣きで、切実に訴えかける。私、医者じゃないんだけどな……! 病気なんて治せないわ。

 神様って万能なの? 私の世界では、願いを叶えてくれるのは神様に派遣された御使い様や、力を貸してくれる神聖な聖獣……、って、私が泉の女神の使いを名乗ったんだわ!


「医者には原因が分からないと言われ、マトモに診察もしてもらえないんです。歩くのすら息が切れる大変な中、なんとか行ったのに……。どうにかしてここまで連れてきますので、診てくださるだけでも……!」

 悲壮すぎて断れないわ。仕方ない、腹をくくろう。力になれないかも知れないと、念を押して奥様の実家へ行くことを承諾した。

 どうにも押しには弱い。高熱でもないのに息が切れるって、だいたい肺か心臓が悪いのよね。素人の手に負えないんじゃないかしら。


 奥様の実家はとなりの村にある。

 私たちはこの家が所有する、仕事用の荷馬車で移動した。ほろのない荷台は外から丸見え。連行されている気分になるが、文句は言えない。

 庶民って、こういう移動手段なのね。家紋のついた馬車にしか乗っていなかったわ。こんなに揺れるんだぁ……。女神ワープとか使えないかしら。

 荷馬車に揺られる私に、見知らぬ子供が手を振る。戸惑いつつも振り返すと、お姫様が手を振ってくれたと喜んでさらに大きく手を振り、満面の笑みになった。なんだか右手が温かくなるわ。


 となり村には特に柵などもなく、どこからでも入れた。そういえば元の村も、果樹園とかに獣避けの低い柵があっただけの気がする。平和なんだなあ。

 奥様の実家ではお母様の他に、家を継いだ兄夫婦とまだ小さな女の子が同居している。お兄様に案内され、伏せっているお母様の寝室へ向かった。

 寝室は狭くて質素で、服もあまりない。これが庶民の一般的な生活なのかしら。前世の私のクローゼットほどの寝室だわ。

 泊まらせていただいた部屋よりも、まだ少し狭い。もしかして、あれでいい部屋だったのかしら。突然だったから、物置を整理して泊めてくれたんだとばかり思ってたわ。余分なことを言わなくてよかった……!


「まあ、どちら様? ……寝たままでごめんなさいね」

 ベッドに横たわる女性は、か細い声で気だるそうにこちらを見た。

「母です……。昨日から、起き上がるのも億劫だと寝ています……。以前から疲れて体がだるいと言っていたんですが、最近では食欲も落ち、夜に呼吸がしにくいと咳き込んだりして……」

「……なるほど。ちょっと失礼しますね」

 布団をめくってふくらはぎを触った。あまり贅肉もないほっそりした足だが、掴んだ指の痕がなかなか消えない。むくみだわ。

「あの、足ではなく胸や肩が痛いそうなんですが」

 お兄様が慌てて情報を追加する。

「……むくみがひどいですね。足に水分がたまっているんです。多分、悪いのは心臓です」


 厄介だわ、かなり悪そうね。これは私の世界でも、専門の医師にしか治療できなかった。親族が似た症状で肺の病気と勘違いされ、診断が遅れて危険だったのよ。

 あの時に息が切れるのって肺が悪いだけじゃないんだと知って、驚いたの。

「心臓だったなんて……。お願いします、母を治してください」

「私には治療はできないんです」

「そこをなんとか!」

 なんともならないわ。とはいえ、せめて軽くできないだろうか。どんな薬を使っていたかしら……、考えてもハッキリとは思い出せない。

「ごふっ、ごふっ」

 悩んでいたら、お母様が咳き込んだ。胸が痛いようで、押さえている。咳き込んだら余計に痛いわよねえ……!

 なにもできない自分が歯がゆくて、お母様の手を両手で包み込んだ。

「大丈夫ですか? 背中をさすりましょうか」

 横向きになるか少し身を起こしてもらわないと、背中もさすれないわ。何とかして楽にさせてあげたい……! どうやったら助かるのかしら、誰か教えて!


 必死に考えていたら、私の右手が銀色に光り、その光がゆっくりとお母様に浸透した。それに従い、呼吸も穏やかになる。

「……はあ、はぁ……。胸の痛いのが、スウッと消えたわ。なんだかとても、お腹がすいちゃったねえ。ご飯をもらえないかしら」

 お母様は顔色も良くなり、目に見えて回復している。自分の力だけで、ゆっくりと半身を起こした。


 これが私の、女神としての能力なの? 右手で病を治す感じ?

 助かりたいと願って右手で掴んだから、とか?

 考えを巡らせている私の周囲で、家族が大喜びをしていた。まだ今回の症状が和らいだだけかも知れないのよ、気が早いわよ!

 すぐにお粥でもと、サンティの奥様がお兄様の奥様と、食事の支度を始める。


「あの、どの程度治ったか分からないんで、後日ちゃんと診察を受けてくださいね。私は専門外ですから」

「はい、必ず。ありがとございます。なんとお礼を言っていいやら」

 いえ……、と言いかけて言葉を止めた。そうだ、信仰を集めないと。

「泉の女神様の恩恵です。女神様に感謝を捧げてください」

「あの、昔は斧をくださったという泉の女神様ですか……? 今は病気を治してくれるんですね。ありがたや、ありがたや……」

 お母様が祈ると、私の右手が温かくなった。子供に手を振り返した時のように。

 もしかして、右手が温かくなるのは幸福度や信仰が高まった時なの?

 今回は手のひらがほんのり光っている気がする。


 この調子でやっていけばいいのね……!

 なるほど、うんうん。

 女神というより、モグリの医者になった気分だわ……!

 


★★★★★★★★★★★★★★


(おまけ・前世の世界のその後)


 ドリタ・バスケス男爵令嬢は、橋の上で立ち尽くしていた。

 魔力があふれたと思った次の瞬間、ディアーナ・ロザーノ伯爵令嬢の体が巻き上がり、橋の下に落ちてしまったのだ。

 反射的に下を覗いたが、大きな水しぶきが川の水面を乱してディアーナを飲み込んだあと、静かにいつもの流れが覆い被さった。

「ど、どうしよう……。落とすつもりなんてなかったのに。私知らない、知らないわ……!」


 ドリタは気が動転し、急いでその場を離れた。

「どうしてなの? 本当なら私が責められて、助けが来る場面だったのに……。なにもかも上手くいかない」

 息を切らして校舎に戻り、そのまま寮の自室で布団を被って震え続ける。

「誰も見てないもの、なんとかなるわ……!」

 大丈夫、大丈夫、それに泳げれば助かるんだからと呟く。ただ、助かればドリタに落とされたと証言するだろう。

 人殺しにはなりたくない、助かって欲しい。でも自分の所業をバラされたくない。

 ドリタの相反する望みを、細い月だけが聞いていた。


 次の日、ディアーナがいなくなったと学園は騒ぎになった。

 最後に会ったのは誰か、どこへ行ったのかと教師が調査をしたが、足取りは掴めず。ただ、橋の上で彼女の布袋と辞典が見つかり、橋から落ちたのではと推測され、川の捜索が行われた。

 彼女の遺体が発見されたのは、それから二日後だった。

 当初は自殺として扱われたが、家族と婚約者はそんなわけがないと認めず、更なる調査を強く要請した。

 そこで水で窒息したには、もがいた痕跡がないと気づき、彼女は水に落ちる以前に気を失っていたのではないかという結論になった。ついに殺人としての調査が開始されたのだ。


「自殺にしておけばいいものを……! どうしよう、私だってバレたら……」

 ドリタは眠れない日々を過ごしていた。

 しかし、十日経ってもドリタは疑われずに済んでいた。聖獣の杜へ向かう、彼女の姿を見た者がいなかったのだ。そして、同じ生徒よりも、外部の不審者に絞った捜査がされていた。

 このまま逃げ切れるかも知れない、ドリタがようやく笑えた時。

 神殿に信託が降りた。


 曰く、神の使いである聖獣の杜へ続く橋で、愚かにも人を殺した者がいる。

 神域に入る手前であり神域の汚染は免れたが、許されることではない。


 その不届き者の名は……



 ドリタ・バスケスはその日のうちに拘束され、男爵家は断絶となった。

 ドリタは殺人罪と神域を乱した罪で生涯幽閉。神が作られた人を、人が殺す……、つまり処刑は、許されていない。処刑をする場合は、神にはかり、許可が下りねばならない。今回は神議にかける事案はないと判断された。


 バスケス元男爵夫妻はドリタの妹にあたる娘を連れ、ロザーノ伯爵家に謝罪に訪れた。

 当初会いたくもないと断わった伯爵だが、門の前に立ち続ける男爵一家を放置できず、応接室へと招き入れた。

 男爵夫妻は娘の非道を深く詫び、何年かかっても命じられた賠償金を支払うと涙ながらに訴える。

 伯爵はその姿を憐れに思った。

 妹は十歳だったはず。肩をふるわせてまるで死人のような顔色で、すっかり表情が抜け落ちている。姉が神域を乱し、殺人を犯したと国中に知られてしまい、この娘の未来も閉ざされてしまったのだ。

 不思議と彼女に亡くした娘の面影が重なり、怒りがスウッと消えていくのを感じた。


「頭を上げなさい。お金は要らない、払ってもらっても娘はもう戻らないんだ」

「しかし……」

 支払うにしても、土地も財産も失い、ろくな働き口も見つけられないだろう。暮らしにも困るはずだ。そうなったら、どうするのか。

 ……嫌な予感しか浮かばない。

「罪は犯した者が償う、それでいい。君達の気持ちは受け取った」

「伯爵様、本当になんと……お詫びしたらいいのか……」

「父上は甘いんです!」

 話を聞いていた嫡男が、室内に乱入した。涙に濡れた三人の視線が、そちらに集まる。伯爵の隣にいる妻は、ずっと声を殺して泣いていた。


「ですが……、その幼い少女が辛い目に遭うのは、僕も望んでいません」

 まるで自分が罪人であるかのような少女の様子に、嫡男も声を潜めた。

 その時、白い大きな翼を持つ鳥が、窓辺に現れて窓をつついた。伯爵はなんとなく窓を開けるように命じ、鳥を室内に招き入れた。

 鳥はテーブルに止まり、クチバシを上に向ける。


『悲しむことはありません。あなたたちの娘は神域近くで亡くなったので、別の世界にて女神の試練を受けております。謝罪や悲しみよりも、感謝や祈りを捧げ、彼女の力になるようにしなさい。神は全て見ておられます』


 白い鳥は幻だったかのように、言葉を告げ終わると姿が消えた。

 伯爵家はその後、毎日亡き娘に祈りを捧げた。そして男爵に仕事を斡旋し、彼らもまたディアーナ・ロザーノに祈りを捧げ続けたという。 

ありがとうございました!


助かったと思わせて、落とすスタイル。

最後はざまぁを足すつもりが、なぜかシリアス風味に。


その後は考えていませんが、とりあえずモグリの医療行為で一回くらい捕まりますね!(笑)

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